シルバーブルームーン
佐野美幸
第1話 袖すり合うもなんとやら
息も氷つくような真夜中、街は静かにひそめいて。空気は緊張感が漂っていた。
相手に存在を知られてもかまわない。警視庁特務課チーフ海堂は思っていた。むしろ、正体を確実に知るためにしいた布陣だった。同じ手口ですでに5件、銀行が襲われた。防犯カメラはおろか、全てのセキュリティーが灰塵と化していたのだ。こうなると人海戦術しかない。
今までの経緯から次ぎに狙われるであろう、銀行に人員を配備し、現れるのを待った。犯行時刻は午前2時。それが共通点だった。海堂は時計を見る、間もなく2時だ。
ガッシャーン
と物が壊れる音と共に現れた白銀の獣。犬よりも大きく鼻が長い。
ハアハアという息づかいと共に跳躍する。
予想外の物体に、
近くにいた警官がホルスターからレーガンを抜き、獣に向けて撃った。クリーンヒットと思われたレーザー光はそのまま撃った本人に返ってきた。
「ギャア」
肉の焦げる臭いと血が混ざった臭いが立ち込めた。仲間がやられたことにいきり立った他の警官たちも銃を発射する。
ところが獣の一歩手前でレーザーは弓なりに弾かれる。
獣はくるりと反転して、身近にいた警官を襲った。首もとを襲われた警官は、ヒュッと短い声をあげ、その場に倒れた。
一瞬の出来事に、警官たちは一斉に退いた。口から血を滴らせ、次の獲物を狙っている。
その時、警官の一人が電磁波の網を投げた。電磁波にもがく姿を見て、「やった!」と思った瞬間、雷が鳴り響くような爆音と光が炸裂する中、獣はスルリと脱け出し、隙を見て大きく跳躍して、逃げ失せて行った。
レーザーも電磁波も効かない獣に戦慄しつつも、「正体」がわかっただけでも収穫あり、と思った海堂だった。
ふと見上げると、煌々と輝く月が目に入った。
◇
「おーい、天、京!」
下駄箱の方から、二人を同級生が呼んでいる。
天音はお日様色の金髪に光線によって色を変える深い蒼瞳、そしてなにより、女の子と見間違う綺麗な顔立ちをしていた。
一方京は、漆黒の髪に漆黒の瞳。切れ長の瞳に通った鼻筋、天とは違った整った顔立ちをしている。武道を
西暦2366年。1世紀近く人口が拡大したが、ある時期を境に減少し、宇宙ステーションや太陽系惑星移住も重なって地球の人口は減り、混血が当たり前の時代になった。そんな中、純血種は貴重な存在だった。
足を止めて呼んだクラスメイトが追いつくのを待って、
「なに?」
と聞いた。
走って追いついた彼は、ニヤリと笑って
「ゲーセン行かないか? 欅通りの店に新機種が入って、今、評判なんだ。天も京も久し振りのトーキョーだし、遊んで行かないか」
天も京も越境入学である。この時代になると、普段授業は衛星回線を使っての自宅学習になり、週2回希望した学校への通学となる。完全自宅学習にしないのは、コミュニケーション能力の欠如を心配したためだ。だから授業も体育や音楽など、普段接することのできないことをする。選択科目で美術や家庭科などがある。因みに化学は必修だ。実験を行うからだ。
二人はリニアで40分の通学だった。
「あー残念! 今日は保護者殿から、真っ直ぐ帰るように言われているんだ」
天は悔しそうに顔を歪ませる。噂のゲーム、興味がわかないわけがない。でも、保護者の言葉は絶対だ。京も残念そうに視線を落とす。
それを見たクラスメイトは
「お前らの保護者、特殊だもんな」
あれは逆らえない、と納得する。
「俺も今日は帰るか。次、また今度」
そうして、手を降ると校門で別れた。
◇
リニアで40分。最寄り駅から天の愛車、カワサキ1300ccモンスターバイクにタンデムして、保護者がいる建物を目指す。
神崎なんでも研究所、このネーミングセンスを疑うような研究所は、その名の通りなんでも研究していた。さらに実績もあげていた。セキュリティーシステムを得意としている。バックに神崎コンツェルンがいるのも大きい、だが所長の桐吾はコンツェルンは関係ないという。地球連邦屈指の財閥。桐吾は後継者《《》》だった。ある事故がきっかけで今は叔父が仕切っている。
かつて大学があった土地を買い取ったためかなりの面積である。富士山をバックに、駿河湾が広がる。
いつも通り通用口から入ろうとしたら、男女の話し声がする。それも一方的に男が怒っている。
「ごめんなさい!」
女の子が頭を下げるのを見て、京は
「
ため息をつきながら言う。多岐はその声に、おかえりなさい、と言ったあと、
「わざとじゃないのよ。生体認証しようとしたらスパークして、壊れちゃったの」
「わざと壊されてたまるか!」
謝っているのは
しかし今年は多い3度目である。特殊セキュリティーの為、直せる人も限られていて、今は一番下っぱのユリウスが割りをくっている。
ユリウス・グリュン。エンジニア。亜麻色に近い金髪に深い緑の瞳をしている。口は悪いが根は優しい。通称ユーリ。
「もう少しで直るから待っててくれるか?」
工具を片手にユーリは言う。
ノートパッドにデータを打ち込み、コードを引き抜く。
「よし!終了」
多岐が「よかったー」と、手が前を横切った瞬間、バチっと火花が散ったあとスパークして、セキュリティーは再び昇天した。
一瞬の沈黙のあと、地獄の底から響くようなうなり声が発せられた、
「とぉあきぃ~」
多岐は頭を抱え
「ごめんなさい!」
「ごめんですむかっ! 一体お前の手はどうなっているんだ? 瞳眼認証システムだぞ!どうして壊れるんだ‼」
ハア、と息を吐き出すと、ユーリは多岐に向かって
「外すぞ、手伝え」
多岐は「はいっ!」と応え外しにかかった。
ユーリは二人に
「悪りぃ、正門から入ってくれないか。それと神崎さんに行けないかもしれない、と伝えてくれると助かる」
「いいけど、ユーリも呼ばれてるわけ?」
天が聞いた。
「ああ、俺以外にも呼ばれている奴がいるはずだ」
「なにか聞いてる?」
「いや、なにも。その場で説明するからって」
天と京は顔を見合わした。嫌~な予感がする。こういう時の桐吾はやっかい事を抱えていることが多いことを経験値で知っている。
二人と別れたあと、正門に向かう。インターフォンを押し、中に入れてもらう。その時、所長室に行くことを告げられた。
二人は真っ直ぐに所長室に向かう。胸の中のモヤモヤを抱えながら。
扉の前で深呼吸し、コンコンコンと3回ノックする。
「入りなさい」
よく響くバリトンの返事があった。
「失礼します」
行儀よく入ると、そこには4人の人がいた。一人は工作部の主任ブライアン。もう一人は研究所の医学長ワトソン、そして桐吾の隣に特務課の海堂。
二人は思わず「海堂さん!?」と叫んだ。
海堂は
「久し振り。また大きくなったな」
と笑顔をこぼす。
この人がいるってことは、警察関係だと二人は踏んだ。
隣にいる桐吾は、
「多岐とユリウスは?」
と聞いてきた。天は状況とユーリの伝言を伝えると
「そうか、取り敢えずこのメンバーで説明するか」
海堂に場を譲る。
海堂はおもむろに
「ここ何ヵ月か騒がしている、銀行強盗を捕まえるのに協力をあおぎたい」
その場の空気に緊張が走る。
ワトソンが
「確か前回、被害者が出たな」
「ええ。おかげで貴重な映像も録れました」
海堂は3次元スクリーンを出し、映像を流す。
「狼?」
ふとブライアンがつぶやいた。
「そうです。動物の専門家にも確認しました。正真正銘狼です」
だがこの時代、野生の狼は絶滅している。人間の保護下において特区にいるものを抜いてだが。
「銀行強盗があった日には共通点があります。時間、そして満月」
満月に狼なんて、数世紀も前の絵空事だ。だが海堂は真剣に
「その狼に見事にやられてしまったんですよ」
机に寄りかかりながら、半分おどけるように言い放つ。
「おまけにレーザーも使えない。現代武器はまるっきり歯が立たない」
「で、我々にどうしろと」
ブライアンは海堂を見据える。
海堂は、その眼差しに応えるように
「あなたには猟銃を作ってもらいたい、射程距離1kmの。もちろんレーザーではなく、旧式の銃を」
作れますか? 海堂は問うた。
腕を組、顎をさすりながら
「資料があれば」
と答えた。
「すぐ用意しましょう」
「わしは、どうするのかね。」
ワトソンは楽しそうに聞いた。
「先生は万一に備えてスタンバイしてて下さい」
「危険かの」
「場合によっては」
「わかった」
残るは天と京の二人である。海堂は二人を見つめると
「今回の作戦、君達がキーパーソンだ」
二人はゴクリと喉を鳴らす
「君達には狩人をやってもらうよ」
◇
「直ってよかったー」
多岐は心底安心したように言う。
一方ユーリは疲れきっていた。道具箱が重い。二人で歩いていると、前方から桐吾と海堂が歩いてきた。桐吾がいるということは、会議が終わったということだろう。結局間に合わなかった。
桐吾が二人に気付き足を止める。
「どうやら直ったようだな。ユーリ、ご苦労さん。近い内にセキュリティーを変えるから、そのつもりでいてくれ」
「わかりました」
それと、と隣にいる人物を紹介する。
「ユーリは初めてだったな。警視庁特務課チーフの海堂リュウ警視正だ」
海堂は穏やかな笑みを浮かべ手を差し出す。ユーリは自己紹介しながら手を握る。
「ユリウス・グリュン、エンジニアです。」
「宜しくユリウスくん。君にも今度の作戦に参加してもらう。詳しくは桐吾に聞いてくれ」
「あ、はい」
返事をしたユーリをつくづく眺め、桐吾の方に振り返ると
「桐吾、お前顔で採用してるのか? ブライアンといい、天と京といい、このユリウスといい、イケメンばかりじゃないか」
「・・能力で選んだつもりですけどね」
くすり、と笑いながら、たまたまですよ、と桐吾は言う。
「ユーリ、悪いが後で所長室に来てくれ。時間は7時半、多岐も一緒に」
それじゃあ、と桐吾たちと別れたあと、ふとユーリが
「あれが特務の海堂か」
と呟いた。特務の海堂といえば、射殺が許される特務で、彼がチーフになってから一人の死人を出さず、すべて生け捕り逮捕に徹している。連邦警察から引き抜きの声がかかるが、首を縦に振らない。どんな人物かと思っていたら、あまりに穏やかさにユーリは逆に驚いていた。
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