第17章 ── 第17話

 朝になり、俺たちは五階層へと降りる。

 メシを強請ってきた冒険者たちとは野営の間で別れた。彼らは四階層を回るそうだ。彼らでは五階層では通用しないだろうしね。


 五階層は、四階のようなデッドリーなトラップ・ゾーンとは違い、モンスターの配備が主体だな。


 最初に遭遇したモンスターは、テンタクル・スラッグ。レベル一五の軟体生物だが、口の周囲に生えた多数の触手に麻痺毒を持っている嫌らしいモンスターだ。

 見た目は陸生型イソギンチャクといった感じだろうか。それがヌラヌラとした粘液を引きつつ動くから気持ち悪い。


 レベル的には大したモンスターではないので、とっとと片付けた。俺はさすがにこのモンスターの死骸から素材などを回収する気にはならなかったんだけど、ハリスが文句も言わずに解体していたので任せた。


 解体作業を見ていたところ、胴体部分は筋肉がみっしり詰まっており、嫌な匂いもしないので料理に使えそうな気がする。アイテム・データを確認したところ、料理素材としてポピュラーなものらしいので、仕方ないのでインベントリ・バッグに仕舞っておく。


 続いて現れたのは、ガルガンチュア・センチピートだ。日本の妖怪にいそうな巨大ムカデだった。試しに刀身にツバを付けて戦ってみたけど、あんまり変わりはなかったな。

 こいつの甲羅は加工すれば固くなり、板金鎧並の強度になるそうなので素材としては優秀。また、肉もエビやカニのような味なので人気の食材だ。


 その他にナイト・ストーカー、ラウンド・ウルフ、バグベア、オーク、など、知性がそこそこの敵が現れるようになった。一応人語を解すが、ティエルローゼでは人族と敵対する種族らしく、人の話を聞かないので言葉が通じないのと変わらない。

 武器や魔法を使ってくるものもいるが、俺らの驚異にはなり得なかった。


 また、マミーや竜牙兵ドラゴン・トゥース・ウォリアー、ウッド・ゴーレムなど、魔法で作り出される敵もチラホラ。


 誰が作っているのやら……


 北の階段区画から西側に進んできたが、西側にある下り階段区画に近づいてきた。

 大マップ画面で確認すると、この先の五〇メートル四方の部屋がボス部屋らしい。


 慎重に近づいて中を覗いてみる。


 そこには二〇匹ほどのゴブリンの群れがいた。


 ん? ゴブリン? ゴブリンがいるにしては、少々深すぎやしませんかね? それもボス部屋だぞ。


 ゴブリンは小屋のようなものを作る者、何か料理のようなものを作っている者がおり、寝ている者もいる。


 その中に一際大きいゴブリンがいたので、じっくりと観察していたんだが……


「おい! ガルボじゃないかよ!」


 俺の声に、大きなゴブリンが反応する。


「な、何ゴブ!? 人間ケントゴブか!!」


 相変わらずのゴブゴブ語のガルボが、持っている武器を放り出して両手を上げて近づいてきた。


「何でお前らがここにいるんだ!?」


 ガルボに抱擁されつつも、俺は問いただした。


「突然、ここに来たゴブ。気づいたら仲間たちと一緒にここにいたんだゴブよ……」


 ガルボは俺から離れると、不安げに周囲を見渡す。


 俺がガルボに最後に会ったのはゴブリン王を支配下に置いた日の事だ。

 ペールゼン王国に行く時に立ち寄った時、彼は偵察かパトロールか何かをしていたのか会えなかったからな。


 久々に会えたから嬉しいけど、抱擁するほどじゃない。というか、こんな所に攫われてきたガルボにとっては、抱きつくほど嬉しかったのだろうけど。


「ここに来たのはいつ頃だ?」

「そうゴブね……陽が無いから、正確に解らないゴブが……四日くらい前だと思うゴブ。仲間たちと何とか生きていくために部屋を出ようともしたゴブ。でも出られないゴブよ……」

「え!? そうなの!?」


 ガルボたちは、ここに来てからというもの、この部屋に閉じ込められたままで過ごしていたらしい。


 時折、冒険者がやってきたそうだが、俺との約束があったから追い返すだけに留め、殺さないように気をつけていたそうだ。


「うーむ。神隠しみたいな感じなのかね?」


 というか、俺の領地の防衛を担うゴブリン軍の要、ゴブリン・ジェネラルが率いる部隊を攫って来て配置するとは……ちょっと許せないな。


 何者かが配置モンスターとして、ティエルローゼにいる生物などを拉致してるのは間違いない。こうなるとダンジョン・マスターらしきものが存在しないはずはない。これは抗議をしに行かねばならない案件だな。


 今回の迷宮探索では行けるほどの日数を申請してないから無理だが、次の探索期間は一ヶ月ほど申請して最深部を目指すとしようかね。


「で、ガルボ。閉じ込められていたなら、メシとかどうしたのさ?」

「餓死者が出ないように……なのか解らないゴブが、一日に一回食料が現れるゴブよ」


 ほう。それはまた親切ですな。一日に一回じゃ足りないと思うけどさ。それでも慈悲程度の配給はあるということか。


 ただ、満腹になるほどには配給していないようだ。

 その理由を推測するに、モンスターが侵入者である冒険者を襲わなくなっては困るからじゃないだろうか。


 ライオンですら満腹だと獲物は追わないからねぇ。よく考えてるな。


 俺は益々、ダンジョン・マスターの存在を確信する。


 ならばご挨拶せねばならないねー。俺の仲間を拉致る事など、絶対に許さない。必ず、痛い目にあわせてやろう。それがどんな存在だったとしてもだ!


 さて、ガルボをどうするかだが……

 ここから出られないと言っていたけど、魔法で出してやれないだろうか?


 攫ってきたモンスターを部屋から出さない力場のようなモノがあるにしても、転移門マジック・ゲートの魔法なら何の問題もなく脱出させられる気がする。


「ガルボ、これから魔法の門ゲートを出すから、そこから巣に戻れ」

「出られるゴブか!?」

「多分ね。巣の前に送ってやるよ」

「ありがたいゴブ! さすがは我が王ベルパの支配者ゴブ!」


 うーん。いつのまにか『ゴブリン王の王』になってたからなぁ。彼らの王の支配者なら、ガルボたちを助けなければ沽券に関わるからね。


 んじゃ、いきますか。


「猟犬の力を借りて、時空に穴を穿つ……ティンダロスの名のもとに開け! 『魔法門マジック・ゲート』!」


 正気度が減りそうな厨二呪文を唱えつつ、転移門ゲートを開く。


 鏡面のような円形のゲートが開かれ、ユラユラと薄暗い迷宮にたゆたう。


「おお、あれは……噂に聞いた魔法の水面みなもゴブね!」


 魔法の水面みなも? ゴブリンたちは、転移門ゲートをそう呼んでいるのか。まあ、そう見えないこともないけどね。一度、ゴブリンたちには見せたから。


「これに入れば、巣の前だからね」

「解ったゴブ。人間ケントには、また助けられたゴブ。今後、より一層、忠誠を尽くすゴブ!」


 ガルボは俺にひざまずいて挨拶すると、配下のゴブリンを連れて転移門ゲートに入っていった。


 やはり問題なく転送できた。


 モンスターの拘束は完璧というわけじゃないね。何らかの魔法的な効果で配置モンスターを部屋内に固定しているのだろう。

 廊下などで遭遇するモンスターも一定範囲内のみ徘徊できるようにしているのかもしれないな。


「よし、ガルボも無事に帰せたみたいだし、野営の間に行くとするか」

「ビックリしたのじゃ。まさか迷宮で知り人に出会うとはのう」

「ああ、どうやって連れてこられたのだろうな。魔法だとしても相当の腕とレベルだろう」

「あのゴブリンさんは初めて見たのですけど、強そうですね!」


 ああ、アナベルはガルボとは会ったことなかったっけ。


「彼はゴブリン・ジェネラルだからねぇ。四〇〇匹もいるゴブリンたちの軍部の頂点だし。彼は結構レベル高いんだよ。確か、レベル二〇くらいだったかな?」


「ほえー、ゴブリンなのに高いですねー。普通のゴブリンはレベル五程度でしょう? 高くてもレベル一〇くらいじゃないですか」

「まあ、そうなんだけどね。彼らの部族は比較的高いレベルの者が多いよ。ゴブリン・ファイターたちはレベル一二くらいだし。普通のゴブリンも、七とか八とかだもんね」


 ガルボの手腕なのか、しっかり訓練されているから防衛力としても彼らは優秀なんだよ。普通の人間よりも強いからね。軍隊とか冒険者を相手にしても善戦するだろうさ。


 野営の間に到着し、昼食の準備を始める。


 とりあえず、今日手に入れたテンタクル・スラッグの肉を味見してみようと思う。

 肉質は牛肉に近い気がする。牛肉のような乳臭い感じはしないので、料理はしやすいんじゃないかな?

 ここはシンプルにステーキにして味を見てみるべきか。


 まずは塩と胡椒こしょうで味見してみよう。味のバリエーションは、トッピング形式で後付けに。


 まずは、カリッと仕上げたニンニクのスライスを作る。

 もちろん下ろしニンニクも準備しよう。大根おろし、わさび、オニオン・ソースなども用意します。


 付け合せのニンジンやジャガイモ、ほうれん草も皿に盛り付けておこう。


 さて肉ですが、サイコロ・ステーキのようにして、少しずつ味を試せるようにするよ。


 ジュージューと焼ける音と良い匂いが周囲に溢れる。


「今日のステーキは、目移りしそうだな!」

「にくい演出じゃ!」

「お腹がキューキュー鳴っているのですよ」


 テーブルに並べたトッピング素材や付け合せ野菜などの向こうに、土筆つくし三姉妹よろしく、頭をのぞかせる食いしん坊チーム。


 もうこの光景は定番なので、ツッコミを入れる気力も湧かないよ。


「そろそろご飯も炊けるからね。器とか並べておいてよ」

「ガッテンショーチスケじゃ!」


 おしい。「の」が抜けてるよ。


「はいなのです!」

「マリス! 皿部隊はそっちだ。アナベル! フォーク分隊の展開はまだか!?」


 何の指揮をしているんだ、トリシア。相変わらず戦闘気分ですか。


 料理が終わり、食事を開始する。


「ふむ。この肉は癖がないな。どんな味にも合いそうだ」

「まさに汎用兵だ。どの戦線でも活躍するだろう」


 変な比喩表現だが、言い得て妙だな。


「どれを載っけても激ウマじゃぞ!」


 マリスは皿の上の各サイコロ・ステーキに違うトッピングを載せて楽しんでいる。


「私は大根おろしと醤油ショルユが一番好きです!」


 ハリスが同意するようにアナベルの言葉にうなずいている。


 みんなの舌も満足しているようで何よりだ。

 確かに、癖のない味だし、変な匂いもない。下処理も必要ないので万能食材とも言える。ポピュラーな食材になるわけだ。

 次に見つけたら、率先して捕獲していこう。在庫も欲しいから多めに確保したいな。

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