閑話「ナギ・フィーロ」

『愛しておったぞ――ナギ』


 そう言い残して、爺ちゃんが死んだ後、僕は誰も居ない部屋の中でしばらく泣き崩れた。

 その後の事は酷く朧気おぼろげで、良くは覚えていない。

 ただその後、爺ちゃんが今まで、どれだけ僕を守ってくれていたのかは分かった。


 ――僕のような『異常者』に対して、この世界は酷く冷たかったのだ。

 まず、僕が住んでいた村は、爺ちゃんが死ぬと時を置かずに、僕に対する態度を豹変させた。

 それまでは聖人様の子供だなんだと僕を持ち上げていた彼らは、僕の『尻尾』なんていう普通の人間にはない特徴を、『モンスター』だと揶揄し、自分たちの村から出ていくことを強要してきたのだ。

『化け物!! 早く村から出ていけ!!』

『そうだ、そうだ!! モンスターはモンスターの住処に帰れ!!』

『頼むから出てっておくれ!! この村にはアンタのような存在が居る場所なんて無いんだから!!』

 ――そう叫びながら徒党を組み、怯えを隠すように声を荒げ、立ち退きを訴える村人たちを相手に、十に届くかという子供が抗えるはずも無く、結果として僕は、爺ちゃんが死んだ翌週には村を追い出されたのであった。

 ……辛くなかったと言えば嘘になる。

 だが、僕は同時に理解もしていた。

 これは酷く自然な流れなのだと。

 普通に考えるなら、僕の様な異質な存在を受け入れる方がおかしいのである。

 ……受け入れるのならば、爺ちゃんのような『どんな怪我でも治す治癒魔法』というようなメリットでもない限り、難しいだろう。

 そんな経緯を経て村から追い出された僕は、モンスターに襲われながら旅をした。

 幸いにも、爺ちゃんに魔法や剣を教わっていた僕にとっては、『ゴブリン』や『オオトカゲ』というようなモンスターは、もはや苦戦する相手では無かった。

 後の問題は、この近くの村や町では僕の事がバレている可能性が高く、受け入れてもらうことは酷く難しそうだということだった。

 そこで、悩み、考えた上で、僕は国境を越え、『賢国』へと流れ込んだ。

 身元不詳な身ではあったけれど、尻尾さえ誤魔化せば、冒険者になることは難しくなかった。


 それからの一年は只々、日々を生き抜くためだけに行動した。

 薬草採取で日銭を稼ぎ、食いつなぎ、モンスターの素材の売り買いで路銀を稼いだ。

 冒険者という存在になってからの毎日は、慌ただしく厳しいものだった。

 薬草採取も初めは全く薬草と雑草の見分けが全くつかなかったし、魔物の素材なんかを持ち込んだりしても『学歴』を持ってない僕は舐められて、底値で買い叩かれるのが常だった。

 ――それでも、そんな日々でも過ごすうちに、少しづつ楽しく思えてきた。

 穴が空くほどに図鑑を読み込んだ僕は、大まかな薬草と雑草の区別がつくようになっていたし、簡単に狩れるゴブリンやトカゲの素材の買取額が低いことで、僕はワイバーンやオーガといった<ステータス>において、頭一つ抜き出たモンスターとの戦闘をするようになった。

 そこで生まれる工夫や努力、そして達成した後の充実感とLVUPという結果は、僕に『生き甲斐』というモノを感じさせるのに十分な魅力を持っていた。

 ……まぁ、苦労して手に入れたワイバーンの素材すらも底値で手放すことになった時は、少し悔しくもなったけれど。

 その後、舐められないように一人称を『俺』に変えたりもしたが、あまり成果は無かった。


 そんな感じで、必至ながらも少しづつ楽しく過ごしていた僕だけれど、一年もそうやって過ごせば少しは慣れてくるもので、気付けば一日の間に少し自由な時間を作れるようになっていた。

 そうして生まれたその時間は――

『そう言えば――俺はナニモノなんだろうか?』

 ――そんな考えを生むのに十分なモノだった。

 生まれた時は何とも思わなかったが、こうして一人で暮らしていると良く分かる。

 自分という存在は明らかに異質であり、異常なのだと。

 基本的には『人間』のような見た目ながらも、『尻尾』を有している。

 獣人と人間のハーフにした所で、耳などは獣に寄るものだし、それにしては体毛が少ない。

 そして、一番おかしな所は、『生まれた時からハッキリとした自我を持ち、あまつさえ魔法を扱える程の知性を有していた』ことだろう。

 魔法に特化したエルフをしても、そんな話は聞いたことが無かった。

 ……考えれば、考える程に、俺は自分がどういう存在なのかを気にするようになった。


 それから、俺の生活に少し変化が生まれた。

 俺はその空き時間を利用して、『勉強』を自主的にするようになる。

 自分のルーツを調べる為に、本屋に通い詰めたのだ。

 初めは様々な『種族』を調べることに躍起になっていた俺だが、その結果は芳しくなかった。

 俺は『種族』から自分のルーツを調べることは難しいと判断し、そこからはもう手当たり次第に知識を収集することにした。

 特に『魔法』に関わる知識は、無節操に吸収した。

 『魔法』であるのなら、自分の異常な体質にも納得がいくと考えて。

 結果的には、求めた答えは見つからなかったが、それの努力は無駄ではなかった。

 幸いなことに、調べ物を通じて俺は、いつの間にか『学力』を身に着けており、ギルドからの紹介もあって、近場の学校に通うことになったのだ。

 学校は知識に飢えている俺に取っては、正に夢のような場所であり、俺はますます『勉強』にのめり込んだ。


 ――最終的に。

 気が付いた時には、俺は『賢国』の中でも最高位と言われている『リーネ大学』の特進コースに在を置いていた。

 知識の国『賢国』の中でも、最高位と言われる『リーネ大学』。

 そこは正にこの世の全ての知識が詰まっていると謳われている。

 事実、新しい魔法学論などは常にこの大学から発表されるのだし、四百年という年月を経て、膨大な先達たちの研究を溜め込んでいる『資料室』は正に、人類にとって掛け替えのない宝庫だと言えるだろう。

 此処にない知識なんて無い。

 俺もそう思って――いた。

 半年間。

 俺は今まで以上に、貪欲に、知識を求めた。

 ――けれども。

 人類の英知を溜め込んだその宝物庫にすら、俺の求める答えは無かった。

「……此処にも無いのか」

 さっきまで読んでいた本を閉じ、立ち上がる。

 諦めを込めた溜息を零しながら、俺は本を棚へと戻す。

 元の位置に戻されたことで、視界に入ったその背表紙には『魔法における身体改変は可能かどうか』というタイトルが記されていた。

「……やっぱり、目ぼしいのはこれで最後か」

 未練がましく左右へと視線を移すが、案の定タイトルの時点で他に惹かれる物は無かった。

 それ以上、俺は何も言うことなくその場を後にした。


 そして、自分の部屋に帰ってきた俺は、荷物を脇に投げ、ベッドへと腰を下ろす。

 そうして、何をするでもなく目を瞑ると――


『化け物!! 早く村から出ていけ!!』

『そうだ、そうだ!! モンスターはモンスターの住処に帰れ!!』

『頼むから出てっておくれ!! この村にはアンタのような存在が居る場所なんて無いんだから!!』


 ――五年も前の村の光景が頭の中に思い出された。

「――っ」

 振り払うように頭を揺らし、しっかりと目を開けて現状を確認する。

 当たり前だが、俺は部屋にいて目の前には誰もいない。

「……またか」

 短く言葉を漏らし、右手で前髪を握り、奥歯を噛みしめる。

 ……暮らしに余裕が出たからか、それとも調べても調べても答えが出ないことへの焦りが原因か。

 最近の俺は、以前よりも良く、この記憶を思い返していた。

 『化け物』と呼ばれた時の記憶を。

「……本当に俺は……何なんだ?」

 思わず漏れるのは、もう何度目なのかも分からない疑問の呟き。

 対する返事は、これもまた何度目になるか分からない、いつも通りの静寂のみ。

 それも当たり前のことだが。

 そもそも、正体を知られれば最初の村のようになる可能性が高いので、この質問自体、誰かに向けて尋ねたことは無いのだから。

 だからこそ、独学という形で、これまで調べてきたのだ。

 しかし、ここにきてその方法では、答えにたどり着けないという可能性が見えてきた。

「……『リーネ大学』でも、俺が探してる答えは無さそうだな。それなら――」

 息を吸い、思うのは、最近ずっと考えていたことだ。

 『誰か』に訊くこと。

 簡潔にして、簡単な答えだ。

 一人では辿り着けないのならば、その解決には他者の手を借りるより他にはないだろう。

 ――そして。

 その『誰か』に最も相応しい人物と言えば。

「――やっぱり、『あの人』に会うしかないのか」

 俺はそう呟き瞼を閉じる。


『やぁ。気分はどうだい? 7G』


 暗闇に閉ざされた世界で、浮かび上がるのは原初の記憶。

 悪戯を思いついた子供のような笑みで、こちらを揶揄からかうように覗き込む瞳。

 黒い髪に黒い瞳。

 そして、身に着けている衣服すらもかっちりとした黒で統一した『あの人』が、僕の意識を確認すると開口一番にそう言った記憶。

「……『あの人』なら、俺のことを知っている筈だ」

 俺のことを7Gと呼び、実験体のように扱った『あの人』なら、俺の正体を知っていると思えた。

 ……生まれたばかりの俺を『廃棄処分役立たず』だと断じ、焼き捨てた『あの人』なら。

「そうだ。よくよく考えれば、あの時のお礼だってしないくちゃなんねぇしな。爺ちゃんがいなければ、俺はあそこで死んでたんだし、『あの人』にもやり返さないと――」

 俺が忌まわしい記憶だとして、普段は考えないようにしてきた『あの人』について、珍しく深く考え、そう結論を出そうとしたその時。

 ――ズキンッ!!

「……がっ!?」

 ――不意に。

 なんの脈絡も無く、一つの大きな痛みが脳内を駆け巡った。

「あっ……がっ!?!?」

 悶える、悶える。

 俺は痛みから逃れるように身を捻り、痛みを紛らわすために頭を強く掻き毟る。

「っぐ!! ――がぁぁぁぁぁあああああああああああああああああああああ!!!!!!!」

 けれども。

 転げまわりベッドから床へ落ちようとも。

 破られた皮膚が爪の間に潜り込むほどに強く頭を搔き毟ろうとも。

 その『頭痛』が止むことは無かった。

 ソレは、まるで意思を持つかのように、警鐘を鳴らすかのように、頭の中を駆け巡り、反芻し、染み渡り、反響した。

 まるで『あの人』に対する『害意』をかき消すかのように。

「がぁぁああああああああああああああああ!!」

 そして、『頭痛』の真骨頂はここからだった。

「ひっぐっ!? ああっ!? ――やめろっ!!」

 思わず叫ぶ。

 意味は分からない、理由は分からない。

 ――けれども、なぜか分かってしまう。

 『消される』のだ。

 俺の中の大事な何かが、今、この瞬間にも消されていくという事が。


『おおぅ。かようなところに■■とは、なん■■■妖なことよのぅ。……っ!? しかも、酷い■■■はないか!?』


 ――ズキンッ!!

 痛みは続く、果断なく、呵責なく、まるで取り立てるかの如く。


『なんとっ!? も■■法■■■■るのか、■■っ!? 天■■■ーっ!! うち■■■■才じゃーっ!!』


 ――ズキンッ!!

 痛みは響く、禍根なく、斟酌なく、まるで寄り縋るモノを奪くかの如く。


「―やめろっ!? 止めろっ!!」

 分かる。

 『消されて』いくのが分かってしまう!!

 ――いや、もう『分らない』!! 

 消されていくモノが自分にとって何だったのか!!??

 それが『大事』なモノなのか、そうじゃないのかさえ!!


『……■ほっ……■■に……優■■■■■の……■■は……最■に■■な子に看取っ■■■るんじゃ……儂ほ■■まれ■■もい■■■うて』


「止めろっ!! それだけはっ!! ソレだけは――僕から奪らないでっ!!!!」

 ――それでも、僕は思わずそう叫んでいた。

 何故かは分からないが、もう何かも分からないが、これから『消されて』しまうソレが、僕にとっては掛け替えのない、なによりも大事にすべきモノなのだと――


『お別れじゃ……■■■■■■■■■■■』

 ――ズキンッ!!


「……うぁっ……うあぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」


 これで最後だと言うように、一際強く響いた『頭痛』に対して、僕に出来ることは苦痛の絶叫をあげることだけだった。





 ――気づけば。

 俺は床で寝ていた。

「……いって。なんだ? 珍しく寝ぼけていたのか? 俺」

 呟きながら頭を搔くと、痛みが走る。

「――っつ!? なんだよ、一体!?」

 見れば、手の平は赤く汚れていた。

「……おいおい。なんだよ、コレ? 血か?」

 慌てて洗面台へと向かい、鏡を見れば俺の頭には細かい傷がいくつも出来ており、頭を触った時にそれらの傷口から出た血が付いたのだろうと予想できた。

 しかも、その後で風呂場にて血を流した時に気が付いたのだが、それらの傷口はどうやら俺が自分でつけたらしい。

 爪の奥まで破れた皮が詰まっていた。

「……どうしたんだ? 俺? ……まぁどうせ、またあの悪夢が原因だとは思うんだけど」

 そう言って思い出すのは、村を追い出された時の記憶だ。

「……っち。また思い出しちまったぜ。しかし、今にしてもひでぇ村だよな。いくら尻尾が生えてたからってよ。――生まれたばかり・・・・・・・の赤ん坊に・・・・・炎魔法を浴びせて・・・・・・・・追い出すなんて・・・・・・・」

 ああ。

 思い返しても腹が立つ――が、そんな事はどうでも良いさ。

 過ぎたことだし考えても仕方が無い、考えても仕方が無いことを深く考えても、頭が痛くなるだけだ。

「まったく。まぁ、お陰で『あの人』に拾って貰えたと思うと、それも感謝するべきなのかもしれないけどな」

 そう言って、床に転がしていた剣を拾う。

 時間は――なんだ、まだ二十三時・・・・か。

「いや、本当に俺はどうかしたのか? こんな時間に寝てたなんて。こんなんじゃ『あの人』のお役に立てないっていうのに」

 呆れるように呟きながら、俺は部屋を出る。

 理由があって――何故かその理由自体は思い出せないが。

 『あの人』とは別れてしまっているが、いつか会った時にお役に立つためにだけに俺は居るんだから。


『まさかのゴブリン以下なんて……。くそっ!! 思った以上にステータスは『ベース』の影響を受けるのか……それでも、あの『勇王』が惚れ込む程の女の血肉だぞ!? もう少し、期待してたっていうのに!!』


 僅かに思い出せる記憶の中で、『あの人』は確かにそう言っていた。

 ――そう、だから俺は。


「待っててくれよ、『あの人じぃちゃん』。すぐに『勇国』の『王女』なんて超えてみせるから」

 寝起きだからか、薄らぼんやりとした意識の中で、俺はそう呟くと、剣を片手に迷宮へ向かった。


 ――『あの人』が、いつものように優しく頭を撫でてくれる日を夢見て。

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