第2章 ── 第4話

 「ハリス・クリンガム殿、報奨としてミスリルの長剣、ミスリルの弓、ミスリルの鎖帷子を与えます。この武具によって更なる活躍を期待します」


 昨夜、突然現れた時のようなイタズラっ子のようなおどけた雰囲気はなく、別人のようなすまし顔の女王ケセルシルヴァの澄んだ声が、謁見の間に響き渡る。


 「はっ……! ご期待に応えるよう……努力致しま……す」


 ひざいまずいたハリスが少し緊張した声で答え、侍従から弓と鎧を受け取っている。

 ミスリルはファンタジー世界では代表的なものだ。この世界では、妖精の魔法とドワーフの金属精錬術を用いて生成される魔法金属だ。軽くて丈夫なので武具の素材として適しているのは従来のゲーム通りだろう。


 「続いて、ケント殿。各種魔法の書を与えます。この書が貴方の前途を照らす光となるよう希望致します」

 「はい、日々精進していく所存にございます」


 俺はというと昨日の夜に散々話したし、女王を前にして緊張することもなく済んだ。

 侍従が小さな手押し車のようなものに載せた魔法書各種を運んでくる。オーソドックスな属性の魔法書の山だが、全部が初級魔法のものだ。

 ドーンヴァースにも似たような魔法の書と呼ばれるものはあったが、キーアイテムやクエストアイテム的なものだった。基本的にゲームでの魔法の書はキャラクターのメニュー画面に存在しているもので、習得済みの魔法リストが表示される機能のことだ。目的のアイコンをショートカット欄にドラッグしておくことで、簡単に使うことができた。

 ワイルドボア戦の時は意識したわけではないが、使おうと思っただけで魔法リストに登録されているファイアショットの魔法を使うことが出来た。この世界では魔法の発動に呪文の詠唱が必要なようだったし、俺の魔法とは別のものなのかもしれない。後に検証してみようと思う。


 「報奨金についてですが……書記官」


 女王がそう言いながら、書記官と呼んだコスプレ幼女の方を見る。

 ミルレアルもそうだったが、俺にはどうしてもレプラコーンはコスプレ幼女にしか見えない。街で見た男のレプラコーンはやっぱり幼児だったしな。地球のレプラコーンはヒゲモジャ小人と伝承にあった気がするのだが。


「はっ!」


 元気な返事と共に、幼女には重そうな一抱えもある革袋を二つ、エッチラオッチラとこちらに運んでくる。頑張れ幼女。


「スヴァルツァ隊長から報告を受けています。報奨とともに貴方たちが討伐したワイバーン素材の代金も含めてあります。目録も作成しておきましたので後に確認するように願います」


 幼女が難しい言葉をスラスラ使う違和感に吹き出しそうになるが、頑張って我慢する。

 俺の表情をお金を受け取る際の喜色と見たのか、侮蔑ぶべつするような色が浮かんだ。

 ドMのロリコンにはご褒美かもしれないが、俺はそうじゃない。努めて険しい顔を作って革袋と目録を受け取る。ハリスもうやうやしく受け取っていた。


「明日、ささやかな宴を用意させます。大いに英気を養ってください」


 そう言うと女王は退出していく。盛大に引きずる長いマントの端を二人のブラウニーの侍女(これも幼女にしか見えない)が掴んで小走りで着いていく。


「ふー……」


 ハリスが息を吐いた。よほど緊張していたようだ。


「お疲れ。装備、なかなか良さそうじゃないか」


 俺の言葉に、ハリスがちょっと驚いた顔でこちらを見る。


「なかなかって……貴族が膨大な金をつぎ込んで手に入れるような……凄いものなんだ……が」

「そうなのか? 俺も幾つかミスリルの装備持ってるけど、そんなに凄くなかったような……」


 何気にドーンヴァースの時のミスリル製品の感想を述べただけだが、ハリスは驚愕の表情で俺を見てきた。


「もしかして……お前の装備って……もっと凄いの……か?」


 ちょっとシマったと思ったが、ハリスなら平気かな?


「俺のは中級装備程度だからね、剣と胸当て、手甲、脛当てはアダマンタイト製だよ」

「アダマンタイト……? アダマンチウム製なの……か!?」


 お? この世界はアダマンチウムって言うのか。


「ワイバーンの鱗を……易々やすやすと切り裂いた訳がわかった……よ」

「ワイバーン程度ならミスリル製でも余裕だろうな」


 ワイバーンの鱗は比較的硬いが、ミスリルの方が強靭だから、あとは腕次第だろう。


「ま、装備だけで勝てたとか思われてもしゃくだけど」


 俺は、ちょっと不貞腐ふてくされた風を装って言う。

 ハリスがちょっと慌ててアワアワした感じになって面白かった。


「ははは、冗談だ」


 微妙になった雰囲気を笑い飛ばす。

 俺が気にしてない様子を見せたからか、ハリスが心底安堵したように脱力し、続いて笑い出す。


「ふふふ……冗談きつい……な」

「まあ、装備も戦闘にとって重要だけど、それだけじゃどうにもならんしね。技量が伴わない装備は宝の持ち腐れさ」

「確かにそう……だ」


 俺とハリスは戦闘論的な会話をしながら謁見室を退出する。

 ドアの手前にいた衛兵が、ものすごい勢いで胸に手を当てて、この国の敬礼をする。その眼差しは英雄か勇者を見るようなキラキラしたものをたたえている気がしたが……気のせいだろう。


 馬車で宿屋まで送ってもらい、自室に落ち着いた後、「アイテム鑑定」の魔法をハリスの装備に掛けてみることにする。魔法の練習と検証のためだ。

 この世界の魔法は、魔法語というものを唱えることで、魔法効果を形成する。呪術というより、数学の方程式のような印象を受けた。基本的な魔法術式はどの属性であれ共通している。レベルや属性、効果付与などの要素が絡み合って一つの魔法となるようだ。

 ドーンヴァースの世界では魔法スキルを手に入れない限り、魔法が発動することはないのだが、この世界では未修得魔法スキルのものでも消費魔力が増えたり、必要呪文レベルが上がるなどのペナルティだけで魔法発動が可能だと「初めての魔法入門」という本に載っていた。報奨としてもらった魔法の書の中にまぎれていた。ご親切にどうもってところだ。

 この入門書によると、魔法は金属類が魔法術式に流れ込む魔力を歪めてしまうため、金属類の装備品をつけたまま詠唱すると大変危険だと記述がある。魔法金属であるミスリルは問題ないとも。アダマンタイトはどうなのかが載っていない。

 ドーンヴァースでも魔法職は金属鎧は装備できなかったけど、こういう理由なのかもしれないね。もっとも、魔法剣士マジックソードマスターの俺はそんな摂理など無視する存在だったが、オールラウンダーの特性だと運営から発表されていた。


「とりあえず、三レベル程度で鑑定魔法掛けてみるか」


『ルーリン・アイデル・エルフォルス、物品鑑定アイデンティファイ・オブジェクト


 触れながら呪文詠唱を終えると、魔力が消費される感覚と共に頭の中でカチリと何かが鳴った。突如、ミスリルロングソードのデータが頭の中に流れ込んでくる。


「おー、これは便利だ。この剣、なかなかだよ」


 「命中率上昇」と「ダメージ上昇」という能力が付いている。それと共に魔法を流しやすいという付帯効果も。「エンチャント効果+二〇%」というものだ。


「製作者がマストール・ハンマーか、鍛冶屋の名前かな」

「ハンマー……? 聞いたことがあ……る。ドワーフでも……有名な鍛冶師一族の氏族名……だ!」


 ハリスによると、時々冒険者仲間から流れてくる噂で、ミスリル製の武器や防具の製作に関わる一族では最高の腕前を持つ氏族がハンマー家と言われているらしい。人間世界に流出してくるミスリル製武具は、この氏族の傍流ぼうりゅうの作で、通常、ハンマー家の武具は流れてこないとのことだ。現物が流れてこないのに名声だけが聞こえてくるとは相当なものなのだろうか。会ってみたいものだ。


 次にチェインメイルの鑑定を行う。

 「防御力上昇」、「静音」、「エンチャント効果+二〇%」、「製作者:マストール・ハンマー」


「これも同じ製作者だね」


 ハリスにロング・ソードとチェインメイルの能力も伝える。


「どちらも魔法の武具じゃないけど、魔法金属で作られているから魔法の武具と言えるかもしれないね。さて、こっちの弓は……」


 鑑定魔法を再び唱える。


めいのある武器だな。」


 これはミスリル製としてはかなり強力だった。「命中率上昇」「ダメージ上昇」はもちろんだが、コマンドワード「魔矢」を唱えると、魔力を消費してマジック・アローと同じような半透明の矢を放つことが出来る。矢が尽きた時に便利そうだ。


めいは『エル・エンティル』……製作者は……トリシア・アリ・エンティル」

「なんだっ……て!?」


 ハリスが物凄い声を上げて立ち上がる。

 無茶苦茶びっくりした。声でか過ぎ。体がビクってなった。


「な、なんだよ、超ビックリしたんだけど」

「す、すまん……トリ・エンティルの……名前を聞いてビックリしたん……だ」

「トリシア・アリ・エンティルだよ」

「それが……トリ・エンティルのこと……だ」


 ハリスは震える手で弓を手に取ると、寡黙ないつもと違って滔々と語る。


「俺が……野伏レンジャーを目指したのは……トリ・エンティルの物語を本で読んだから……だ」


 子供の頃に読んだ物語の登場人物、エルフの野伏レンジャー冒険者に心をトキメかせたのだそうだ。ゴブリンの軍勢数百を撃破したとか、伝説の魔獣キマイラを倒したとか、最強の魔獣ドラゴンと戦ったとか、よくある冒険譚だが、それゆえに王道の英雄譚とも言える。


「トリ・エンティルの武器は……銀色に輝く弓で……矢も尽きたというのに……ゴブリンを次々に射殺していったと……物語には書いてあっ……た」

「ああ、コマンドワード『魔矢まや』を使うと、マジックアローと同程度の魔法の矢を放てるようだよ」

「伝説は……本当だっ……た!!」


 サラほどでないにしろ、ハリスが号泣に近い感じで感動しまくっている。まあ、当然か。ドーンヴァース最強の武器、『エクスカリバー』を手に入れたら俺もこんな感じになっただろう。


「明日の昼前にでも訓練場でも借りて試してみようよ」

「付き合って……くれるの……か?」

「俺も魔法の練習したいからね」


 城には晩餐で呼び出されているが、午前中から夕方までは予定がない。二人でいろいろと訓練するのも良いかと思う。


 ハリスは欲しかった玩具を与えられた子供のように無邪気に笑った。

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