2.

 生徒会長が告白した、という噂は放課後には全校中に広まったようだった。運良く、誰に告白したのかはあまり広まってないけれど。目立たない生活していてよかった。

 それでも、1週間のうちに名前と顔まで広まるんだろうなぁ。



「じゃあ、私は部活があるから」



 そう言って藍花は私に手を振る。私も手を振り返して、部活頑張ってね、と言う。

 藍花は女子バスケ部のレギュラー。入学してからすぐにレギュラーメンバーに選抜されたそうだ。顔だけじゃなくて成績もいいのに、運動もできるって、なんて世界だ。不平等だ。藍花然り、例の生徒会長然り。

 1つため息を吐いて席から立ち上がる。帰ろう。


 1人で廊下を歩いていると、隣のクラスの仲のいい子数名から、「生徒会長からの告白どうするの?」と訊かれる。もういい、その話題飽きた。


 あの後、生徒会長が教室からいなくなると、クラスメイト全員から質問攻めに合った。どんな関係なの、やら、どうやって落とした、やら。

 知るか、私が訊きたいぐらいだ。あんなモテ男。学校のマドンナ的な先輩も断ったような人を、私が落とすなんて天地がひっくり返っても無理だ。


 生徒玄関に着いて、もう一度ため息を吐いた。その時だった。



「てーばたさーん」


「ひぃ!!」



 で、出た!!どこから来た!!!



「ひぃ、って酷いなぁ。傷付くよ?」



 と言いつつも、笑顔の生徒会長。



「な、なんでここに」


「ちょうど教室を出ていく手幡さんを見たから、帰るのかなって思って玄関まで先回りしたんだ」



 暇人か。



「手幡さん、部活入ってないし授業終わったらすぐに帰るもんね」


「よくご存知で……」


「そりゃあ、好きな子のことはよく見てますから」



 ん……!!!!?

 顔がカッと熱くなる。自分でもわかるぐらいだ。相当真っ赤なんじゃないか。



「あはは、真っ赤だね。可愛い」


「だだだだから!!!からかうのはやめてください!!」


「からかってないよ。何回言えばわかってくれるの?」



 急に声のトーンが下がった。生徒会長から笑顔が消えた。そのことに背筋が凍る。



「俺は手幡さんのこと好きだよ。去年からずっと。ずっと見てた」



 真っ直ぐに私を見ている。曇りのない瞳。



「手幡さんは俺のこと、全く眼中になかっただろうけどね」


「ほ、本気……?」


「だから、さっきからそう言ってるじゃんか。好きだから付き合ってくれないかって」


「でも……」


「返事は落ち着いてからでいいよ。待つから」



 また笑顔に戻る。でも、さっきまでとは違う、優しくて、ちょっと寂しそうな笑顔。なんでそんなに寂しそうに笑うのだろうか。



「いつまで待ってくれるんですか」


「いつまででも」



 やっぱり、この人は私をからかってるんじゃない。本気なんだ。だから、ちゃんと考えて返事しないといけない。



「あ、でも」



 その一言で生徒会長の笑顔が変わった。寂しそうな笑顔じゃなくて、また見たことのない意地悪そうな笑顔。よくいろんな笑顔を使いこなせるもんだ。表情筋柔らかいのかな。



「いつまででも待つけど、その間何もしない訳じゃないからね」


「え?」


「去年からずっと好きだったんだから」


「はぁ、それはさっき聞きました」


「だから、告白してやっと意識してもらえたんだし、アピールはいっぱいするからね。気は抜かないでね」



 さっきとは違う意味で背が凍る。この人、笑顔だけど目が笑ってない。獲物を見つけた蛇の目をしてる。蛇の目なんてまともに見たことないけど。獲物は私か。



「でもさっき、返事は落ち着いてからでいいって……」


「うん。だから、落ち着いてから返事してほしいけど、普段から気は抜かないでねってこと」



 意味がわからん。矛盾してないか。いや、でもそんなことはどうでもいい。



「き、気を抜いたら……?」


「食べるかも」



 落ち着けるか!!!!!



「だから、からかうのはやめてくださいって言ってるじゃないですか!」


「でも男は狼って言うじゃん?そうなると、俺もうお腹ぺこぺこの狼だよ?早く赤ずきんちゃんを食べたいです」



 あ、そっか。なるほど、そういうことか。

 ……なるほどじゃない!!何納得してるんだ私!!



「それとこれとは話が別です!!まだ付き合うと言ったわけじゃないし!!」


「じゃあ、手幡さん。こんなイケメンを惚れさせた責任はどうやって取るの?」


「自分でイケメンって言うな」


「でも事実だよ」



 くそ、言い返せない。某アイドルグループに入っても遜色ないイケメンだからな。近くで見ればますますイケメンってわかる。オーラが違う。



「勝手に落ちたのはそっちの責任です。私は落としたつもりないです」


「まぁそうだよね。落とそうと思って落ちるような男じゃないから、俺」



 だから自分で言うな。ナルシストか、この男。



「手強いなぁ、手幡さん」


「それはどうも」


「燃えるね」


「燃えなくていいです。冷めてください」


「あはは、やっぱり手強いなぁ。焦らずにゆっくり攻めた方が良さそうだから、今日はここで引き下がるよ。明日からもよろしくね」



 よろしくできないです、って答えたら眼力で殺されそうだな。はぁ、とため息と区別のつかない返事をすると、「じゃあ俺、生徒会の仕事あるから」と言って、生徒会長は踵を返した。

 やっと解放された……。と思ったら。



「あ、そうだ手幡さん」



 まだあるのか。振り向いた生徒会長に、早く帰らせてくれという視線を送ると、生徒会長は視線を無視してにっこり笑う。



「同級生なんだからさ、敬語はやめてよ。壁を作られているみたいで悲しい」



 そう言って生徒会長は、気をつけて帰ってねと付け足して生徒会室に消えていった。

 ……なんなんだあの男。意味がわからない。


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