3 肢闘無人化試験

 私は目を開ける。目の前に淡い青色のインジケータが浮かんでいる。

「アップデート完了」

 それを見るとなんだか少しいらいらした。綺麗に片づけた机の真ん中にメモを置きっぱなしにされるみたいな、すごく癇に障る感じだ。それはホログラムやディスプレイの表示なんかじゃない。投影器を介した視界に実際に青い文字が浮かんでいる。少なくとも私にはそう見える。コンピュータから受け取った情報をそのように感覚しているわけで、私があえてそのように表示している、と言っても間違いではない。見たくないものを自分で表示してしまったことに苛立っているのかもしれない。もう少し丁寧に設定してからウィザードを走らせればよかったのだ。でもわざわざそんなところに手をかけるのも面倒だと思っていたのも確かだった。

 表示を消す。投影器から機体センサー類の出力を引いて工場の中の景色を見る。私の機体は駐機位置に座ったままだ。

「電源回せ」と班員の漆原うるしばらが機体の大腿部を叩いて合図する。

 電力供給をバッテリーに切り替える。「回せ」というのはそういう意味だ。軍の車両はだいたいエンジンだからそれで通る。他に良い表現が思いつかないのかもしれない。とにかく機体センサー類に通電する。サイレントは切ってあるので可視光カメラに視線指示灯が灯る。漆原が機体尾部の点検パネルで切り替えを確認して工場の床から伸びている電力用のケーブルを引き抜く。

「モニタは?」私は無線に吹き込む。

「問題なし。通信速度良好」九木崎くきさき女史の声が答える。

 私は上のハッチを開けて周りを確認。漆原が「良し」の合図。立ち上がる。それから制御を機体の中枢コンピュータに譲渡する。手動のコントローラもあるが、投影器上の仮想コンソールで操作する。自動制御プログラム。さっきのインストールは細かいところを修正した最新のパッチだ。

「機体制御ハンドオーバ。投影器出入力ダイレクト遮断」と報告して小さい声で「ユーハブ」と付け足す。これからは投影器の出力を機体コンピュータから送られてくる情報に絞ってモニタを続ける。

 クリアな視界が端から闇に包み込まれ、中心から再び明るくなってざらざらとしたノイズまみれの粗い映像が入ってくる。コンピュータが処理した映像だ。投影器を介した、カメラが捉えたままの生の光とは違う。似ても似つかない。

 間もなく足元で冷却ファンが唸りを上げ始める。いままで私がやっていた姿勢の維持からセンサー類の情報処理まで全部をいきなり任されて息が上がっているのだ。このためにCPUの容量を大きくしたとかどうとか。バッテリの消費がすごそうだ。立っているだけでこの音じゃさすがに不安になる。自分の乗っている肢闘の制御が自分にないというだけでもいい気分がしないのに。

 檜佐機が正面を横切る。私の機体もそれに続く。今回のテストは小隊三機を出す。テスト機は私、テスト機の僚機役は檜佐ひさ、観測役は松浦の機体が務める。つまり演習中は私の機と檜佐機が一緒に行動して、松浦機はそれを遠くから眺めておく。

 九木崎の敷地は駐屯地の北西辺に接している。境界にはヒツジ牧場みたいな簡素な柵しかない。その代わり九木崎のゲートも駐屯地と同じような厳めしい造りをしている。九木崎の工場と中隊の車庫・工廠は境界を挟んで向かい合わせに建てられていて、間の五十メートルくらいはコンクリートの舗装で接続されている。機体はその上を歩いていく。中隊の車庫前にモニタ用のパジェロが一台、それから牽引車と台車が二組待っている。演習場の中はほとんど架線がないので普段なら牽引はしないが、今回は外に出て展開する時の想定としてやっておく。人間の操作なしできちんと台車に収まるだろうか。

 漆原がインカムで私の機体を呼ぶ。左手の台車の手前だ。機体コンピュータは自機のことだと判断して少し進路を変える。台車を跨いでやたらとゆっくり腰を落とす。檜佐機はとっくに着座しているが。しかも台車の爪が外板に擦れる音がする。地面の傾きを微妙に検知し損ねたのか。

 牽引車の横に退避していた漆原が恐る恐る出てきて爪先にベロをかけた。足元のファンが静かになる。そして外部の映像から音から全部が消えて闇になり、せっかく小さくなったファンの音がまるで夜中の蚊みたいに大きく聞こえる。スタンバイに入ってセンサー処理をやめてしまったのだ。その間に軽い揺れと加速度があって、どうやら牽引車が走り出したらしい。仕方なくダイレクトで感覚を通して外を窺っておく。とはいえカメラの向きを動かせるわけではないので視界のほとんどがトラックの尻で埋まっている。そんなことしなくたってハッチを開けて顔を出せばいいのかもしれない。でも牽引の時には開けたくないのだ。不整地じゃ車輪の巻き上げた土埃がもろに入ってくる。

 九木崎の敷地から駐屯地に入り、やがて演習場奥の野っ原に車両が集結しているのが見えた。歩兵戦闘車が二両、兵員輸送トラック一両、そこへ我々が来て、さらに一分ほどして九〇式戦車が二両現れた。

 奥の林の陰に指揮のパジェロが一台停まっている。中隊のパジェロがその横につけ、松浦機もついて行ってしゃがみこむ。

 漆原が台車のベロを外したのでコンピュータ経由のセンサー情報が戻ってくる。私は急いでハッチを開ける。周囲の安全確認は私の役目だ。機械だけに任せるわけにはいかない。機体は既に踵を地面につけていた。台車が荷重から解放されて軋む。機体は少し足を伸ばしては頭を左右に振り、また少し伸びて頭を振り、と繰り返して、やはりゆっくりと直立の姿勢に持っていく。周りを警戒しているのはわかる。しかしなんだか顔を出しているのが恥ずかしくなるくらいのゆっくりさだった。隣に停まった戦闘車の車長が額に手をかざして面白そうに見上げていた。きっと遊園地の乗り物みたいに見えたのだろう。前方で先に機体を立ち上げた檜佐がわざわざ顔を出してくすくす笑っていた。

 ハッチを閉じて体をしっかりとシートの中に沈める。コンピュータから流れてくる映像は相変わらずざらっぽい。味方の車両と歩兵の輪郭を緑色の線で縁取りする。「これは味方」という意味だ。

「行動開始」と指揮のパジェロから号令。電波の飛んできた方角に波紋が出る。

 戦闘車両群が一斉にエンジンを吹かす。

 音のせいか動きのせいか、映像がかくかくとコマ送りになる。処理落ちだ。画像が止まっても輪郭線は移動している。コンピュータは常に映像から判別しているのではなくて、動きを予測しながら重ねているのだ。周りの音でわかりづらいがファンの音は今までになく大きい。

 歩兵たちが戦闘車を追って林の中へ潜り込む。振り返ってこちらに手を挙げたり、何人か度胸試しだか景気づけだかに機体の足を叩いていく。

 肢闘は後衛なので歩兵を先に行かせてから動き出す。檜佐機と左右に距離を取って木々の間に機体を滑り込ませる。道はない。

「木や地形の認識はどうだ」九木崎女史から無線。女史はモニタ用のパジェロに乗っている。

「前回と同じ」私は答える。

 解像度を低くして容量を抑えないと処理が利かないので映像はほとんど砂嵐くらい荒れている。しかしその中に妙にシャープな黄色の輪郭線が現れ、それだけは滑らかに動く。きちんと障害物を認識して処理を優先しているのだ。秩序立って小分けになった情報には強い。

「輪郭がずれてない?」女史が訊く。

「ない」私は答える。

「細い木は」

「きちんと避けてるよ。木の幹も掠るくらいぎりぎりで」

 枝や葉が機体の表面を擦る音が中まで伝わってくる。それでも外板を傷めるような太さのものは避けている。

 進路方向にいささか唐突に人影の輪郭線が現れた。二人、倒木の陰に腹這いになっていた。映像が粗いので気づくのが遅れた。ちょっとびびる。あえて隠れているんだから味方が来た時くらい積極的に合図してくれないと、危うく踏んづけるところだった。とはいえコンピュータにとってはそれで安全なタイミングなのだろう。私だって映像が綺麗だったらもっと早く気付くはずだ。

 機体コンピュータがインカムの周波数を照合、味方と判定する。向こうは手を上げて挨拶。こちらは無反応。私なら視線指示灯の点滅で返事をするところだ。

 やがて戦闘車と歩兵が林の縁まで来る。横に広がって仮想敵の陣地を観測する。

 機体コンピュータは機動に備えてコクピットのエアクッションを膨らませ、私の体をシートとの間に挟み込む。指示された座標に向かって背中のミサイルを仮想で打ち上げながら位置を特定されないように木の間をランダムに歩き回る。

 機体はせわしなく揺れるし、冷却ファンも狂ったように唸っている。それでいて私は手持無沙汰だった。不思議な感覚だった。左ハンドル車の助手席に座るような感じかもしれない。生身はきっちりシートに挟まれて動かない。加速度がかかって揺さぶられているだけだ。外部の様子を知ろうにもデータリンクを使うとコンピュータに余計な負荷をかけるし、機体の動きをきちんと把握しておかないとたちまち酔いが回ってきて吐き気がしそうだった。

 やがて相手役の対戦車ヘリが出てくる。姿は見えないがローター音でわかる。少し低くなった丘の向こうから赤外線シーカーで森の中を探っている。目が良いので味方の戦闘車が見つかる。被発見。後退。敵の陣地からも正確な射撃が来る。コンピュータは対空戦闘を優先、両腕の機関砲を上方へ向ける。ミサイルでも狙えるが地上目標のために温存するつもりらしい。射撃。連射。長い。実際なら射線にある木々の枝が落ちて葉っぱが舞う。一斉射できちんと狙撃した方がいいんじゃないだろうか。

 ヘリは損傷の判定。しかし位置がばれる。カーベラは排気がないので熱カメラには見つかりにくいが、可視光やレーザーできちんと狙いをつけられたらお終いだ。案の定相手のミサイルが飛んでくる。行動不能判定。後方から森を抜けて牽引車のところまで戻る。

 この演習でわかるように、ひとえに機体の自動制御といっても姿勢制御、航法、センサー情報処理、火器管制など必要な処理は色々ある。カーベラのエレクトロニクスではこの機能を機体中枢コンピュータに集中している。複数のCPUコアを並列化して擬似的にテーブルを設けて機能ごとに領域を分割して処理しているわけだ。要はパソコンで複数のソフトウェアを走らせているのと同じだ。冗長性を考えれば機能ごとに分けるかコンピュータ自体を物理的に並列化した方がいいのだろうけど、投影器の仕様上最悪コンピュータなしでも行動できる肢闘は軽量化を重視している。その方が処理装置間の連接の手間も少なくて済む。

 負け抜けで休んでいる間に機体コンピュータのログを取って負荷や発熱をチェックしておく。相変わらず待機中はセンサーが切れてしまうのでハッチを開けて自然光と風を取り込む。AFVの猛獣みたいなエンジンの唸りが遠くで大きくなったり小さくなったりしていた。

 その調子で条件を変えて一時間半ほど演習を行った。ほとんど被撃破判定だった。肢闘というのは砲兵的役回りが基本だから、前線で動き回れば被害が多いのは当然だった。後ろの方でぐずぐずしてぶっ放しているだけなら味方に動いてもらう必要はないから、今回のテスト自体負けを前提にしたものだといえる。

 ここ一月で射撃場で実弾を使った火器管制のテストもしたし、中隊のフィールドで肢闘同士の機動戦闘もやった。肢闘同士というのは運用的にはナンセンスな状況だが、なぜか技術者たちは同じ兵科をぶつけて単純な力比べをしたがる。今回のテストは他の部隊も巻き込んでいるわけだから、状況設定はともかく、他の兵科を相手取るという意味では今までで一番まともかもしれない。

 機体に任せて牽引車まで戻り、着座シーケンスが始まる前に操縦を交代する。分捕ったといってもいい。

 上のハッチを開いて「このままハンガーまで戻る」と班員に声をかける。心持ち声量が足りなかったかもしれない。台車の横で立って待っていた漆原が「なんだって?」と訊き返した。もう一度大声で言い直すと、「なんだよ、停め損じゃないか」と愚痴った。あまり大きな声じゃなかったが機体の耳が拾った。

 私が歩かせて帰るのを見て檜佐機も自走で追ってくる。松浦機はパジェロのところにしゃがんでいた。

 ハッチを開けたまま走る。速度が乗ったところでオートクルーズに入れてリラックスする。これは無人化試験機の特権じゃなくて、他の肢闘にも同じ機能がある。この程度なら高度な判断は必要ない。戦闘というごちゃごちゃした状況には、複雑で、素早い判断が必要だから、専用のプログラムをつくってテストする。それほど重い処理にコンピュータが耐えられるかどうかのテストでもあるし、AIに的確な判断基準を与えられるか、人間に対するテストでもある。

 風が当たる。体を動かしている感覚と機体の揺れがきちんと釣り合っていて気持ちがよかった。

「タリス」私はヘッドセットのマイクに呼びかけた。

「はい?」タリスがヘッドフォンから返事をする。無線だ。モニタ回線と同じバンド。

「結構酷いソフトだよ」私は言う。

「どこが、どんなふうに?」

「タリスが制御した方がよっぽどいいんじゃないかな」

「冗談でしょう?」

「どうして?」

「何から言っていいか……」

 タリスは九木崎の厖大なデータベースを管理している。実戦に出た機体から記録を吸い上げているし、戦闘のモニタもしている。蓄積があるのだ。どう動けばいいか、自分だけの経験でやっている人間より判断が利くだろう。

「機体コンピュータの処理能力が足りないんだ」私は言った。

「カーベラ程度の容積と電力容量ではね。今回のAIには私の意見もかなり反映されているのですが」とタリス。

「あとは?」

「私が有線で制御しますか? 一回の状況あたり走行距離は平均1237メートルでしたが、それだけ長いケーブルを?」

「行動半径じゃなくて?」

「木々の間を機動するのだから、来た通りに戻らなければ幹に引っかかるではないですか。そんな律儀なことが? ええ、できるでしょう。そして相手もその動きを狙うのです」

 九木崎の工場前の駐機スポットに腰を下ろし、電源をカットして投影器の栓を抜く。窩の蓋を閉めてハッチから外へ出る。足元の手摺に掴まって下へ。機体の尾部が後ろに張り出していてそれなりに広い足場になる。左手を見ると檜佐機も電源を切ったところだった。

 体を伸ばす。疲れは全く感じない。髪の下に指を入れてわしわしする。

 タラップを伝って地面に降りる。この時いつも生身の足の強度が不安になる。目と地面の距離がわからなくなるというか、落ちた勢いのまま頽れそうな気がするとか、そんな感じだ。

「どう、酔った?」と作業服の前を開きながら檜佐が訊いた。

「酔った酔った」私は答える。

「よく我慢したね」

「ほんとだよ」

 機体の上半身がこけないように股関節のロックに鍵を通す。鍵といってもただの金属製の棒だ。地面のパネルから電源・通信ケーブルを引っ張って機体の尾部に差す。檜佐が持ってきた雑巾を貰って再び機体をよじ登り、頭のところまで行ってカメラ類の風防を拭いておく。

 その間に牽引車と台車が戻ってきて隅のスポットに入り、そっちはそっちで掃除を始めていた。車両が済むと班員の二人、漆原と栃木が私の機体の下に来て足周りの掃除を始めた。点検だけなら上半身は砲手の私、下は彼女たちの棲み分けだ。

「さっきは悪い」私は機体の襟首から足元を覗き込んで漆原に言った。

「気にすんな」漆原は顔を上げずに答える。

 私の担当範囲を終わらせて雑巾を裏返しに丸める。隣の機体の尻上で檜佐が構えていたので彼女めがけてアンダースロー。途中でばっと広がってフォークボールになる。機体の脚の付け根にあたって地面まで落ちた。

「下手!」と言いつつ檜佐は拾いに下りる。

「悪い」私は謝る。なんだか謝ってばかりだ。

 檜佐は雑巾を拾い上げたところで私に向かってニッと歯を剥く。別に怒ってるわけじゃない。

 私は操縦室に入ってダッシュボードからカルトンとボールペンを出す。太陽が低いので座っていれば顔に日光は当たらない。日陰と日向の境界線はハッチのシール部分の数センチ下まで斜めに差し込んでいた。頭上に四角い真っ青な空が見える。ハッチは開けたままにしておく。投影器を出力ダイヤルに合わせてケーブルを伸ばして窩に差し込み、モニター情報を再生しながらチェック項目の空欄を埋めていく。

 檜佐が私の機体を上ってきてハッチを覗き込んだ。

「私が書くとこある?」

「何か書きたい?」私は一度上を向いて彼女の顔を確かめてからカルトンに目を戻しながら訊いた。

「いいや、別に」

 檜佐はそう言ってハッチの蓋の前まで行くと太陽に背を向けて天板に座り込んだ。雑巾を干しに行って、そのあと報告書を書く義務もないので暇になったのだろう。

 単調な作業だったから途中で音楽が聞きたくなった。受信機をつけてNHKラジオを拾った。コクピットのスピーカから音量を小さくして流す。どこかのコンクールの最終予選を編集したもので、ピアノと弦楽だけが聞こえてきた。曲の違いよりも演奏者の癖の違いが強いみたいだ。優しかったり溌剌としていたり、色々だった。私には聞き覚えのない曲だったし、アナウンサーが奏者と曲名の紹介をする部分もほとんど聞き流していた。でも檜佐は時折演奏に合わせて鼻歌を歌っていた。足を振っているのか彼女の踵が二三度機体の外板に当たってくぐもった鈍い音が前方から響いてきた。

 外では漆原と栃木が無人機談義をして、檜佐が時々そこに口出ししていた。どうして最初に無人化するのが肢闘なのか。つまり陸上兵器に話を限定しているわけだけど、簡単なことだ。肢闘が一番「人の手」を借りない機械だからだ。どんな乗り物だってハンドルやペダルがあり手足で操作する。そこを無人化すると手足に代わる装置が必要になるが、肢闘なら操縦室にいる人間は自分の肉体を一切動かさなくても機体を操作できる。

 じゃあ肢闘に無人化の意味があるかというと、ない。せっかく投影器で機体の制御をやってコンピュータの負荷を軽くしているのに、それをわざわざ返してやろうというのだから。

 チェックを終えて機体を降りる。檜佐たちを先に行かせて倉庫の裏で一人で煙草を吸った。箱の中に残り三本。そのうちの一本に火を点ける。煙を吐き出して、その行方を追うために首を上に向ける。しばらくすると、五百メートルくらい上空を北西に向かって三機の飛行機がパスした。先頭は電子戦機のライアーバード、その後ろに星のマークがついた無人偵察機が二機ついていた。捕まえたのを連れ帰ってきて、これから千歳に降りるところだ。無人機の方が大柄なので電子戦機の方がいじめられているみたいに見えた。どうやって誘導しているのか不思議だ。とても腕のいいフライトオフィサが乗っているのだろう。

 無人機は結局自律性と協調性の矛盾に晒される。連携行動を意識すると電子攻撃に対して脆弱になるし、自律性を高めると単独任務にしか使えなくなる。やっぱり性格が空軍的だよな。あの無人偵察機だって、きっと自分の位置情報を衛星から取得していたせいで偽の情報に嵌ってしまったのだ。最初から自前の航法装置だけに頼っていたら自分の家を見失うことなんてなかっただろうに。

 中隊本部の事務室へ報告に上がる。機体の整備を終わらせてから三十分ほどが経過していた。中隊長の賀西かさいは電話中、九木崎女史は既に着替えを済ませてソファで新聞を読んでいた。少し髪が濡れているだろうか。細長いワンピースの上にオリーブ色のジャケットを着ていた。実験のことで特に話すことはなかったので報告自体はすぐに終わった。報告が終わると賀西はまたどこかに電話をかけ始めた。

「どうだった?」九木崎女史は丁寧に新聞を畳みながら訊いた。「つまり、AIの動作云々じゃなく、感触は」

「あまり好きじゃない。自分の体を人に動かされているみたいだ」私は答えた。女史の向かいのソファに座る。「肢闘ってのは一人で乗って一人で動かすもので」

「ふうん」と女史は鼻の奥を鳴らした。「案外AIの方もおんなじふうに思っているかもしれないよ」

 女史の言いたいことはそれで終わりのようだった。私も訊きたいことを訊くことにした。

「エメリヤン・サナエフ研究所も無人機の研究をしてる?」

「サナエフ研は知ってるけど、どういう文脈なのかしら」女史は答える。私の目を見る。

「今朝、そこの機体が二機、行方不明になってる。しかも日本海で」

「それはひと悶着ありそうね」

「ちょっと調べたんだけど、そこの研究者が何人か、人体実験だとかで逮捕されてる」

「ハバロフスクの状況は多少耳に入ってるけど、まだ調査中ってとこ。そうか、すると向こうだけの問題でもなくなってくるのか」

「ソケットの手術をしたくらいで人体実験になるなら、もっと大事になっているだろうし」

 そう言って私はちょっと探りを入れてみたつもりだ。でも女史は全く動揺を見せなかった。彼女には彼女の情報網があるのだ。

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