そして魔王になる
鳴海 真樹
そして魔王になる
世の中って奴はさ、本当に起きて欲しい事は起らないくせに、起きて欲しくない事はシレっとやってくるんだよな。
「兄さん、見て見て!大きなお魚さん!」
そう言って妹は魚を持って俺の方に駆け寄ってくる。
「あぁ、大きいな。こんなに大きな魚を捕まえられるなんて、アイリは偉いな。」
俺が無邪気な笑顔の頭をそっと撫でてやると、妹は嬉しそうに目を細める。
「今日のごはんは魚の塩焼きだね。」
妹は軽快な足取りで家に入っていく。
その途中
「兄さんが帰ってきたら、うんと美味しいごはん作ってあげるからね!」
俺は笑みを浮かべ
「あぁ、楽しみにしてる。」
妹は一人楽し気に家に入って行く。
俺と妹は小さい村の小さい家で二人暮らしをしている。
両親を亡くした俺達をこの村は親身になって育ててくれた。
もともと小さい村だった為二人暮らしといっても村の人たちが親戚みたいなもので面倒見てくれていた。
俺はこれから、日課である害獣の駆除に行かなければならない。
正直、好き好んで引き受けた仕事では無い。
勇者の末裔に当たるのが俺とかで、村の平和を維持するのは勇者の務めと言われて半ば強制されている。
それに村の連中で俺以外に害獣を倒せる奴がいないのも事実だ。
だから俺は度々、こうして平和の為に害獣駆除に出かけている。
(さっさと片付けて早く帰ろう。)
別にこの仕事が嫌いな訳ではない。
寧ろ小さい頃、親を亡くした俺達兄妹を面倒見てくれたこの村には凄く感謝してるから、その恩返しが出来てると思うと気も晴れる。
それになにより、唯一の肉親である妹を安心させてやれていることがなによりも嬉しかった。
だけど妹はこの仕事をあまり快く思っていない。
「兄さんは強いし、村の人も頼ってるのも分かってるよ。でも、兄さんが傷だらけで帰ってくるのはイヤ・・・。」
俺は一度大怪我をしたことがある。
当時未熟な癖にイキっていた俺は、身の丈に合わない強敵に挑んでこっぴどくやられた。
以来俺は鍛錬して今では文字通り最強と称するに遜色無い位にはなった。
しかし、妹は今でも俺の仕事にあまりいい顔をしない。
それでも俺を不安にさせない為か明るく振舞ってくれている。
(俺は兄想いの優しい妹に恵まれて幸せだよ。)
だからこそ、妹のことは何が何でも守ると誓った。
2時間も経たない内に、村の身辺警護と脅威になりそうな害獣駆除は片付いた。
「今日はいつもより早く帰れるな。アイリも喜ぶぞ。」
俺は早く妹に会える事に嬉しく思い、足早に村に帰った。
村に着くとその様子は一変していた。辺りは血生臭い臭気とおびただしい血と死骸で満ちていた。村の周りには無残にも八つ裂きにされた同胞達が転がっていた。辺りを見回すと、深い傷を負いながらも生きていた親友が痛みで悶えていた。
俺はすぐさま駆け寄り
「何があった!?」
と傷口を抑えながら聞いた。正直抑えたところで血が止まるような傷では無かった。
親友は痛みに顔を歪ませながらも
「突然・・・魔王軍が、魔王軍が来たんだ!・・・それで、俺達を」
と告げた。その間どれだけ傷口を抑えようが血は止まらない。
「分かった!だからこれ以上喋るな!」
少しでも和らげようと俺は親友の話を制した。
しかし親友は聞かず、力を振り絞って話し続けた。
「俺はどうせ助からねぇよ。それよりアイリちゃんを・・・」
そう言い残し親友は静かに瞼を閉じた。俺は、親友を静かに横たえて全速力で家へ向かった。その速度は今までにない程だったであろう。
「アイリ!無事でいてくれ!」
家についたら妹が何事もなく出迎えた・・・ような気がした。
正しくは、家から出迎えたのは魔王直属の幹部だった。
容姿が幼い姿だった為見間違えたのだ。
「アイリは!アイリをどこへやった!?」
俺は考える間も無く眼前の幹部に詰問した。
幹部は少し考える様に間を置いて
「アイリってこの家にいた女の子?あぁ、それなら美味しく食べちゃっ」
と話し出したが途中で幹部の口は話すことを止めた。
正確には、幹部の少女の首と胴体が切り離された。
「もういい。」
幹部の顔は驚愕に凍り付いていた。
俺は、言葉を最後まで聞かずに眼前の少女の首を刎ねた。
一瞬の事で返り血は無かったが、剣には赤黒い血がベットリ付いていた。
それを地面に振り払って、家に入る。
家は小さく俺と妹の二人では少し手狭な間取りだった。
そんな家の床が、血で染まっていた。
「アイリ!アイリ!居たら返事してくれ!」
俺は返ってくる筈もない返事を期待して名前を叫んだ。
血の海を探していると一つの肉片を見つけた。
それは小さい右手だった。
「・・・」
言葉を失った。
右手以外は見つからなかった。
俺は、震える手でアイリのものと思しき右手を拾い上げた。
右手は硬く何かを握り締めているようだった。
俺は丁寧にその右手を開いた。
中には小さな布袋がしわくちゃな状態になっていた。
相当強い力で握っていたのだろう。
「これは、俺が小さい頃アイリにあげたお守り・・・。」
万が一の護身用として、魔力を練った護符が込められたお守りだ。
お守りがアイリの右手を守ってくれていた。
アイリ自身ではなく、アイリの右手だけを。
俺は目の前の現実が受け入れられず、ひたすらに咆哮した。
喉がちぎれんばかりに叫んだ。
ひとしきり家で泣き叫んだ後、俺は事の元凶である魔王の城に行った。
「復讐してやる。」
俺は且つてない程疾く走った。
魔王の実力は知らない。
だから、魔王と闘って俺の力が及ばずに死に絶えても良かった。
寧ろそれで妹と同じ場所に行けるならその方が良かった。
けれど妹を殺した元凶に制裁を加えなければ気が済まなかった。
(別に勝てなくてもいい、でも一太刀はくれてやる!)
道中の敵を怒涛の如く薙ぎ倒し、魔王の城門を開く。
城の主は突然の来客に驚いていたが、久々の来客に嬉しく思ったのか
「これはこれは、遠方はるばる勇者が来客とは。何用かな?」
などと拍子抜けなことを言ってきた。
俺はそんなことは意に介さず
「御託はいい。さっさと始めるぞ。」
と剣を抜き魔王に向けた。
「成程な、了解した。では早速始めるとしよう。」
そこからは一瞬だった。
魔王が攻撃を仕掛ける隙を与えず、素早く攻撃した。
俺は魔王のあまりにも鈍い動きに困惑しながらも、隙だらけだったので四肢を切り落としてやった。
魔王がわざわざ手加減しているかとも思ったが、魔王の痛みで顔を歪めながらも発する言葉で思い知った。
「よもやこれ程までに強く疾い勇者がいようとは。あっぱれである。」
俺はもう魔王すら雑魚と思える程強くなり過ぎていた。
先刻までの俺だったら、魔王の称賛を素直に喜んでいただろ。
しかし今の俺にとってその称賛は虚しく消えるだけだった。
「あっそ、じゃあ死ね。」
そういって俺は剣を振り上げた。
別段魔王は取り乱す様子も無く
「うむ。魔王として生まれた以上、これも致し方無いかの。」
そういって自らの死を享受しようとしていた。
俺の振り下ろそうとした手はハタと止まる。
(俺は何の為にここまで来たんだ?妹の復讐だろ?
魔王に妹以上に苦しんでもらう為だろ?)
そんな心の声が聞こえた。
俺は振り上げた剣を魔王の胴の致命傷にならない部分に突き立てた。
魔王は苦痛に顔を歪ませつつも、俺に話をする。
「どうした?そんなに儂をいたぶって楽しいか?」
そこでふと魔王が俺を一瞥し、言葉を詰まらせる。
「・・・お主、今の自分の顔を見てみろ。」
魔王が俺の顔を見たかと思うと、突然そんなことを言ってきた。
復讐に駆られていた俺だったが、魔王の突拍子もない発言にふと我に返った。
俺は昔妹から貰った手鏡で自分の顔を確認した。
そこには見たことも無い様な形相が映っていた。
「・・・」
俺はただただ、鏡を見つめていた。
頭部には禍々しい角が生え、目は赤く染まり、口元は大きく裂けていた。
一言で表せば魔王の形相がそこには映っていた。
しばらく鏡を見つめていると鏡が割れた。
「お主、儂より魔王しておるの。」
魔王はその言葉を最後にしゃべらなくなった。
理由は単純、俺に首を刎ねられたからだ。
「あはは、俺が魔王か。」
俺が自らを魔王であると自覚したからか、服装がみるみる変わりそこに勇者と呼べるような風貌は無かった。
俺は考えが纏まらないまま、かつての魔王の椅子に座る。
(あれ、どうしてこうなったんだっけ?俺はただ妹の復讐のつもりだったのに・・・)
暫くぼーっとしてるとこんな言葉が口から出た。
「世の中って奴はさ、本当に起きて欲しい事は起らないくせに、起きて欲しくない事はシレっとやってくるんだよな。」
俺はただ、妹と静かに暮らしたかっただけ。
それがどうしてこんなことに。
やがて勇者は完全な魔王に成り果てた。
今では多くの眷属がひれ伏している。
しかし、彼らには城からは出ないように命令してある。
村などを襲わせない為だ。
月日が流れて魔王の城の噂が流れた。
そして名声稼ぎに魔王を討伐しに来る勇者が数多く訪れるようになった。
始めのうちは、魔王は煩わしくて眷属達に追い返させていたが
「勇者に殺されるのも悪くないな。」
次第にそう思うようになり勇者の相手をするようになった。
しかし城を訪れた勇者は誰一人帰ることは無かった。
それほどまでに魔王は強すぎて、生者を出さない程に残忍だったのだ。
(妹を失った哀しみが分かったか!)
魔王は夜な夜な愛しい妹の名を呼んでいる。
そして魔王は今日も殺す。
誰かの愛しい人を。
世の中って奴はさ、本当に起きて欲しい事は起らないくせに、起きて欲しくない事はシレっとやってくるんだよな。
俺は今でも想うよ。
今この現状が全部嘘で、村が襲われたことなんて無かったらなってな・・・。
魔王はいつまでも自らを殺しに来る真の勇者を待ち望んでいるだろう。
そして魔王になる 鳴海 真樹 @maki-narumi
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