第48話 「俺の側に近寄るなーッ!」

「ついに来たな。ダンジョンへ。」

「ええ。」

「うむ。」

 準備を整えた俺たちは、ついにダンジョンへ潜っていた。

 入り口にいた全身鎧を着こんだ衛兵に、許可証を見せ、中へ潜っていくことにする。

 カツーン。カツーン。

 石畳みの通路では、俺とナイアの足音が反響していた。

 レベルを上げる為に覚悟してダンジョンに潜ったのだが、こういう雰囲気は少し怖い。

 俺は偉人の名言を借りて、勇気を貰うことにした。

「この一歩は小さな一歩だが、俺にとっては大きな一歩となるだろう」

「ご主人、人の夢と書いて儚いと読むそうですよ?」

 そして、頭の上の猫にバッサリと切られた。

 ……どうしてコイツはこうも的確に俺だけのやる気スイッチを破壊してくるのか。

「ノワール。自分を信じて『夢』を追い続けていれば、夢はいつか必ず叶うっていう名言を知らないのかよ」

「その人、作中でどす黒い太陽とか酷評されてましたからね、ご主人? ……まぁ、ご主人がやる気なのは私から見ても好ましいので良いんですけれど」

「それなら、なぜ茶々を入れてきたんだ」

「いや、緊張しているようだったので、思わず」

 などどノワールと話しながら、俺が歩いていると――

 カチッ。

 ――と何かを踏んだような感触と共に音が鳴り、 

 ヒュンッ!! ガスンッ!!

 ――次の瞬間、俺の顔のすぐ前を高速で何かが飛んで行った。

 恐る恐る、その先を見てみると壁には一発の矢が刺さっていた。

「……」

「……」

 俺とノワールはしばらく、無言だった。

 やがて、その沈黙を崩したのはナイアだった。

「おお。これが『とらっぷ』なるものじゃな? 浅い階層には無いと聞いていたのじゃが、ここは例外ということなのかのぅ?」

「……ナイア? そのトラップというのはなんだ?」

「む? 昨日、迷宮のことを調べた時に聞いたものでのぅ。なんでも二〇階層を過ぎたあたりから、『とらっぷ』なるものが邪魔をしてくると、冒険者が言っておったのじゃ。妾達には関係ないと思って黙っておったがのぅ」

 ――胸を張りながら、そう言うナイアさん。

 頼むから、そう言う情報は共有してて欲しかった。

「一歩目からこれとか……もぅ……まぢムリィ……」

「気持ちは分かりますが、ご主人。頑張ってください。リスカはまだ、早いですよ」

「まぁ、次からは足元に気をつけて歩こうではないか」

 諦めて、一八〇度反転し、その場から去りたくなった俺だが、ノワールとナイアが励ましてくれたこともあって気を持ち直した。



「ご主人っ!! 後ろーっ!!」

 五分後。

 俺の頭にタライが炸裂した。

「いってぇぇぇぇぇぇっ!!!」

「だ、大丈夫かのぅ。ノゾム?」

「……ご主人、平気ですか?」

 二人が心配してくる。

 まぁ、痛みはあるがせいぜいコブができる程度の物だろうから、問題はないんだが。

 ……俺はノワールに一言、言いたかった。

「ノワール!! なんで、お前だけ逃げてんだよっ!!」

「いえ、あまりにもとっさの事でしたので、自分が避けるので精いっぱいだったんですよ」

 ぬぅ。

 そう言われると、あまり強くは出れない。

 そもそもが俺が足元に気を取られ過ぎていたのが原因なんだし。

「……っと、ノゾム、ノワール。そこまでじゃ」

「ナイア?」

「どうしました?」

 俺たちがギャーギャーと言い合っていると、急にナイアが間に入ってきた。

「どうやら、ついに出たようじゃぞ。そこの曲がり角に魔力を感じるでの」

「なっ。……そ、そうか」

 それを聞いた俺は、慌てて剣を鞘から抜いた。

「ご主人、大丈夫ですか? 手が震えていますが……」

「……これは、武者震いってやつだぜ?ノワール。今宵の虎徹は血に飢えておるわ」

 ノワールが心配そうに言ってきたので、安心させるために俺がそう言いながら、剣を構えていると――

「……分かりました。」

 ――ノワールは可哀想なものを見る目でそれだけ言った。

 ……震えるくらい仕方ないだろう。

 現代日本には剣を握って戦うことなんてないんだから。

「まぁ、そんなに気張らんでも良いぞ。ノゾムよ。其方は止めを刺すだけで良いからのぅ」

 その後、ゴブリンが飛び出してきたが、宣言通り、ナイアが腹パン一発で、マット(石畳)に沈めた。

 ……俺はそれに止めを刺すだけの簡単な作業だった。

「……ご主人。武者震いは止まりましたか?」

「いや、別の意味で震えてきやがった」


 俺は自分の情けなさに泣いた。




「うぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおっ!!」

 気合一閃。

 俺は手元の剣を振りぬき、スケルトンに攻撃した。

 だが、俺の素人剣術は思考が無いはずのスケルトンにすら読みやすいらしく、スケルトンは危なげなく一歩下がることで回避とする。

 俺は振り切った剣に、体が流れそうになるのを必至で抑え、構え直してスケルトンに近づいた。

「ご主人!! まだ、腰が引けていますっ!! もう少し近づいてから、剣を振るえば当たるはずです!!」

 俺の頭の上では、ノワールがそう叫ぶ。

 ……分かっては居るんだけどな。

「分かっては居るんだが……アレに近寄るのも、近寄られるのも相当怖いんだよなぁ」

 そう。さっきから俺の剣が相手を捉えられない原因はそこにあった。

 剣を振るという動作にはどうしても隙が生じる。

 近づいて剣を当てることが出来れば、俺の攻撃はこのスケルトンにダメージを与えられるだろうが……仮に外したなら、その隙にスケルトンの攻撃が俺にダメージを与えるだろう。

「……ですが、ご主人。ナイアが言うにはスケルトンに疲労と言う概念は無いみたいですし、このままではこちらがどんどん不利になるばかりですよ?」

「わかっちゃあ、いるんだがな」

 それも分かっては要るのだ。

 ……だが、ただただ怖い。

 もっと喧嘩とかしとけば良かったか、などと前世の自分に後悔しても意味は無い。

「ご主人」

「ああ、大丈夫だ。今度こそ覚悟を決めるさ。……力を貸してくれるか?ノワール。」

 俺がビビっているなら、空気をいつもの雰囲気に戻すだけだ。

「しょうがないですね。ご主人は」

 そういう俺の気持ちを汲み取って、だみ声で返してくるノワール。

 コイツのこう言うところは少しズルいと思う。

 俺は覚悟を決めて、大きく息を吸い込み、叫んだ。

「ノワールっ!! 答えろっ!!」

「どんとこいです!! ご主人!!」

 叫びながら一歩、スケルトンに近づく。

 ……今までなら、剣を振り回していた距離。俺は焦る気持ちを抑えて、更に一歩近づいた。

「人間賛歌は!?」

「勇気の賛歌!!」

 そうして、スケルトンに近づく。

 ……そこは既に剣の範囲内だ。

 後は――

「それじゃあ、勇気とはっ!?」

「怖さを知ることっ!!」

「「恐怖を我が物とすることじゃぁあああああああああああっ!!」」

 ――俺は叫びながら、今までで一番の速度を持って剣を振り切った。

 ガァンッ!!

 骨と鉄のぶつかる音と共に、スケルトンの右腕が折れ、どこかに飛んで行った。

「やったっ!」

「……っ!? いえっ!! ご主人、まだですっ!!」

 俺は一瞬、自分の攻撃の成果に喜んだ。

 ……だが、スケルトンに動揺した様子は無く、俺に向かって残された左腕を伸ばしていた。

「なっ!!」

「躱してくださいっ!! ご主人っ!!」

 今、理解したのだが、コイツは初めから、右腕を犠牲にするつもりだったのだ。

 俺は焦りながらも、その攻撃を躱す為に体を捻る。

 その甲斐あって俺はスケルトンの左腕を躱すことが出来た。

 ……だが、全力の攻撃で流れていた体はその無理な動作について行けず、体勢を崩してしまった俺は床に尻餅をついてしまった。

「くっ…いてっ!」

「ご主人!! 早く立ってっ!!」

 そんな俺の隙を見逃す筈もなく、スケルトンは一気に跳躍して、襲い掛かってきた。

「くっそっぉぉぉおおおおおおおお!!!!!」

 俺はもうやけくそで、目を瞑りながら、剣を前に突き出した。

 ザシュッ!!

 <経験値を獲得しました>

 <LVUPに必要な経験値を確認しました。LVをUPさせます>

 そんな俺の頭の中に、聞いたことのあるアナウンスが聞こえてきた。

 俺はそれを受けて、恐る恐る目を開けた。

 ……目の前では眼球のあるべき穴から剣を差し込まれ、頭蓋骨を貫かれたスケルトンがいた。

「……」

 俺は無言で、スケルトンが刺さったままの剣から手を放して、深く息を吐いた。

「……やったのか?」

「ええ。ご主人。お見事でした。」

 ノワールの声が聞こえたと同時に、俺はまた息を吐き、座り込んだ。

「さらばだ。スケルトン」

「彼もまた強敵でしたね……」

 急激に体から力が抜けていく。

 助かったという思いは虚脱感を伴って体を駆け巡っていた。

 そうやって、スケルトンに目を向けていた俺たちに、後ろから声がかけられた。

「うむ。終わったようじゃの」

「ああ。なんとかな。……ナイアのお陰だ。ありがとうな」

 俺は座ったまま、そう言葉を返す。 

 声を掛けてきたのは俺たちの戦闘をずっと後ろから見守ってくれたナイアだ。

 俺が最後の一歩を踏み出せたのも、本当に危なくなったらこの魔王が助けてくれるという思いがあったからだった。



 俺たちがダンジョンに潜って、すでに数時間が経過している。

 最初はナイアが弱らせたモンスターに止めを刺すだけだった俺だが、いくつかLVも上がったので実際にスケルトンと戦ってみることになったのだ。

「……で、どうじゃった。戦ってみた感想は?」

「……ああ。ナイアが言ってた通りだった。ステータスの変化は確かに現実に現れてたよ」

 そう。

 この戦闘の元々の原因は、俺がステータスの上昇を実感出来ないと言ったことだった。

 その発言を聞いたナイアが変化を実感するには戦闘が一番だと言い、スケルトンと戦うことになったのだった。

 実際、戦闘をしてみると、自分の動きがいつもより素早くなっていることや、剣でスケルトンを攻撃した時に威力が上がっていることに気づけた。


 名称

 <ナリカネ ノゾム>


 LV:5   (+3)

 HP   :120/120 (+50)

 MP   : 0/ 0 


 攻撃力  :40    (+25)

 防御力  :32    (+20)

 魔力   : 0

 魔力防御 : 0

 速さ   :42    (+25) 


  所持スキル

 <ノワール>

  称号

 <来訪者>

 <貯金好き>


 ちなみに、今の俺のステータスはこんな感じだ。

 元々のステータスが低かったのもあるんだが、自分のステータスが二倍以上に上がっているのには驚いた。


「では、ちと早い気もするが、今日は引き上げようぞ。」

 ナイアはそう言うと、座り込んでいる俺の手を取って、立たせてくれた。

「ん? もう引き上げるのか? 多分、まだ十五時くらいだよな」

「……迷宮は初めてじゃし、今日は新月じゃ。念には念を入れてもよかろ?」

 そう言うと、ナイアはプイッと横を向いた。

 まぁ、俺としても疲れたから、引き上げるならそれで良いんだが――

「ナイア。本当にそれだけが理由か?」

「……実は腹が減ってきたのじゃ。この階層に出るモンスターはどれも食えたものではないしのぅ」

「分かった。それじゃあ、戻ろうか」

 腹を摩るナイアを見て、俺は急いでダンジョンを出ることに決めた。

 この魔王様は極限まで腹が減ると暴走するからな。



 そうして、俺たちがダンジョンを出て、飯屋を探していると――

「見つけたのじゃっー!!!!!」

 ――などと、叫びながら謎の人影が高速で近づいてきた。

「……なぁ、アレって?」

「ええ。理事長に見えますが……」

「なにやら凄い形相じゃのぅ」

 俺たちがあまりのことにポカンとしていると、彼は俺たちの前で急ブレーキかけ、見事に止まってこう言った。

「ナイア君っ!! 今すぐに儂と来てほしいのじゃっ!!!」

「なんじゃ。藪から棒に。……残念ながら、それは却下じゃ。妾はこれからノゾムたちと飯にする予定でのぅ」

 ナイアはそんな理事長に対して、手をひらひらさせることで拒否の意思を伝えた。

 すると、理事長の顔がどんどん青くなっていく。

「頼むっ!! コレは君たちのためでもあるんじゃっ!!」

「むぅ。ならば理由を言うのじゃ」

 さらに必至に頼み込んでくる理事長にナイアはそう返した。

 うーん。こんな理事長は初めて見たぞ。どうしたんだ?

 俺がそう考えていると――

「ええぃっ!! 本当に時間が無いのじゃっ!! ……許してくれっ!!」

「なっ!?!? ……お主っ!!」

 ――理事長がそう叫んだかと思うと、次の一瞬、強い光が理事長とナイアを包んだ。

 光が収まった後には理事長もナイアも居なくなっていた。

「なっ!? ナイアっ!!」

「どこですかっ!? ナイアっ!!」

 俺たちは思わず、ナイアの名を呼ぶが、返事は無かった。

 ……恐らくこれは転移魔法だろう。

「……どういうつもりだ。理事長は?」

「分かりません。……でも、ナイアに何かあったら」

 今、何が起きているのかは分からないが、とりあえず、理事長とナイアを探さなければ。

 そう思った俺が、ふと大学の方へ視線を向けた時に――


「やっと見つけた。……君がノゾム君だよね?」


 ――見たこともない女性が声を掛けてきた。


「……えっと、失礼ですが貴方は?」

 俺がそう尋ねるのも無理はないだろう。何故なら彼女は全身を長いコートで隠し、表情すら読めない状況だったのだから。

「おっと、これは失礼」

 そう言うと、彼女はフードを下げ、その顔を露わにした。

 初めに目を惹くのは、綺麗な青い髪。

 そして、その下にある均整の取れた顔だちは美女と呼んで差し支えないものだった。

 中でも、特徴的なのがその黒目。

 瞳孔の大きく開いた両目は、異常に魅力的な憂いを帯びており、俺はそんな彼女の目から、目を逸らせないでいた。


「初めまして。僕はルーネ・リカーシュ。……賢者って言った方が通りが良いかな?」


 そんな俺を見て、彼女は面白そうに目を細めながらそう言った。

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