第3話 翼ヶ原学園

 朝食はつつがなく終わり陽菜は制服に着替えるために部屋に戻り、舞も準備のために客間に下がった。

 やれやれ、女は準備に忙しいな。

 十分ほど陽菜の部屋の前で待っているとドアが開く。


「お待たせしました」


 純白を基調としたブレザーと袖口の金の刺繍、紺色のネクタイに膝丈まであるスカートは彼女の通う学校の制服の特徴だ。


「あの空木さん、おかしなところありませんか?」

「はあ?」


 そういうことは鏡と侍女を使って確認しろよと勇人は内心毒づく。

 とりあえず、彼女のコーデを上から下まできちんと見回す。

 その間に陽菜の顔が僅かに赤くなったのは恥ずかしさからと思われるのでスルーした。


「変わったところはないと思うがな」


 清楚な印象を持つ陽菜にとってこの制服は似合っていると思う。

 まあ、そういうことは言わないがな。


「そうですか」


 勇人の言葉に陽菜は残念そうなほっとしたような顔をしていた。


「あ、準備終わったんですね」


 階段を上がってきた舞が駆け寄ってくる。

 その姿を見た顔を背けふっと小さな笑みを浮かべた。


「何か言いたいことでも?」

「いや、その制服はお前にはまだ早いんじゃないか?」

「それどういう意味ですか!?」


 舞が着ているのは陽菜と同じ制服だ。

 バランスの良い体型と少し高めの身長の陽菜には似合うが、舞のように童顔で小柄な体では小学生の子供が背伸びして着ているようにしか見えない。

 コンプレックスを刺激され激高している舞におずおずと話しかける。


「えっと……舞さん、その服装は?」

「これから学校でもこっそり護衛します。その為に着ているんです」


 肩で息をしながら事情を説明する。

 なるほど、学校内ではこいつがメインで護衛するのか。

 勇人は得心した。

 同じ生徒なら怪しまれず常に一緒にいられる。

 特に体育などの着替えが必要な場面やトイレなどの場面でも近くにいることができる。

 陽菜の望む出来るだけ日常を壊さないという願いにも合致する。


「そうでしたか、納得しました。それとその服よく似合ってますよ」

「いいんです、気を使っていただかなくても……」


 舞は全身が震え頬がみるみる紅潮する。

 あぁ、これは第二派が来るな。

 勇人は周囲に被害が出ないように舞の周囲に薄い真空の膜を張る。

 これで大きな声が屋敷全体に響き渡らないようにする。


「えぇ、私も大人です……命令には従いますよ。ですが、そのためには然るべき説明を求めます!朝突然、この制服だけ送ってこれ着て護衛しろってどういうことですか!!」


 ご愁傷様だな。

 舞の怒りに勇人は同情した。

 おそらくこの計画を考えたのは善治だろう。

 あの男が何の説明もないまま仕事を押し付けるなど日常茶飯事だ。

 今回陽菜の護衛の辞令はまだマシな方だ。

 全く我ながらついてないな、あんな男と切っても切れない関係を持ってしまうなんて。

 舞の状況はわが身の不幸を重ねてしまう。


「これでも私、二十五ですよ?いい年ですよ?いい年して女子高生のコスプレってなんなんですか!?」


 怒りが治らない舞に陽菜が不安がる。

 その様子に見かねた勇人はちょっと待ってろと一言だけ告げる舞の肩を掴んで廊下の奥に連れて行った。


「おい、篠原。いい加減にしろ、アイツに余計な心配をかけさすな」

「う、ごめんなさい」

「謝るのは俺じゃなくてアイツだ」


 流石に自分の行動を恥じてバツの悪そうな顔をする。

 勇人が舞を連れてきたのは頭を冷やさせるのもあるが、もう一つ理由がある。


「お前、奴から護衛計画についてなんか聞いているだろう?」

「えぇ、伺ってますよ」


 舞はポケットから書類を取り出した。

 勇人は受け取った紙に目を通す。

 要約すると、昼間の学校の時間は舞が護衛し勇人は待機し、夜は舞が待機するという形になっている。


「で、俺は学校の時間はどこにいればいいんだ?」

「敷地内の適当な場所に隠れていてください。貴方なら余裕でしょう?」

「まあ、そうだが」

「あと、これを」


 舞はもう一つ携帯端末を渡してきた。

 何かあった時はこれで連絡するとのことだ。

 GPSもついているから居場所を特定できるようになっている。


「お前は一人で大丈夫なのか?」

「人間相手なら一通り学んだので大丈夫なんですがねえ……」


 相手は幻想種だ。

 人間である舞が相手するには荷が重い。

 それは彼女自身も十二分に理解している。


「一応そっち相手の装備とか対処法は一通り学んでいます。貴方が来るまでの時間稼ぎぐらいできると思います」


 篠原舞は自分の分を弁えた女だ。

 その彼女が出来るといった以上問題はないだろう。


「そういう時は無理せず、すぐ俺を呼べ」


 その為に勇人はいるのだ。

 余計な被害が出る前に片付けてしまえばいい。

 確認したいことは大方終わった以上、早く陽菜の所に戻った方が良いだろう。

 そろそろ登校しないとまずい。

 外には総一郎が用意したリムジンが待っている。

 話を終えた二人は護衛相手の元に戻った。




 私立翼ヶ原学園。

 陽菜の通う学校であり勇人達の護衛場所でもある。

 中高一貫教育の進学校であり、多くの良家の子女が通う所謂名門学園なのである。

 東大や京大などの国内の難関大学だけでなく、ハーバード大やケンブリッジ大などの海外の大学にも多数の生徒を輩出している。

 当然、国の中枢機関に勤めている人間も多数いる。

 その他にもスポーツや芸術などの分野でも多くの優秀な人材を輩出している。

 その校風は徹底した実力主義による競争社会。

 退学者は全国ワーストに達し、卒業できた時点ですごいと言われている。

 そんな学校でこいつが生徒会長?

 勇人は信じられないといった顔で陽菜を見る。

 隣で舞と談笑している姿はとても超競争社会のトップにいるとは思えない。


「陽菜ちゃんはこの映画気になります?」

「はい、原作を読んだことがありまして。舞さんはどうですか?」

「私はないですねぇ。興味はあるんですけどなに分時間がなくて」


 今朝の朝食の延長線上のような会話が続いている。

 というかいつの間にか篠原と仲良くなったんだ?

 互いに下の名前で呼び合う二人を見て勇人は驚く。

 二人ともコミュニケーション能力が高いのは知っていたがここまで意気投合するとは思わなかった。

 勇人は視線を車外に移す。

 昨日今日見た限りの陽菜はどう見てもそこらの普通の女子高生と大差ない。

 確かに容姿は美しいし、性格も良い。

 昨日の友人関係を見ても人望もあるだろう。

 しかし、それはあくまで一般人の範囲だ。

 彼女にはもう一つ『学園の天使』などと言う大仰な二つ名がついている。

 アイドルやマドンナを通り越して天使かよ。

 冗談かと思ったが、渡された彼女のプロフィールを記した書類にはしっかりと記載されていた。

 マンガやアニメなどのフィクションのような世界ではファンクラブのようなものがあるらしいがそれと同じと見て良いだろう。

 高嶺の花も行き過ぎるとそうなるのかねぇ。

 勇人はぼんやりと外の様子を眺めながら思った。

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