第68話「キンキンに冷えてやがるっ……!!」

「うらぁぁぁぁっ!!」

「ギャッ!?」

 叫び声と共に振り下ろした俺の剣戟で、目の前のゴブリンは動かなくなった。

「……はぁ……はぁ……ふぅ」

 俺はそれを確認すると乱れた息を整えて、用意していた布で剣に着いた血を拭い、鞘に納める。

「お疲れ様です、ご主人」

 そうしていると急に、後ろから声がかけられた。

 声の方を見れば、戦闘の邪魔にならないように、離れていた黒猫だった。

「ああ。有難うな」

「いえいえ。見てただけですし」

 礼を言った俺に、そう答える黒猫。

「……もう、慣れましたか? ご主人」

 そして、続けてノワールはそう質問してきた。

 何に対しての質問かなんて、問い返す必要も無かった。

 命を奪うという行為に対してだろう。

 初めの頃、前世では魚を捌くのがせいぜいだった俺には、異形の姿とは言え、生物を殺すという行為に対して、凄まじい拒否感があったからだ。

「……まぁ、さすがにこんだけやればな」

 だが、ノワールの言葉に、俺は苦笑いと共に頷いて、自分のステータスを呼び出す。


 名称

 <ナリカネ ノゾム>


 LV:10   (+5)

 HP   :275/275 (+155)

 MP   : 0/ 0 


 攻撃力  :82    (+42)

 防御力  :72    (+40)

 魔力   : 0

 魔力防御 : 0

 速さ   :85    (+43) 


  所持スキル

 <ノワール>

  称号

 <来訪者>

 <貯金好き>


「この三週間。休みはほとんど迷宮に篭って、スケルトンとゴブリンを倒してばっかりだったからなぁ」

「改めて見ると、ステータスも結構上がりましたね。ご主人」

「……相変わらず、魔法関連は死んでるけどな」

「それについては、もう諦めましょうよ、ご主人。役割分担するということで、方針を決めたじゃないですか」

「分かっちゃいるんだけどなぁ。……やっぱり、七つあるステータスの内、三つが上がらないって、中々心にくるぞ」

「まぁ、それはそうかもしれませんけど……っとご主人。スライムが来てますね」

「ん。スライムは俺には無理だな。任せたぞ、ノワール」

「任されました。――『火球ファイヤー・ボール』」

 ノワールがそう言った瞬間。

 ノワールが翳していた手のひらから、いきなり炎の玉が飛び出し、スライムに襲い掛かった。

「……っ!? ……っ!?」

 炎に焼かれながらも、発声器官が無いスライムは、静かにのたうち回りながら、徐々にその体積を減らしていく。

 やがて、少しの間を置いて、スライムは動くことすらしなくなった。

「終わりましたよ、ご主人」

「お疲れさん」

 そんなスライムの沈黙を確認した俺たちは、ハイタッチを決める。

 この流れも慣れてしまったものだ。

「三週間前は、必至で逃げる相手だったんだがなぁ」

「スライムにしろ、スピリットにしろ、物理は殆ど効きませんからね」

「そのくせ、向こうの魔法一発で俺は死ねるからな」

 思い出すのは、苦い記憶だ。

「やっぱり、お前が魔法を覚えて良かったぜ、ノワール」

「まぁ私も、やっとまともな形で戦闘に加入出来て良かったですよ……ふぅ」

 そんな会話を交わしていると、ノワールは少し溜息をついた。

「どうした、ノワール? ちょっと疲れたか?」

「まぁ、少し違うんですが、そんな感じですね。魔法を使うと、力が抜けるんですよ。感覚としては、立ちくらみに近いです」

「ううむ。俺の中で魔法への憧れが冷めていくなぁ」

「MPに余裕があれば違うのかもしれませんけどね」

 そう言うと、ノワールは自分のステータスを表示した。


 名称

 <ノワール>


 LV:3 (+2)

 HP   :60/60  

 MP   :5/75 (+55)


 攻撃力  :5     

 防御力  :20    

 魔力   :60    (+55)

 魔力防御 :10

 速さ   :25


 所持スキル

 <パントマイム・初級> <ボイスパーカッション・初級> <炎魔法・初級>

 称号

 <ユニークスキル>

 <自我を持つ者>


 貯金額

 ¥0.-


「それじゃあ、今日はこの辺で切り上げるか。そんで、帰ったらまたMPを伸ばそう。体調に問題が出るなら、魔法を撃たせるのも悪いしな」

「助かります、ご主人。魔力の方は、この浅い階層であれば、今の数字でも十分通じるみたいですので」

 そうして、俺たちは踵を返した。

「しっかし、この三週間は濃かったな」

「ええ。色々ありましたね」

 そうして、俺たちは振り返る。

 この怒涛の三週間を。



 一日目。

「ナイア? その、オオトカゲの皮とかじゃ駄目なのか?」

「ううむ。ならぬぞ、ノゾム!! ここにある防具では、物理はともかく魔法に対して適性があるとは言えぬ!! これなら、妾としてはノワールの強化に使ったほうが良いと思うのじゃ!!」

「そうか……」

「……せめて、ワイバーンクラスは欲しいのぅ」

「金貨で五〇〇枚ですか。……今の私たちには無理ですね」

 まず、防具による俺の強化作戦が失敗。


 七日目。

「よっし、レベルも上がってきたし、ワイトとゴブリンなら何とかなる気がしてきた!! 来いっ!! 次のモンスター!!」

「おおー。やる気ですね、ご主人」

「……ん? そこの角にモンスターが居るのぅ」

「よっしゃーッ!! くたばれ、モンスター!! ――うぉぉぉっ!? 剣が素通りするんですけど、コイツーっ!!」

「あー、ノゾム。スピリットは霊体じゃからして、物理は効かんぞー」

「ちょっ!? 詰んでんじゃねぇか!!」

「説明も聞かんで飛び出すからじゃろうに……後、向こうの攻撃は魔力を帯びてるから、ノゾムが喰らえば危ないぞい」

「なにその、トゥーンモンスター!?」

「うむ、仕方ないのぅ」

「……あっ、危なかったぁ……有難うな、ナイア!」

「うむ。どういたしましてじゃ、ノゾム」

「阿保でしたね、ご主人」

「言うな、ノワール。……俺は一つ学んだよ。スピリットは手を出しちゃアカン奴だ」

「強さで言うと、そうでもないんじゃがのぅ……っと、また魔力反応か」

「お、またモンスターか? 今度はどんな奴なんだ?」

「んー。アレはスライムじゃのぅ。低い攻撃力に柔い体。あまり強くないモンスターじゃ」

「スライムだって!? ただのカモじゃないか!! ――うぉぉぉっ!? 何だ、剣が体に飲み込まれて、全然切ってる感じが無いぞ!?」

「……また、先走りおって、スライムの体は半分液体みたいなもんじゃから、物理は殆ど効果が無いのじゃ」

「なにそれ、強すぎィ!!」

「代わりに、魔法に対しては酷く弱いんじゃがのぅ」

「むしろ、ご主人が弱すぎィ!!」


 八日目。

「うーん。迷宮に潜ってレベルを上げるのは良いんだけど、スピリットとスライムが沸いた時が危ないな」

「うむ? 妾が居るから、危険は無いぞ?」

「いや、分かってはいるんだけどな? もしかしたら、ナイアが居ないときにそういうモンスターと出会うかもしれないだろ?」

「成る程のぅ。……まぁ、妾としても自衛をしてくれるなら、それに越したことは無いんじゃが」

「あ、それじゃあ、ご主人。私の強化の方向性を『魔法』で固めませんか?」

「おお、その手があったか!!」

「うむ。物理の相手が来たらノゾムが、魔法の相手が来たらノワールが、戦うというわけじゃな? 良い考えじゃのぅ」

「よし、じゃあさっそく、現金を消化してっと……覚悟は良いか、ノワール? お前、遂に魔法を覚えちゃうぜ?」

「はぁ、ドキがムネムネします、ご主人。私はしっかりと9と3/4番線を通れるでしょうか」

「それは、大丈夫だろう。お前の<スキル>の覚え方って、友情、努力、勝利の結果じゃなくて、わざのマシンとか、プログラムをアドバンス的な強制取得じゃんか」

「そう考えてみたら、怖いですねぇ。昨日まで出来なかったことが、急に出来るようになるんですから。何だか体を作り替えられる気分です」

「ん? ……体を作り替える?」

「……なんだか、滅茶苦茶、嫌な予感がしてきました。ご主人、何を考えてるんですか?」

「……ノワール。バッタってどう思う?」

「やっぱりですかっ!! ご主人!! 一つだけ言っておきますけど、猫はバイクに乗れませんからね!?」

「そうか? 昔、なめんなよと息巻いて、バイクに乗って暴れてた猫もいたぞ?」

「あれは実際に公道を走ってた訳じゃないですから!!」

「確か、運転免許証も出してた筈だけどな」

「ガチで、警察からクレーム入った奴じゃないですか、やだーっ!!」

「まぁ、お前がそこまで嫌がるなら仕方ない」

「おおっ!! 分かってくれましたか、ご主人!!」

「時代はバッタじゃなくて、サイコガン――」

「――だが断る!!」



 九日目。

「よっし、居たぞ、ノワール!! スライムだ!! お前の初魔法でボコボコにしてやれ!!」

「ふふふっ。ついに来ましたね、この時が!! ノワール!! 行きまーす!! 『火球ファイヤー・ボール』」

 チロチロチロチロ……ボッ

「……」

「……」

「……おい、ノワール。何だ、今の線香花火みたいな火は?」

「……ご主人。……今のは、メラゾーマじゃありません。メラです」

「お前、ふざけんなよ!! アレのどこがメラだ!? メラに謝れ!!」

「良く考えたら、魔法だけ覚えても、魔力五の私が使える訳ないじゃないですか!! 『たったの五か……ゴミめっ……』って言う名台詞を知らないのかよ!!」

「そんな理由で諦めんなよっ!! もっと熱くなれよ!!」

「ちょっ、ご主人。そんな事言ってる場合じゃないです……後ろから、来てます!! 来てます!!」

「「ナイアーっ!!」」

「いつもより、テンション高いのぅ。ノゾム、ノワール」



 一六日目。

「よっしゃっ!! あれから、一週間!! モンスターの素材とかの報酬全部つぎ込んで、魔力上げたし、次こそ行けるよな!! ノワール!!」

「任せて下さいよ!! ご主人!! 前とは違うのですよ、前とは!!」

「よしっ!! さっそく見つけたぞ、スライムだ!! ぶちかませーっ!! ノワール!!」

「ええ、ご主人!! 見せてあげます!! 私の雷をっ!! 『火球ファイヤー・ボール』」

「おおっ!! 燃えてる、燃えてるぞ!! ノワール!! まるでゴミのようだ!!」

「素晴らしいっ!! 最高のショーだと思いませんか、ご主人!! 燃えるゴミは月・水・金ってね!!」

「俺は、お前はやれば出来る奴だと思ってたぞ、ノワール!!」

「有難う御座います、ご主人!! これで、誰も私のことを『ママっ子マンモーニ』とは呼べなくなりましたね!!」

「ああ、そうだな。……むしろ、こう呼ばせてもらおう。『大佐』と」

「ふふふっ。言葉を謹んで下さい、ご主人。貴方は今『王』の前にいるのです」

「はっ。大変失礼致しました。……ああ、良いなぁっ!! 魔法良いなぁっ!!」

「ふふふっ!! 私もかなりテンションが上がってますよ、ご主人!!」

「くぅっ!! 惜しむらくは、自分で撃てないことだけど、まぁ、近くで見れるだけでかなり心が震えるものがあるな!!」

「ええ!! ご主人、今度は中級覚えましょうよ!! 詠唱とかしてみたいです、私!!」

「おおっ!! 良い考えだ、ノワール!! 滅茶苦茶、格好良いの考えようぜ!! 黒い棺クラスの奴」

「高い目標ですねぇ、ご主人!! 私としても、『七つの鍵の守護神』を目標としたいところです!!」

「夢が広がリングだぜ。……あっ!! ノワールさん、今度はスピリットが来てます!! また、キツイ一発かましてもらっても良いっすか?」

「ふふん。仕方ないですねぇ、ご主人は。――『火球ファイヤー・ボール』」

「……」

「……」

「……おい、ノワール。今度は線香花火すら、出てないんだが?」

「……しかしMPがたりなかった」

「……」

「……」

「「ナイアーっ!!!!」」

「……二人とも。まずは、落ち着いて欲しいのじゃ。妾が話に入る隙も無かったぞ」



 現在。

「あれから、MPを主体に上げていったんだよな」

「ええ。お陰で、三発~四発は撃てるようになりましたね」

「しっかし、こうして振り返ると、初魔法だからって、テンションを上げ過ぎたな。俺たち」

「……ええ。反省しましょう。普段の会話でも、前の世界の漫画とか、アニメの魔法談義ばかりして、ナイアを置いてきぼりにしまくりでしたからね」

「ううむ。妾をしても、寂しい三週間だったのじゃ」

「……ごめんな、ナイア。お詫びって訳じゃないけど、今日はしっかり騒ごうな!!」

「すいませんでした、ナイア。今日は全力でお祝いさせて下さい!!」

「かかかっ。別に気にしておらんがのぅ。初めて魔法を使った者は、誰でも浮かれるものじゃしのぅ。……じゃが祝ってくれるというのなら、それは純粋に嬉しいのじゃ!!」


 そう、今日は満月。

 ヴァンパイアであるナイアが最もその恩恵を受ける特別な日である。


「……今が、大体一六時くらいか。飯を買い込んでどっか月が見える所で騒ごうぜ!!」

 ――この時。

「良いですね。あ、学校の屋上とかはどうですか? 勿論、ナイアが良ければですけど」

 ――俺たちは想像もしてなかった。

「おおっ!! 良いアイディアじゃ、ノワール!! あそこなら、月もよう見える筈じゃろうしのぅ!!」


 ――この判断が、あんなことになるなんて。



「かかかっ!! 世界が回りよるわっ!! これが、この星の自転というものかの。今、妾はまた一つ、真理に近づいたのじゃーっ!!」

「なんじゃとっ!? ズルいぞ、ナイア君!! 儂も知りたいのじゃっ、その知識!! ぬぅっ!? ナイア君が二人おる!? どっちに聞けば良いのじゃ!?」

「ふふふっ。ノゾム君? 知ってるかい? 僕がどれだけ普段我慢してるのか……。でも、今日は良いよね? 僕の知らないことを教えてくれるかい? ノゾム君……」


「……どうしてこうなった」


 数時間後。

 学校の屋上で、見事に酔っぱらった連中を前に、俺はそう漏らすのだった。

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