現代病床雨月物語   第十七話  秋山 雪舟(作)       

秋山 雪舟

「入院徒然記(後編二)」 

二○一七年の入院は、四十五日間でした。その間には色々な出来事がありました。

一日の始まりは「日の出」の観察からです。二〇一六年の入院では発熱により食欲がなく入院食をよく残していました。今回の入院では好き嫌いの多い私ですが無理してでも完食を決めていました。結果は何とか達成することができました。

一日の日課である十五分の歩行については、病室の五階から七階の屋上庭園まで歩いて行、き、庭園を何周も歩きました。日差しが強い日や雨の日は、一階の外来診療や救急外来までの廊下を歩いていました。特に休日は、一階の救急外来によく行きました。休日には保護者に付き添われた中学生以下の患者が多く見受けられました。また天候により救急車の台数が違っていました。多い時は四台の救急車と二台の血清を運ぶバンが止まっていました。夏が近づく頃だったので平日では作業服姿の患者が同僚に付き添われて来ていました。ほとんどが熱中症であり最初はぐったりしていますが点滴をした後では生き返った様に元気に帰って行きました。また病室にいても救急外来が忙しい時は、○○科の医師とスタッフの方は至急救急外来に来る様にとの一斉放送が流れているのを二、三回聞きました。

病院の二階には、小児病棟がありその一画には近くの小学校から派遣された先生による院内教室が併設されていました。

私が二〇一六年の入院時の大腸の内視鏡検査室は地下一階にあり、こころなしか他の階よりひんやり感じたのを思い出しました。この内視鏡検査室の横にやすらぎの部屋(霊安室)がありました。

私が入院している五階の談話コーナーにはテレビと飲料の自動販売機があります。またこの談話コーナーから見える位置にナースステーションとICU(集中治療室)がありました。病室から談話コーナーに行くには必ずナースステーションの前を通らなければなりません。ICU(集中治療室)を出入りする医師や看護師は完全防備(帽子・マスク・手袋・エプロン)をしていました。

私は、朝の「日の出」の観察を談話コーナーでするので何度かICU(集中治療室)に入っている家族の方が疲れて長椅子でぐったりしているのを見ました。この狭い私の周りでも色々な命のドラマが進行中である事を感じました。


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