第39話 被害者の証言
「協力させて悪いねえ。二人とも。それで、誰から話を聞けばいいのかな?」
翌日の昼下がり。僕と星原は日野崎と一緒に本校舎の廊下でたむろしていた。
「えっと。女子サッカー部って部員は何人いるんだ?」
「あたしを入れて十四人だね」
「……まあ全員から話を聞かなくてもいいだろうけど。実際にプライベートな事情が知られてしまった、という部員から何人か話を聞きたいかな」
隣の星原が「なるほど」と僕に頷いた。
「それじゃあ、二年生なら日野崎さんの紹介がなくてもある程度顔も通じるだろうし、私が聞いてくるわ。月ノ下くんは一年生や三年生の部員の話を日野崎さんと一緒に聞いてくる、というのでどう?」
「……確かに手分けしてやるのに越したことはないな。よしそれで行こう」
日野崎が「うん。早速行きますか」と僕を先導して歩き出した。
三年生の教室は本校舎の三階だが、普段はまず足を踏み入れるような場所ではないので僕としては少し落ち着かない気分だ。
日野崎は三年A組の教室の前で止まると「ちょっと呼んでくるから待っていて」と囁くと、そのまま僕を廊下に残して教室に入って行く。
お目当ての先輩を教室内の誰かに呼んでもらっていたのだろうか、十数秒後に二人の女生徒を連れて廊下に戻ってきた。
一人は髪をおさげにして背中に垂らして、女性的でありながらも引き締まった体格。日野崎とはまた違うタイプのスポーツ系女子といった風情がある。
もう一人は髪をベリーショートにした質実剛健な雰囲気の女生徒だ。
日野崎が一人ずつ紹介する。
「こちらが
「へえ、君が。日野崎の友達なんだ。……なんか意外だよ。タイプが全然違うというか」
小金井先輩は目を見開いて、驚きと興味がこもった表情を作った。
「私は告げ口犯がいるなんて思いたくないのだけどね」
そんなことを言いながら隣の鷺ノ宮部長はじろじろと僕を値踏みするように観察する。言外に「信用できるのか」と疑っている空気を感じる。
「まあ。部内の誰を信じればいいのかもわからない状況だからねえ。君みたいな第三者に話を聞いてもらって客観的に判断してもらった方がまだマシなのかな」
ため息を漏らしつつ呟いた。
彼女にとっての僕は急に紹介された「知り合いの友人」なのだから、ある意味当然のリアクションかもしれないが。
「ちなみに僕は日野崎の紹介で今ここに来ているわけですが。……鷺ノ宮部長は日野崎のことは信用している、ということですよね?」
「信用するもしないも、この子に他人の秘密を聞き出して、裏で自分に有利になるように立ちまわる、なんて器用なことできると思う?」
右手の親指を立てて日野崎を指しながら逆に問い返してきた。
何気に日野崎に対して失礼とも取れる言いぶりだ。まあ「裏表がない」という意味での人間評価については同意するが。
本人の前で「無理ですね」と言い切るのもなんだったので、適当に愛想笑いで誤魔化す。
「まあ、事前に一応話は聞いていたからね。部の雰囲気改善の為に何かわかったなら教えてね」
そう言ってどこか冷めた雰囲気で、鷺ノ宮部長は先に教室に戻っていった。
さて、本題に入るとしよう。
「それで、小金井先輩は何を飯田橋先生に知られたんです?」
「うん。私はね。この間の夏の地区大会で試合中に少し足をひねってしまったことがあったんだ。といっても軽い捻挫だったから、次の試合日程までには治るだろうと顧問には言わないでおいたわけ。……実際、私ももう少しで引退だし、試合に何回出られるかもわからない。こんなことでレギュラーから外されたくなかった」
「その事って、誰かに話したんですか?」
「試合後の学校での練習の時だったかな。同じ三年の部員の一人には『試合の時、ひねったせいでちょっと調子が悪いかも』と部室にいるときに弱音を漏らしてしまった」
「なるほど。でもその時、部室には他にも聞いていた人はいたんじゃあないですか」
「……確かに何人かはいたよ。ただ、会話がはっきり聞こえるくらいすぐ近くにいたのが一年の井荻藤花」
「井荻藤花?」
どこかで聞いたような。
ああ、思い出した。前に同じクラスの男子から毎回英語の宿題を見せてほしいと迫られて困っていた女の子である。一度、日野崎を通じて明彦と一緒に相談に乗ったことがある。
「彼女が怪しいと?」
「うん。私がレギュラーを外された後、代わりに試合に出たのが井荻なの。使っているロッカーも私のすぐ後ろだし。聞き耳を立てられていたのかもしれないなって」
僕の知る限りではそういう陰湿な雰囲気はないようにも思えたが。
僕は日野崎と顔を見合わせる。彼女も僕と同じで釈然としない表情をしていた。
「わかりました。参考にしてみます。ありがとうございました」
他にも何人か三年生の聞き込みを終えたあと、僕らは階段を下りて今度は一年生の教室に向かった。
先ほどと同様に、日野崎に教室内でサッカー部の部員を呼び出してもらう。
髪を右サイドで結んだ派手な雰囲気の女子が日野崎と一緒に戻ってくる。活発な印象はあるものの、スポーツ少女というよりお洒落とかに興味がありそうな風情である。
「紹介するね。この子は伏見真紀子。一年生でポジションはミッドフィルダー」
「こんにちは。……へえ。この人が日野崎先輩の? ふーん。あはは。なんかウケる」
何がどう「ウケる」んだろ。何か苦手なタイプの子だな。
「こら、伏見。まじめに答えて」
「はーい」
何だかやりづらいなあ。僕が日野崎をちらりと見ると「ごめん。この後輩、こういうノリの子で」と小さく呟いた。
日野崎も会わせる前から僕とは水と油な感じだと察していたらしい。
「あー。それで訊きたいんだけど、伏見さんは一体何を飯田橋先生に知られたの?」
「えっとお。試合会場の下見行った帰りに彼氏と待ち合わせして遊ぼうと思ったら、そのことが角刈りゴリラにばれちゃって。マジ切れ説教された」
角刈りゴリラって飯田橋先生のことか。
不意打ちされたように強烈な単語を耳にして、思わず笑いがこみ上げそうになるが、どうにか真面目な顔を保つ。
「そのことは、他の部員に話したりした? 会いに行くところを見られたりとかはなかった?」
「うーん。そういうの全くないんだよねえ。だからびっくりして。だって誰にも話してないんだよ?」
「そうか」
どう考えたらいいのだろう。この子は気づかなくとも誰かに見られていた、なんてこともあるのだろうか。
「ああ。でも、怪しいやつ一人知ってる」
「怪しいやつ? 誰?」
「うちの部って、二代くらい前は結構強かったらしくて、地区大会優勝したらしいんだよね。それで、その時のことを取材したいとかで新聞部の
「新聞部。……清瀬か」
うちの学校は校内新聞がある。数年前までは、内容は当たり障りのない校内活動が主だったのが前年から校内部活動のみならず学校の運営方針にまで焦点を当てた妙に革新的な内容になったと聞いている。僕はあまり興味がないので関わってこなかったが、その立役者の一人として同じ学年の清瀬くるみという女子生徒がいるらしいというのは聞いたことがある。
「だけど、部活動の邪魔だからって部長に追い返されたんだよ。そいつが、腹いせに色々調べて噂をばらまいているんじゃないかという線はあると思うんだよね」
「……そうなのか」
根拠としては薄弱とも思えるが、一応記憶しておくべきだろうか。
「わかった。ありがとう。参考になったよ」
僕と日野崎はそんな調子で他の部員からも話を聞いて回り、昼休みが終わる直前に教室にどうにか戻ってきたのだった。
「それで、そちらの状況はどうだったの?」
掃除当番も帰って、人っ子一人いない静まり返った二年B組の教室。僕は星原と机を挟んで向かい合って座っていた。日野崎は今日は部活があるため外している。
聞き込みを済ませた昼休みから数時間経過した放課後である。
早速、僕は星原とお互いに聞いた内容を情報交換することにしたのだった。
「三年生の話では体の不調や成績が落ちて補修になりそうだとか、不利な情報が飯田橋先生に流れたっていう話が多かったな。そしてその時に容疑者として怪しいんじゃないかっていわれたのが三年生に抑圧される立場の一年生だった」
「一年生、ね」
「特に怪しいとされたのが、井荻藤花という子だ」
「ああ。前に一度関わった子だったわね。……どうしてその子が?」
「三年生の中に軽い足の捻挫を隠していたことを告げ口されて、公式試合のレギュラーから外された人がいた。その人の代わりにレギュラーになったのが井荻さんなんだよ」
「つまり『告げ口がされたことで利益を得た立場だった』ということね。ある意味明快な理屈ではあるわ」
彼女は胸の前で腕を組んで考え込むように呟いた。
「そっちの方は? 二年生の部員に聞いて回っていたんだよな?」
「ええ、板橋さんと市川さんに聞いてみたんだけど」
板橋敏美と市川恵子。僕らと同じ二年B組の女子生徒であり、女子サッカー部にも所属している二人か。一時期日野崎とは険悪な関係だったこともあるが、今は和解していたはずだ。
「あの二人か。何だって?」
「市川さんがアイドルのライブチケットに当選したからどうしても行きたかったんだけど、練習試合と日程が重複したんだって。だから体調不良という言い訳で休んだんだけど、バレてしまったと言っていたわ」
「……そのことを他の誰かに知られるような心当たりは?」
「部室で二人で話していた時に、同じアイドルのファンの
今度は三年生の部員が容疑者か。
「でも、それって他の部員だって聞いていたんじゃあないか?」
「それを言うなら、そもそも部活動で団体行動しているんだから全員怪しいともいえるのよね」
そりゃそうか。
いやもっと言えば、特に注意を払わずに普段の生活の中で会話をしている時に、誰がその時その場にいたのかを思い出せと言われて、正確に記憶している人間なんてそう多くないだろう。
「そう考えたら、仮に告げ口している犯人がいたとしても特定なんて不可能な気がしてきた。……思った以上に厄介な状況じゃないかな。これ」
「疑われている人に、他の噂について聞く機会があったのかどうかを確認するというのはどうかしら」
「井荻さんやその小平とかっていう容疑者扱いされている部員たちに話を聞いてみるということか?」
「ええ。告げ口犯が一人であるという前提での話だけれど。『怪我を誤魔化していた話』『ライブに行くと嘘をついていた話』つまり複数の情報を知ることが出来る立場だったら、犯人の可能性はぐんと上がる。逆にそうでないなら容疑者から除外できる。日野崎さんの話では部員は十四人なんでしょう? それなら、告げ口の被害者も除けばかなり絞り込めるわ」
「なるほどな。……あ、そういえば」
僕は言い忘れている情報を思い出した。
「一年生の部員で試合会場の下見に行った帰りに、男子と出かけるのを告げ口された、という子がいたんだけど」
「へえ?」
「ただ、彼女としてはそのことは誰にも話していないし、他の部員に見られた記憶もないそうだ」
その言葉に星原は眉をしかめる。
「それが本当なら、もう部員の中に犯人がいるという前提すら怪しくなるわ」
「ああ。その子も前にサッカー部を取材しようとして断られた新聞部の人間が怪しいと主張していたよ」
「新聞部ねえ。それは流石に関係ない気がするけれど。でも容疑者扱いされている人たちに話を聞くついでに当たってみてもいいかもね。新聞部なら色々な話に通じていて、何かの参考になるかもしれないし」
「……そうだな」
「あ。それともう一つ」
彼女は思い出したように顔を上げる。
「できれば、まず女子サッカー部室も一度見せてもらった方が良いかも。私たちどんなところなのか直接見ていないし」
「ああ。実際に行ってみれば、外からも容易に部室内の話し声が聞ける状況なのかどうかはっきりするものな」
それに、何か見落としていることがあるかもしれないし。
こうして、次の僕らの方針は現場の確認、そして疑われている部員と新聞部に話を聞く方向で固まった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます