第5話 加護確定

「ぬおぉっっぉぉ、何づぁこれぇぁぁぁ!?」


 闇を落ちる。

 物凄い風圧に体が弄ばれ、視界がグルグルと回る。

 そこで一瞬見える無数の光が俺が今どこに居るのかを恐怖と共に認識させる。


 俺は間違いなくしている。

 しかものいかれた状態で。


 なんで、なんでなんでなんでなんでなんでなんで・・・・。


 意味が分からない。さっき迄は部屋にいた。


 どうして、誰が・・・・・・・・いや、それだけは分かる。婆だ。

 あの婆が何かをした。

 これがどれだけ異常であるかを認識しながらも、あの婆が常識から外れている(色んな意味で)と。だから誰がやったのかだけは確信を持っている。



 だがそんな事はどうでも良い。



「死ぬぅぅぅぅ、死ぬる、死んじゃう!?」


 この自由落下をどうにかせねば確実に俺はスプラッタだ!


 どうにかして・・・・・・・・・・・・あ、無理だ。死んだ・・・・。



「げう!」



 もう地面が、そう思った時、俺を襲ったのは意外なほど軽い衝撃だった。

 だがそれでも軽く息が詰まらせた俺は、カエルの様な声を上げる。


 ゆ、床?

 おぉぉぉぉ床ぁぁぁ。


 俺が倒れていたのは親しみ深い古い床板。

 スカイダイビングしていたと思っていたら自分の部屋に戻っていた。


 床に頬擦りをする。


「さ、流石にそれはちと引くのう」


 その俺に向けられた引きつった声。

 誰であろうと考えるまでも無い。先ほどの異常な事態を作った張本人、不審者で不法侵入の婆が、地面の潰れた毛虫を気色悪がるがごとき目を向けてくる。


「ふざけんな! 誰のせいだよ、誰の!!」


 ブチ切れた俺が唾を飛ばしながら文句を言うと、婆は「うむ、やり過ぎてしもうた。すまんすまん」と何の悪びれも感じない謝罪をする。


 腹の虫は治らない、だがそれ以上にここまでされてこの婆がただの人間だとは思わないのでグッと堪える。また夜空に飛ばされてはかなわない。

 ただ神かどうかは別の問題だ。


「ふむ、信じてはくれた様じゃの」

「・・・・・少しはな」

「ほんに素直じゃないのぉ」

「うるせぇ。この歳になるとそう易々と性格は変えらんねぇんだよ。んで、俺への用事って何だ?」

「何だかお主の口調がどんどん卑屈と言うか荒れてきたような気がするぞい?」

「気にするな、元からだ」


 いや違う。余りにも理不尽で不可思議な事ばかり起きたからテンションがおかしくなっただけだ。だが今更恥ずかしくて戻せない。


「まぁええ、触れて欲しくないところもあるようじゃし」


 くっ、気付かれている。やっぱりこの婆、心読めるのか。


 によによと笑う婆に眉を顰める。


「さて、わしがお主にを与えてやると言ったのは覚えとるか?」


 趣味?・・・・・言っていたような言われてないような。そもそも諸々含めて

そんな些細な言葉は記憶から擦り潰されてる。


「まぁえぇ、要はお主にちょっとした楽しみを与える、その為にわしはやってきたのじゃ」

「趣味とか楽しみとか言いたい事が良く分かんねぇな。そもそもそれを俺に与える事でお前に何の得があるって言うんだ?」

「一言でいうなれば暇をつぶせる、じゃろかの」

「おい!」

「ケケケケケ、怒るでないよ。わし等神仏と言うのは無限の時間に存在しておるからのぉ、暇で暇で仕方ないのじゃよ。世界の管理と言っても基本は不干渉で見守る事しか出来んのじゃ。神がやる事と言ったら極端な変革を世界に起こさないようにするために、それを阻止する者へ少々の加護を与えることくらいじゃ。そんな毎日じゃ暇になっても仕方が無いじゃろう?」


 確かに・・・・・例えるなら人がプレイしているRPGを眺めているようなものだもんな。いやどちらかと言えば俺らゲームの作成者の立場に似てなくも無い、か。

 うん、ちょっと共感。


 考えに没頭し自然と頭を縦に振っていた俺を嬉しそうに婆が見て続きを話し始める。


「まぁ他にもあるにはあるが、それに関してはどうしてもという程ではないのじゃ。ならば楽しみを優先するのもまた一興。そんな訳でお主に加護を与えてやるから、ちょっとばかし冒険をしてきてもらいたいのじゃ」


 俺は首を捻る。


 そんな訳がどんな訳かさっぱり分からん。


「冒険って何?加護ってさっき貰ったやつか? 彼女に出会えるとかいう。いやいや、俺社会人だし仕事が忙しいから無理無理」

「まぁ最後まで聞け。冒険してもらうのはこの世界では無い」

「・・・・はぁ」

「お主等の言葉で言えば異世界というやつかのぉ。こことは別な次元にあるとある世界を自由に旅をする。そこでお主が何をしようと自由、こちらから強制して何かをやらせようとは思うておらん」


 あ~・・・・・・あん?


 異世界ですか?

 しかも何そのゆるりとした条件。

 マジで何の得があってやらせようとしているのか分からん・・・・・いや待て、暇つぶしと言っていたか、ならば単純に俺が旅しているのを眺めたいってだけの理由なのか。

 え、何その旅番組てきな内容。


「まぁその通りじゃな、ケケケ」

「あ、また勝手に心読みやがって。しかしだ、結局俺に時間が無いのは変わらない、というか異世界などに飛ばされてはたまらん。俺はこの世界から離れる気は無い」

「あぁ、そこは気にせんでもええ。行きたいときに行って帰りたいときに帰ってくればよい。時間に関しても、そもそもの時間軸が違っておるから、向こうに行っている間こっちの時間は止まっておるし、こっちにいる間は向こうの時間が止まっておる。厳密には違う原理を基にそうなるのじゃが、それを言うても仕方あるまい。まぁ解り易く言えばお主を起点に時間が動くと考えればいいのじゃ」


 そんな事が出来るのか。それって超便利じゃないか。つまり向こうに行っている間こっちの時間が止まってるって事だろ。つまり考え方を変えれば向こうに行っている間は無限の休暇が手に入るのと同義。それは最早休み放題という事。


「そこに一番に食いつくと言うのも侘しいのぉ。確かに、そういった使い方も可能じゃのう。あ、そうそう、歳に関してはこちら側だけの時間経過が反映するでな。向こうにいる間は不老という事になるで」

「・・・・・・随分と至れり尽くせりなこって。それで何の使命も無い・・・・と言うのは流石に怪しくない?」

「ケケケ、そう言いたくなるのも分からんでも無いが、そうじゃのぉ。お主が向こうの世界を回ってくれることがこちらとしても得となる、そう解釈してくれればええ。暇つぶしって言うのも本当ではあるがな」

「俺が行くのがどうして得なのか、それが知りたいんだが」

「それは神のみぞ知る、と言うものじゃ」

「そのはぐらかしは持ちネタかよ・・・・・」


 あまりに怪し過ぎる提案ではあるが、それでもちょっと興味が魅かれる・・・・いやすんごい魅かれる!

 だって異世界冒険だぞ。休みが増えるのもそうだが、ゲームに携わっている人間としてこれは聞き逃せないだろ。


 でも待て・・・・異世界といえばやっぱだよな。危険はないのか?


「その世界って俺は死なないとか?」

「いや普通に死ぬのぉ」


 当たり前だろって顔で婆が言う。


「死なないなどそれはもう人ではないわい。お主が想像する通り俗に言うというやつじゃからのぉ。それなりの危険はつきものじゃな」


 神の癖にその俗どこで覚えてきたんだ。いや、そんな事はどうでもいい。


「おいおい、それじゃ危ないじゃないか。そこで楽しんで来いって無茶が過ぎる。俺はただのサラリーマンだぞ」

「何を言うておるのだ? 安全な世界ではファンタジーと言えんでは無いか。男たるもの危険を顧みず己の力でもって戦ってこその冒険であろうが。ただ安全な世界に行きたいのであれば、そんなもん海外旅行に行くか千葉なのに東京と名乗ってる夢の国にでも行ってこい!!」


 婆がちゃぶ台を叩きながら力説する。

 ふむ、そう言われると確かにそうだ、が・・・・・やっぱり危ないのとか痛いのは嫌だな。あとその例えはやめとけ。


「それにさっき言ったじゃろ。加護を与えると」

「それって、どんなやつなんだ?」

「わしに出来る範囲であれば何でも構わん」

「何でも・・・・・例えば世界一の剣豪になりたいとか?」

「簡単な事じゃ」


 然もありなんと答える。


 いいねぇ。バッタバッタと敵を切り倒す。向かうところ敵なしの剣豪なんてロマンがある。あ、それなら・・・


「究極の魔法使いとか」

「うむうむ、いいのぉ。魔法はやはり使ってみたいじゃろ。表現は幼稚だが問題無いわい」


 うるせぇほっとけ。

 しかし、誰もが驚愕するような魔法を使う・・・・・これはもうてっぱんだよね。


 ああ、そうなってくると迷うな。


 ああでもないこうでもないと考えていたところでふと思う。


「そこってどんな世界なんだ?」


 婆に訊く。

 すると婆は少し考えるように視線を上に向け、暫くして口を開く。


「世界観はお主が作っているゲームとやらに似ておるな」

「リリース前なのに何で知ってんだ・・・・・て、そうだな俺の事色々知っているんだったな」

じゃから当然よな」

「そこ強調するね」

「お主がそう呼ぶまで諦めんぞい」


 そう言われると絶対に言いたくなくなる。


「それは諦めろ。で、その世界はゲームのようにレベルとかスキルの獲得とかあるのか?」

「そのようなけったいな仕組み、有る訳無かろう。普通に体を鍛え鍛錬を積んで技術と経験を磨いていく、この世界とその辺は変わりはないわい。ただちぃっとばかし伸びしろが大きいがの」


 成程。


 俺は顎に摩り考える。


 これは俺の趣味と楽しみを与えるものだと言っていた。それであれば俺が楽しめる為にはどうしたらいいかを考える。


 そして思いついた。


 俺が楽しめ、尚且つ俺らしい能力。


「ならば俺だけになるような事も可能なのか? 例えばコマンドメニューが使えたり、敵を倒せば経験値が入ってレベルが上がったり」


 そう、婆は無いと言ったゲームらしい世界。俺だけが使える権能としてあれば物凄く楽しそうだ。


「それはお主が作っているような、という事かえ?」

「ああ、そうだな。それだと一番いいな」


 婆が目を瞑り唸る。

 初めて婆が黙り込む。


 あぁやっぱりこれは難しい事だったか。さっきも「けったいな仕組み有る訳無い」って言ってたしな。


 無理だったかと肩が落ちかけたその時、カッと婆の目が見開かれた。


「ふむ、出来るのじゃ」

「ほ、ほんとか!」


 その怪奇にすら思える婆の挙動にビクリと震えたものの、その後には大きな歓喜が湧きあがった。


 出来るの!? マジかよ!!


 どうやら俺が要望するゲームの様な強化が出来るらしい。


「ならそれで頼む!」


 俺がテンションを上げていると、婆が申し訳なさそうに皺だらけの眉間の溝を深くした。


「ただし、この加護を与えるとなると負荷が大きいから最初から強くするとかは出来なくなるのじゃ」

「そんな事は願ったり叶ったりだ。それこそゲームの醍醐味じゃないか。初めっから強いのもいいかもしれないけど、やっぱり地道に経験値を稼いでキャラを育てる、そこに生き甲斐と達成感を見出すもんだよ」


 婆は最初っからチートには出来ないと言っていたが、俺としてはその方が気分が盛り上がる。


「ケケケ、やっと楽しそうな顔になってきたのう。よし分かったのじゃ。それであればお主に【ゲームシステム】という名の加護を与えよう。とはいえ弱いままでは不安もあるからのう。そうだ、お主の仕事に似合った能力も付け足しておくとしよう。さてそではやるか。今からわしが世界を繋ぎお主に加護を与える。次に目覚めた時、それが現実のものとなるじゃろう。 結城晴斗よ、存分に楽しむがよい」


 そう言うと婆は眩いほど輝き出し部屋全体が白の世界に染まっていった。


 これから俺の異世界冒険が始まるのかと思うと、その期待に年甲斐にも無くわくわくしてしまう。


 あれ、こういった異世界転移物ってロリ女神が定番じゃなかったっけ?

 そうかあれは都市伝説だったのか。まさか真逆の存在がやっていたとは。

 

 そして俺の意識は静かに閉じていった。









 ジリリとけたたましく鳴り響くレトロな目覚まし時計の音で目を覚ました。

 時計の針は6時を指していて外はすっかり明るい。


 目覚まし、いつセットしたんだっけ。うーん記憶が無い。


 床に寝ていた所為か体中が痛い。これも歳をとった影響かと腰をさする。


 起き上がった俺はまだ寝ぼけていて傍のに足をぶつけてしまった。


「っ!」


 悶絶した。


 だが、そのちゃぶ台があった事で昨日の出来事が夢で無いのだと実感した。


 シャワーを浴び、歯磨きをし、洗濯物をランドリーに持って行くため袋に詰める。今日は少し肌寒そうだったのでシャツは長袖にした。


 ふとちゃぶ台を見ると一枚の綺麗に折りたたまれたメモ紙を発見する。クマの可愛らしいキャクターの絵柄の入った便箋だ。



『遅刻したらいかんから、目覚ましかけておいてやったぞい。   女神より』


 ・・・・・・・・



 婆、目覚めるのをもう少し早く出来なかったのかよと、俺は恨めしい目を天に向ける。


「はぁ、会社に行くか」


 財布とかが入ったリュックを担ぎ靴を履く。

 玄関から外に出たタイミングで俺はこうぼやく。


「異世界はどうなった?」

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