追う者は追われる者

池田蕉陽

あなたも追われていますよ?黒澤さん


「ありがとうございましたー」


コンビニのレジ袋を奪うように取ったサラリーマンに、誠意のないお辞儀をして見届ける。


今のが最後の客で、コンビニの中は俺と、同じバイトの櫻井の男二人だけになってしまった。


日付の代わり目の時刻に近づくと、ここのコンビニには全くと言っていいほど人が来なくなる。

それはここが大都会ではないからである。かと言って田圃しかない田舎でもない。


「人来ないっすね〜」


「もう夜中だからね」


チャラい喋り方の櫻井は、見た目も裏切らないホスト風のチャラさだ。現にこの男、俺より10以上歳の離れた櫻井は、ホストをしていたらしい。何があったかは知らないが、最近になってやめ、ここのコンビニにて生計をたてている。


櫻井は元ホストだけあって、かなりのイケメンとコミュニケーション能力を持ち合わせている。それに比べ俺は、かなりのブスとコミュニケーション障害を持ち合わせている。(女子に限る)


そんな正反対な櫻井だけがいて楽しくないはずなのだが、今日の俺は違った。確かにこの男と一緒にいると、嫉妬の嵐に襲われるが土曜日は違う。俺の心は子供のように舞い上がっていた。


時計を見る。11時59分。そろそろだ。

壁の時計とコンビニの出口を交互に見る。


き、きたっ!


丁度長い針と短い針が12に重なった時に、必ず彼女は現れる。土曜日にだ。


コンビニの自動ドアが開かれ、木村 和歌子(きむら わかこ)さんが入ってくる。顔が赤いのは仕事終わりの飲み会の帰りだからと俺は知っている。


「い、いらっしゃいませ!」


心の準備をしていたのにも関わらず、俺の声は高く上がってしまう。

そんな声に木村さんは少し目を見開いた状態でこちらを見据える。そして目が合った。


キモイ店員と思われただろうと、すぐに目をそらされると思ったが、なんと木村さんは微笑んでくれた。


え、今笑ってくれた?え、これってもしかして向こうも脈あり!?


自分でも気持ち悪い吐息が漏れるのを感じながら、早まった心臓の鼓動を手で抑えようとする。


木村さんが食品コーナーに行くのを暑い眼差しで見届けていると、櫻井が話しかけてきた。


「すいません黒澤さん、ちょっと俺急に腹痛くなっちゃって...スタッフルームで休憩してていいいっすか?」


木村さんから横の櫻井に視点を変えると、腹を抑えて汗もかいていて本当に腹が痛そうだった。

俺は「いいよ」と言って休ませる。


そしてこれはラッキーだった。

イケメンの櫻井がいなくなると木村さんは必然的に俺のレジに来ないといけない。

さらに俺はハイテンションモードになる。


木村さんはしじみ汁のパックをレジに持ってきた。これもいつも通り。明日は日曜日で仕事も休みなので、土曜日は飲み会に行くのが木村さんの習慣、しじみ汁は二日酔い防止だ。


「に、214円になります!」


木村さん相手だとついつい語尾が大袈裟になってしまう。

いけないいけない、落ち着くんだ俺。


「はい」


木村さんが透き通った声でそう言うと、長財布からジャスト214円を取り出す。


俺はあくまでさりげなく木村さんの手に触れ、硬貨を受け取る。


さわった!今俺と木村さんの肌が合体した!


今俺の顔を鏡でみると、多分ネタになるようなキモイおっさんが映っていると思うが、そんなこと気にしない。


特に嫌がる様子も見せない木村さんは、しじみ汁、割り箸一膳入ったレジ袋とレシートを受けとり、コンビニを出て暗闇に消えていく。


触れ合った瞬間、やっぱり向こうも俺のこと好きなんだなって思った。


そして俺は客のいない隙を見て、スタッフルームにいる櫻井の様子を見に行く。


「櫻井くん、大丈夫?」


椅子にもたれかかり、腹を抑える櫻井に呼びかける。これは今日に限ったことではない。深夜のコンビニバイトを2人で勤めるようになってから、よく櫻井は腹を痛める。今は冬で余計にそれが多い。


「はい、もう大分マシになってきました...すいません黒澤さん1人にして、もう俺一人で大丈夫なんで先にあがってください」


見たところそんなに大丈夫そうではないが、お言葉に甘えることにする。土曜日だけ12時あがりで、それに俺はこの後大切な用事があるからだ。


「そう?悪いね、じゃあ俺先上がるよ、お疲れ様」


「お疲れ様っす」


バイトの制服の上からジャンバーを羽織るとスキップで外に出た。







認めよう、俺はストーカーだ。


たいていストーカーというのは、自分がストーカーという自覚がなく、『彼女を守るため』だとか『これは一般的に過ぎない』とかいう都合のいい思考を植え付けるのが、俺は違う。

もう一度言おう、俺はストーカーだ。


土曜日、バイト終わりの真夜中、こうして木村さんのアパートまでつけるのは俺の習慣であるのだ。


しかし、今日でアパートまでストーキングするのは4回目なのだが、木村さん自身全く俺のストーキングには気づいていないようだった。

経験から、ここまで来ると皆は俺というストーカーの存在に気づき始めるのだが、木村さんは鈍いようで、全くその様子が見受けられない



真夜中、数メートルの距離を保ちつつストーカーを続けていると、木村さんが自分のアパートに着く。木村 和歌子という名前も、以前コンビニで酒をレジに持ってきた時、免許証を提示させ知った。


木村さんの部屋は階段を上がった2階の1番左奥。今身を潜んでいる電信柱からでもその様子は丸見えだ。


それから数分待つ。

寒くて身を震わせたところで、木村さんがドアを開け、ゴミ袋をもって外に出てくる。

そのままアパートの傍にある住民のゴミ捨て場でそれを捨てた。

これも木村さんの習慣だ。


木村さんが自分の部屋に戻ったのを確認すると、すかさず俺は木村さんの捨てたゴミ袋の所に行き漁り始める。

化粧品のゴミ、ティッシュ、ありとあらゆる物が詰まっているが、俺が探しているのは...


あった!


しじみ汁の味噌が入った銀袋、そしてそのそばに割り箸はあった。


なんの躊躇もなくそれを取り出す。


舐めるようにそれを見つめていると、理性が働くわけもなく、俺は割り箸を口にくわえ、口内で舐め回す。


はぁ...はぁ...


性欲がドンドン増していく。木村さんがこの割り箸を使ったことを頭の中で意識しながら舐めるのがたまらない。

下半身がムクムク大きくなりはじめた。


ああ...我慢できない。


俺はアレを鎮めた。





翌日、日曜日の朝、電話1本で目を覚まされた。


「はい...もしもし黒澤です」


瞼が上がらず、白いタンクトップの腹の上をかきながら応答する。


「あ、もしもし黒澤さんっすか?櫻井っす、ちょっと腹の調子がまだおかしくて...そこでお願いなんすけど、今日の夜中のシフト変わってくれませんか?」


「えー」


もちろん最悪だ。せっかく今日は溜まったアニメを見尽くそうと思っていたのに、バイトの代わりなんてゴメンだ。

土曜日ならまだしも、日曜日は木村さんはこない。


「どうせ黒澤さん暇でしょ?頼みますよ...今度なんか奢りますから...」


「んーー」


櫻井にご飯なんか奢られてもこれっぽっちも嬉しくなどない。


「じゃ、じゃあ!女の子紹介します!とびっきり可愛い子!合コンで誘いますんで!」


「え、まじ?」


我ながらちょろい男だ。合コンなんか行ってもろくに話せないのに、こうも可愛い女の子を見れると思うと、我を忘れてしまう。俺はそれでも不承不承に「わかった」と言った。





深夜12時を過ぎたコンビニには俺と、年齢が同じくらいのバイト仲間のおっさんしかいない。このおっさんの名前は確か前原。

俺も人のことは言えないのだが、前原は気持ちが悪く、妙にそわそわとしている。なんだか顔も赤い。

あまり一緒に働いたことがないので、前原は緊張しているかもしれない。


やっぱり代わりなんて受けるんじゃなかった...


そう思った瞬間、喜劇は訪れる。


コンビニの自動ドアが開く音がした。


「いらっしゃいま...せ!!!!」


そう言いながら、出入口を見てみるとなんと木村さんがいたのだ。


でも日曜日なのになんで?仕事はないはず...


そう思ったが、服装を見て納得した。白いコートで清楚な雰囲気を漂わせる私服を来ていた。きっと友達と遊んでいたんだろう。


こんなラッキーなことはない


浮かれすぎて、隣のおっさんまでも美少女に見えてきてしまう。いや、それは言いすぎだ。


木村さんと目が合い、ドキッとする。


すると、木村さんは気のせいか顔色が翳り、そのまま食品コーナーに進んでいった。

俺はそれを見て絶望を覚えた。


な、なんで...なんで今日は笑ってくれないの?

昨日は顔を見て微笑んでくれたじゃないか!


不安で気持ちが押し殺されそうになった時、ふと思い浮かぶ。


もしかしたら、友達と喧嘩でもあって落ち込んでいるんじゃないのか?

いや、それしかない、だから俺の顔をみても微笑んでくれなかったんだ。


木村さんがレジまで近づいてきて、前原の顔を一瞥した後、足先をこっちに向け俺のレジに来てくれた。


お、俺を選んでくれた!やっぱり木村さんは俺のこと好きなんだ!


ん?


浮かれ上がった所で、木村さんが置いたお弁当を見て首を傾げそうになる。


お弁当にはなんの変わりのない、ただの鮭弁当だ。問題なのは数、1つではなく2つなのだ。


一瞬家に彼氏が来ているのかと思ったが、それは杞憂ですぐに別の考えにたどり着く。


誰でも嫌なことがあると、いっぱい食べたくなるよね、俺もそうだ。


「670円になります」


よし、今日は落ち着いて言えた、成長してる。


木村さんが財布から1000円札を出す。俺はおつりの330円とお弁当と割り箸一膳が入った袋を渡した。


「あ、割り箸もう一本ください」


「え...」


思わず、そんな間抜けな声が漏れてしまった。


「あの...どうなさいました?」


「あ、いえ...」


俺は割り箸もう一膳、それを強く握りしめた後、再び力を抜きそれを渡す。


「ありがとうございます」


木村さんが頭を下げ、コンビニを出ていく。


なんで割り箸二膳もいるんだよ...1人で食べるなら二本もいらないじゃないか...おかしい...もしかしたら本当に男が...いや、木村さんは彼氏はいないはず。今まで監視しててデートしてる所なんて見たこともない。


俺はそうは思いつつも、不安を拭えなかった。


「ちょっと前原くん」


「は、は、は、はい!?」


なにこいつ声上がってんだよ


「悪いけど、ちょっとさっきの女の人に用事があって...すぐ戻るから!」


俺はコンビニの服を着たまま、飛び出した。


後ろから「用事ってなに!?」と不安げな前原の声が聞こえたが、気にしない。


木村さんの背中が見えると、そこでスピードを緩め、その距離を保ったままストーキングする。


ジャンバーも着ていないので、冬の夜の寒さが染みる。


両手で自分の体を抱いていると、木村さんのアパートに着く。


俺はアパートの前の電信柱に身を潜め、木村さんの行く末を見届ける。

いつも通りにドアを開け、中に入っていく。


彼氏いないよな...彼氏いないよな...


っとその言葉を頭の中で100回以上唱えたところで、ドアが開くのが見えた。


一瞬男かと思ったら違う、木村さんだ。

でもなんだか様子がおかしい。

ドアを開ける時も少し乱暴で、焦っているように見える。それにゴミ袋を持ってはいるが、両手で持っている。いつもは片手なのに、そんなに重いものが入っているのだろうか。


木村さんがそのまま下に降りてきて、いつも通りのゴミ捨て場にそれを置く。

すると木村さんは俺と思っていない行動に走った。


アパートに戻ると思ったら、そのまま早歩きで通り過ぎて行き、電信柱のある俺の方に近づいてきたのだ。


え、バレた?


っと思ったのだが、身を隠す俺をも通り過ぎて行き、角を曲がった。もう姿は見えない。


かなり焦っていたようだけど...


とにかく俺は目をゴミ袋に向ける。


まあいいや


コンビニに戻るのは遊びを堪能してからでもいいよね...


そう自分に言い聞かせ、ゴミ袋に近づく。

すると、まず反応したのは下半身ではなく、鼻だった。

俺は犬のようにクンクンと嗅ぐ。


なんだこの匂い


まるでなんと言ったらいいのか...ラベンダーに臭豆腐をぶちまけたような...わからないけど。


まあゴミなんてそんなもんか


そう思うようにして、ゴミ袋の先端をほどく。


中はいつも暗くてパッと見よく見えない。


それより割り箸割り箸っと...


手を突っ込む。


思ってもいない感触が手を襲い、思わず「うえっ!」と口から漏れて手を引っこ抜く。


な、なんだこれ...


スライムのようなものが突っ込んだ左手にまとわりついている。指と指の間で糸をひいている。

色は暗くてわからない、スライムみたいだがもちろん動かない。臭いは...


なんだこれ!


思わず右手で鼻をつまむ。


さっきのラベンダーと臭豆腐の...臭豆腐の匂いの方が強烈になっているバージョン。


俺はいったいこれがなんなのか気になり始め、もう汚れてしまった左手を再びゴミ袋に突っ込む。


嫌なネチョネチョ音が鳴り響き、なにか固いものに当たった。

ただの石のような硬さではない、なんというか皮を被った石のような...


俺は目で確かめることにする。


周りのスライムのようなものを左手でどかしていく。


そして、皮を被った石の正体が露になる。


俺はそれを見た瞬間「え」とただその一言がこぼれた。

頭の中は真っ白。

体は金縛りにかかったように動けない。


数秒後解けたかと思うと、俺の口から「ひぃぃぉおやぁぁ!!!」と悲鳴がでていた。

尻餅をつき、後ずさりをする。



なんでなんでなんでなんでなんで



俺がゴミ袋の中で見てしまったものは...


櫻井の顔だった。










警察を呼んだ。

来るまでの間が、どうしようもなく怖かった。

手にはまだあのスライムがついたまま...いや、これはスライムではない、櫻井の肉だ。


手を振り払って、肉を落としたが、まだ肉の破片が所々に左手についている。匂いもとれない。ラベンダーと臭豆腐が混ざった匂いの正体は死体臭だった。


でもなんで少しほんのりラベンダーの様なかおりが...


考えてもわからなかった。そもそも、どうしてこうなっているかも全く分からない。頭が働かない。


ただただ恐怖が心にまとわりついていた。


それに気のせいかも知れないけど、さっきから誰かに見られている気がする。

周りをキョロキョロするが、人の姿は見当たらない。それか夜の暗闇に紛れて誰かが潜んでいるのか。さっきの俺みたいに。


パトカーのサイレンが聞こえてくると同時に、一気に安心感がこみ上げてきた。


俺は膝から崩れ落ちた。








あれから2日が経ち、警察から事件の詳細を聞いた。


まずは当然、これが殺人事件だということ。


犯人はすぐに捕まった。

その犯人、木村 和歌子


そして被害者、櫻井 暁


殺人現場、アパートの中


今思えば、2日連続にゴミを捨てるなどおかしかった。

ラベンダーの正体は、消臭剤だった。木村さんが死体臭を防ぐためそれをゴミ袋にぶちまけたのだ。


そして、警察から他にも聞いて1番驚いたことが2つある。


まずその殺人現場となったアパート、あれは木村さんのではなく、櫻井が住んでいたアパートだった。


そしてもうひとつ、櫻井は木村さんからストーカー被害を受けていた。


元々2人は恋人関係同士だったらしい。櫻井がホストを勤めていた時の常連でそのまま付き合い始めとか。それで色々あったのか、櫻井が木村さんを振って、木村さんは諦めきれなくてストーカーになってしまった。元々同棲もしていたみたいで、持っていた合鍵を使い櫻井のアパートに行っては、まるでまだ同棲していますよっというふうに平然と不法侵入していたらしい。



それらを聞かされた時、おかしくなったのか「へへ」と笑ったのを覚えている。


今思い返してみると、木村さんの行動が櫻井のストーカーであったのを示しているのがあった。


それは土曜日、木村さんがコンビニ来た時俺を見て笑ってくれた。そう思っていた。

でも違う。あれは俺に笑ってたのではなく、隣にいた櫻井に笑っていたのだ


また櫻井がお腹がいたくなったのも、関係は木村さんにあったと思う。


次の日の日曜日は本当は櫻井がバイトをしていたはずなのに、俺がいたので、彼女は暗い面持ちになった。そしてそのままアパートで寝込んでいる櫻井の元までいき、殺してしまった。死体を切り刻んでゴミ袋に入れたら、バレないとでも思ったのだろう。しかし、それを俺が見ていた。木村さんのストーカーである俺が。


なんとも滑稽な話である。


ストーカーをしていた人が、ストーカーにあっていて、死体投棄を目撃されるなんて。


警察からは「よくある話ですよ、愛情が歪んだストーカーがそのまま憎しみに変わり殺人を犯すなんて」


その話を聞いて、俺は心に誓った。



もうストーカーやめよ...


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追う者は追われる者 池田蕉陽 @haruya5370

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