第18話 肝試し当日

 数日後。とうとう肝試しの決行の日が来てしまった。


 日が沈み始めた学校のグラウンドの片隅に十数人ほどのクラスメイト達が集まって喧騒を響かせている。体育祭の時などに使われる観覧用のベンチのまわりで思い思いに雑談をしながらたむろしていた。


 その中心では三鷹が足を広げて座り込み、取り巻きたちと話し込んでいる。


「これで全員そろったか?」

「こんなもんだべ。もうこれでよくね? 遅れたやつはもう仕方ないっしょ」

「そだな。いくか?」


 この状況を変えるために一石を投じるとしたら、今だろう。このタイミングを外したらもう間に合わない。


「ちょっと待ってくれ!」と僕は手を上げる。


 何だこいつと言いたげに周りの目が僕に集中する。内心の緊張を抑えながら声を絞り出す。


「これから行くつもりの裏山の山道のことなんだけどさ。確かにあそこは途中から学校の敷地から外れる。でも私有地になっているらしいんだ。そういう場所をあまり集団でうろうろするのはまずいと思うんだよ」

「はあ? いまさら何言ってんだ?」

「しらけるんですけどー」


 予想はしていたが、半ばブーイングのような反応が返ってくる。


「まじめな話だ。みんな冷静に考えてみろよ。……一人や二人じゃないんだ。こんな大人数で私有地に入り込んだら、確実に誰かの目にふれる。下手したら警察に通報されるかもしれない。人の土地に勝手に入り込むのは不法侵入というれっきとした犯罪だろ? この中には推薦入学狙っている奴もいるよな。内申点に傷をつけたいなら止めはしないが、そこまでするほどのものなのか?」


 一瞬、僕の言葉に騒ぎかけたクラスメイト達は黙り込んだ。


 だがその沈黙を即座に破るかのように、三鷹がフンと鼻を鳴らす。


「バレなければ問題ないだろ? ちょっと一、二時間ぶらぶらするだけだ」


「そいつはどうかねえ」と今度は明彦が前に出た。


 手にはスマートフォンを持ち、その画面ではとあるSNSのアプリ画面が起動している。


「何だ?」

「うちのクラスでもSNSやっている奴が結構いるのは知っているだろ? ……これを見てみろよ。『今日これから学校の裏山で肝試しすることになった。面白そうだから実況するわ』だとよ」


 言いながら明彦はスマートフォンの画面を見せつけた。


「ちょっと前にどっかの学生がウケを狙って、バイト先の冷蔵庫に自分が入っている写真をネットに晒した。それを見た人間から反感を買って非難が集中。通っている学校まで特定されて炎上したなんて事件があったよな。……このアカウントの主が私有地に堂々と不法侵入している写真をさらしたりなんかしたら、どうなるかわかったもんじゃないと思うぞ?」

「……貸せ」


 三鷹は明彦に歩み寄るとスマートフォンをひったくるように奪い、まじまじと画面を見た。


 誰の書きこみなのか、探ろうとしているようだ。


「おい。この中で今日のことを書きこんだりした奴いるか?」 


 三鷹は周りのクラスメイト達に呼びかけるが、彼らは困惑したように顔を見合わせるだけで誰も名乗り出ない。


 当然である。そのアカウントは今日のために明彦が作ったもので、個人を特定させるようなことはほとんど書いていないのだ。過去の書き込み内容もせいぜいうちの学校の生徒であることを匂わせている程度である。


「ちなみに」と平井も手を挙げた。


「不法侵入は刑法第百三十条に規定されているんだが、『正当な理由がないのに、人の住居や建造物に侵入した者は、三年以下の懲役又は十万円以下の罰金に処する』とされている。例えば自転車とかを勝手に人の土地に駐輪した場合でも不法侵入として逮捕されたケースはあるな」


 三鷹もその周りのクラスメイト達も黙り込む。


 フォローを入れるにはいいタイミングだ。


「話を最後まで聞いてくれないか? 僕も別に肝試しそのものを中止にしようと言っているわけじゃあない。ただ人の土地に勝手に入り込むのがまずいって言う話さ」


 三鷹が僕に目をやりながら訊く。


「何か考えでもあるのか?」

「あの裏山の山道については全部が私有地というわけじゃあない。うちの学校の敷地内にある獣道を通って、近くの国道に出ることができる。まあ、これはこれでちょっとした探検だけどね。……その先を少し歩いたところにつぶれた病院があるんだ。そこを肝試しに使うってことでどうかな」


「そこは、入っても大丈夫なのかよ?」と住吉が不安そうに尋ねた。


「一応伝手があって、所有者の了承は得られている。鍵も開けてもらっているはずだ」

「へえ。準備良いじゃん」

「廃病院か。面白そうだな」


 脅迫も同然の情報提示からの安全な代替策。クラスメイト達は互いに反応を探りながらも僕らの提案に同意しつつある。


 僕は明彦と目を交わして安堵の笑みを一瞬浮かべた。


「うーっし。一応当初の目的だった山道も通るようだし、その廃病院に行くとするか」と三鷹がその場をまとめる。


 かくして僕ら男子十数名は廃病院に向けて学校のグランドを出発することになった。

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