第96話「ええぃ! 下層のモンスターは化け物か!?」

「でりゃあっ!!」

「……」

 掛け声と同時に俺は剣を走らせる。

 だが、悲しいかな。

 剥き出しの骨に阻まれたその一撃は僅かな牽制にさえならなかった。

 その事実を証明するように、反響する甲高い衝突音を置き去りに目の前の相手は躊躇なく動きだす。

「……っ!!」

「うおぉぅっ!?!? あっぶねぇ!!」

 ──そうして。

 お返しとばかりに無造作に振るわれた相手の剣を、必至に避けながら俺は大きく後退し距離を取る。

 多分、今の俺は誰から見ても分かるほどに腰が引けて最高に見苦しいだろうが、初見のスケルトンナイトを相手取って一対一タイマンを張ってるだけ褒めて欲しい。

 ──なんて考えは、俺の後方から飛んできた野次によってあっけなくぶち壊された。

「ごしゅじーん!!腰が引けてて最高に見苦しいですよー!! バッターびびってるぅ!! しょうへいへーい!!」

「ノワール!! 絶対に後でシバくからな、この野郎!!」

 俺は安全圏にいる黒猫に叫びかえしながら、強く剣を握りなおす。

 誰かさんの煽りのお陰で多少の恐怖は和らいだが、やはり低階層のスケルトンとは違いスケルトンナイトは強敵であった。

 別にスケルトンと比べて、動きが特別に俊敏に成る訳では無いし、外見的な違いも剣を持っているかどうかと言った程度なのだが──

「……どんな骨密度だよ。攻撃自体は当たってんのに、ダメージを与えてる感じがしないってのは、逆にこっちが傷つくぞ、この野郎」

 ──こと防御に関しては、スケルトンの比では無いらしい。

 その強度は正しく黄金の鉄の塊とでも呼べるほどで、敵ながらやっぱりナイトは格が違ったなと思わされてしまう。

 今はタンクが微笑む時代なんだよォ!!(半ギレ

 ──などと、若干の涙目になりながら阿保な事を考えていた俺に、黒猫とは別の声がかけられた。

「ノゾム! 戦闘前に言うた通りじゃ。お主のステータスでは、ただ闇雲に攻撃を当てても効果は薄かろう。関節を切りとばすように狙うのじゃ!」

 それはこの戦闘を監督してくれている大魔王こと、ナイアさんその人からの有難いアドバイスであった。

 彼女曰く、基本的にアンデット系の魔物は朽ちた自身の肉体を、魔力で以って無理矢理に動かしている都合上、稼働の要点となる関節などが生身の時以上に弱点となるらしい。

 だから、狙うならそこを──、ということではあったのだが。

「……ッ!!」

「あぶのゎいっ!?!?」

 こちらに向けて大振りに振るわれた大上段からの一線を、またしてもオーバーに避ける俺。

 こんな様子からも分かる通り、俺はその有難いアドバイスを全く活かせてはいなかった。

 ……そもそも。

 戦闘訓練も碌にしていない俺が、動いている相手の関節を的確に狙えるわけも無く。

 なんと既に都合数分。

 この立ち会いは泥仕合の様相を呈していた。

「はぁ……はぁ……くっそぉぉ。相手の獲物が鈍器から剣になるだけで、こんなに怖いとは思わんかった」

 第三者に言われるまでもなく、この戦闘が長引いている要因が俺のへっぴり腰にある事は間違いない。 

 だが、これまで俺が倒してきたゴブリンやスケルトンと違って、眼前で明確な殺意の下に振るわれる剣はそれだけで俺の足を竦ませるに十分なモノであった。

(ただ……スケルトンナイトにも疲労は無いんだろうし、長引かせるだけ不利になるのは目に見えてるんだよなぁ)

 そう考えをまとめて首を振り、俺は一度だけ息を吐き切る。

 そうして正面へと視線を戻せば、無機質とすら呼べない只の空虚な二つの穴が俺を見つめていた、

 骸骨と目が合うという本当に異常な状況だが……この場合、生物らしくないということはいっそ有難い。

 実のところ、『殺す』のは未だに苦手なのだから。

「いっくぞおらぁぁぁああああ!!」

 覚悟完了。

 そう自分に言い聞かせて、迷いも躊躇いも振り切って、俺は叫び声と共に思いっきり踏み込んだ。

 ただただ強く、ひたすらに早く振り抜く事だけを考えて剣を振る。

 そうして繰り出されたのは外す事など微塵も考えていない無鉄砲な一撃。

 なんともお粗末なソレは剣の道を知らない人間からしても愚直に過ぎる捨身技だろう。

 実際、スケルトンナイトが一歩退くだけで、俺の剣はあっけなく空を切り、大きな隙が生じることは明らかなのだから。

 ──だが。

 そうはならないという事を俺は既に知っている・・・・・・・・・

 その思考を肯定するように、俺の大振りで見え透いた一撃はスケルトンナイトの剣によって、これまで同様に・・・・・・・受け止められた。

 そう。このやり取りは既に何度も繰り返し確認をしたモノだ。

 基本的に下位のアンデットは学習をしない。

 個体差こそあれ、さながらロボットのようにパターンでもって行動を起こす。

 だから、俺の全力の袈裟懸けに対して、少なくとも目の前のコイツはまず間違いなく受け止めてくれるという事を、俺は既に知っていた。

「うらぁぁああ!!」

 再度吠えつつ、俺は剣へと力を込める。

 流石に、如何に頑強なスケルトンナイトといえど、ここまでなりふり構わず一点集中すれば体勢を崩すことは出来る。

 重心が僅かに揺らいだ隙に、俺はスケルトンナイトの胴体へと蹴りを叩き込んだ。

 剣ですら傷をつけられないのだから、当然ダメージは無い。

 ──だが、狙いはそこじゃない。

 受け止めようとしていた衝撃とは別ベクトルの一撃に、スケルトンナイトは堪らず片膝をついた。

 首を垂れるように、がくん、と頭が下げられる。

 俺の眼前にて無防備に晒される後頭部。

 だが、勿論そんな隙は長くは続かない。

 ハッとしたスケルトンナイトが慌てて顔を上げ状況を確認しようとする。

 ……そんな流れもこれで都合三度目であった。

「すまんなぁぁぁぁあああッ!!」

「……ッ!?」

 懺悔の言葉と共に俺は剣を滑らせる。──顔を上げた一瞬だからこそ狙えるようになった首元へと。

 三度目の正直とでも言うべきか。

 満願の思いを果たすように、綺麗に首の関節へと叩き込まれた一撃は、あっけなく振り切られ、後には飛び転がった首と、分かたれた胴体が残された。

 そうして、僅かな時間差を開けてそのどちらともが地へと転がる。

 空虚な骨と硬質な石畳の衝突音が僅かに残響する。


 ──それが戦闘の終了を告げるゴングであった。


「お……終わったぁ……!!」

 なんとかそれだけ吐き出して、俺は地面へとへたり込んだ。

「うむ。お疲れ様じゃのぅ、ノゾム。最後の方は良い動きであったぞ」

「お疲れ様です、ご主人。三度目の正直というヤツでしたね。もう少しかかるかと思いましたが」

 そんな俺に近づきながら、仲間たちが声をかけてくる。

 視線を移せば満足そうに笑う少女とシニカルに笑う黒猫というなんとも平和な光景があった。

 俺は思わず、安堵の吐息をこぼしてしまった。

「……ナイアのアドバイスのおかげだよ。本当にありがとうな」

 そうして、少女の髪を撫でながら、そう言葉を返す。

 うむ。

 さらさらとした感触が実に心地よい。

 ナイアも嬉しそうに目を細めているし、頑張った甲斐があったと感じる。

「あれ? 感謝の言葉が足りませんね? ご主人。もしかして、もう一匹忘れていません?」

 ──うん。

 だから、しばらくはこのままで。

 喧しい黒猫は無視である。無視。

「酷くありません? そもそもこの『成金望レベルアッパー計画』を提案したのは私ですのに……」

「おい、こら。その不吉な計画名は止めろと言った筈だ。優しくぶっ飛ばすぞ、この野郎」

 即落ち二コマ。

 やっぱりネタ振りには勝てなかったよ……。

 くっ、こんな見え透いた釣り針にかかるなんて……。

 悔しい! でも返しちゃう!

「ふふふっ。私を無視しようなんて百万光年早いんですよ!」

「ノワール。光年は時間じゃない、距離だ」

「むむむ……。ご主人の癖に生意気ですよ!」

「なにがむむむだ!! どこぞの坊っちゃまみたいな言い方しやがって」

「げぇっ!? デコピンは駄目ですよ、ご主人!!」

 俺が構えた指を見て、ナイアの後ろへと避難するノワール。

 本当に口だけ達者な猫である。

「ふむ。戯れるのは別に良いんじゃがのう。ノゾムよ。肝心のレベルは上がったのかの?」

「あ、そうだった、そうだった。今見てみるわ。──〈ステータス〉」



 名称

 <ナリカネ ノゾム>


 LV:11(+1)

 HP   :300/300 (+25)

 MP   : 0/ 0 


 攻撃力  :89(+7)

 防御力  :78(+6)

 魔力   : 0

 魔力防御 : 0

 速さ   :94(+9)


  所持スキル

 <ノワール>

  称号

 <来訪者>

 <貯金好き>



 おおー。

 微妙に上がってるなぁ。……相変わらず魔法関係は死んでるけど。

「ナイア、確認ありがとう。一応、レベルアップは出来てるみたいだな。まぁ、タイミングが重なっただけかもしれんけど……」

 そう言って、俺はステータスボードをくるりと反転させ、ナイアとノワールへと開示した。

 二人はその内容を確認すると、それぞれに口を開いた。

「まぁ、そのあたりは要検証ですね。低階層ではもはやゴブリンやスケルトンを数十体倒さないとレベルも上がらなくなってきましたし……」

「うむ。スケルトンナイトといった上位種であれば、もう少しレベルアップも早くなる筈じゃからな」

 そう。今回、俺たちがいつも以上に深くダンジョンを潜っている目的は、効率的なレベルアップを求めてのことであった。

 あいにくとステータスボードでは、肝心の経験値が見えないので具体的な効率は分からないが、まぁ試してみるに越したことはないだろう。

 ノワールの提案ではあるけれど、思っていた以上にこの世界は危険なのだから。

「わりとマジで危険だからなぁ、この世界……」

 現代日本から転移して僅か数ヶ月ではあるのだけれど、死にかけた数が片手の指じゃあ数えられない時点で、なんというかもうお察しである。

 そうやって、しみじみと黄昏れる俺になにを見たのか。

 ポン、と俺の背中を叩きながらナイアが話しかけてきた。

「まぁ、これでようやくノゾムのステータスも駆けだし冒険者くらいにはなったわけじゃし、今後ともこの調子で上げていけば危険は減っていくじゃろう。なにより──妾もおることじゃしのぅ」

 そう言い切ると胸を張って、かんらかんらと楽しげに笑うナイアさん。

 美少女のそんな姿は、ある種の人間からすれば、『ふつくしい』だとか『尊い』だとかいう感情を想起させるモノかもしれんが、こんな少女が曰く付きの『大魔王』様であり、俺なんかよりも遥かに高いステータスを有しているのだから世の中分からないモノである。

 こんなに可愛い顔して、素手で鉄の檻をへし折るんですぜ、この少女。

 ──、と。

 取り留めもない思考からそんなエピソードを思い出した俺は、一つの疑問をナイアへと投げかける事にした。

「なー、そういやナイアのステータスって、今はどれくらいなんだ?」

 それはかなり今更な質問ではあったけれど、気になったからには確認しておきたい内容であった。

 最後にナイアのステータスを確認したのは、数ヶ月程前になる。

 その時は復活直後という事もあって、全体的に40くらいのステータスであったが、あれから約三ヶ月だ。

 全盛期のオール9999とまではいかなくとも、少しは回復したんじゃあ無かろうか。

「ふむ? そういえば、最初の町でしか見せておらんかったのぅ。──ステータス」

 ナイアはさらりとそう言うと、出てきたボードをくるりと回し、こちらへ見せてくれた。

 そこには──



 名称

 <ナイア>


 LV:99

 HP   :2500/99999(+2350)

 MP   :3000/99999(+2900)


 攻撃力  :800/9999(+760)

 防御力  :800/9999(+760)

 魔力   :800/9999(+760)

 魔力防御 :800/9999(+760)

 速さ   :800/9999(+760)


 ステータス異常 <存在修復中>


 所持スキル

 <魔王>

 <拳王>

 <覇王>


 称号

 <魔法を極めしもの>

 <拳を極めしもの>

 <大陸を統べしもの>


 種族特性:ヴァンパイア

 <月に愛されしもの>



 ──圧巻の大魔王様がいた。

「ってええぇぇぇぇぇ!?!?」

「騒がしいですよ、ごしゅじ──えぇぇぇぇ!?!?」

「かかかっ!! なんぞ照れるのぅ!!」

 そう言うと満更でもなさそうに、腰に手を当て仁王立ちで胸を張るナイアさん。

 まぁ実際、これだけのステータスであればそんな気分にもなるだろう。

 ……ってか、いつの間にこれだけ回復していたんだろうか?

 ついこの間まではナギ君といい勝負だったと思ったんだが。……それともナギ君もこれだけのステータスを有していたのだろうか?

 ううむ。一般人の平均しか知らない俺には皆目見当もつかない。

 なので、聞いてみることにする。

「なぁ、ナイア。一つ教えて欲しいんだが、このステータスって世間一般的にはどんなレベルなんだ?」

「ううむ? あぁ、そういえばノゾム達には人間の平均的なステータスしか説明しておらんかったのぅ。まぁ、あくまでも目安にしかならんが知っておいて損はあるまいて。……そうじゃのぅ。HPやMPについては個体差が大きいから省いた上で、妾の感覚や経験で数値化するならこんなものかの?」

 そう言うとナイアは魔力を込めた指を動かし、中空へ字を描いていく。

 大学の講義でも習ったコレは魔力文字という技術らしく、魔力を扱えない俺には想像すら出来ないが、地味に難しい技術らしい。

 それでも達人ともなれば何百年も残る文字を書けたり、知り合いにしか見れないように調整したりも出来るらしい。

 閑話休題。

「……おお〜」

「……へぇ〜」

 そうして綴られたその内容を見て、俺とノワールはそんな惚けた声を出した。

 なんとも分かりやすく、目の前の少女が大魔王だと理解できたからである。


 一般人:各種ステータス平均20程度

 駆け出し冒険者:各種ステータス平均50程度

 一般冒険者:各種ステータス平均150程度

 上級冒険者:各種ステータス平均300程度

 (得意分野500程度


「ナイア。ちなみに聞いときたいんだが、ナイアが昔に戦った冒険者集団っていうのは──」

「──ん? ああ、奴らであれば全員が上級冒険者くらいはあったぞい。まぁ、魔大陸ではこの人間大陸以上に魔物や魔獣が犇いておるからのぅ。そのくらいなくては大陸渡りは厳しかろうて」

 こともなげにそう言いながら、魔力文字の続きを綴り始めるナイアさん。

 軽く言ってくれるがそれらの上級冒険者集団を鎧袖一触に倒してきたというのだから、開いた口が塞がらないというモノである。

「後は、三百前の勇者パーティがこんなものかの。昔のことじゃし、今は違ってきてるかもしらんが……」

 そう締めくくられた言葉に連動するように、滑らかに動いていた指もピタリと停止する。

 そうして中空へと綴られた魔力文字を前に、俺とノワールは何のリアクションも取れずにいた。

 だが、それも仕方がないだろう。

 そこに開示された真実を前に、俺もノワールも呆然とするしかなかったのだから。


 四大英雄(HP:MP除く)

 勇者:全ステータス1500以上

 剣聖:攻撃2000以上 他1000以上

 賢者:魔法系2000以上 他1000以上

 聖女:魔法系2000以上 他1000以上


 そこにあったのは魔王討伐を託された人類の最後の希望。

 人が到達しうる最高峰のステータス。

 上級冒険者と比べても明らかに隔絶されたそれらのステータス群を前に、俺とノワールは──


「──いや、真面目な話。ナイアって半端なくないですか、ご主人?」

「いや、半端ないってレベルじゃねーよ。ナイアの場合、ステータスの最大値が9999いってるもん。そんなん出来ひんやん、普通」


 ──震えを隠しきれずにいた。

 予想以上に勇者パーティと魔王様のステータス格差が酷くて笑いすら出てこない。

 むしろ、良く勇者さん達は勝てたなぁ、とか考えて──俺は思い違いに気づいた。

「あ、違うのか。……ナイアー。ちょっと聞きにくいんだが、全盛期のナイアが新月の時って──」

「──うむ。妾がルーエ達に殺された時のステータスはこんな感じじゃったのぅ」


 ナイア(全盛期:新月の場合)

 攻撃:1111/9999

 防御:1111/9999

 魔力:1111/9999

 魔防:1111/9999


 フヨフヨと、中空で光る魔力文字を見つめながら、俺とノワールは互いの表情に理解の色を見つける。

「……なるほどなぁ」

「そういう事だったんですねぇ」

 それは至極簡単な話であった。

 つまり、ナイアのステータス平常値は3000前後であり、後は満月に近ければ増え、新月に近ければ減るって感じなのだろう。

 確かにここまで弱体化した上で殺されたのなら悔しさも段違いだろう。

「あれ? でも、そう考えると弱体化された訳でもないのに100に届かないご主人のステータスって……」

「止めろ、ノワール。その言葉は俺に効く。それ以上、いけない」

「二フラム……ッ!! 圧倒的……ッ!! 二フラム……ッ!!」

「嫌味か、貴様ッ!!」

 そうしてふざけあう俺とノワール。

 ──というか。

 インフレが激しすぎてそうでもしないとついていけなかった。

 なんというかレベルアップで喜んでいたのが恥ずかしい限りである。

 閑話休題。

「あの……ナイア。もう、なんというか聞くのが怖いんですが、当時のナイアと良い勝負だったという『龍王』のステータスはどのくらいだったのでしょうか?」

「あー。そういえば言ってたなぁ。確か『世界最強の生物』だっけか?」

 ふざけるのを止めたノワールの一言を受けて、俺は記憶の引き出しからその存在を引っ張り出す。

 ……ってか、言ってて思ったけど、『最強の生物』って、どこかのお父さんみたいな説明だな。

 生まれた瞬間に人類のヒエラルキーが一つ下がりそうなパワーワードである。

「ん? ああ、あのトカゲかの? 彼奴は恐らく……全ステータスが8000程度かのぅ」

「はっ!?」

「せんッ!?」

「うぉっ!? ……な、なんじゃ。息を揃えて驚かんでも良いではないか」

 びっくりしたぞい──、なんて軽く笑うナイアさんだが、俺もノワールもそれどころではない。

「おいおいおいおい。勇者パーティのステータスが1500〜2000なのに、龍が8000ってやばいだろ!? 『僕の考えた最強の正義超人』じゃねぇんだから」

「流石は『世界最強の生物』ですね。個人で国を相手に友好条約とか結べそうな勢いです」

 『龍王』さんの驚きのスペックを聞いて、がくがくぶるぶると震える俺たち。

 ──というか。

 そんな存在を『トカゲ』扱いって。

 ナイアさん。マジ、ヤバない?

「まぁ、彼奴は『最強』としての誇りがどうこうとかで、妾の前には満月の夜にしか来んかったからのぅ。そのくせ毎回、金をかけて勝負を仕掛けてくるという、なかなかに愉快な阿呆であったぞ」

 ああ、そうか。

 満月であれば、ナイアの方がステータス的に上になるのか。

 もう、全員が全員とも規格外過ぎて良くわからんな。

 結局、4とゴッドはどっちが強いの? って感じだ。

 閑話休題。

「ちなみに、ノゾム達が使い切ったのが、その金じゃぞ」

「ん?」

「へ?」

 飛ばしていた思考を戻して詳しく話を聞くと、俺が魔王城で使ってしまった一億円は元を辿ればナイアが『龍王』からぶんどったモノであったらしい。

「へぇ〜。アレってそういう代物だったんだなぁ」

「言われてみれば確かに、ご主人の記憶にあるメダルには『龍』が刻まれていますねぇ」

 今になって明かされた事実に俺とノワールは感慨深げに相槌を打つ。

 続けてナイアから説明されたのだが、あのメダル──というか、金貨はかなりの昔に世界中で使用されていたモノらしく、今では再現不可能な魔法技術が使われていたりもして、大変価値の高いものであったらしい。

 特に『龍』が刻印されている都合上、ただでさえ厄介な財宝を集めるという『龍』の収集癖を抑えがたい程に刺激するらしく、『龍』に徴収されてないその金貨はもはや見ただけで幸せに成れると謳われる程だとか。

「へぇ〜」

「そうなんですねぇ」

 まぁ、そんな説明を聞いた俺たちの反応は淡白なモノであった。

 だってなぁ。今更そんな話を聞いても特に思うところはないのだから。

「──うーむ。それはそうとも言い難いのぅ」

 だが、困ったように笑うナイアさんはやんわりと忠告を続けてくれた。

「ノゾムたちには理解し難いかもしれんがのぅ。『龍』の……とりわけ『龍王』の財宝に関する考え方は特殊でのぅ」

 そういうとナイアは話してくれた。


 曰く、『龍王』さんからすれば、この世の財宝は全て『龍王』のモノであるとのこと。

 曰く、他種族には『貸している』だけであるとのこと。

 曰く、それらはいずれ『龍王』が取り立てる対象であるということ。


 ──と、そこまで話を聞いた時点で、俺は冷や汗が止まらなくなった。

「な……なぁ……ノワール……?」

「な……なんでしょうかね……ご主人……?」

 ぎぎぎ、と。

 軋む首に鞭を打って視線を横へと動かせば、そこには俺と同じように強張った表情をした黒猫の姿があった。

 どうやら問題に気づいたのは俺だけでは無いらしい。

「……お前の覚醒に使った一億ってさ」

「……ええ。消滅してますよ・・・・・・・この世から・・・・・

「……それ以外にもお前の強化に使ったお金ってさ」

「……ええ。やっぱり消滅してますよ、この世から」

「……それって『龍王』さんからしたらさ」

「……面白くはないでしょうね」

「フハハッ……クックックッ……」

「ヒヒヒヒヒ……ケケケケケ……」


「「ノォホホノォホ ヘラヘラヘラヘラ アヘ アヘ アヘ」」


 そこからは言葉にならなかった。俺たちはただただ馬鹿みたいに笑い続けた。

 まるで見えない刺客に恐れながら、砂漠を歩く旅人のような心境で。

 星屑のように儚い異世界転移者である俺たちこそ、スターダストなクルセイダーズに違いなかった。

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