閑話祭り 「第二王女」 「勇者」 「指弾の魔術師」 「学生寮の寮母」

 「第2王女」



「イラつきますわ。」


 私は第2王女アリア・アルレイン・ノート。

 この勇者国において、生まれた時から輝かしい人生を約束された存在。

 私と同じ王族や勇者という規格外の存在を除けば、私の言うことは絶対で、望めばなんでも手に入った。

 それが――


「ノワールを手放すつもりはありません。」


 ――ある日、いきなり崩された。

 それは私が珍しく自ら王都を離れ、辺境の街へ出向いたときのことだった。

 偶然、王都に来た旅の商人から、珍しい大道芸をする芸人の話を聞いて、わざわざ自ら見に行ってあげたのだ。

 ……まぁ、話を聞くと、その芸人は庶民らしいし、そんな存在を王宮に入れるわけにもいかなかったので仕方なくという部分もあるのだけど。

 ただ、その芸を見たときに――いえ、その芸をする生き物を見たときに、私は遠出した甲斐があったと感じた。

 その生き物は、今まで私が見たこともない存在で、とにかく愛くるしかった。

 ひらひら動く尻尾とか、そのつぶらな瞳とか、柔らかそうな体毛とか、もう全てがただただ可愛らしかった。

 私はこの生き物を自分のものにすることに決めた。

 本当なら有無を言わさず、その飼い主から取り上げても良かったのだけれど、この子と巡り合わせてくれたこの庶民にも私は一応感謝していた。

 なので、かなりの温情として、金貨で500枚を渡すことにした。

 ――なのに。


「金額の問題ではなく、ノワールを手放すつもりはありません。」


 その庶民は生意気にも断った。

 王女である自分に反意を見せるとは、庶民というのは本当に頭が悪いらしい。

 私はその愚かな庶民を殺して、猫を奪うように自分の護衛に命令した。

 だが、それは叶わなかった。

 ……護衛の役立たず達が、逃げる庶民を追わなかったのだ。

 なんでも殺気を感じたとか意味不明なことを言っていたけれど、言い訳にしてももっと上手にできないのだろうか。

 私は王都に戻ったらその護衛たちをクビにすることに決めた。



 それから、2日間。

 その町で庶民を探したのだけれど、庶民はまったく見つからなかった。

 さすがに何日も王都を離れられないということで、私は断腸の思いでその町を後にした。

 今でも、あの生き物とあの庶民の顔は覚えている。……絶対に逃がさないんだから。



 そうして王都に戻った私は、護衛の男をクビにして、いつも使っている便利屋にその男と生き物の捜索をお願いした。

 私の命令は、どちらも生きた状態で私の前まで連れてくること。あの庶民には私に逆らったことを死ぬほど後悔させなくては気がすまなかった。


 ――あの、生意気にも覚悟を決めた庶民の顔が、毎日頭から離れないのだ。


「ノワールを手放すつもりはありません。」


 王女である私に、逆らったら死ぬという私に、あんな態度を取る男は初めてだった。

 おかげでアレから毎日、頭の中がイライラして、ご飯も喉を通らず、習い事にも手が付かないありさまだった。

「絶対に許さないわ。覚えてなさいよ、ノゾムとやら。」

 町で探していたときに聞いた男の名前を呟く。

 便利屋の最近の報告によると、今は賢者の国に行ってしまったらしく、手は出せない。

 だが、いつか隙を見つけてこの私の前で跪かせてやる。


 彼に会うことを思うと、機嫌が良くなる。復讐の日が待ち遠しかった。




 「勇者&賢者」



「いやー、一番風呂を貰っちゃってごめんね?」

「いや、いいさ。僕の家は一人暮らし用だからね。二人が入る余裕はない。順番が出来てしまう以上、来客である君が先に入るべきだ」

「ふふっ。ルーエのその言い方も懐かしいね。僕とリリィが喧嘩してた時もよくそうやって仲裁してくれたよね」

「勇者と剣聖の喧嘩を放っておくほど、僕に勇気は無いんでね。……っと、それじゃあ僕も一度失礼するよ」

「うん。いってらっしゃい」


 お風呂場に行く友人を見送る。

 表情があまり変わらないから分かりにくいけど、ルーエは結構人に気を遣うタイプだ。

 それから、意外とお節介でもある――私はいつもそのお節介に助けられているのだけど。

 今日の昼だってそうだ。

 初めての告白に浮かれていた私にルーエは思い出させてくれた。

「……私は勇者なんだから、告白なんかに浮かれていたら駄目だよね」 

 人には出来る範囲がある。

 ……それが人より大きい私にはそれ相応の責任がある。

「うん。勇者としての役割に集中しないと」

 私はそう思う。

 言ってくれたルーエには感謝だ。


 彼には悪いけど、次に会ったらきっぱりと断ろう。うん、そうしよう。


 ――そう思うのは何度目だろうか。


「アンタは勇者として遥かな高みに居る。だが、俺はそういうところが好きだと思っている。」

「勇者様からしたら、遥か下の存在かもしれないが、それでもこっちにも意地がある。」

 その度に思い出すのは彼の言葉だ。

 まるで命を賭けているかのように真剣な眼差しで私を見つめながら話してくる彼。

 その眼差しは、私の動きを少しも見逃さない、とでもいうかのように鋭かった。

「…少し、カッコよかったかな。」

 そう思って、熱くなった顔を左右に振ることで冷ます。


「例えどれほど可能性が低くても、俺は絶対に諦めない。」


 ――駄目だ。

 やっぱり思い出しちゃう。

「…うー。ルーエがお風呂から出る前にせめて顔だけは冷まさないと。」



 それから、親友がお風呂を上がるまで、私は必至に他のことを考えた。




 「指弾の魔術師」


「……はぁ~。緊張したわい」

「お疲れ様です。理事長」

 医務室から理事長室に転移した儂は、ソファにだらしなく体を投げた。

 トリスはそんな儂を見ていたが、いつも小姑のようにうるさいコイツにしては珍しく、何も言ってこなかった。

「……のぅのぅ。儂、上手く出来てたかのぅ?」

「ええ。少なくとも、私には食えない人物として映っているように思えましたよ」

「そうか。……なら良いんじゃがのぅ」

 今のところは大丈夫だと思うが、やはりこれからのことを思うと少し心配になる。

 儂が頭を後ろに倒しながら、目元を揉んでいると、トリスはそんな儂に少し驚いたように声をかけてきた。

「しかし、そんな理事長は初めて見ましたね。……やはり、理事長をしても今回の案件は難しいのですか?」

「トリス。……お主が儂のことをどれだけ買いかぶってるかしらんがの。……これだけの爆弾を抱え込めば儂とて余裕はなくなるぞい」

「理由は……やはり、ノゾム君の知識でしょうか」

「うむ。……あれは危険すぎる。今、儂らが聞けた知識ですら、世界を制服出来るほどのものじゃろう」

「……荒唐無稽とは言えないのが恐ろしいですね。」

「本当に世界のことを思うのなら、ノゾム君を殺し、儂らがこの知識を忘れるべきじゃろうな」

「ですが、彼の知識は同じくらい希望にも満ちています」

「うむ。上手く使えれば、交通手段や病の治療など、人類の大きな助けになろうて。じゃが、それには問題がある」

「ノゾム君の方で、開示すべき情報が理解できてないということですね?」

「うむ。……彼は良い子じゃからのぅ。聞かれれば、自分の持つ知識を全て教えてくれる。じゃが、それは余りにも危うい。儂らとて、いつ欲に負け悪用するか分からんからのぅ」

 知識は麻薬のようなものである。

 知れば知るほど、その知識を使いたくなるし、もっと深い知識の先を知りたくなる。

 その欲求は人間を外道に堕とすに十分なものであることは疑いようがない。

「だからこそ、私と理事長は知識の共有を行ったわけですけどね」

「うむ。どちらかが暴走したら、片方が止めれるようにのぅ。……まぁ、二人共暴走したら終いじゃがな」

「それは考えたくない事態ですね」

 ああ。その時は、余りにも救いがない状況になるだろう。

 だが、彼が見境なく知識をばら蒔けばそういう輩は必ず出てくる。

「だからこそ、彼らには常識を早急に学んでもらう必要がある」

「それまでの間、私たちは傍で知識が漏れないようにフォローする」

「しかも、ノゾム君に常識がついたら、知識を教えてもらえるように仲良くなっておく必要がある」

「……その為には、今から主導権を握っておきたい」

「本当に頭が痛い話じゃて」

 そう言ってソファに戻る儂。

 そんな儂にトリスが真剣な声色で話しかけてきた。

「理事長。……かなり、人道から外れる話ですので聞き流してもらいたいのですが……」

 言いにくそうなトリス。

 ――まぁ、そうだろう。

 恐らく人としては、口にするのも憚られる行為を考えているのだろうから。

「精神魔法による強制的な知識の提出、更に記憶のスキャンによる完全な知識の保存。……そんなところかの?」

「……はい」

 そう言ってトリスは押し黙ってしまう、

 自分が口にしたことを理解しているのだろう。

 その表情は苦虫を噛み潰したようだった。

「確かに、魔法によってノゾム君の知識を全て知ることが出来れば、儂らの方で世間に流す情報をコントロールすれば良いわけじゃの」

 魔法的には、服従化も記憶の読み取りもどちらも可能だ。

 ただ、この賢国では使ったものは死罪から逃げることは出来ない。

 ……けれど、ノゾム君の持つ知識の特殊性を考慮すれば、止むなしという方法かもしれない。

「じゃが……その方法は取れんのじゃよ。」

「それは、やはり罪に……」

「違う。……トリス。お主、ノゾム君の魔力を感じたことはあるかの?」

「? ……いえ、言われてみれば」

「恐らくじゃが、彼は一切魔力を宿していないじゃろう」

「……なっ!? そんな存在がいるわけ!?」

「ならば、指弾の魔術師と呼ばれた儂の魔力感知がポンコツになったかどうかじゃな。……言うておくが、彼はローゼ君との模擬戦闘でも一切、魔力を出さんかったぞ」

「……そんな」

 魔力というのは生物の体内に流れる大きな力である。

 もちろん個人差は強く出るが一切ないものは存在しない……はずだった。

「それじゃあ、精神魔法が使えないという理由は……」

「そうじゃ。……恐らく彼は魔法に対して、僅かな抵抗力も持っていないじゃろう。仮に精神魔法なんぞかけたなら、廃人が出来上がるだけじゃ」

「魔法が効き過ぎるということですね」

 記憶のスキャンにしたところで、脳が焼き切れてしまうだろう。

「じゃからこそ、ノゾム君の知識を貰うには信用を勝ち取った上で、舐められないようにしないといけんのじゃ」

「理事長……」

「分かったら、今日は解散じゃ。……お互い休んで、また明日から頑張ろうぞ」

「分かりました」

 トリスが部屋を出て行ってから、儂はソファにより深く体を預ける。

「……じゃが、一番怖いのはナイア君かもしれんのぅ」

 今日の講義を思い出しながら、儂はそう独りごちた。

 儂の奥の手の指弾をひと目で看破し、模擬戦闘においても儂の1/3の魔力でこちらの上級魔法を崩してきた魔王を思い出す。

 なんとか、MPと魔力によるゴリ押しで勝ちを拾ったが、賢者様の話を思い出すなら彼女の本気はあんな程度ではないだろう。

「ナイア君に舐められないように……ってのは無茶じゃよなぁ」

 儂は目を閉じ、意識を手放した。


 ――後のことは明日の儂が上手くやると信じて。




 「学生寮の寮母」


 ありえない。本当にありえない。


 私には結婚して、1年目の夫がいる。

 その夫がどうやら浮気しているということが今日わかったのだ。

 情報源は私が管理させてもらっている学生寮の学生だ。

 彼が言うには、ここ数日、花屋の娘さんに会いにいっているようだった。

 ――なので、私は怒りを膨らませて夫の帰りを待っていた。

 もう、机の上には離婚届すら準備している。

 そもそも、今日は結婚記念日なのである。

 私からはあえて何も言わなかったが、意外とマメな夫はそれを知っているはずだった。

 それなのに、彼は浮気をしたのだ。もう許すことは出来なかった。



 ――でも、夫は中々帰ってこなかった。


 いつもなら帰ってくる時間から1時間が経っても、夫は帰ってこなかった。

 私はだんだん不安になっていた。

 彼は今も花屋にいるのだろうか。

 私が知らない女と笑い合っているのだろうか。

 ……帰ってくるのだろうか。


 思い返せば、告白したのも私からだった。デートを考えたのも私からだった。

 プロポーズにしたって私がせがんだようなものだった。

 ……彼からしてもらったものなんてあっただろうか。


 ――気づけば私は泣いていた。

 ……ああ。きっと彼は帰ってこないのだ。

 面倒くさい女だったと思う。

 理想ばかりを彼に押し付けていた自分への……これは罰なのだ。



 ガチャリ。


「すまない。遅くなった」


 そんな時だった。

 いつものように彼が帰ってきたのは。

「……」

「……ん? どうした。……っ!? 泣いているのか……? 何があった?」

 彼は私を見ると、酷く慌てていた。

 普段の彼からは想像も出来ない姿だった。

「……どう……っ……して……遅くなったの?」

 私は泣きながらそういうのが精一杯だった。

「あー……実はな」

 言いにくそうに頭を掻く彼。

「花屋に……行ってたの?」

「なぜそれをっ!?」

 私が言うと彼はとても驚いたようだった。

 ……やっぱり本当のことだったんだ。

「もしかして、バレてたのか?」

「……今日……学生の子に聞いたの。」

「そうか。……すまない。本当は俺から直接伝えるべきだったんだが――」

 そう言うと、彼は覚悟を決めてこちらも見てくる。

 ……ああ。

 ……嫌だ。……嫌だ。嫌だ、嫌だ、嫌だ、聞きたくないっ!!



「――愛している。俺と結婚してくれてありがとう。」

「……へっ?」

 そう言うと、彼はどこからか花束を出してきた。

「すまないな。今まで、全部お前が引っ張ってくれたから、こういうのに慣れてなくて。……驚かせたくて、花束を自分で買いに行ったんだが、花言葉とか見栄えとかも分からなくて、全然決まらなくてな」

「……」

「数日も前から店員さんにも聞きまくったんだが……なかなかな。今日も遅くなってすまなかった」

「……ありがとぉぉおぉおおおおおおおおおっ!!」

 後は言葉にならなかった。

 私はただただ、彼にしがみついて泣きじゃくることしか出来なかった。

 彼はそんな私を驚いたように受け止めて


 ――何も言わずに背中を撫でてくれた。


 気が付くと、私はベッドで彼と寝ていた。

 横で眠る彼の寝顔がたまらなく愛おしくて、私はこっそりキスをした。

 ……だけど、その時。私は気づいてしまった。

 机の上に置いてあった離婚届が無くなっていることに。

 私の血の気が一瞬で引いていた。

 私には離婚届を片付けた覚えはない。……ということは、横の彼が片付けたのだろう。

 数日も前から、この日のために花束を準備してくれた彼が、その時どう思ったのか。

 考えるだけで恐ろしかった。

 普段、大人しい彼だが、怒るとそれはもう怖いのである。



 翌日の朝。


「それじゃあ、いってくる」

「……いってらっしゃい」


 いつもは無表情な彼が珍しく、笑顔だった。

 ……私は震えながら見送ることしか出来なかった。 


 昨日はあれほど待ち望んだ彼の帰りが、今日は少し怖かった。

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