第12章 ── 第14話

『な、なんだ!?』


 お、出たね。


「あ、デニッセル子爵?」

「む!? なんなんだ!?」


 デニッセルの混乱したような声が聞こえる。


「あー、ケントですけどー」

「なに? ケント? ケント……はっ!? クサナギ辺境伯閣下!?」

「うん。そう」


 デニッセルがやっと俺だって気づいてくれた。


「か、閣下! 一体どこから!?」


 多分、周りをキョロキョロ見ているね。きっと、そうだ。


「あ、今ね。念話で話しかけてるんだ」

「念話!!??」

「うん。さっき、女帝陛下を救出してきてね」

「それはまことでございますか!?」

「うん。で、陛下の息子さんが魔族に捕らわれているみたいなんだけど、救出部隊を送る余裕あるかな?」

「なんですって!? すぐに手配致します! どこに捕らわれているのですか!?」


 デニッセル、声デカイ。


「そんなに大声出さなくても大丈夫。それでね、旧都マイアって所のモート公爵の別邸って解る?」

「は! 解りますが? モート公爵の別邸なのですか?」

「うん、モート公爵が魔族だよ」

「なんですと!?」


 デニッセル、さっきから驚きすぎ。


「何にしても、俺たちは魔族に憑依されてるモート公爵に対処しなければならないんだ。女帝陛下の息子さんの救出任務を頼めるかな?」

「心得ました! それで、息子さんというのは……」


 うん。デニッセルも把握してないだろうね。


「あ、今年で二〇歳らしいね。女帝陛下と神の間に出来た子供だよ」

「か、神との間の!?」

「そうみたい。名前はヘリオス・オルファレス・フォン・ラインフォルト。シルキス陛下の息子さんだ。一応、例の地図で調べた限り、そっちに魔族とか魔族の使い魔とかはいないみたいだから大丈夫だと思う」

「畏まりました! 早速、部隊を編成して向かわせます!」

「どのくらいで出発できそう?」

「本日のうちに出発し、次の日にはマイアで作戦開始できます」

「了解。お願いね」

「はっ! 帝国のために!」


 あ、今敬礼してるね。間違いない。頭の中で敬礼するデニッセルがハッキリと想像できたよ。まったく実直なんだから。もう少し余裕持とうよ。


「よし、息子さんの救出は手配完了したよ」


 ナルバレス子爵とシルキスが俺の顔をマジマジと見ている。


「相変わらずだ……」

「ま、ケントのコレに慣れておかないとな」

「念話は珍しいからのう」

「驚きましたー。さすがケントさんです」


 ウチのメンバーは相変わらずだ。アナベルに念話見せたことあったっけ? あんまり驚いてないっぽいけど……ま、天然キャラだから気にしないようにしておこう。


「ケント、そちらの救出任務に俺も行かせてくれないか?」


 アルフォートがジッと俺の顔を見る。


「行きたいの? 仕方ないね。良いよ」

「良いのか?」

「行きたいんだろ? 俺は構わない。明日にはマイアで作戦開始だそうだ。デニッセルが指揮を執りそうな勢いだったよ」

「恩に着る」


 そう言うと、アルフォートは自分の荷物を取りに自分の寝室にいった。


「いいので? 息子は戦時捕虜では……?」

「ははは、そんな小さな事にはこだわらないよ。こっちは女帝陛下を押さえてるんだよ? それに手駒はまだあるしね」


 俺の言葉にメンバーもシルキスも子爵もキョトンとした。


「作戦開始は明日らしいし、今日の昼前は少し休もう。俺は午後からちょっと出かけるよ」

「どちらに?」


 ナルバレス子爵が不安そうな顔で言う。


「ちょっと魔法学校にね」

「魔法学校? 知り合いでも?」

「ああ、ジルベルトさんに会いに行こうと思って」

「ロ、ローゼン閣下に!?」


 ナルバレス子爵がビックリした顔になる。ま、デニッセルも驚いていたもんな。王国の新米貴族がなんで帝国の重鎮と知り合いなのかって普通は思うだろうしね。



 アルフォートは午後一番にデニッセルと合流すべく帝都を出発した。それを見送った俺も魔法学校に出かけた。魔法野伏マジック・レンジャーであるトリシアも付いてきた。彼女も魔法使う人だから興味があるのだろう。


 魔法学校は帝都の北東側に位置している。比較的大きな建物なのでマップを見ながら行けば迷うことはないね。


 一五分ほど歩いて魔法学校に到着する。


 これは……まるで、某メガネ男子の魔法っ子の映画みたいな建物だな。


「随分と立派な建物だ」

「トリシアもそう思う? こういう建築ってこの世界じゃあんま見ないね」

「そうか? 北のグリンゼール公国はこんな形の城が多かった気がするが」

「俺、そっち行ったことないもん」

「そうなのか。今度行ってみるか?」

「そのうちね」


 俺とトリシアは魔法学校の門を抜けて入り口の扉に入った。


 中もなかなか凄いな。総大理石って感じ。


「ローゼン魔法学校にようこそ。どのようなご用件でしょうか?」


 入り口横の受付の女性に声を掛けられた。


「あ、どうも。ジルベルトさんに会いに来たんだけど」


 受付の女性は可愛く首を傾げた。


「ジルベルトと申しますと?」

「あー。ジルベルト・フォン・ローゼン侯爵ね。俺の名前はケント。そう言ってもらえれば解ると思うよ」

「ローゼン閣下とご面会ですか……閣下の名前ってジルベルトって言うんだ……」


 後半は小声で聞こえないように囁いたようだが、俺の聞き耳スキルがしっかり拾ってきたよ。ローゼン閣下と呼ばれる事が多いもんね。というか、帝国の人はローゼン閣下としか言ってないな。フルネームを覚えられてないのは可哀想な感じだね。


「少々、お待ち下さい」


 そういうと受付の女性は奥に引っ込んだ。

 しばらく待つと、受付の女性と共に、少々偉そうな感じの男性が現れた。


「ローゼン閣下とお会いしたいとお聞きしましたが……」

「貴方は?」

「私は副校長のロイターです。閣下のお手を煩わせる雑事を任されております」


 俺らを雑事と言ったのか?


「ふーん。俺らをジルベルトさんに会わせないつもりかな?」

「得体の知れない人物を閣下に会わせるわけには参らぬので」


 まあ、アポ取ったわけじゃないけどさ。少々無礼ですなー。


「どうする?」


 俺はトリシアに向き直る。


「ふむ。ジルベルトが帝都に来たら寄れと言ったから来たのにな。ま、じゃ帰ろうか? 事の次第を知って怒られるのはコイツらだろ」

「そうだね。帰ろうか」


 眉間にしわを寄せたロイター副校長が口を開く。


「貴方たちは一体何ものなんですか?」

「え? 俺? 俺はケント・クサナギ・デ・トリエン辺境伯。オーファンラント王国トリエン地方の領主やってるよ」

「私はトリシア・アリ・エンティル。ケントのチーム『ガーディアン・オブ・オーダー』のメンバーだ」


 みるみる副校長の顔色が変わる。


「トリエンの領主……!? そしてトリ・エンティルですって!?」


 ロイターはタラタラと冷や汗をかき始めている。


「そうだけど?」

「失礼しました。ご案内させて頂きます。現在、ローゼン閣下は研究員と共に研究室におられます」


 途端に素直になったね、この人。まあ、トリシアをトリ・エンティルと知ったからだろうね。有名人は便利でいいね。


 長い廊下や階段を副校長のロイターと受付の女性に案内されて歩く。某有名映画の校舎っぽいけど、動く階段とか動く絵とか変なギミックはないようだ。


 しばらく歩いて大きな扉の前にくる。


「ここがローゼン閣下の研究室です」


 ロイターが扉をノックする。だが、待てど暮らせど扉が開く気配がない。

 もう一度ノックする副校長。


 すると、ドカンと扉が急に開き、ロイターは壁にふっ飛ばされた。

 ロイターはそのまま壁に激突し気絶してしまう。


「なんだ! 研究中だぞ!?」


 ジルベルトさんが怒った顔で出てきた。そして、ふと、俺と目が会う。


「おお! クサナギ閣下ではありませんか!」

「お久しぶりですー。以前、お約束した通り、寄らせていただきましたよ」

「ささ! お入り下さい。どうぞどうぞ!」


 ロイター氏と受付の女性は無視されてしまった。ま、放っておいても問題ないのかな? というか、ローゼン閣下は研究中に邪魔しちゃいけない人なんだな。研究一筋な人だしねぇ。


 研究室はウチの工房と引けは取らないほど物があふれている。乱雑に置かれている所が研究室っぽい。ウチの工房はフロルが整理整頓してるからな。


「本当に今日は良くお出でくださった」

「研究中に済みませんね」

「なに、少々古代魔法語と格闘しておりましてな」


 そういいながら大きな黒板の前に案内してくれる。


 こりゃー……たまげた。


 その黒板には俺の見慣れた文字が書いてあったからだ。


「今、この古代魔法語を読み解こうとしておるのですが、さっぱりでして」


 そりゃそうだろ。これ、英語だもん。


 黒板には英語の文が書いてあった。



「Love like a shadow flies when substance love pursues; Pursuing that flies, and flying what pursues.」


 俺は英語をスラスラと読む。


「おお! さすがはクサナギ辺境伯殿。古代魔法語が読めるとは!」

「いや、これ。魔法語じゃないっす」

「そんなはずは……古代魔法語で書かれた魔法書の一節です」


「いや……これ、シェイクスピアだよね」


 所々の単語に訳が書いてあるが、動詞や接続詞などの意味が解らないのか文章になってない。


「これの意味は『恋はまことに影法師、いくら追っても逃げて行く。こちらが逃げれば追ってきて、こちらが追えば逃げて行く』ですね。シェイクスピアの喜劇『ウィンザーの陽気な女房たち』の一節だ」


 ジルベルトさんが感激した顔で涙をうるませる。


「古代魔法語による故事こじということですか……私は今、古代の知識に触れている!」


 あー、マジ泣きし始めたよ。もっと落ち着いた人だと思ってたんだが……


「ケント、凄いな。お前、古代魔法語も読めるのか」

「いやー、これ時々俺が使ってる言葉だよ。マリスが良く素敵用語とか言ってる」

「おお、あれか! あれが古代魔法語だったのか!」


 まあ、英語はネイティブ・スピーカーじゃないけど、一般会話くらいは読んだり書いたりする程度は使えるからなぁ。


「では……これはどんな意味なんでしょうか!?」


 ジルベルトさんが、黒い本を開いて黒板に字を書いている。


「To be, or not to be: that is the question.か……」


 これもシェイクスピアの有名な言葉だよね。


「えーっと、『生きるべきか、死ぬべきか。それが問題だ』……かな?」

「素晴らしい!」

「ちょっと、それ見せてもらえます?」


 俺はジルベルトさんが見ている本を手にとって本の題名を見る。


『シェイクスピア名言集』


 やっぱりなー。著者は……


『by いたちぽっこ』


 あー、解っちゃった。これ、ドーンヴァースのアイテムです。


 ドーンヴァースには何も書かれていないノートのような本がNPCのショップで売られていた。それに文章なんかを書いて露店のバザー機能で売っている自称「本屋さん」が結構いた。そのアイテムの一つだろう。

 ちなみに「いたちぽっこ」さんは有名な英文本屋さんのプレイヤーだ。

 これ、一応、ドーンヴァースのアイテムだし回収したいところだが、ジルベルトさんに悪いし無理か……まったく、これを古代魔法語だなんてな……

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