第14話 堤氏

 仕事の合間に一息入れようと休憩スペースに設置されているドリップマシンのスイッチを押す。紙コップに注がれる音に耳を傾けながら香り立つコーヒーに自然と息が漏れ出る。


 休憩を取る時間が決まっているわけじゃ無いウチの会社では、それぞれが好きな時に好きなだけ取っている。人事や総務辺りはまた別だろうが、開発部門はやる事さえやっていれば正直出退勤の時間も自由だ。

 それもあって今この休憩スペースには俺一人だけ。

 コーヒーを淹れる音がよく聞こえるくらいに静かだ。


 開発部の室中はマウスのクリック音かキーボードを叩く音が常に耳に入ってくるので意外とうるさい。せっかちなのか時間に追われてなのか激しく速くキーボードを叩く音は、慣れていない人だとノイローゼになってしまうくらい耳障りで、結構な人数がヘッドホンで音楽を聴いたりそれこそ耳栓代わりにして対処していたりする。


 そこから抜け出て一人ここにいると同じ社内なのに別世界に来たのかと思ってしまう。


 「ピピ」と終了のお知らせ音が鳴った。

 脳が疲弊しぼうっとしていた俺は迂闊にも熱々のコーヒーが注がれた紙コップを無造作に掴み取ってしまった。


「ぁっ!?」


 薄い紙コップはその熱をダイレクトに指に伝え、反射で離してしまいそうになった手を咄嗟に引き止める。代わりに脚をばたつかせ慌てテーブルへと走りコップを置いた。


「こんなところでケチらなくても良いだろ」と会社の福利厚生に悪態をつきながら火傷寸前の手を振って冷まし、安物の薄い紙コップをもう一枚取り出すとコーヒー入りのコップに重ねる。

 『コップの重ね使用禁止』と手書きされた張り紙にジト目を送りつつ椅子に腰かけ、コーヒーを今度は慎重に口へと運ぶと息を吹きかける一口含んだ。

 安物のコーヒーだが確りと俺にリラックスを与えてくれる。


先輩せんぱーい、休憩っすか」


 そんなタイミングだった。

 安らぎの時間を台無しにする元気な声が飛び込んできたのは。


 思わず天を仰ぎ眉間に皺が寄る。

 この一人の時間が良かったんだが・・・・。


「うわ、先輩、すんごいしてるっすよ」


 何の躊躇いも思いやりも無く俺の隣にどっかりと座る後輩加藤。

 お前が来なけりゃ休めたんだという思いを押し殺す。


 あと加藤、言い方!? 言い方悪いから!!


「どうした、トラブルか?」


 失礼な物言いの後輩へ仏頂面で問いかける。

 加藤は俺の内心などお構いなしとヘラヘラ笑っている。


 大概こいつがこんな態度の時はいい事がない、そう嘆息を吐きそうになっていると「やだなぁ、俺が先輩の所に来るのは問題があった時だけみたいじゃないっすか」と加藤が言う。


 白々しい。


「で、何のトラブルだ」


 再度聞き返せば加藤は「あはは」と乾いた笑いをあげ、俺が睨むと「すんませんす」と案の定吐露し始めた。


「えっと・・・・が来てるっす」

「・・・・最悪だな」


 そして言いに難そうにしていた加藤から告げられた内容に俺は悪態を吐いた。

 加藤に「すんませんす」と再び詫びをいれられ、別に加藤が悪いわけじゃないかったのに悪態を吐いてしまった事に「すまん」と謝る。


「あぁ・・で、何の用だと言っていた?」

「良い事思いついた、と」

「・・・・ほんと最悪だな」


 二度目の最悪には加藤は苦笑いだけ浮かべた。

 俺は気分を落ち着けるためにコーヒーを一口飲む。



 堤氏、それはここ最近、と言ってももう一年以上にはなるのだが、俺のストレスを悪徳消費者金融の利息並みに爆増させている相手である。しかも今やっているプロジェクトのメイングラフィック担当兼ゲーム制作の総責任者と来たもんだから性質が悪い。


 そんな俺にとって疫病神の様な堤氏ではあるが、彼はこの業界ではかなりの有名人だ。


 実は彼が関わった作品は軒並み人気を博す、所謂ヒットメーカーだからだ。


 まぁ一言で言えば天才。

 彼の生み出す作品は確かにどれも素晴らしく面白い。そして何よりキャラクターが魅力的だ。

 細部に迄行き届いた設定は、本当にその人物の人生を体験しているかのように作り込まれ、プレイヤーは人間味あふれるキャラに感情移入をせずにはいられなくなる。

 ストーリーにも彼は絡み、場合によっては作品のコンセプトが変わるほど修正をいれさせたりするらしい。


 だが何よりも優れているのはアイデアだろう。


 彼が提案する事は奇抜でありながらも誰よりもユーザー目線で、より楽しく、より躍動し、より興奮する。


 しかし彼が業界で有名なのはまた違った部分からだ。


 確かにヒットメーカーの天才、それで有名なのも間違いではない。しかしその評価は一部の、それこそ業界にお偉いさん方からの評価であり、俺ら現場の人間からした評価とはまた違っている。



 面倒臭い変人。


 俺たち現場の人間からしたら『天才』では無く『天災』。



 それが堤と言う人の評価だ。


 良い作品を作る事は間違いない。実際俺も幾つかプレイしたがどれも素晴らしかったの一言だ。

 だがこんな噂もある。


 彼が関わる作品を担当した開発は必ず何人かが病める辞める


 彼は天災天才であるが故に一切の妥協を許さない。

 彼が出すアイデアが奇抜で素晴らしいのだが、いかんせん現場の知識と技術が追いつかず、だがそんな事はお前らが悪いのだとばかりに何度も納得がいくまで作り直させる。


 しかしそれらを抜きにしても彼の持つ頭脳とネームバリューは素晴らしい。実際ウチの今回のプロジェクトも彼ありきで立ち上がった経緯がある。

 そして例に漏れずウチもこれまで散々苦労させられた。リリースが二度に渡り延期になったのも彼の強いこだわりのせいだ。幸いにもまだ病める辞める人間までは出ていないが、それもいつ降りかかってくるか分からない。



 「はぁぁ」とコーヒーで温まった息を長々と吐き出す。


「今更? 無理に決まってるだろ。正式リリースまであと何日あると思ってんだよ。加藤、あれだ。堤さんに忙しいから後にしてって言っといて」

「いやぁ俺にそれは無理っすよ。そんな事が言えるようならここに来てないっす。そもそも顔を合わせた瞬間先輩を出せの一言ですし」

「何で俺なんだよ。俺、堤さんの担当じゃないんだけど。そういうのはディレクターか室長の仕事だろ」

「え、先輩、堤さんの担当じゃなかったんすか? みんな堤さん来たら先輩にって言ってるっすよ」

「勘弁してくれよ。俺プログラム班だよ。そう言う仕様変更はディレクターの仕事だろうが。てか、誰だよ担当とかってふかしてんのは」

「・・・・・・田所室長っす」

「マジか・・・・・・・・はぁ、で、どこ?」

「はい、小会議室っす」


 なんだよその押し付け。マジ勘弁して欲しいわ。


 上司の意向であれば逆らいようが無いとがっくりと肩を落し諦めて立ち上がる。

 どうせ駄々をこねても室長に「行け」と言われて終わりだ。だったらさっさと終わらせた方が良い。


「ああ、分かったよ。小会議室ってどこの?」

「あ、3番っす」

「・・・・分かった。あ、そう言えば加藤、お前いつ休むって言ってたっけ、あの、何だ、『ぴるぴる』のイベントだか何だかっていってたろ」

「『りるりる』っす『りるりる』。何すか『ぴるぴる』って、適当にもほどがあるっす。ファンである俺への冒涜っす」

「あぁ悪かったな。名前覚えるの苦手なんだよ」

「そうでしたっすね。まぁいいっす。ゆるすっす。えっとイベントは来月の20日なんで、その前後を絡めてすかね」

「ふうん、じゃあその日までに堤さんの無茶を終わらせられるといいね」

「え、俺がやるんすか、その仕事」

「当たり前だろ。お前通してきたんだから当然加藤が担当だよ」

「・・・・そんな殺生っす!」

「俺に振ったお前が悪い」


 意趣返しのつもりで加藤に意地悪をしておく。多少理不尽な八つ当たりだったかもと思ったが腹の虫が収まらない。


 項垂れる加藤をしり目に、飲み終えた紙コップをゴミ箱に捨て、堤氏が待つ会議室へと向かったにだがその足は非常に重かった。




「待ってたよぉ! 待ってたよぉ! 結城殿!!」


 二階にある第三小会議室に入ると、もしゃもしゃ頭の小太りなおじさんが小さく手を振って満面の笑みを振りまいていた。


 それを見た瞬間げんなりとしたくなった。


 これが可愛い女子であればいい。そしたらどんな無理難題であっても快く話を聞き真摯に向き合うことだろうさ。


 でも実際はこれだ。


 何が悲しくて脂ぎったおっさんの無理なお願いを聞かないといけないんだ。


「僕さぁ、また良い事思いついたんだ。ほらここ座って、見てよこれ。ほいほい」


 そのおじさんが自分の隣の椅子をバンバンと叩き手招きをした。


 そう、この人が問題の堤氏だ。

 確か年齢は40前だったと思う。結婚歴無しの独身だそうだ。


 この人のノリが独特で、所謂秋葉系にちょっとおねぇが含まれた感じと言えば分かるだろうか。多分分かんないだろう。

 まぁ簡単に言えば変人。


「あぁどうもです、堤さん」


 ぺこりと頭を下げ、堤氏の指示通り隣の椅子へと向かう。逆らうだけ無駄なのは嫌という程経験しているので素直に堤氏の意向に従う。


 どうして俺はこの人にこんなにも懐かれているのだろうか?


 この人は俺と他の人では明らかに対応が違う。

 加藤や他の面々が会うと不機嫌で不躾な態度をとるらしい。かくいう俺も最初はそうだったのだが、何が琴線に触れてしまったのかいつの間にかやたらと懐かれていた。そのターニングポイントがどこだったのかがさっぱり思いだせない。


「これこれ、どう思ぅ?」


 隣に座ると早速とばかりに堤氏は持ってきたノートパソコンを俺へと向ける。挨拶もそこそこにいきなりの本題、まぁこれもいつもの堤氏だ。


「・・・・・・・へぇ、なるほど・・・・・これはいいかも」

「でしょでしょ」


 渋々と画面に目をやると、俺はそこに映されたデモ映像に思わず感嘆の声を上げてしまっていた。

 俺の反応に気を良くしたのか、堤氏が何時も以上に早口でまくし立てる。


 映しだされていたのは今開発中であるMMOの戦闘画面、その中の魔法を使用する場面の静止画だ。

 魔法使いの少女キャラが如何にもなポージングを取って杖を掲げているのだが、その周囲にオレンジ色の魔法陣が発光エフェクトで描かれていた。


 今までの仕様だと魔法のエフェクトはキャラの周りを光の帯が囲むだけになっている。けどこのイメージ画はそれを魔法陣のような幾何学模様がドーム状に広がりキャラクターを囲んでいる。


 確かに見栄えは凄く良い。魔法を使っている臨場感が全然違うだろう。魔法も規模によってエフェクトを変えればなおの事面白そうだ。


 ・・・・・・だけど。


「これをやってしまったら2,3個は良いとして、それ以上被ると処理が追いつかなくなりそうですね」


 リソースが足りない。


 エフェクトが増えればそれだけ複合的に処理が増えてしまい全体的な負荷が増える。

 3Dや透過処理に重ね判定とその処理と、出来ないとまでは言わないまでも処理落ちは免れなさそうだ。ユーザーのPCスペックによってはストレスになるだろう。それを分かっていて実装することは難しい。

 しかも今からその3D処理を行うモジュールを組むとなると、手を加えないといけない部分が多すぎて調整にも手間取るだろう。そうなれば絶対に間に合わない。


 見た目がカッコいいだけにもったいないが現実的ではないな。


「ふふふ、その顔、絶対に無理だと思ってるよねぇ」


 俺が否定的な考えを巡らせていると堤氏は頬に手を不敵な笑みを浮かべる。


 その見た目の気持ち悪さとまるで解ってないとでも言いたげな様子に若干の不機嫌さが募る・・・・・・・・・が、こう言った時の堤氏は何かある。俺はイライラを押さえ、再度、今度はどうしたら出来るかを軸に考えてみる。


 真面目な話これを実現するとなればキャラクターの全方位を囲む3Dテクスチャを張り付けなくてはならない。

 単体でなら問題が無くとも複数のプレーヤーが一斉に使ったとなると一気にリソースはそこに持っていかれる。

 今でも結構ギリギリでバランスだ。だからこれ以上3D処理は増やしたくはない。なら何かを削って・・・・・・いやそれでは逆にクオリティーを落す。そんな事を堤氏が提案するはずも無い・・・・・・・・・。


「結城どのぉ、君ぃ、根本的な部分を忘れておりますぞぉ」

「え? 根本的?」

「そうそう、これはあくまでキャラを覆っているように見せればいいだけであって、そうしないといけない訳では無いのですぞ」

「いやだってこれはキャラの全面を・・・・・・・・・・・あ!?」


 そう言う事か!!


 なるほどこれなら処理は圧倒的に少なくなる。


「・・・・・2D!?」

「そう、そのとおり!」


 俺の思い至った答えに堤氏が満面の笑みで手をポンと叩いた。


 そうだ、そうだよ。何もキャラの全方位を覆っている形にであれば別に3Dに固執する必要は無い。だってこれはどこから見ても同じ絵になっているのだから。


 盲点だった。3Dのキャラだから3Dにしなければならないとばかり考えていた。だがこの魔方陣の様なエフェクトはドーム状、どこから見ても同じ形。アニメーションの枚数だってやり方によってはかなり少なくてもいい。

 それなら重ね判定も透過処理も断然少なくて済む。


「この魔法陣はどの方向から見ても同じ模様となればいいのですぞ。ですからぁ、何も見る位置で変える必要が無いのよね。いや寧ろキャラの動きと魔法陣がバラバラな動きをしたほうが、ズレによる不思議感が増すのではと思っておりますぞ。より神秘的に見せる上でも、敢えて2Dグラフィックの方がバエる!」

「・・・・確かに。魔法陣だけでアニメーションさせれて、3Dキャラとの奥行き感の違いを出すのは効果的な演出かもしれないですね。しかも質感の違いと言うか、キャラクターや背景とは別なものと言う演出にもなるかも。背景のレイヤーを敢えて無視するのも面白いかもしれません。それにこの手法だったらプログラミングの組み込みはそう大きく手を加えなくても行ける。あ、もしかしてこれって使う魔法の属性によって色を変えたりするんですか」

「うほほ、流石は我が良き理解者結城殿。その展開に気付いていただけるとは僕も嬉しいですぞぉ。属性だけじゃなく規模によっても変える。そうすれば強い魔法は派手に、弱い魔法はサラッと、これならユーザーも強い魔法を使う特別感を味わえる」


 くねくねと太い体を揺らす。

 いやいや誰もあんたの良き理解者じゃないから。


 だがこれはいいかもしれない。少々戦闘風景がありきたりだと思っていたところだったからな。


 これだったら今からでも十分時間も間に合う。


 いける、いけるぞ!

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