第64話 「……やったか?」

「さて、それじゃあ、一番のペアから、実技訓練を始めようか」

 教師であるトリスさんがそう言うと、一番のくじを引いたナイアとナギ君が、それぞれ前に出た。

「かかかっ。ナギとやら、早々に潰れるでないぞ?」

「言ってろ。俺はお前なんかに負けたりしない」

 二人は試合場である結界に入る前から、勝負を始めているようだった。

「おー。なんだか、ドキドキするな。ノワール」

「ええ、ご主人。前回は他の人の試合を見る前から、医務室送りでしたからね」

 そんなクラスメイトの様子を見ながら、俺は頭の上の黒猫と言葉を交わす。

「個人的にはやっぱりナイアを応援したいんだが……ナギ君って強いんだろうか」

「ううん。彼とは交流を持ててませんからねぇ」

 そうやって俺たちが話している間に、二人は試合の開始位置に着いていた。

「えー。一応、改めて説明しますね? 今から、君たちには試合をしてもらいますが、体術、武器術、魔法なんでも有りです。この結界内で受けたダメージは、全て幻痛へと変換されますので、お互い心置きなく全力を出してください」

 二人が結界内に入ったと同時に、トリスさんは改めて試合の説明をする。

 二人はそんな説明に、頷きを一つすると、開始の合図を待つのだった。

「それじゃあ……開始っ!!」

 ドンっ!!

 そうして、トリスさんの口から合図が出たと同時に、二人はお互いに向けて走り出した。

 双方から縮められることで、二人の間にあった距離は、急激に無くなっていく。

「食らえっ!!」

 その中で先に動いたのは、剣を獲物とするナギ君だった。

 彼は躊躇うことなく、持っていた剣を横薙ぎに振るい、間合いに入ったナイアの胴へと剣先を伸ばす。

「かかかっ!! 甘いのぅ!!」

 対するナイアは迫りくる剣の横腹に合わせて、己の拳を当てることで、無理やり剣の軌道を逸らし、回避とした。

 攻撃から一転。

 ナギ君は振るっていた剣を、握っていた腕ごと真上に跳ね上げられ、無防備な腹をナイアに見せることになる。

「ほれっ、ここからは妾の間合いじゃぞ?」

 そして、殴り抜けた勢いのまま、ナイアはくるりと体を回し、地面を蹴って、ナギ君へ追撃を――

「それこそ、甘ぇよ!!」

 バァァンッ!!

 ――瞬間。

 ナギ君の真上に掲げられていた剣の、少し後ろの空間が爆発した。

 結果、剣は爆風に後押しされ、高速で振り下ろされる。

 懐に潜り込んでいたナイアの脳天へと。

「ぬぅっ。」

 ナイアはそれを察すると、舌打ち一つと共に地面を強く蹴り、後方へ跳び退く。

 だが、爆風での加速をつけたナギ君の剣速は速く、それだけで逃げれるほど甘くは無かった。

 脳天こそ、回避に成功したが、足までは、その攻撃圏内から逃れられない。

「捉えたっ!!」

「まだじゃ」

 だが、成功を確信したナギ君に、ナイアは落ち着いてそう返す。

 ドォンッ!!

 そして、ナイアの言葉の通り、ナギ君の攻撃がナイアを捉えることは無かった。

「ちっ!! 土魔法をそんな使い方する奴は初めて見たぜ」

「お主こそ。爆裂魔法を相手にではなく、自身の剣に向けて打つなどやるではないか」

 いきなり、地面から伸びた土の柱が、ナイアを更に後方へ飛ばしたからだ。

 距離を開けて、向かい合う二人は、相手に対してそう言葉を投げた。


「……なにこれ?」

「……ご主人。なんか、私の想像を遥かに超えた事態なんですが」

 そんな二人の試合を見ていた俺とノワールは呆然とそう漏らすのだった。

 いや、実際。

 二人の試合は俺が想像していたものより、遥かに凄まじいのだ。

「……この後、俺たちもこれをやるのか? 俺、魔法当たったら、一発で終わるんだけど」

「ご主人。私も、持っているスキルが <ボイスパーカッション> と <パントマイム> しか無いんですけど……」

 そんな現状を確認した俺たちは、お互いに目を合わせ、言葉を投げた。

「お前、何覚えてんだよ!! せめて、ヒノキの棒と鍋の蓋くらい持って来いよ!!」

「ご主人だって、もう少し魔法防御上げて下さいよ!! 何勝手にオワタ式始めてんですが!!」

 迫りくる絶望に俺とノワールはお互いを責めだすのだった。

 そんな俺たちを置いて、試合は動く。


 二人は、今度は走ったりはせず、ゆっくりと隙を見せないように歩きながら、お互いの距離を詰めていた。

 そんな中で先に動いたのは――またしても、ナギ君だった。

「万象の中で刹那に走る、最も眩く、最も速く、最も強き『雷』よッ!! 我が魔力を糧とし、その猛威を示せッ!! ――『雷撃疾走!!』」

 彼はそう言うと、持っていた剣を突き出した。

 瞬間、その剣先から激しい光を纏った雷が、ナイア目掛けて飛び出した。

 まるで龍のように、襲ってくる雷に対して、ナイアは――

「はんっ!! 甘いのじゃーっ!!」

 ――叫びと共に拳を振り抜いた。

 そして、そんなナイアの拳によって、雷の龍は打ち砕かれた。


「うぉーいっ!! 出たぞ、ノワール!! 呪文だっ!! 呪文!!」

「ご主人、それより見ましたか!? ナイアの拳を!! イマジンがブレイクしてましたよ!!」

 ちなみに、そんな光景を見ていた俺たちは、もうやけっぱちのハイテンションになっていた。

 まぁ、この後にある自分の試合を考えなければ、目の前で行われている剣と魔法の戦闘は、まるで漫画やゲームのようで、刺激的なのだ。

 現実から逃避した俺とノワールは、もう観客として、純粋に試合を楽しむ境地に達していた。

 そんな俺たちの盛り上がりとは関係なく、試合は流れる。


「なっ!? 雷魔法の『中級』だぞっ!?」

「かかかっ。術式の構築が甘すぎるわ。妾に届けたければ、もうちと、マシな術式を組むんじゃのぅ」

 驚愕の表情を浮かべるナギ君に、シニカルな表情で、セリフを返すナイア。

 そして、その一連の会話を契機とし、ナイアはナギ君へ向けて駆け出した。

「くそっ!! 『雷弾サンダーバレット!!』」

 ナギ君は走ってくるナイアに、両手をかざすと、そう叫んだ。

 そんな叫びに応えるように、彼の両手は輝き始め、やがて小型の魔法弾が、いくつも、いくつもナイア目掛けて発射される。

「甘いのぅ、これなら特別に魔法を使うまでも無いわ」

 そして、ナイアはそんな魔法が飛び交う嵐の中を、まるでダンスを踊るように軽やかに跳ねながら、ナギ君との距離を縮めていった。


「グミ撃ちは悪手だぞ!! ナギ君!!」

「おおっ!! ナイアの避け方も凄いですね!! まるで、トラパーの波に乗っているようです」

 白熱する試合に、俺たちは手に汗を握っていた。


「終いにしようぞ、ナギよっ!!」

 そして、遂にナイアが叫びと共に、再び彼の懐へ入った。

「――ああ。終わりにしよう」

 そして、ナギ君はそんなナイアに対して、焦ることなく、そう言った。

「――なっ!!」

 ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ

 ――瞬間。

 懐に入ったナイアの足元から、天へと昇るように、雷の龍が轟音を伴い、走り抜けていった。


「うおおぉぉぉぉっ!? なんだ今のは!? バオウか!? バオウなのか!?」

「そんな!? アレは優しい王様にしか使えないはずなのにっ!?」

 俺たちは、その圧倒的な魔法を前に、膝を震わせた。

「いや、というか、さすがにナイアは無事なのか!?」

「……どうでしょうか? 直撃したように見えましたが……」

 正気に返った俺たちは、ナイアが居た所を見つめるが、そこは激しい土煙が猛威を振るっていて、ナイアの姿を視認することは出来なかった。


「やったか……?」

 雷が出るより、一瞬早く後ろに下がっていたナギ君が、ポツリとそう呟く。

「……危なかったわ」

 その瞬間。

 急に土煙が激しい風に吹き飛ばされ、無傷のナイアが現れた。

「お前、どうやって!?」

「悪いが、これは企業秘密じゃ。とある老人との約束じゃからのぅ。……じゃが、ナギよ。誇るが良い。妾をして『ノゾムの知識』を使わせた己が実力を」

 ナイアはそうポツリと呟くと、固く握っていた拳を解き、右手をナギに向けて構えた。

「本当はナンバへの激励も込めて、拳だけで相手をする予定だったんじゃがのぅ。……お主に敬意を表して、妾も魔法で相手をしてやろう」

「っ!? させるかっ!!」

 ナギ君は放心していたが、そんなナイアの言葉で意識を戻し、剣を構えてナイアに向けて走り――

「『影拘束シャドウバインド』」

 ――だそうとしたところを、彼自身の影に拘束された。

「なっ!?!? 影魔法だとっ!!??」

「終いじゃ、ナギよ。――影よ。写し身にして、従者たる影よ。如何なる時も共に歩み、共に生きる唯一無二の存在よ。妾はお主を認めよう。妾はお主を称えよう」

 動けなくなったナギ君を前に、ナイアは翳していた右手を下ろし、歌うように言葉を紡いでいく。

「常に主を崇めるお主を。常に主を敬うお主を」

「妾は敬意を持って認めよう。一人の友として」

「妾は賛美を持って称えよう。一人の騎士として」

「しかれば、其は既に只の影ではない」

「さぁ、顕現せよ、降臨せよ、生誕せよ」

「己を持って、産まれ堕ちよ。己を持って、産まれ生きよ」

「妾がお主に自由を許す。妾がお主に自我を許す」

「さぁ、友にして騎士たる従者よ。己が主に仇成す愚者を、主が代わりに駆逐せよ」

「『虚影人化シャドウ・アンスラァパァモールフィズム』」

 ナイアの言葉が終わると同時に、ナイアの影に変化が訪れた。

 影は不自然に大きくなり、膨れ上がり、巨大化していく。

 初めは地面に。

 やがて、そのまま立体的に。

 膨れ上がった影は、二十メートル程で、その成長を止めた。


「うぉぉぉぉぉぉっ!! ナイアっ!! 無事でよかったーっ!!」

「ええっ!! 本当にっ!! しかも、ご主人!! 見て下さい、黒い巨人を従えてますよ!!」

「ああっ!! ナギ君の剣が宝石剣でない限り、もう勝ちは決まったな!!」

 劇的な魔王の復活劇に、俺とノワールは小躍りしながら、喜んだ。


「ふむ。……今の妾では、これが限界か。すまぬのぅ。自由を許すと歌いながら、魔力の乏しいこの身が憎いわ」

「……」

「喋ることもままならぬか。やはり、まだまだ全盛期には遠いのぅ」

 ナイアはそんな巨人を撫でながら、そう言葉を漏らした。

 そのまま、ナギ君に振り返る。

「待たせたの。……ナギよ。お主はまだまだ強くなる。敗北を噛みしめ、這い上がれよ」

 ナイアはそうして、ナギ君に声をかけた。

 そこには、可憐な少女としての見た目からはかけ離れた、絶対強者としての迫力があった。

 そんな魔王としての迫力を垣間見せるナイアを前に、ナギ君は僅かに震えながら言葉を紡ぎ――

「……お前は、一体」

 ドゴオオオオォォォォンッ!!

 ――そして台詞の途中で、巨人に殴り潰され、沈黙した。

「……」

 巨人は無言で振り下ろした手を戻し、ナギ君の沈黙を確認すると、何事も無かったかのように、ナイアの後ろへと戻った。

「……妾に対する言葉遣いが気に喰わんかったか? お主の忠義は嬉しいんじゃがのぅ。台詞は最後まで待ってやるのが、慈悲と言うものじゃぞ」

「……」

 自分の背後に戻った影に、ナイアが少し呆れたように声をかけると、影は居心地が悪そうに身震いをして、シュルシュルと縮小を始め、普通の影に戻っていった。

「ふむ。大儀であったぞ。……維持できる時間もほんに短いのぅ」


 そうして、一番目の試合はナイアの勝ちという形で幕を下ろした。

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