第41話 新聞部員は語る

「……ここなの?」

「ええ。プリンターもあるし、調べ物もできる。新聞部としては活動にもってこいの部屋なんでしょうね」

「それじゃあ、行くか」


 僕ら三人は「PC教室」という表示が付けられた扉を軽くノックしてから足を踏み入れる。


 中に入ると、六人ほどの男女がパソコンを叩き、あるいは顔をしかめて資料とにらめっこししていた。それぞれの作業にいそしんでいるようだ。


「……急にお邪魔してすみません。清瀬さんという人はいますか」


 彼らは一瞬作業を止め、僕らの方を見るがすぐに目線を目の前のパソコンに戻してしまう。


 いや、一人だけ立ちあがって僕らの方に近づいてきた女生徒がいる。


 銀縁メガネに、綺麗に切りそろえられた黒い髪。整った顔立ち。いかにも才女といった雰囲気の女の子だ。


「私が清瀬だけど?」


 会ってみて気が付いたが、同じ学年なので何度かは見かけている容姿だった。こうして名前と顔を一致させて話すのは初めてだが。


「どうも初めまして。二年B組の月ノ下といいます。実はちょっと女子サッカー部のことで相談したいことがありまして」

「女子サッカー部? ちょっと待ってね」


 彼女は一度奥に座っている男子生徒の所に行って「部長。少し取材関連で一般生徒から話があるみたいなので」と報告してから、戻ってくる。どうやら奥にいる生徒が新聞部の部長らしい。


「十分くらいなら時間取れるけど。それでいいかな」

「はい」


 アポイントもなしに押し掛けて話を聞こうとしている身である。正直、出直す覚悟もしていたくらいだ。門前払いにならなかっただけましだろう。





 僕らは二年B組の教室へ移動した。


 さいわい当番の掃除も終わり、多くの生徒は部活か家路に着いているようで他の人間は見当たらない。とりあえず空いている席に座ってもらって、僕ら三人も彼女と向かい合うような形で腰を下ろす。


 僕は日野崎の了承を得たうえで、簡単にここまでの事情を彼女に説明した。


「ふうん。なるほど。女子サッカー部でそんなことがねえ。まあ部の内部運営的な話で、しかもプライベートな事情も絡むとなると記事にはなりそうにないなあ」


 彼女はそう言って頭を掻きながらため息をついた。


 隣の星原が口を開く。


「そういえば清瀬さんは前にサッカー部に取材に行って断られた、と聞いたんだけれど、どういう経緯だったの?」

「大したことじゃないよ。二年前、うちの学校の女子サッカー部は地区大会優勝まで行ったんだ。何でも『切り札のリベロ』と異名を取る動きのいい新入部員がいたんだとか」


 そんなすごい選手がいたのか。


「だけどその次の年以降はぱっとしなくてね。それで『当時活躍して優勝に貢献した選手について、その後調子はどうなったのか』を聞こうと思ったんだけど部長に『休部しているだけだ。あなたには関係ない』と断られてね」

「……そうだったの」


「へえ? そんな人がいたんだ。知らなかったよ」と日野崎が呟く。


 あのちょっと癖のある伏見という一年生部員は、清瀬さんが断られた腹いせに部内の状況を調べて告げ口している、なんて言っていたな。しかし、こうやって話してみるとそこまで執着している様子もない。だが、念のため探りを入れてみようか。


 僕も彼女に質問をしてみる。


「ちなみにもしも外部の人間が女子サッカー部の内情を知ろうとしたらどんな方法があるのかな?」


 彼女は僕の質問に一瞬戸惑ったような顔になる。そんなことは考えたこともない、とでも言うかのように。


「……えっと、そうだね。そりゃあ部室の前に張り付いているとか、後は誰か部員の一人と親しくなって教えてもらうとか、じゃないかな?」

「……なるほど」


 今の反応を見る限り、やはり彼女は何の関係もないのだろう。


 だが、僕の内心の落胆とも安堵ともつかない気のゆるみを彼女は別の方向に勘違いしたらしい。


「あ。もしかしてジャーナリストがそんなドラマや漫画みたいな潜入取材みたいなことをすると思っていたんじゃないだろうね」

「え?」

「そりゃね。そういう事をしてスクープを取りに行く記者も世の中にはいるのかもしれないけど、実際の大半の新聞記者は『公式発表された資料』や『正面から取材協力してもらった内容』を専門家に話を聞いて地道に裏取りして形にするんだよ」

「あ、うん。……そうだよね」

「君、あまり新聞とかマスコミには興味なさそうだね」

「いや。その。……ははは」


 興味ないのが本音だ。だが、流石に新聞部の人間を前にそれをはっきり言うのは失礼な気がする。


 適当に誤魔化したいところではあるが、校内新聞の記事も僕はそんなに注目してなかったし、無理をしてもぼろが出てしまうだろうな。


「まあ、正直言うとあまり関心はないかな」と直截的に言いながらもなるべく柔らかめに答える。


「どうして?」


 妙に突っ込んでくるな。こういう姿勢が新聞記者には大事なのだろうか。


「気を悪くしないでほしいんだけど、僕はマスコミにあまり良いイメージがないんだ」


 清瀬さんは怒るでもなく無表情で僕の言葉に聞き入っている。


「マスコミって、権力や政治家の不正を見張る、世の中に必要な社会正義だと自称しているイメージがある」

「実際、社会には必要な存在だろう?」

「でも、常に公正な立場という訳じゃあない。例えばスポンサーや自分たちの不祥事が発覚した時にはほとんど報道しない。やらせや誤報が発覚した時でも謝罪記事は発表した時より扱いが小さい。それでいて他の新聞社もそれについて何も言わない。政治家の汚職やもみ消しは批判するのに自分たちの時には声が小さいだろう」


 彼女は僕の言葉に静かな微笑を浮かべながら答える。


「そりゃあ、テレビだって新聞だって商売でやっているんだ。評判と売り上げが落ちるのは困る。情報だけで視聴者がたくさんお金を出してくれればやっていけるだろうけど、実際にはスポンサーが金を出さなきゃ成り立たない。……君がもしスポンサーの立場だったとして、自分のお金を出している相手が自分の失態を触れて回ったら、次から金を出したくないだろ?」


 彼女はそれを悪いことだは思わないらしい。ある意味仕方のないことだと割り切っているのだろう。「清瀬」という名前に反して清濁あわせのむ性格なのだろうか。


 僕は少し心に引っ掛かりを感じてつい反論する。


「それなら、最初から『自分たちはスポンサーと自分たちの不利益になることは報道しません』と但し書きでも書いておいてほしいけどね」


 清瀬さんはここで「ははっ」と笑うと、演説でもするように軽く両手を広げて訴えて見せた。


「そんなことは大人になれば気づいていく公然の事実というやつさ。書くまでもない。……月ノ下くん。何より商売は売れなきゃやっていけない。そして大衆はね。正確な事実よりもそれを加工して作ったわかりやすい物語を、悪役を求めているんだ。だからマスコミは政治批判を常とするんだ」

「悪役?」

「つまり、問題を提起した後で、それを引き起こした『犯人』はこいつだったと示してほしいんだよ。凶悪な殺人事件が起こったら、犯人が捕まって逮捕されてほしいと思うだろう? それと同じだ。例えばよく少子化問題が話題になったりするね」

「ああ」

「だが現実に起こっているのは『少子化問題』じゃないんだ。まず不景気による生活難の問題。出産と育児をするための環境が整っていない問題。一人でも暮らせるようになった生活形態の変化。女性の社会進出。そういういくつもの問題が複雑に絡み合って『少子化』という結果が存在しているんだ」


 確かにニュースではそこまで突き詰めて論じられることはあまりないが、そういう一面もあるのだろう。


「つまり、単純に誰が悪いという話じゃなくていくつもの原因が重層的につながって、少子化を引き起こしている、ということか」

「そのとおりさ。しかし、新聞やニュースを受け取る多くの人間はなるべく問題に対して『わかりやすくて安易で単純な結論』を出してほしい。だから大抵の社会問題は『政府が悪い』としておけば大半の人間は納得するのさ」

「だから、センセーショナルで扇動的な内容になるのも仕方がない、と?」

「そういうこと」

「だけど。マスコミで評論家が政治批判をするときにいつも思うんだ。まるで格好いい正義の味方気取りだけれど、政府が評論家相手にいちいち反論してくることはまずない。……つまり、やり返してこないとわかっていて『かかってこい』と挑発しているように見えるんだよ」


 だが、清瀬さんはそんな僕の言葉に冷笑的に意見を返す。


「何を言うかと思えば。……良いかい? 絶大な権力と責任を負う政府と、民間の一個人の政治評論家では扱いが違う。前者は強く、後者は弱い立場なんだ。仮に政府が一個人の意見に反論し、その意見の問題点を執拗に指摘して代案を迫るような責任を負わせるようなことがあったらそれは一種の圧力だ。弾圧といってもいい。君は言論の自由がない世界を望むのかい?」

「そうは言わないけど……」

「批判する側の安全が完全に保証されたうえで、批判を許すのが民主主義だ。弱い立場のマスコミや政治評論家は安全な場所から、強い立場の政府を自由に非難する権利があるのさ」


 僕は自分が論破された、とは思わない。


 多分、僕の言葉にも彼女の言葉にもそれぞれの正義があり、価値観がどうしようもなく異なっているのだ、ということだけは判った。


 その時、左腕に微かな違和感を覚える。見ると、横で星原が僕の袖を引っ張っていた。


「月ノ下くん。それぐらいにしましょう。私たち、そんな話をしに来たわけでもないでしょう」


 考えてみれば彼女の言うとおりだ。女子サッカー部の告げ口犯を探す、という本題からだいぶずれている。


「済まない。余計なことを言って雰囲気を悪くしたね」

「……なに。気にすることはない。変に突っ込んで聞いてきたのは私だ。もう良いのかな?」

「ああ。ありがとう」


 僕が軽く会釈すると彼女は立ち上がって教室を出て行った。

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