第47話「不気味で素朴な囲われた世界」 閑話 「賢者」

 ナンバと飯を食べた翌日。

 学校が休みだった俺たちは迷宮について調査を開始した。

 その調査の中で、次の情報を知ることが出来た。

 一、この広く壁に囲われたりーぜ大学だが、元々はダンジョンがあるところに作られた研究機関だったということ。

 二、敷地を囲う壁は、国が武力行使で知識を奪おうとした際に抵抗する他、万が一ダンジョンからモンスターが溢れた時に王都へ雪崩れ込むのを止める為のものらしい。

 三、ダンジョンは五十階層からなり、踏破はされている。

 四、この大学の敷地内にも冒険者ギルドは存在した。

「しかし、俺には理解できない話だな。なんでわざわざ、モンスターが沸く迷宮の上に町を作ったんだ?」

 調査の結果、情報を手に入れた俺は疑問を漏らしていた。

 昨日のギルドマスターの話では、ダンジョンとは高密度な魔力の吹き溜まりに発生する不可思議な迷宮のことであり、その中ではモンスターが多く発生するらしかった。

 そんな場所なんて危険しかないと思うんだが……どこぞの十一番隊 隊長のように戦闘狂が考えたのだろうか。

 などと俺は考えていたのだが――

「それは恐らく、逆ですよご主人」

 ――だが、頭の上の黒猫は違う意見を持っているようだった。

 せっかくなので、その意見を聞くことにする。

「ノワールッ! 君の意見を聞こうッ!」

「ダンジョンが危険なものだからこそ、人が管理すべきだと考えたのでしょう。……事実、月に一度、賢者様がダンジョンのモンスターを減らしているようですし」

「ノワールの言う通りじゃろうな。それに管理さえ出来ればダンジョンと言うのはかなり有益な存在になるじゃろう。オオトカゲやオークは食用肉として需要があるし、もしゴーレムまで出るのなら工芸品の材料になる」

「なるほどな」

 ノワールとナイアの意見を聞いて俺は頷いた。

 確かにそう言われれば、納得である。

「まぁ、妾たちに必要な情報としては、ダンジョンの浅い階層に沸くモンスターの種類じゃろう」

「そうですね。目的はご主人のレベル上げなんですし」

「ああ、そうだな。……で、実際どうだ? ナイア。俺には判断できなかったが、このモンスターたちは俺にも勝てそうな相手なのか?」

「ふむ。確か、ゴブリン、スライム、スピリット、スケルトンじゃったな。まぁ、妾が居れば問題なく狩れるじゃろうな」

「ふむふむ。なるほどな」

「さすが、ナイア。頼もしいですね」

「かかかっ。妾はこれでも魔王じゃからのぅ」

 うん。そう言えば、そうだった。

 この見た目少女の魔王様は、普段は威圧感とかが皆無だからな。

 ちょっと忘れそうになることがあるのだ。

「そうか。……それじゃあ、今日で準備を全部整えて、さっそく明日ダンジョンに潜ろうと思うんだが、ノワールとナイアもそれで良いか?」

「構いません」

「うむ。妾もそれで良いのじゃ」

 そうやって、俺たちは昼飯を済ませ、軽く市場を見て回り、食料を少しだけ買った後、学生寮の自分たちの部屋に戻ったのだった。



 閑話 「賢者」


「さて、それじゃあ私はもう行くね」

「……君は相変わらずじっとしてられないね」

 エルは僕の家に泊まった次の日、いきなりそう言いだした。

 昨日、竜巻のように現れたかと思えば、今日にはいなくなるという彼女に僕はそう言うのが精いっぱいだった。

「あはは。まぁ、ほらリリィとかユリスにも会いたいしさ……国だって、そんなに長くは空けてられないし」

 そう言って、笑うエル。

 まぁ、彼女が半年に一度フラりと来て、去っていくのはいつものことなので、今更何を言うつもりも無いのだけれど。

「そうだね。……正直、君の国は今なかなか大変そうだしね」

「……やっぱり、ルーエのところには伝わっちゃってるよね」

 僕がそう言うと、困った顔で笑うエル。

「まぁ、隣国だしね。王族の選民思考が随分強くなっているみたいじゃないか。……私の大学にも無理やり留学を迫ってきたりしているって、弟子から聞いているよ」

「うん。実はそうなんだ。……私としてもどうにかしたいんだけど。」

 そう言って、拳を握り震わせる彼女。

 まぁ、彼女の国の場合は少し特殊だし、王族がそういう思考になるのも仕方ないとは思うのだけれど。


 勇国は元々彼女のお父さんの国だった。

 エルが勇者として覚醒し、私たちと魔王を倒したことで、エルのお父さんは圧倒的なカリスマを手に入れた。そして、その子孫も。

 圧倒的な力を持つ勇者の血族。

 それは、このモンスターが蔓延る世界の中ではなにより輝かしい王者の証だろう。

 事実、彼女の国の王族は優れた才能を持っている場合が多い。

 ――勿論、勇者であるエル程ではないが。

 それでもそういう実例が積み重なれば、選民思考が育つのは仕方がないことだった。

 こういう場合、本来ならば勇者であるエルが諫めるのだが、エルの活躍自体が彼らの虚栄心を満たしてしまうのだから、まさにどうしようもない状態である。

「ごめんね。ルーエ。私からもずっと言って聞かせてはいるんだけど……」

 申し訳なさそうに頭を下げてくる友人。

 ……なんで彼女が謝っているんだろうか、それを思うと僕は少し悲しくなる。

 そもそも、彼女が国を見守る義務とか責任は、本来無いのである。

 彼女はただ、人より強い力を持って生まれただけなのだから。

 その所為で王位継承者からは外され、魔王討伐なんかに無理やり行かされた女の子。

 ――それが目の前の彼女である。

 ……魔王討伐して帰ってきても、王族は彼女を迎え入れなかったくせに。

 王族は魔王を討伐した彼女に、名誉職を与え、国を見守るように仕向けた。

 純粋な彼女は父親の言葉を疑うことなく受け入れたが……僕にはそれが彼女を縛る呪いに見えていた。

 実際に僕が彼女に国から離れるように提案したことだって一回じゃない。

 だけど、そんな僕の説得は彼女を困らせるだけだった。

 優しい彼女が父親の残した国を見限ることなんて出来るはずがないからだ。

「……エル。君が謝ることじゃないよ」

「ルーエ」

 僕はそう言って、彼女の手を取って立たせる。

「……僕はやっぱり、君は国に縛られ過ぎだと思うよ、エル」

「うん。ありがとうルーエ。……でも、自分で決めたことだから」

 僕の予想通り、そう言って彼女は笑った。

 分かってはいたけど、僕では彼女の鎖を壊すことは出来ないらしい。

「まぁ、エルが頑固なのは知ってるけどね」

「ごめんね。ルーエ。こればっかりは自分でも治せないんだ」

 僕は空気を入れ替える為に、わざと少しお道化て言った。

 すると、それをくみ取ってくれた彼女も小さく舌を出しながら言葉を返した。

 うん。今回も説得は駄目だったな。それを僕は受け止めた。

 だけど、素直に諦めるのは癪なので、僕は言葉を続けることにする。

「いっそ、男でも捕まえたらどうだいエル。君も変われるかもしれないよ?」

「ごふっ!? ちょっとルーエ!!?? 何を言ってるのっ!!」

 ――そうしたら、いきなりエルはむせ始めた。

「えっ。うわっ! ちょっと大丈夫かい。エル」

「…うー。ルーエが変なことを言うから。思い出しちゃったじゃんかぁ」

 そう呟いたかと思うと、彼女はいやいやと首を振りながら、俯いてしまった。

 僕が戸惑っていると――

「……でも、ルーエ。昨日は反対してなかった?」

 ――彼女はそう聞いてきた。

 話の流れから察するに、彼女の恋について僕が反対したということだろうか?

 だけど、僕には思い当たる記憶はない。

「……すまないけど、エル。僕には思い当たる節がない」

「言ったもん!! ルーエ!! 私が告白されたって言ったら『忘れた方が良い』って言ったもん!!」

 僕がそう言葉を返すと、彼女は噛みつかんばかりの勢いで立ち上がって、そう言ってきた。

 そうして、僕も状況を理解する。

 確かに昨日、僕は彼女にそう言っていた。

 彼女が言う告白を罪の懺悔だと勘違いしたからだ。

 ……ん? まてよ。

 ――ということは。

「ええっ!! エルっ!! 君、誰かに告白されたのかいっ!?」

「だからそう言ってるじゃん!! ルーエは一体、何を聞いていたのっ!?」


 ――それから、僕たちは誤解が解けるまで話し合った。



「そうかい。そんなことがあったのかい」

「うー。もう! ルーエの馬鹿ぁ。完全に思い出しちゃったじゃん」

 赤い顔で、こちらに文句をつけてくる彼女だが……その顔を見ると怒っている訳ではないということが分かる。

「別に良いじゃないか。むしろ、君を勇者と知りながら告白するとはかなりの有力物件なんじゃないのか?」

「駄目なのっ!! 私は勇者なんだからっ!!」

 私がそう言うと、エルはそう言って耳を塞いだ。

 ……脈はあるようだが、これ以上聞いてしまえば藪蛇に成りかねない。

「ちなみに、その子の名前はなんて言うんだい?」

「……ノゾムって居酒屋の女の子は言ってた」

 私がそう聞くと、エルはそう返してくれた。

 さすがは勇者。

 耳を塞いでいてもこの距離なら普通に聞こえるらしい。

 ……それなら耳を塞ぐ意味は無いように思うけれど。

 とにかく、私は彼の名前をしっかりと記憶した。



「さぁ、それじゃあ送るよ。リリィのところかい?それともユリスのところかい?」

 少しの時間を置いて、エルが落ち着いたので、僕はそう切り出した。

 今となっては、早く彼女を送り出して、噂のノゾム君探しに着手したい僕だった。

 もし、接触してみたノゾム君が話の通りに良い男だったのなら、僕は二人の恋を全力で応援すると心に決めていた。

「あ、そのまえにルーエの大学に送ってもらって良い? さっきの留学の件で、理事長さんに謝っておきたいの」

「……え? あの、僕の弟子にかい? それなら、僕が伝えておくよ」

「ううん。直接、謝りたいから。ルーエにはまた迷惑かけちゃうけど……」

「それは良いんだけど。どうせ転移だから一瞬だし。それじゃあ、飛ぶよ?」

「うん。お願い」


 そうして、僕はエルを連れて、リーネ大学へ転移した。

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