凰華高校異能事件対策科

@bear2036

第1話

 《言霊使い》

 他にも《異能持ち》《言語能力者》など様々な名称──蔑称に言葉Word殺人Murderを組み合わせた《ワーダーWorder》というものもあるが──で呼ばれる特殊能力を持って生まれる人間達の総称である。

 その能力は《語彙能力ギフト》と呼ばれ、《言霊使い》であれば必ず一つ保有し、類似した能力はあれど同一な能力は確認されていない。それらは数多くの種類があるが、強力なものはたった一人で国家戦力に相当する《語彙能力》も存在する。

 《言霊使い》の存在が初めて世界に認知されたのは約四十年前にまで遡る。当時は片手の指で数えることのできるほどに少なかった彼らであるが、今では世界人口の約二割がなんらかの特殊能力を保持していると推定されている。

 しかし《言霊使い》が次々と生まれたことによって世界は大きく変わった。

 そのひとつが《言霊使い》が己の身に宿した能力を用いて法を犯す──『異能犯罪』である。


 辺りに街灯もなく、頼りない月明かりとそれにも負けてしまうほどの星の光のみが光源となっているような田舎道。普段は人通りも少なく、夏は物好きな蝉が電柱に止まって合唱を繰り広げる以外は静寂に満ちている。

 その場所は現在パトカーのサイレンが鳴り響き、バリケードテープが張り巡らされるなど並々ならぬ雰囲気が漂っていた。

「岩波警部! お疲れ様です」

「あぁ……おい、新入り。早くしろ」

 集まる野次馬の間を通ってやって来たのは、身長百九十センチに届こうかという巨漢──岩波忠史いわなみただふみだ。

 これまでの鍛練によって彼の肉体は鍛え上げられており、犯人確保件数は刑事課の中でも随一の成果をあげる武闘派として県警内で通っている。

 彼に新入りと呼ばれた女性は、新入りと呼ばれるだけあって非常に若い。黒瞳の奥には熱意が燃えており、それがきっちりと着込まれたスーツや一挙手一投足に現れている。

 彼女は田辺玲子たなべれいこ警部補。国家試験に合格し、今年から刑事として勤務することになった。

 彼らに挨拶した──といっても9割ほどが岩波に向けられたものだが──警官はバリケードテープを上げ、その奥へと通す。

 何人もの鑑識官の横をすり抜け、彼らは被害者の元に向かう。夜風に煽られ、向かう方向から鉄の臭いが漂ってくる。それがこの事件の凄惨さを物語っていた。

「……新入り、吐くなとは言わん。ただし現場だけは絶対に荒らすなよ」

「わかっています」

 田辺は岩波から見ても非常に優秀な刑事だが、殺人事件に両手の指で数えられる程しか関わっていない。故に経験不足から来る、現場で嘔吐するというミスをしないよう促すが、彼女は端的に返す。

 愛想のない奴だと思うが、仕事で組んでいるだけのパートナー──しかも年の離れた異性ともなればこれぐらいの対応だろうと納得する。

 彼らは死体の元にたどり着く。

「……クソが」

「……!」

 ──そこには赤黒い池が出来ていた。その中心にある三つの死体は上半身と下半身がそれぞれ別の方向を向き、捻切られていた。傷口から白い骨が覗き、嫌悪を催すほど綺麗な桃色の臓物が血で染まったアスファルトの上に無造作に転がっている。

 被害者の顔は味わった苦痛に歪んでおり、涙や鼻水にまみれている。物言わぬ死体になっても、彼らが岩波達の肩を痛いほどに掴み、自身が味わった苦しみを伝えてきているようだった。

「ぅおぇ……」

 田辺がえずき、小走りで現場から去っていく。

 岩波は吐いてもいい、と言いはしたもののどろそろ現場慣れしてもらわねば困るため嘔吐したのなら軽く注意でもするつもりだった。

 しかしそんな気は失せた。

 滅多刺し、バラバラ、拷問──これまでの三十年近い刑事業の中でありとあらゆる凄惨な殺され方をされた死体は見てきたつもりだった。しかしこれは──、

(人間が体験していい死に方じゃねぇぞ……!)

 無論、人は老衰以外の死に方をするべきではないと考えている。それでもこれはあまりにも悪趣味過ぎる。犯人への怒りと憎悪でどうにかなってしまいそうだ。拳を握れば皮膚が破れ、温かい液体が指を伝う。

「うぇ、グッロ。今回はまた随分と無惨に殺されたね。このようなザマでは仏様も浮かばれないだろうに」

「……何の用だ、姫原」

 刑事を掻き分け、岩波の隣にしゃがみこみ遺体に向かって手を合わせた女性──姫原悠美ひめはらゆうみに岩波は彼女が来たことに対する不快感を隠さずに語りかける。

 それに彼女は苦笑を浮かべ、

「同期の仲間だというのに冷たいね。そんなに『異能対策科』を毛嫌いしなくてもいいんじゃないかい?」

「《ワーダー》と仲良くする気はないんでな」

「……我々の名称は《言語能力者》や《異能持ち》そして《言霊使い》だ。公僕である警察の人間が《ワーダー》などという蔑称を用いるのは感心しないね」

「……ふん」

「やれやれ……」

 今までに何度も繰り返してきた注意を彼女は岩波にするも、彼はその態度を改める気は微塵もない。なにせ彼は自分達の同胞──といっても徒にその力を振るう輩と一緒にされるのは、彼女にとって甚だしいが──が起こした事件によって妻と子供二人を失ってしまっている。

 その犯人はもう逮捕され、この世にはいない。そんな理屈は納得できていても感情が《言霊使い》を恨むことが止められないのだろう。故に彼女も特になにも言わない。

「……岩波さん、その方は?」

 そんなぎくしゃくした空気が漂っていた中に田辺が帰ってくる。そんな空気を察しているのだろう、彼女の声は少し控えめだった。

「見ない顔だね。今年入ってきた子かな?」

「はい! 田辺玲子です。階級は警部補です」

「警部補。それはそれは国家試験に合格してきたのかな? なかなかに優秀だね。私は姫原悠美。『異能犯罪対策科』に所属している。すまない、名刺は持ち歩いていなくてね」

「…………《ワーダー》の」

「はぁ……」

 田辺の声は風に掻き消されてしまうほどに小さな声だったが、彼女の耳には当然ながら入る。なにせもう十数年は言われ続けてきた言葉であったのだから。

「私は言い慣れているから別に気にしないけどね。《言霊使い》は《ワーダー》と呼ばれるのをひどく嫌う。その呼び方は以後使わないように。こんな下らないことで我々の協力を得られないのも馬鹿らしいだろう? ……わかっているかい、岩波。これは君にも言っているんだ」

「……殺人犯予備軍が」

「全く君は……まぁ、いい。その件は後にしよう。それでは岩波──この事件調査の全権を我々『異能犯罪対策科』に寄越したまえ。構わないね?」

「はぁ!?」

「なんだい、新入りくん。なにか問題でも?」

「おおありですッ!!」

 今回の事件の調査は殺人事件──つまりは自分達捜査一課の担当である。その他にも事件には多くの人間が関わっている。そこに横からしゃしゃり出てきて調査全権を寄越せなどと馬鹿げた真似が通るわけがない。

 のだが誰も──彼女に決して好印象を持っているとは言えない岩波までもがなにも言い出さない。

「──五年前、《爆破》の《語彙能力》を持った《言霊使い》が暴れた事件は知っているかい? その《言霊使い》を捕らえるために当時設立されたばかりの『異能犯罪対策科われわれ』も協力をを申し出たのだが、現場の刑事──そう、まさに君のようなプライドの高い奴に『そんなものはいらない、我々で解決してみせる』と一蹴されてしまってね。するとどうなったと思う?」

 悠美が一息置いて言う。

「《語彙能力》に精通していない頭でっかちの馬鹿が指揮を執ったばかりに、被害が徒に増えるだけ。ようやく逮捕に至ったと思ったら手錠を爆破して拘束を逃れると周囲の刑事を爆破して再び逃走。我々が事件に関わり、犯人を拘束するまでに民間人の被害は五十を超え、警察側も十三名殉職と手痛い被害を負った。……わかるね? 君達ただの人間では《言霊使い》の足元にも及ばないということだよ」

 カツカツとヒールとアスファルトがぶつかる音が田辺の耳を支配する。そして悠美は再度彼女の方に向き直り、仰々しく手を広げる。それはまるで演説のよう。

「今回の犯人の能力の詳細は不明だが、間違いなく人間を殺傷することに特化した《語彙能力》持ち。人間をそこらの羽虫の如く叩き潰すような奴が相手だが、君はそれに対して腰にあるひどく頼りない拳銃おもちゃで立ち向かうつもりかい? それは蛮勇というものだよ」

「…………」

「適材適所だというだけさ。君達捜査一課はただの人間が犯した犯罪のプロであるように、我々は異能犯罪のプロなんだよ。なに、心配はいらないさ。我々は勿論、非常に頼もしい見習いもいるのでね」

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