神格解放のプレデター
松川暢彦
序章 解き放たれし異形
とある女の忘却録(前編)
それはある夏の深夜、酒と残業でフラフラになりながら帰宅途中の出来事だった。
ふと見た街頭にドス黒い影が立っていた。
それからだ。
私の周囲で異変を感じ始めたのは。
初めはただの目の錯覚だと思った。
それと同時にクスクスと女の笑い声が頭の中に響いてくる。
疲れが溜まっているのかなと思っていた矢先、二度目の影を見てしまった。
しかも、影は最初に見た時より近くなっていた。
それからどんどんエスカレートしていった。
頭に響く声も影もどんどん大きくなっていき、その頻度も増えていった。
仕事の合間を縫っていくつもの病院にも行ったが体にはどこにも異常はなかった。
精神科にもかかったが渡された薬はどれも効果はなかった。
どんどん追い詰められていく中でそれは起きた。
風呂上がりにベランダに出て夜風に当たっていた時だった。
視界が黒い影に飲まれた。
次に気づいたとき左肩に違和感があり、それを見た翌日私は初めて仕事を休んだ。
もう家の外に出れない。
これは他の人には見えない。
だけど、あの影がいつ現れるかわからない。
私はただただ部屋の隅で縮こまっているしか出来ない。
そんな私を見かねて両親や祖父母がとうとう
そんなエセ霊能者が何人か続いたある日現れた年老いた男性が私の運命を変えた。
「体に異常はなく、幻覚、幻聴が出ると……」
「はい、それと体にこれが……」
袖を捲り肩を露出させると、人の顔のように見える模様が出てきた。
それは今もビクビクと波打つ感じで気持ち悪い。
これは私にしか見えない。
家族も友達も医者も自称霊能者も誰も見えていない。
これがただの幻覚というなら私は一体何を見ているというのだ?
老人は豊かに蓄えられたアゴヒゲを触り一言告げた。
「残念ながらワシではなんとかできない。待っていなさい、今連絡するから」
「もういいです!こんな話は何度も聞きました!!」
老人の言葉をさえぎり私は今まで抱えていた感情を爆発させる。
「紹介された病院も自称霊能者も誰も私を治せない!」
肩で息をしている私を無視して老人は紙にペンを走らせている。
「確かにワシではアンタの症状を治せない。だが、今から紹介する場所は確実だ。だから、これを持っていきなさい。先方には連絡してあるから」
そうして老人は一通の封筒を渡してくれた。
********
中を見ると待ち合わせの場所の地図と紹介状になっていた。
「
聞いた事ない名前だ。
いや、そもそもその手に詳しいわけではないがネットに引っ掛からない名前であることは確かだ。
指定の待ち合わせ場所は夏の日差しによって陽炎が発生していた。
視界が揺らぐ息が乱れる。
そういえば、外に出たのはいつぶりだろうか?
こうして見ると外ってこんなに明るいのか改めて思ってしまう。
そんな明るい中でまたあの影がで……。
「こんにちはぁ!」
底抜けに明るい声で話しかけられはっと我に返る。
振り返るとそこにはスーツを着た小柄な少女が立っていた。
中学生だろうか?
身長は百五十もなく顔立ちも幼い。
この子は一体?
「
差し出された名刺をまじまじと見る。
そこには自分の肩書きと生年月日が記されていた。
「え、二十五?」
私と同じくらい?
「そうですよね、信じられないですよね……」
どうやら、コンプレックスを刺激してしまったらしい。
「中学生のときから全く伸びてないんですよ……。昼間外にいれば警察官に声かけられるし、一部のお店に入れないし、もういっそ整形しようかなぁって……」
ヤバイ。
この人今の私より闇が深い……!
「えっと、私紹介されてここにきたんですけど」
「あ、そうでした!すぐに事務所に案内するのでこのタクシーにどうぞ」
自分の仕事を思い出した篠原さんに促されタクシーに乗り込む。
「目的地まで時間があるのでこちらの用紙に記入してください」
篠原さんがバッグから渡された紙を見る。
そこには医者の問診表の様に症状の中身や時期について聞かれた。
ただ気になったのは実家の家系について尋ねられていたこと。
とりあえず、書ける範囲で書いている内にタクシーは目的地に着いたようだ。
「どうぞ、こちらです」
案内されたのは古びた雑居ビルの一室だった。
ホントに大丈夫なの?
私は騙されたのではないかと不安になりながら中に入る。
部屋の奥に入るとそこに二メートル近くある大男がそこにいた。
「初めまして俺は
空木勇人と名乗った男に促されて私はソファに腰掛ける。
正直、苦手な人種だなぁ。
確かにスーツとワイシャツを着ているけど、ジャケットのボタンは留めてないし、胸元は少しはだけている。
とても、客を迎える姿ではない。
加えて目つきが悪い、顔はイケメンなのにもったいない。
顔立ちからして二十台半ばぐらいかな?
「気になったことがあるからいくつか質問がある」
そんなことを思っていると空木さんを診断表を見ながら口を開く。
「はい、なんでしょう」
「例の影を見た場所はどこだ?」
「会社の近くです」
「他に何か特徴は?」
「特徴って……普通のオフィス街ですよあの辺は。強いて言うなら海沿いにあるってだけですよ」
「海沿いか」
空木さんはそれを聞くとメモを取っていた。
「それとアンタの両親の家系について教えて欲しい」
「あのそれって必要なんですか?」
「アンタに憑いている幻想種が何か知るためだ」
「幻想種?」
「こっちの話だ。それで両親の家系は?」
空木さんのぶっきらぼうな態度多少ムッとなりながら私は記憶を辿る。
「確か父方は生粋の東京人で、母方は岡山で神社を営んでいます」
「岡山で神社?」
空木さんの手がピタッと止まる。
「えぇ、お祓いも母方の祖母が紹介してくれましたし」
まあ、そのどれも外れだったんですけど。
「聞くがその神社では何を祀っていた?」
「え?」
突然、尋ねられてポカンとする。
祖母の家には何度か遊びに行ったがどんな神社だったかは思い出せない。
「えっと確か水神?を祀っていて……五穀豊穣とか無病息災を祈っていたような……」
「他には?」
他にと言われても急には出てこない。
特別変わっているわけでも大きいわけでもない。
「強いて言うなら牛の銅像とかがあるぐらいかな?」
境内の奥にあって薄暗くて妙に怖かったのを思い出した。
そう言えば祖母があそこにはあまり近づかないように言ってたっけ?
「あれ、空木さん?」
思い出に浸る私をよそに空木さんは黙って私の出した書類とにらめっこしていた。
熟考すること一分。
「アンタの抱えているもんの解決法がわかった」
「本当ですか?」
「あぁ。恐らく今日中に解決できるだろう」
この悩みが解決できる。
それだけで舞い上がりそうになる私に空木さんはただしと一言付け加える。
「これははっきり言って荒療治だ。アンタにもけっこうな覚悟をしてもらう。それが嫌なら別の場所を紹介してやる」
「その……別の場所なら私の症状は治るんですか?」
「まあ、十中八九治るな」
時間はかかるがなと空木さんは言った。
彼の発言が事実なら時間がかかる上、一から二割の確立で失敗するということだ。
そんなのは嫌だ。
もう、あんな思いは今日でオサラバしたい。
「……わかりました。それで私は一体何をすればいいですか?」
「やることは簡単だ。今夜午前二時前その影を最初に見たという場所に待機すればいい」
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