第8章 ── 第4話

 扉の手前に到着した俺は、耳を当てて中の様子を探る。


 複数の人間(かどうかは判らないが)の声がブツブツと何か囁いている。何を言っているのかはサッパリわからない。


 ふと見ると、扉の取手付近から、小さな光が漏れていた。

 鍵穴だ! 相当に旧式の鍵穴で向こうが覗けるタイプのものだ。現代社会ではお目にかかることは殆ど無い代物だが、ここティエルローゼでは珍しくないのかもしれない。


 俺は鍵穴に目を当てて中を覗く。


──!?


 部屋の中央に横たわった状態で宙に浮いている白い服の少女が見える。その周囲には布をかぶったような姿のものが円形にかしずいて、何かを言っている。どうも、崇拝対象を崇めている感じか? しかし、嫌な感じしかしない。今の状況を見て頭に過るのは生贄の儀式だ。


 マップを確認する限り、周囲の布をかぶっているのは赤い光点だし敵であることは間違いない。

 ここは突入するしかなさそうだ。


「よし……突入するぞ」


 みんなの顔を順番に見る。それぞれが頷いたのを確認できたので、取っ手をゆっくりと回す。


──カチッ


 小さく扉の留め金が外れる音がする。どういう訳か、この扉の金具は全く錆びていないようだ。ついでに鍵も掛かっていない。こっちとしては好都合だが。


 俺は勢いよく扉を開けた。そして、部屋の中に躍り込む。


 その音を聞いて、布をかぶった奴らが顔を上げ、こちらを見た。奴らの身体は少々透けて半透明だ。


 あー、あれだ。これはヨーロッパとかで良く聞く幽霊だな。ほら、布かぶったアレ。これはアンデッドだけど、ちっとも怖くない。やはり幽霊で怖いのは日本式だな。


「何者ダァ……我ラノ儀式ヲ妨ゲテ、無事ニ帰レルト思ウナ……」

「あそ。その儀式とやらをぶち壊させてもらおうか」


 ゴーストは実体を持たないアストラル体とか幽体とか言われている。ドーンヴァースでも物理攻撃は殆ど意味をなさなかった。奴らにダメージを与えるには魔法や魔法の武器が有効となる。ならば……


「我が身に宿りし魔力の奔流よ。我らが武器にその力を示せ! 『全体魔力付与マス・マジック・エンチャント』!」


 俺だけでなく、トリシア、ハリス、そしてマリスの武器が淡い青い色の光に包まれる。


「武器にエンチャントを掛けた! 効果時間は長くないから、チャッチャと片付けるぞ!」

『おう!』


 俺の掛け声に返答が返ってくるのを合図に行動を開始する。


 手近の幽霊ゴーストに向かい攻撃してみる。

 刀身が幽霊ゴーストの身体をすり抜けて何らダメージを与えた感じはなしないが……


「グォオォォォオォ!」


 ん。効いてるね。やはり魔法をエンチャントすればダメージは与えられるようだ。


『かぶってる布を剥ぎ取ると中はどうなっておるのじゃ!?』


 それ挑発なの?

 マリスの挑発スキルで、幽霊ゴーストが集まってくる。


「紫電・改!」


 五連突きの『紫電・改』で五匹の幽霊ゴーストを仕留める。相変わらず手応えはないが、幽霊ゴーストは苦痛の表情を浮かべて消えていったので仕留められたと思う。


 ハリスとトリシアも矢を放っている。矢がすり抜けるので、後ろにいるやつにも貫通してるけど、あの場合って複数にダメージ与えられるのかなぁ?


 マリスはというと、ふよふよ飛び回る幽霊ゴーストに攻撃を当てるのが難しいのかアタフタしている。SPバーが随分と減っている。幽霊ゴーストはHPへのダメージではなく、SPにダメージを与えるようだ。早めに決着させないとマリスが気絶しちゃうか。


「扇華一閃!」


 マリスの周囲にいた三匹を霧散させる。これであと二匹だ。そう思った時、残りの二匹にハリスとトリシアの矢が貫通するのが見えた。


 俺は辺りを見渡して敵の存在を探る。


「よし、全部やったかな」

「飛ぶのは反則なのじゃ! 攻撃が届かん!」


 思うように活躍できなかったマリスがおかんむりだ。


「訓練が足りないだけだ。もっと修行しろ」


 トリシアが身も蓋もないことを言う。

 守護騎士ガーディアン・ナイトだと遠距離攻撃とか難しいと思うんだが……近接戦闘職に無茶を言うなよ。


 俺はシュンとしてしまったマリスの頭をポンポンと叩いて慰める。


「さて……この女の子が依頼の救出対象かな?」

「どうやって……浮いているのか……」


 俺は宙に浮く女の子の近くまで寄って観察する。ハリスも不思議そうに見ている。


「儀式は阻止したと思うけど、なんで宙に浮いたままなんだろう?」

「ちょっと見せてみろ」


 トリシアが少女の前まで言って呪文を唱え始めた。


『バンキル・セルシス・アイデル・アテン……魔力鑑定アプレイサル・マジック


 魔力鑑定アプレイサル・マジックとは以前、俺が使った物品鑑定アイデンティファイ・オブジェクトと同じような魔法だ。物品鑑定アイデンティファイ・オブジェクトは対象の物品に掛かった魔法の効果を識別するものだが、魔力鑑定アプレイサル・マジックは、対象(物品・生物・空間など対象は選ばない)にどのような魔法が掛かっているのかを感知、識別することができる中級魔法だ。


「彼女には神聖魔法が使われている。これは……イルシス神の力だと思う」


 イルシスだって? そういや、以前聞こえた自称女神がそんな名前だったよ。


「イルシスか……」


 あの時は神殿で祈ったら出てきたんだっけ? あー、女神イルシス~答えてくれ~。あの時みたいに目を閉じて間抜けに祈ってみるが反応がないな。むむう。何でだ? 必要な時に出てこないんじゃ意味がないだろ。


 俺は何が問題なのかステータス画面を開いて見てみる。スキル一覧を開くと、色々とスキルが増えている。じっくりと確認したのは、ゴブリン調査のクエスト受けた辺りで確認したのが最後だったので増えているのは当たり前だが。


「蒼牙斬」、「魔刃剣」、「虚空爆砕陣」、「錬金術」、「魔法:闇」、「魔法:精神」、「火耐性」、「魔法耐性」、「苦痛耐性」、「威圧」、「交渉」、「念話:神界」が増えている。


むむ? なんだ、この「念話:神界」ってのは? イルシスと話した時に覚えたとすると……あのイルシスって本物だったんじゃ……?


 俺はスキルの名前をクリックするイメージを思い浮かべる。するとダイアログ・ウィンドウが開き、名前の一覧表が出てきた。


「アルフォート」、「イルシス」、「クリストファ」、「トリシア」、「ハリス」、「マリス」、「マリオン」、……他にも俺に関わったことがある人の名前がズラリと並んでいる。


 とりえあえず「イルシス」を選んでみる。


『チャラランランラン♪』


 呼び出し音かよ。携帯か何かか!


『あー、はいはい。あ、ケント? お久しぶりー。この前はどーもね』


 相変わらずマイペースお姉さんだ。


『照れますなー。お姉さんだなんて。うふふ』


 頭の中を読まれるのは前と一緒か。


『そうそう! この前、マリオンちゃんに怒られちゃったのよー。ケント、要らない事いった?』


 マリオン? そういえば、さっきリストにあったけど、誰だっけ?


『戦いの神のマリオンちゃんよー? この前、夢の中で話したって言ってたのよー』


 夢の中で? 覚えてないな……


『それはそうと、今日はどうしたのよー? 私に何か用事?』

「ああ、実はとある廃砦の地下でイルシスの神聖魔法が掛かった女の子を見付けたんだが」


 俺は目の前の状況を説明する。


「ケント、いきなり何だ?」


 トリシアがビックリして俺に聞いてくる。


「あ、声に出してた? ちょっと今、念話で話し中だから待ってて」

「念話……なんだそれは……」


 ハリスも訝しげだ。


「おー、念話か。ケントは念話も使えるのかや?」


 マリスは念話って知ってるのか。金持ちの嬢ちゃん舐めてた。


『ん。見えたわよー。その子、私の加護で守られてるのよー。誰だろ?』

「誰だろって……自分で加護を与えたんじゃないのかよ」


 おい、自称女神、しっかりしろ。


『記憶にない子だわねー……あれ? この子……エイジェルステットの子かしらねー?』

「知らんがな。でも、そのエイジェルステットってエルフの姪らしいよ」


 シャーリー・エイジェルステットからの依頼で俺たちはここに来てるしね。


『あらあら、そうなの? まぁまぁ。あの子の血縁なら私の加護が移っても不思議ないわね』

「そうなの?」

『私の加護が切れそうになってるわー。何か干渉したのかしら?』


 幽霊ゴーストが何やら儀式してたな。そうか、イルシスの加護を外そうとしてたのか。


『あら? 幽霊ゴーストに? それは気に入らないわねー。もっと加護強くしちゃう!』


 イルシスの声がそう言うと、宙に浮く少女を包む輝きが一層強くなる。


『この子、さすがエイジェルステットの血縁ね。私の力が増幅されるわ。最近では珍しいわね。贔屓にしちゃおう♪』

「う、ううう」


 少女が眉間に皺を寄せて唸りはじめた。


「おいおい、大丈夫なんだろうな?」

『この子なら平気よ~。これでこの子の魔法効率倍増なのよー。後は自然に目を覚ますと思うわよ?』

「ありがとう、助かった」

『いいのよー。前にウチの信者が仕出かしたことのお詫び。もうあの子らは信者じゃないけどねー』


 「あの子ら」ってのはイルシス教団の神官たちのことだろうな。神に見放されたら神官もおしまいだなぁ。


『それじゃ、またね、ケント』


 そう言うと、イルシスの声が途切れた。俺は念話のスキルをクリックすると『オフ』を選ぶ。

 念話スキルはドーンヴァース時代のウィスパー機能と同じような使い方だな。でも、念話の後ろに「神界」って付いてるから、神界だけなような気もするんだが……なんで一覧に俺に関わった人たちの名前がズラリと並んでいるのかね?


 疑問は残るが、今は置いておこう。


「よし、これで後は目を覚ますのを待つだけみたいだ」

「一体、今のはなんなんだ? 誰と話してたんだ?」


 トリシアが待ちかねたという感じで聞いてくる。


「ああ、今、念話のスキルでイルシスと話してたんだよ」

『は?』


 三人が同時に聞き返してくる。


「いや、女神イルシスに直接ね」

「念話は会ったことがある人とだけ会話できるようになるスキルじゃのに……ケントは女神イルシスに会ったことあるのかや?」


 マリス、解説ありがとう。


「いや、会ったことはないんだが……以前、イルシス神殿で偶然、女神イルシスの念話に割り込んだらしいんだよね……多分、その時スキルを覚えたんだと思う」


「やはり……ビックリ箱は健在だった……」

「神と話できるのって、一部の神託の神官オラクル・プリーストだけのはずだが……さすがはケントか」


 ほう、神託の神官オラクル・プリーストってのがこの世界にはいるのか。レア職業かな?


「ううう~ん」


 宙に浮く少女から声が聞こえた。

 慌ててそちらを見ると、ゆっくりと少女の身体が床に降りていく。身体が床に付くや目が薄っすらと開いた。


「あれ? 貴方たちどなた?」


 目を瞬かせながら少女が言う。


「俺は冒険者のケント。俺たちは君の叔母さんから依頼を受けて君を助けにきたんだ」

「シャーリーの叔母さま? 叔母さまは無事なの!?」


 彼女はブリストル領主、エイジェルステット子爵の心配を始める。


「私はトリシア・アリ・エンティル。シャーリーの友人だ」


 トリシアが俺と変わってくれる。叔母さんと同じエルフの方が安心するだろうしね。


「トリ・エンティル? 叔母さまのお友達ね! 母上から聞いてるわ! 私の名前はエマ。マクスウェル男爵家の長女です!」


 少女は立ち上がると「エマ」と名乗り、貴族風にお辞儀をする。


「さてと……こんな所で長く話すのも何だし、町に戻るとしようか」

「そうだな。町に戻ろう」

「ブリストルの町!? 久々に叔母さまに会えるわね」


 エマは嬉しそうに言う。


 何十年も前に死んだエイジェルステット子爵が生きていると思っているのだろうか。町の名前も古い方のを使ってるし、恐怖で記憶が混乱してしまったのかな?


 エマの幼い外見はハーフ・エルフだからだと思うが、何か引っかかるものを覚える。しかし、とりあえずアンデッドの巣窟そうくつである廃砦から出るのが先決だ。


 俺たちは慎重に出口を目指して歩き出した。

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