第7話 初めての戦闘
まるで遺跡の様な石造りの階段。その感触を足裏で確かめるよう一段一段と慎重に下りていく。
壁面や天井も切り出した石を積んで作られているのかどこか神秘的な空間は、灯かりらしきものが一切存在していないのに何故かぼんやりと全体が明るい。ひんやりとした空気が妙に雰囲気を醸し出す。
普通このような狭く囲われた空間では音が反響するはずなのに、まるで芝生の上でも歩いているかの様に足音がならない。
それはきっと慎重に歩いているだけが原因では無く、この場所が何か特別な空間であると言っているかのようだ。
下りていた時間はそう長くなかったと思うのだが、後ろを振り返ると入ってきたテレビの画面枠は何処にも見当たらなくなっている。
そもそもここに何分居たのかがあやふやになっているような気がする。
そんな全ての感覚がずらされているような不思議な空間は、疲れを意識する前に終わりを唐突に告げた。
まるで階段を飲み込んでいるような白い空間が段下に突如として現れた。
どう見てもあそこが出口だろう。
そう認識した瞬間、心臓の鼓動が激しく脈打った。
足の運びも自然と速くなり、何時しか階段を駆け下りていた。
白い空間の前で立ち止まる。
白い光なのに何故か眩しくない。
本当に真っ白な空間だ。その先がどうなっているのか全く見通せない。
だがここが一本道であることからこれが出口なのは間違いない。
「本当に異世界に出るのならば、だが」
もしかして騙されているのでは?
ここに入ったら魂が吸われるとか、実は地獄の入口だとか。
「・・・・いや、何となくだけどそれは無いな」
自分でも不思議なのだが、あの婆がうそを言っているように思えなかった。
「なむさん」
それでも恐る恐る手を伸ばす。
そして真っ白な世界に手を差し込んだ。
すると眩い光が膨れ上がりあっと言う間に俺を呑み込んでいった。
次の瞬間。
俺は目の前に現れた光景に唖然としていた。
先ほどまで石に囲まれていたはずなのだが、今目の前に広がっているのは巨大な樹木。
何十メートルあるのか分からない化物の様な木々が周囲を完全に覆い、見える範囲でどこまでも続いている。
これはまるで樹木の神殿だな。
管理された森林の様に適度な間隔をあけた樹木の隙間からは陽の光が差し込んでいる。
大地に突き刺さる光の剣の様で真っ直ぐと伸びる光の帯。いつか見た映画のワンシーンのようで、そんな幻想的な世界に圧倒される。
正に非現実。
実に非日常。
だが鼻孔を刺激する濃密な草と土の香が、ここが現実なのだと強烈なまでに脳に訴えてもきていた。
「これが、異世界・・・・すげぇ」
普段のコンクリートの世界とは真逆な世界に語彙力のかけらも無い感想が口から漏れる。
正にここは異世界と呼ぶに相応しい光景だ。
だが思う。
「最初っからあの白い入り口をテレビに出せばよかったんじゃないのか?」
無駄な階段ギミックに疑問を呈さずにはいられない。
が、それも些細な事か。
こんな凄いのを見せられては心躍らずにはいられない。
上を見上げる。木の天辺が遠く先端がまるで見えない。
「何てデカイ木だ」
この木なんの木よりもデカイ木々に開いた口が塞がらない。
「公園でよく見かける楢の木にも似ているが、少し違うような・・・・・・どんぐりとか落ちてないよな?」
日本と季節が違うのか、はたまたこの地域の気候の所為なのか、足元には落ち葉が多く積もっている。だが木々は青々としている。
残念ながらどんぐりは見当たらない。あったならラグビーボール並みの大きさだったろう。
「落葉樹なのか。でも紅葉もしていないし葉も落ちて減ったようには見えないし、そもそも今は秋なのか?」
気温としては暑くも無く寒くも無く丁度いい感じ。それで言えば日本だと春か秋なのだろうが、根本的な話四季が存在するのかも不明だ。
年中生え変わる葉っぱとか?
不思議な見た事の無い木の幹をポンポン叩いてみる。特に変わった感触は無くただの木に思える。
ふと後ろを振り返る。
降りてきたはずの階段も白い壁も無くなっている。
多分だが出口の光は転移装置かなんかなのだろう。
そうなってくると益々あの階段の不必要説が濃厚だ。
「ただの悪戯か? あの婆ならあり得るな」
色々と小ネタを挟んでくる婆を思い出し、苦虫を噛み潰したような表情になってしまった。
あの婆の事は取り合えず置いておこう。先ずはここが本当に異世界なのかどうかを確認しなくてはならない。もしかしたらただ単に俺の知らない地球のどっかに飛ばされただけかもしれない。
確かに幻想的で不思議さを感じさせる森ではあるが、地球上にこんな場所が無いかと言えばありそうな気もする。
「モンスターの一匹でも出てくりゃ分かるのに」
と、フラグ立てのセリフを口にしてみた。
するとそれを
大きさとしては軽自動車のタイヤくらいだろうか。生物とも無機物とも判別つかないそれは、半透明な体を伸縮させながらこちらへと近づいてくる。
見た目で一番近いものとしてアメーバが連想される。
フラグが効いたのかどうかは別として、こいつのおかげで俺はここが異世界であると確信を持つことが出来た。
「ほんとに出たよ・・・・・・・・なるほど、スライムってキモイんだな」
そう、俺の前に現れたのはスライム、と思われる生物(?)だった。
こんなものが出てきたらここが地球で無いのは確定と言っていい。
それにしてもこんな奇妙な、しかもそこそこデカいのが出て来たと言うのに、俺は不思議と冷静だった。
まじまじと観察が出来ている自分にちょっと驚く。
「ここには強いのはいないって婆が言ってたからか、或いは婆が俺に何かしたのか。どっちにしても戦わなきゃいけない身としては助かるな」
もしかしたら精神耐性みたいなものをもらっているのかもしれない。
「よし、それでは早速こいつを倒し・・・・あ!」
だがそれも束の間、俺は焦り狼狽える。
ここにきて俺は自分が決定的なピンチであることにに気が付いた。
「武器持ってないじゃん!?」
浮かれすぎていて忘れていた!?
そうだよ、どうやってモンスターと戦うんだよ。
異世界に行くことばかり考えててその辺りは全く気にしてなかったわ・・・・。
ウネウネグニュグニュとスライムが近づいてくる。
やべぇ、急に怖くなってきたんだけど!
何かないかと体中を弄ってみたが当然戦えそうなものなど持っていない。そもそもアパートの部屋に武器に出来そうなものなど一切置いていない。唯一あるとすれば包丁か。
・・・・・・どうする。一旦戻るか?
ゆっくりと動くスライムに合わせて後退る。
折角来たのに直ぐ逃げるのは何か癪だなとちっぽけプライドが顔を出す。
しかも今戻ればきっとあの婆に「何じゃ、だらしなくも逃げ帰ってきたのか。軟弱じゃのう」と言われそうだ。それは俺の精神衛生上よろしくない。
周囲に視線を這わせる。
すると足もとに落ちていた手頃な長さの木の枝が目に留まった。
「これだ」と枝を拾い上げる。
スライムから端って遠ざかると何度か素振りをした。
うん、いける。大丈夫・・・・そうな気がする!
「う、うらあぁぁぁ」
二三度深呼吸をした俺は意を決しスライムに飛び掛かる。
剣道はおろかチャンバラごっこすらした事の無い俺。不格好よろしくと我武者羅に地べたを這いつくばるスライムへと枝を叩きつけた。
最早そこに見栄も糞もない。
へっぴり腰でお尻を突き出し、滅茶苦茶な振りで枝を何度も上下させる。
そのさまははたから見たらきっと泣いて暴れる子供の様に映ったことだろう。
何度打ちつけたか定かでではないが、息が切れ掌が擦り剝けた痛みで我を取り戻した時には、割れた水風船のようにしぼんだスライムの残骸がそこにあった。
するとそれは起こった。
なんとつぶれたスライムが光となって消えたのだ。
これは・・・・スライムを倒したってことで良いん、だよな?
「・・・・・・うは・・・・・・うは、うは、はっはははははははははは」
乾いた笑いが溢れ出した。そしてそれは高笑いに変わると、俺は手にした枝を高々と突き上げていた。
「スライム、打ち取ったぞぉぉぉぉぉ!!!」
叫んだ。心からの咆哮だ。
あまりの嬉しさにガッツポーズまでしてしまった。
異世界最高!!
しばらく歓喜に浸っていた俺が落ち着くのに十分程要した。
「周りに人が居なくてよかったよ」
正気を取り戻しはしゃいでいた自分に羞恥で顔を赤くした俺だったが、初めて生き物(?)を殺したわりに忌避感や嫌悪の気持ちは不思議と湧いてこなかった。
スライムだったからか?
確かにあれを生物と認識するのは難しい。あれを殺して罪悪感を抱くようであれば蚊を叩いた瞬間懺悔に苦しむと思う。
手に伝わる感触もブニョブニョとかグニグニしかなかったしな。
しかしヒノキの棒で初戦闘とはなんとテンプレな事か。
まぁ使った枝は檜では無いだろうが。
落ち着きをとりもどした俺はここで初めて視界の中に不可思議な文字が浮かんでいるのに気が付いた。
「なんだこれ?・・・・・・・・EXP3P獲得、10ゴルを獲得、スライムの核を入手・・・・・・・ああ、ホントゲームだわこれ」
視界の左隅に日本語で書かれたメッセージがポップされていた。
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