同道

同道 1

 それから兄妹は、初めてお互いの旅についてじっくりと語り合った。

 アストリアーデはウィリスという少女、マーサという老婦人と過ごした日々を話し、サリュートアはオーファやバート、そしてリシュカという少女との出会いを話す。

 街ものんびりと歩き、観光気分も味わえた。

 久しぶりの、穏やかな日々だった。


「よっ、待たせたな」


 大分見慣れてきた朝の街並に、暫くぶりのツンツン頭が浮かぶ。

 ここには少し滞在しただけなのに、もう客人を迎えるような気分になるから不思議だ。


「そうでもないよ。そのおかげで色々、有意義に過ごせたし」


 そう言ったサリュートアに、バートは笑顔を向ける。


「かーちゃんにも手紙書いたか?」

「うん。……一応ね」


 母に宛てた手紙など、幼い頃に書いたきりだった。

 何を書いて良いのかもわからず、結局『二人とも元気だから心配しないでください』と一言書くだけで出してしまった。


「二人とも、前より元気そうだな」


 バートの方は、少し疲れているようにも見える。

 やることは沢山あっただろうに、それを大急ぎで片付けて、こちらに来てくれたのだろう。


「あ? 何だそのシケたツラは!? 俺と再会できて嬉しくねぇのかよ」


 そんな申し訳ない気持ちが表情に出ていたのだろうか、彼は急に声を高くすると、サリュートアの頬を右手で鷲づかみにした。


「そいぁ、うれひいけろ……」


 口もとが圧迫され、上手く喋れない彼を見て、バートは可笑しそうに笑う。


「ならいいじゃねーか」


 そこに、もう一つ笑い声が響いた。

 そちらを向くと、片手で口元を覆うようにしながら笑っているアストリアーデの姿。


「……ごめん、そういうサリュートアって見たことないから、何だか新鮮で」


 こんなに自然に笑うアストリアーデを見たのは、随分と久しぶりな気がする。

 サリュートアは嬉しさで思わず涙が出そうになり、慌ててそっぽを向いて誤魔化した。


 ◇


 宿を引き払った後、三人は早速移動を始める。北へと向かう馬車が出ている場所は、宿からは少し離れていた。

 午前の陽射しは明るく大地を照らしてはいるものの、やはり風は少し冷たい。

 サリュートアは後方を歩いているアストリアーデを見た。何か考え事をしているのか、こちらには気づかず、黙って歩いている。

 この中では一番薄着のバートは、寒そうに自らの体をさするようにしながらサリュートアと並んで歩いていたが、突然サリュートアに近づいて来ると、小声で言った。


「お前の妹、可愛いな」


 サリュートアはバートをじろりと見て、反射的に言葉を発する。


「手、出さないでよ」


 彼の言葉の真意を考えるとかそういうことよりも先に、もう顔と口が動いていた。

 バートは思わぬ反応に一瞬驚いたような表情をしたが、やがて腕を組み、わざとらしく呻りを上げる。


「んー……ちっとガキすぎっかなぁー」

「真剣に考えるのもやめて」


 バートも、軽口が叩きやすい雰囲気になったのだろう。

 だが、たとえただの冗談だとしても、彼が妹の隣にいることを想像するだけで、寒さが一気に増したかのようだった。


「バートさん」

「な、何だ?」


 突然アストリアーデが声を上げたので、バートはぎょっとして言葉に詰まる。


「マーサ――あの屋敷にいたおばあさんは、元気?」


 彼はああ、と声を漏らしてから、ほっとしたように笑みをこぼした。


「元気元気、しゃきっとしてたぜ」

「マーサは、喋れないの」

「それも伝わってるから、ダイジョーブ」


 大丈夫、か。

 アストリアーデはその言葉を心の中で繰り返す。毅然としたマーサの姿は、どうやら失われてはいないようだった。

 別れ際、こちらに向かって深々と頭を下げた彼女を思い出す。彼女は、屋敷で何が行われているのかを知っていて、それに加担していた。

 罪はきっと、重いのだろう。


「……もう、会えないのかな」


 沢山優しさをもらったのに、別れの時、ありがとうとすら言えなかった。

 俯くアストリアーデを見て、バートは頭を掻く。彼の立場からすれば、簡単に会えるなどとは言えないだろう。


「手紙……書いたらどうだ?」


 彼が口にした言葉に、アストリアーデははっと顔を上げた。

 でも――と言いかけたが、やがて小さくかぶりを振ると、微笑みを返す。

 マーサは今、ある程度の字なら読めるはずだ。イーヴァ・イーヴァの中に出てくる表現ならば間違いない。

 それなら、代読をしてもらわなくとも、自分の言葉をマーサにそのまま伝えられると思った。

 バートは再び黙ってしまったアストリアーデを少し見ていたが、やがて手のひらで自らの腹をぽんぽんと叩くと、再びサリュートアの方に顔を向ける。


「どっかでメシでも食わね? 腹減った」

「もしかして、何も食べてないの?」


 少し昼食には早い時間だ。

 宿で朝食を食べてからそれほど経っていないから、サリュートアはまだ空腹を感じてはいない。


「一応食ったけどさ、どちみちそろそろだろ」


 気を遣われるのが面倒とでも言うかのように、バートは手をひらひらとさせる。


「あっ、あそこに店があるぜ! あそこにしよう」


 そうしてさっさと一人で歩いて行ってしまった。

 サリュートアとアストリアーデは顔を見合わせ、どちらからともなく笑みを浮かべて、その背中を追う。

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