演劇脚本「ぼくがフラワーアレンジメント部の部長として何の成果も残せていないわけがない」

タナカノッサ

最終話 ありがとう冬くん!フラワーアレンジメント部よ永遠に!

登場人物


冬くん……フラワーアレンジメント部・部長

春ちゃん…フラワーアレンジメント部・唯一の部員

秋田先生…フラワーアレンジメント部・顧問



夕日の差す教室で、窓の外を見ている冬くんと、

その背に視線を投げる春ちゃん。



春「先輩、おつかれさまでした……」

冬「ぼくは決して良い部長とはいえなかった」


春ちゃんの方に向き直る冬くん。


冬「そう、ぼくは決して良い部長ではなかった。今日で引退だというのに、今だにフラワーアレンジメントの意味もわかっていないのだから」

春「頑なに調べようとしませんでしたね」

冬「だってフラワーも、多分アレンジもわかるんだもん……」

春「メントが強敵でしたか」

冬「あと一歩だった」

春「突然"メメント・モリ"の意味を聞いてきたときは"はーん"って思いましたよ」

冬「ぼくの狙い、バレバレでしたか」

春「バレバレでしたし、メメント・モリのメントと、アレンジメントのメントは別物ですよ」

冬「負けたくなかったんだよ……」


しゃがみこむ冬くんに目線を落とす春ちゃん。


春「何にですか……」

冬「それを探すためのフラワーアレンジメント部……ってのはダメかな?」


立ち上がりおしゃまなポーズをしながら悪びれる風の冬くんに対し、春ちゃんは顎に手を当てて。


春「……ダメでもないかも」


少しの沈黙。目分量。


冬「でも、なんで春ちゃんはこんな部に入ってくれたんだい。部長はこんなだし、花を育てないでパクチーやら大葉やらを作ってるし、顧問も……」

春「顧問、やばかったですね」


二人、遠い目をする。


冬「フラワーアレンジメント部の顧問なのに、フラワーという言葉を聞くと頭をかきむしって耳を塞ぎ"ぎぎだぐないいい!!"だもんな」

春「私、大人があんなに取り乱すの、初めて見ました。あれが"恐慌"っていうんですね。ちょっと感動しましたよ。辞書でしか知らない言葉に実感が通うの」

冬「秋田先生、古典の先生だから、外来語ダメなんだって」

春「どんな理屈なんでしょう」

冬「謎の理屈だよな」

春「秋田先生が昨年行ってきたとおっしゃった博多どんたくのどんたくって、オランダ語のゾンタークなんですけどね。大丈夫でしたよね」

冬「兜って朝鮮半島由来の言葉だし、広義での外来語なんて山ほどあるよね。判断ザルだなあ」

春「ザルなお陰でギリギリ日常生活が送れているともいえます」

冬「だけど不勉強のお陰で生きていけるなんて、格好悪いなあ」

春「どの口が」


冬「あらためて、こんな部でごめんね。終わってから言うのも何だけど」

春「先輩が分けてくれたパクチーを、学食のマスタード増しホットドッグに挟んで食べると、すごく美味しかったんです。だから良いですよ」

冬「ぼくのフラワーアレンジメントが許された」

春「それに、私、殻を破れたんですよ」

冬「ああ、去年のいけばなコンクール……」

春「そこで出した作品は、この部に入る前の私では作り出せなかった」

冬「レギュレーション違反で失格だったよね」

春「世間一般でいう花を一切使わず、パクチーやチャービルなんかだけで済ませたのがまずかったんですかね」

冬「運営の人がお情けで展示だけは許してくれたけど……」

春「なぜか虫が大量発生してしまいまして……。施設管理者がカンカンで」

冬「施設管理者怒らせちゃったか」

春「お陰で何年か冷却期間を置くか、名前変えるかしないと出られませんよ……でもいいんです。これが私の花なんです。私の家の花じゃない」

冬「おうちは華道の家元なんだっけ」

春「この学校には華道部がなかったから、同じ花を扱う部活なら、母も文句は言うまいと入部したんです。部活をやっているという名目があれば、家で修行する時間も少なくなるかな、と……。まあ、花に触らずに一年経つとは思いませんでしたけど」

冬「いよいよもって親御さんにも申し訳ない気さえするなあ」


春ちゃん、首を振る。


春「先輩からは、つまらないこだわりがあっていいんだってことと、名前に囚われないことを学びました。今までの私は、私の家の花に合わせるために、自分のこだわりを捨ててきましたからね」

冬「その結果が出禁」

春「遊び慣れていないというか、子供になりきれないということでしょうか」

冬「なんだかすごく自分に都合の良い解釈してない?」

春「それでなんですけど、もし、先輩が、少しでも私が出禁くらったことを申し訳なく思っているのなら」

冬「出禁くらったのは春ちゃんが調子乗ったからだと思ってるけど、少しくらいは、ほんのすこしなんだけど、申し訳なく思っているよ……」

春「言質とりましたよ」

冬「しまったな」

春「先輩、私の家で、華道をやってみませんか」


目を丸くして絶句する冬くん。


春「私がコンクールに出られない間、私の代わりに花を活けてください。私の遊び心は後付だったからか、爆発して多大な被害をもたらしましたが、先輩の遊び心はバランス感覚が良いですから、現にあんな適当な部活をしているのにどの先生からも怒られてませんし――きっといい作品が出来ると思います」

冬「ぼくは大学受験があるんだけど」

春「一生懸命やるのは受験が終わってからでもいいですよ。たまには、自分流以外いも良いと思いますよ。これは本心からです」


春ちゃんは満面の笑みを浮かべる。


冬「これはって……?でも、受験に落ちたときのちょうどいい言い訳を考えていたところなんだ!」

春「まだ5月なのに言い訳の準備!先輩、最高にキッズですね。それでこそです!ナイス遊び心!」


春ちゃん、くるくる回る。


春「これからうちに来てくださいよ。母に紹介します。門下生が少ないところにムスメの不祥事が起こって困っていたんですよー。」

冬「え……」



二人が舞台からゆっくりはけていく。はけきる前にナレーションは言い切り。


ナレーション「こののち、冬は第四志望の大学に在学中、いけばなの都大会で大賞を獲るも、その後は奮わず、今では特技の欄に書く程度だが、それすらも最近は面倒になった。春は華道自体を辞めてしまった。二人は特にこのあと付き合ったりすることもなく、唯一の接点を無くしたあとは連絡をとることすらなくなった。人生とはままならず、青春の一瞬の確信はあてにならないものだ――」


冬「秋田先生!いつ病院から出て来たんですか!勝手にぼくたちの未来を決めつけないでください!」

春「小賢しいです!いけばな都大会とか巧妙に"コンクール"という言葉を避けて!……あ」


秋田先生「外来語はぎぎだぐない~!!」


秋田先生が悶えながら上手下手を行ったり来たり、二人でそれを追いかけながら幕がおりる。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

演劇脚本「ぼくがフラワーアレンジメント部の部長として何の成果も残せていないわけがない」 タナカノッサ @tanakanossa

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ