表白
表白 1
そうして三人は、セシリアと名乗った女と一緒に、馬車の乗り場まで向かうことになった。
「セシリアさんは、学者なのかな?」
サリュートアが尋ねる。それは単なる興味というだけではなく、彼女の反応を見たいという意図も込められていた。
、その問いに、彼女は小さく首をかしげる。相変わらず帽子が大部分を覆っている顔は、明るい午後の陽射しの下でもよく見えない。
それは眼鏡の奥に見えなかったナオの目を思い出させて、少し不安な気持ちにさせた。
「学者というわけではないですね。……趣味で覚えました。あの文書は、コレクターの方から譲ってもらったものなんです」
「どうして、ヨセミスフィアに行きたいの?」
今度はアストリアーデが問いを発する。
「あの文書で名前を見かけて、気になってはいたんですけど、ずっと何なのかわからなかったんです。それで皆さんのお話を聞いて、場所なんだと知って、いてもたってもいられなくて」
口調は出会った時とあまり変わらないが、彼女の声からは、少し興奮している様子も伝わって来た。
「……実は、あたしたちもよくわかってないの」
アストリアーデが申し訳なさそうに言うと、彼女はふるふると首を振る。それは、風に揺られる案山子のようにも見えた。
「はい、それも聞こえました。でも、一人で探すよりはずっといいと思いましたし」
彼女の佇まいには、リアやナオとは違い、『隙』のようなものがある気がする。
サリュートアたちとて、何故サマルダを目指してきたのか、詳しい話はバートにもしていない。
やがて馬車乗り場へと着き、四人で一緒の馬車に乗り込む。
サリュートアとアストリアーデ、バートとセシリアが並び、向かい合って座った。
そして、ごとごとと馬車は走り始める。
窓の外に見える景色は、段々と見慣れないものへと変わっていった。この辺りの家は、白っぽい石を使って作られているものが多く、形もマイラの街とは趣が違っている。
リアたちと馬車に乗った場所から、ずいぶんと遠くまで来たものだと、サリュートアは思う。
このまま、平和に旅が続いてくれることを願うばかりだった。
◇ ◇ ◇
「ね? あたしがコーディネートしてあげる」
「いえ、私は本当にいいですから」
服飾品店の中に、アストリアーデとセシリアの声が響く。
馬車は夜に次の町に到着し、それから宿で一泊して、翌日のことである。
服飾品店と看板は出ていたが、そういったものだけではなく、化粧品や食器、家具なども置かれていた。
それなりに広い店だが、客の姿はあまりない。
パーティーにでも行くのだろうかと思うような、やたらと派手な服を着た女店主は「いらっしゃいませ」と言ったきり接客する気がないのか、カウンターで何かを書くことに没頭している。
その間にも、店の隅での二人の押し問答は続いていた。決着が中々つかないため、男二人はすっかり飽きて、展示品のソファーに腰掛けて寛いでいる。
きっかけは、この店を見つけたアストリアーデが、入ってみたいと言ったことだった。
少しの間、自分の服や化粧品などを見ていたのだが、そのうちに矛先がセシリアの方へと向かい、何故そんな服を着ているのか、ちょっと違った服を着てみるのも良いんじゃないかと言い出し、現在に至る。
「あの……じゃあ、ちょっと合わせてみるだけ」
どこまで続くのかと思われたせめぎ合いは、セシリアが折れることで落ち着いたようだった。
「やった! じゃあ、早速試してみよう? 奥の部屋借りますね!」
「私、ここでいいんですけど……」
戸惑うセシリアをよそに、気が変わらないうちにとアストリアーデは彼女の腕と数着の服を掴み、店の奥に見える、カーテンの掛かった部屋へと勝手に入っていく。
店主はそちらを見もせずに「どうぞ」とだけいうと、また何かを書く作業へと戻っていった。
カーテンの向こうから、主にアストリアーデの声と、時々セシリアのくぐもった声が聞こえてくる。
男二人が、ソファーでうとうととし始めた時だった。
「へへ、どう? すっごくステキでしょ!」
カーテンが開く音と共に、アストリアーデの得意気な声が彼らを揺すり起こす。
二人とも驚き、中々言葉が出なかった。彼女の隣に恥ずかしそうに立っている女性と、自分たちの知っているセシリアの姿が、上手く結びつかなかったからだ。
旅をすることを考え、パンツスタイルなのは変わらなかったが、今までの古ぼけた案山子を思わせるものとは全く印象が違い、手足がすらりと長く見える。
帽子から見えていたぼさぼさの黒い髪もヘアピンを使って上手く纏められ、猫を連想させる赤銅色の瞳や小さな鼻、ふっくらとした唇を持った顔には化粧が施され、少女のようなあどけなさを残しながらも、大人の女性の魅力を携えていた。
彼女は恥ずかしそうに、顔を俯かせている。
「うん、今までの格好よりずっといいよ。流石アストリアーデ」
サリュートアが笑顔で言うと、アストリアーデは驚いたような顔をした。
「どうしたの?」
「ううん、何でもない。……ありがと。バートさんは?」
「あ――い、いんじゃね?」
「ね? みんなもこう言ってるし、買っちゃおうよ」
「……でも、いいです」
彼女の言葉は否定を示していたが、アストリアーデには何故か、落胆しているようにも聞こえた。
「何で? すごく似合ってるよ。バートさんも鼻の下伸ばしてるし」
「伸ばしてねぇ!」
突然バートの声が大きくなったので、セシリアは驚いたように顔を上げたが、やがて、またその顔は伏せられる。
「あ……その、お金もないので」
「そっか」
久しぶりにこうやって買い物に来て浮かれてしまい、そういった彼女の都合も全く聞いていなかったと、アストリアーデは反省する。
それでも、先ほど感じた自分の感覚は間違っていない気がして、少し考えた後、バートの方へと目を向けた。
「えっとね、バートさん、買ってあげてよ。お願い!」
そうして両の手のひらを合わせ、顔の前に掲げる。
自分が買うことも出来るのだが、それだとセシリアが頷きづらい気がしたのだ。
「何で俺が」
「鼻の下」
「だから伸ばしてねぇ!」
二人のやり取りを横で眺めていたサリュートアは、思わず笑みを零した。
バートの方にも遠慮があるとはいえ、アストリアーデの方が、彼の扱いが上手いのかもしれない。
いや、つられて以前のような元気さが顔を覗かせるようになっているのは、アストリアーデの方なのか。元々彼女の方が、人付き合いは得意だった。
「……ま、でもあの汚ねぇ格好のまま一緒に旅するっつーのもあれだから、買ってやるよ」
「やった! ありがとう!」
そこで、また本人の気持ちを無視して話が進んでいたことに気づき、アストリアーデは隣に視線を戻す。
セシリアは、迷うようにどこかを見ていたが、やがてふっと表情を緩めると、頭を下げた。
「……ありがとうございます」
「お前のそれも買うのか? ついでに買ってやるから貸せよ」
アストリアーデは手に、太陽や星、花などがあしらわれた髪留めがいくつかセットになっているものを持っている。
「いいよ、あたしは自分で買うから」
「早く貸せって」
彼女としては、買うのを迷っていたこともあったし、自分まで買ってもらうのは悪い気もしたのだが、バートがせっかくそう言ってくれているので、甘えさせてもらうことにした。
「うん。……ありがとう」
セシリアはバートが会計をしている間も、自らの姿を嬉しそうに、鏡で何度も確認していた。
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