・・・ひどいよ。

鳴海 真樹

・・・ひどいよ。

 ・・・神様なんて大嫌い。

私は神様というやつが嫌いだった。神様はいつも私に意地悪をする。そして私から大切な人を奪い去っていった。私はそんな理不尽な神様が、大っ嫌いだった。


 私には小学生の頃からの幼馴染がいた。彼は幼い頃から穏やかな性格をしていて、人当たりの良い優しい人だった。私が小学5年に上がると、彼の母親が再婚して彼に新しい父親が出来たということを私の母親伝いで知った。元々の彼の母親と父親は彼が幼い頃に離婚しており、所謂シングルマザーとして育てられている。その当時、彼がよく話していたのは

「僕のお母さんは僕が小さい頃に独りぼっちになっちゃったんだ。だから僕が傍にいて支えてあげるんだ。時々僕に冷たくするけど、それはきっと寂しいからだと思うから僕がお母さんの心を治してあげなきゃ。」

と健気なものだった。今ならこの言葉に隠された辛い実情も分かるが、当時の私は呑気なもので

君はお母さんの為に頑張って偉いね

なんてことを言ってその言葉の真意を理解しようとはしていなかった。


 再婚者が家族となった時彼は喜んでいた。

「これでお母さんが寂しい想いをしなくて済む」と。

しかし次第に彼の様子は変わっていき、その瞳は光を失っていった。恐らく彼の新しい父親に何かされたのだろう。彼の渇いた笑みは私の心を抉った。彼をなんとかしてあげたかった。なんとか幼き頃の様に優しい笑顔に戻ってほしかった。


 中学に上がった私は、彼と同じクラスになった。その時の彼は一層酷さを増していた。一言で表すなら、いつ死んでもおかしくない、という雰囲気を醸し出していた。それほどまでに絶望を蓄積していたのだろう。それから私は、彼を元気付ける為に積極的に話すようにした。間違っても自殺なんてしないように・・・。これは私のエゴなのかもしれない、この残酷な世界に彼を束縛していることにとても罪悪感があった。それでも私は彼に生きていて欲しかった。彼に笑って欲しかった。・・・そして彼と一緒にいたかった。


 中学での生活の中で私と彼はよく一緒に下校した。家が近かったというのもあるけど、本当は彼と一緒に話して少しでも彼の心を癒してあげられたら、という今思えば傲慢だった。彼の家庭環境とその周囲を変えなければ根本的解決にならない。けれど中学生の私にはどうしていいか分からなかった。親に相談しても、彼と関わるのはやめておきなさいと言われるだけ。だから私は、せめて彼の拠り所になれるように努めた。私がいるよって知っていて欲しかった。私は、彼と少しでも一緒にいることができて嬉しかった。けれど彼の光のない瞳は見ていて辛かった。人はここまで生気を失うものなのかと目を疑うほどだった。


 そうして暫く中学生活を送っていたある日の帰り道。彼は私を公園に誘った。なんでも話があるとのことだった。話ならいつもしているではないかと聞き返したが、大事な話だからと言って公園に向かった。彼の只ならぬ雰囲気を感じた私は何も言わず付いて行った。この時チラッと見えた彼の腕にはアザがびっしりだった。私と彼は公園のベンチに腰掛けた。こうしていると幼かった頃を思い出すと一人感傷に浸っていた時、彼はしばらく考えた様子の後、意を決したように私に告げた。


「僕はね、君にとても感謝しているんだ。小学生の頃から君はこんな僕を親身になって支えてくれた。ほんとに感謝してる。」


わたしはとてもむずがゆい気持ちになり、同時に自分のやってきたことは無駄ではなかったと報われた気がした。


「君がいてくれたら、僕はまた前を向いてもいいのかなって思ったんだ。」


それを聞いた私は目から涙が溢れた。あまりの嬉しさに言葉が出なかった。

しかし彼の言葉は続きがあった・・・。


「けどね、駄目だった。僕はやっぱりこの世界には要らないみたいだ。」


あまりに突然過ぎて彼の言葉の意味を理解できなかった。いや、理解するのを本能的に拒んだのかもしれない。そんな私を知ってか知らずか話を進める。


「君といる時間はとても楽しいよ。けどね、正直言ってもう生きているのが辛いんだ。」


彼の精いっぱいの愛想笑いが私を抉る。

なんで!?今までなんとかやってきたじゃない!

頭の中では言葉は浮かぶのにそれが声にならない。


「それに、僕なんかの為に君の貴重な人生を無駄にしちゃいけないと思う。僕の存在が君の足枷になるのは嫌なんだ。だから君は僕なんか忘れて華やかな人生を歩んでくれ。」


私は涙が止まらなかった。先ほどの嬉しさの余韻なのか現実を受け止めきれない哀しみなのか、はたまた彼がいなくなってしまう恐怖なのか。とにかく涙が止まらなかった。

そんな私の様子を見て彼は


「ほら、君に涙は似合わないよ。これ使って?」


彼はあざだらけの手で私にハンカチを渡して来た。彼の優しさは昔のままだった。

私はそのハンカチを受け取ると、訳が分からない気持ちでハンカチを強く握り締めた。そして彼は


「今日は聞いてくれてありがとう。最後に君と話せて良かったよ・・・。さようなら。」


そう言い残して彼は去って行った。気持ちの整理がつかず泣き崩れる私を置いて。

ずるいよ・・・私を置いて先にいくなんて。お願いだから一緒にいてよ!

神様、こんな状況どうにかしてよ!そんな言葉は空を切るだけだった。

・・・ひどいよ。


 翌日彼の遺体が河川敷で発見された。私の中で何かが切れた。私は彼に依存していた。それが彼にとっても生きる枷になっていたのかもしれない。これはわがままで傲慢な私が招いた結果だった。けれど神を憎まずにはいられなかった。こんな状況に彼を追い込んだ神を。

そして、その状況で何一つできなかった私自身を・・・。


 これは遺書

私はもう生きる気力を失ってしまいました。彼を助けてあげられなかった自分が酷く嫌いです。

私は神を恨みます。このどうしようもない状況を放っておいた神様を。お父さん、お母さん。先発つ娘をどうかお許しください。彼のいないこの世界にもう価値は見出せないのです。私はこれから彼に会いにいきます。向こうできっと幸せになると願って・・・。

彼もきっとこんな気持ちだったのかな。それではみなさん今までありがとう、そしてさようなら。


 その翌日、河原で息絶えていた少女が発見された。

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・・・ひどいよ。 鳴海 真樹 @maki-narumi

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