第2章 ── 第2話

──コンコン、ガチャ。


 ノックと共に扉が開いた。


「ケント様、クリンガム様、おこし下さい」


 ビクトリアンなメイド服の侍女に呼ばれた。


「どこに行くの?」

「陛下と評議員の皆様がお呼びで御座います」


 一介の冒険者が、女王様と面会できるとは中々……


「わかった。ハリス行こうか」

「了解……だ」


 廊下に出ると、マルレニシアが待っていた。


「待たせてすまない。それでは参ろうか!」

「お、おう」


 マルレニシアは、やたら元気になっている。何かあったのかな?

 俺たちは三人で廊下や階段を進む。

 歩いている途中でふと気づく。この城って窓がない。部屋にも、階段にも、廊下にも。

 それにも関わらず、暗くもない。辺りをみても光源らしきものもないので、割と不思議。

 何かの魔法なのかも、エルフだし!


 だいぶ歩いたのにまだ着かんのか……この城デカすぎ。

 などとウンザリしてきたところで、マルレニシアがようやく大きな扉の前で立ち止まった。


「心の準備はいいか?」

「なんだよ、心の準備って」


 俺の返答にフッって感じで笑うマルレニシア。


「流石は、ワイバーン・スレイヤーの英雄殿。では参ろう」


 そう言うと、マルレニシアは扉を開いた。


「……ワイバーンスレイヤーのおふた方をお連れ致しました!」


 その大きな部屋は謁見室というものなのだろう。太く真っ白な柱が幾本も並び、周囲には壁のようなものは見当たらない。いや、壁が透けているんだ! ガラス製なのだろうか。その展望は、エルフの城の周りを三六〇度パノラマで見せてくれているようだ。いや、真後ろの衛兵が立つ扉あたりは、流石に透けてないか。衛兵のエルフさんたちがチラリとこちらを見た。(衛兵のエルフさん、ご苦労さま)といった感じで手を上げておく。


 俺が周りを見ていると、マルレニシアが奥へと歩いていく。

 おっと、展望に見とれていると置いていかれてしまうので、慌ててついていく。


 奥の方には、エルフやドワーフ、ブラウニー、レプラコーンといった妖精と呼ばれる種族が立ち並んでいる。これが評議員と呼ばれる人たちだな。

 そして最奥には絶世の美女と呼べそうなエルフの女王が、フワリといった感じで王座に腰掛けている。

 しかし、なんか評議員らしい人たち、妙に睨みつけてないか。怖いんですけど。


 女王の前まできたマルレニシアが、突然ひざまずいた。おー、さすが堂に入っている。と思ったら、ハリスも当然のごとく当たり前の動作でひざまずいた。二人の流れるような動作に一瞬心を奪われてしまって、出遅れた。


 二人をキョロキョロと見ている俺が面白かったのか、エルフの女王が上品な笑い声を上げている。


「良いのですよ。そのままで」


 その言葉で女王に目をやると、扇子っぽいナニか(ナニかってなんだ)で口元を隠しながらこちらを見ていた。俺は赤くなりながらも、マルレニシアたちの真似をしてひざまずいた。こんなとびきりの美女に見つめられるのはやっぱ緊張する。


「し、失礼しました!」

「よい、三人とも頭をお上げなさい」


 恐る恐る顔を上げると、銀色の髪と青く澄んだ目が飛び込んできた。アイスブルーというのだろうか。魅入られてしまいそうなその目から、俺の目は離せない。カチリと何かが頭の奥で鳴ったような気がした。

 エルフの女王は、俺ら二人をじっくりと見定めてから口を開いた。


「マルレニシア、紹介してくださいますね」


 その言葉が発せられると同時に、魅入られた感じが消えた気がした。美女すぎて声を掛けられるまで、動けなかったよ。ビックリした。


「はっ! 左が野伏レンジャーのハリス・クリンガム様、右が剣士ソードマスターのケント様でございます、陛下!」


 ハリスが軽く頭を下げているので、俺も真似をする。


「わらわは、ケセルシルヴァ・クラリオン・ド・ラ・ファルエンケール、この国を治めるものです。よくぞ、われらの森の秩序を守ってくれました。貴方たちの活躍は見事です」

「大したことではありませんので」

「謙遜は美徳ではありません。ワイバーンを倒すというのは、それだけの大事なのです。素直に誇りなさい」

「は、はぁ……」


 俺が日本人らしく謙遜した返答をすると、女王から叱責というか諭している感じのお言葉をいただく。レベル二五のワイバーンなんか雑魚にしか過ぎないのだが……まあいいか。


「ありがとうございます、女王様」


 女王はハリスにも言葉をかける。


「ハリスとやら、貴方も素晴らしい活躍だったようですね。ありがとう」

「過分なお言葉で……す。私など……何の役にも立っておりませ……ん」


 ハリスをじっと見つめる女王。


「先程も言いましたが、貴方も自分を誇るべきですよ、ハリス。貴方の牽制があってこそ、ケント殿が自由に動けたのです。私はそう報告を受けました」


 ハリスが俺の方をうかがうように視線を向けてきたので、俺は自信を持って頷いてやる。実際、ハリスが最初のヘイトを奪ってくれたので毒針を切り落とすことが出来た。毒耐性スキルを持たない俺としては、大変ありがたい牽制だったと言える。今、解毒ポーション持ってないしね。


「はっ……! ありがとうございま……す!」


 ハリスが再び女王に頭をさげた。なぜか、ボロボロと涙を流している。

 え!? なんで泣いてるの!?

 俺が戸惑っていると、女王が再び俺に目を向ける。


「ケント殿、貴方はその見た目通りの人ではありませんね」


 何を言われているのかわからない。あ、あれか。ゲームやアニメに時々ある──異世界に転生してきた主人公が、NPCとかに正体を見破られたりするシーンとか! 胸熱展開だよね。


「なるほど、そうではないかと思いました。神の御業ですね。神に感謝を」


 一人納得している俺に、心を読んだように女王が言う。


「え? 何のことでしょうか?」

「いえ、何でもありません」


 神に祈るように手を合わせていた女王がニコリと笑いかけてくる。


「貴方たち二人には褒美を授けたいと思います。何か望みはありますか?」


 そう言われても……困った。どんなものが貰えるんだろう?

 ハリスをうかがうと、腕で涙を拭きつつ彼もどうしたものかといった顔をしている。

 俺としてはスキルとか魔法とか覚えたいけど……スキルストーンか魔法の書を貰えないかな。


「そうですか、ハリスには武具を授けましょう。ケント殿、貴方には何か魔法の書を授けます」


 びっくりした。心読まれてないか? このイベントスクリプト、よく出来てるな!


「ふふ。それと共に、貴方たちにはファルエンケール名誉市民の地位を、そして、翼竜討伐章を与えます」


 おー、勲章か! 小学校のマラソン大会以来の賞のような気がする。結構嬉しいな。


「これらは貴方たちの国や所属するギルドにも報告しますが問題ないですね?」

「えーっと、特に問題はありません」

「はっ……」

「今日は、久しく心躍る出会いをいたしました。スヴァルツァ隊長、感謝を」

「はっ!」

「それでは隊長、二人の歓待は任せます。下がってよろしい」


 その言葉にマルレニシアが立ち上がると敬礼する。

 俺とハリスも立ち上がると、女王にお辞儀をする。ちなみにハリスはマルレニシア風の敬礼っぽいものをした。

 マルレニシアが入ってきた扉に歩き出したので付いていく。


「どうだった?」


 謁見室の扉が閉まると、マルレニシアに感想を求められる。


「中々緊張したー」

「これから、貴方たちの逗留先に案内します。夕方になったら、どこかで食事でもしましょう」

「お、エルフの郷土料理とか、テンション上がるわー」


 俺の言葉に、ハリスも少し微笑んだ。久々に笑顔が戻ってきた気がする。


 俺らは来たときと同じように、馬車で城を出た。城からそれほど遠くないところに、そこそこ大きめの宿屋があるそうで、そこに部屋を取ってもらえることになった。酒場も兼用しているが、夕食は別のところに連れて行ってくれるらしい。


「そういえば、俺たちの狩ったワイバーンとかどうなったかな?」


 いろいろあって聞きそびれてたけど聞いてみる。


「大丈夫ですよ。ちゃんと運んできますから……明日には届くと思います」

「二人で分けなきゃだから、売り払おうかな?」


 ワイバーン素材を手に入れても、武器や防具の作成も錬金術のスキルもないし、一つ一つ売りに行くのも面倒だから、そんな提案をしてみる。


「それなら、こちらで手配して、お金だけ渡せるようにしますけど……」


 マルレニシアが販売の手配を請け負ってくれるようだ。助かるね。


「ハリス、それでいいかな?」


 ハリスに同意を求めるも、首を横に振る。


「ケント……、お前一人で倒したんだから……、俺は要らな……い」


 売るのに反対なのかと思ったら、またそんなことを言い出す。


「まだそんなこと言ってんのかよ」

「しかし……」

「しかしもカカシもない。ハリスと組んで倒したのは事実だ」

「そ……そうか……わかっ……た」

「てなことで、マルレニシア。頼んでいいかな」


 同意を得たので、マルレニシアに後は頼むとしよう。

 俺たちのやりとりをニコニコ顔で見ていたマルレニシアが頷いた。


 送ってもらった宿屋は石造りの四階建てで、かなりで大きかった。今までの宿屋は民宿レベルだったが、ここはホテルだな。円筒形の尖がり帽子なので塔みたいにも見えるね。

 泊まる手配もマルレニシアがしてくれた。支払いは遊撃団で持ってくれるらしい。


 部屋は最上階で、窓から湖と城が見えるバルコニーが付いている。

 城の応接室には負けるけど、そこそこいい部屋だった。


 ちなみに、城の応接室には付いてなかった風呂があった!

 ここ五日、風呂に入ってないので臭いが気になってたんだ。ほら、マルレニシアとか、女の子の前だったしね。ホントは謁見の前に入りたかったけどねぇ。

 風呂は現実世界のように、蛇口をひねると適温のお湯が出てくる魔法道具のようだった。

 湯船のお湯を溜めながら、ウッキウキで武器を外し鎧を脱ぐ。

 そんな俺をハリスが不思議そうに見ていた。


「風呂あるから風呂はいる!」

「ケントは……不思議なやつだ……な。いろいろ……考えてるのが馬鹿らしくな……る」


 上着を脱ぎながら、言い放つ俺にハリスが言う。


「馬鹿の考え休むに似たりって言葉があってだな。いや、ハリスが馬鹿ってことじゃないぞ?」

「はははは……!」


 ちょっと戯けた俺の言葉に、ハリスが可笑しそうに笑う。

 そうさ、冒険は楽しくやらなきゃな。とりあえず風呂の満喫から始めることにしよう!

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