第42話 「全力バタンキュー」
「反省してますの? ノゾムさん!!」
「……ええ。大変申し訳ありませんでした」
「おー。これは快適じゃのう。……眠ぅなるわ」
「ああ。普段のバスとは椅子からして違うんだな」
あの後、医務室を出た俺たちは、ローゼさんに見つかり、説教をうけた。
曰く、学内で男女が抱き合っているなんてハレンチということだった。
……なぜ、ナイアは怒られず、俺だけが怒られているのだろうか。解せぬ。
「それにしても、ローゼ。お前、いつもはすぐに帰るのに、どうして今日は医務室の前なんかに居たんだ?」
「……私の所為で、ノゾムさんがこうなってしまいましたし、帰りが大変だろうから、送って差し上げようと思っただけですわ」
ナンバのセリフを受けて、プイッと横を向くローゼさん。
お見舞いにリンゴをくれた時点で確信はしてたけど、めちゃくちゃ良い人だな、この人。
「本当に助かります」
「私の所為ですから当然ですわ」
俺が頭を下げると、彼女は嬉しそうに笑ってくれた。
善意が眩しい。
ああ、浄化されてしまいそうだ。
「まぁ、ご主人はどちらかというとアンデットですからね。聖属性には弱そうです」
「おい、ノワール。だれがアンデッドだ」
「ニフラム! ニフラム!」
「せめて、経験値は受け取って下さい。……お前、人が弱ってるからって本当に畳みかけてくるな。明日になったら覚えとけよ」
「ご主人の言う明日っていつの明日ですか?」
「くぅぅぅ……憎しみで人が殺せたらっ……!!!」
まぁ、そんなこんなで。
俺たちはローゼさんの好意で、フロウ家が所有している自家用車にて、学生寮まで送ってもらっていた。
運転手付きって、やっぱり貴族は格が違ったな。
「では、また教室で、ですわ。……もう、ナイアさんに抱き着いてはいけませんわよ?」
「ええ。了解です。本当にありがとう御座いました」
学生寮に着いた後、車から降りた俺たちに、ローゼさんはそう言って、去って行った。
彼女は近くにフロウ家の別荘があるらしく、そこに住んでいるということであった。
……色々とスケールが違う人である。
「さて、それじゃあ帰るか。そう言えば……お前たちって、部屋は何号室なんだ?」
「何号室……というか、最上階の部屋だな。あのフロア丸々使った部屋になる」
「――なっ!? マジに言ってんのか……?」
俺がそう言うと、ナンバはめちゃくちゃ驚いた顔をしていた。
「……えっと、何かあったんですか?」
「いや……俺も聞いた話なんだけどよ。……出るらしいんだよ」
言いにくそうなナンバから話を聞くと、どうやら最上階に幽霊が出るという噂があるようだ。
それも、何年も前から伝わっており、寮母も最上階への立ち入りは禁止しているということでそれなりに信憑性がある噂らしかった。
「しかも、こっそりと潜り込んだ奴の話からするとな。部屋の中で何かが動いている音がした。とか窓に人影が映っていたとかそう言う話が絶えないんだよ」
……おいおい。理事長。
特別待遇でお出迎えしてくれてると思ったら、問題物件を押し付けてたのか。
まぁ、そのくらいで済む場所をタダで提供してくれるなら安いもんだけれど……ベッドが急に飛んで来たりしないだろうな。
「なるほど。……誰かが死んだりはしてないんだよな?」
「そういう話は聞いたことないな」
「なら、良いさ。結局、噂は噂なんだしな。昨日も泊まったが特に何も無かったぞ?」
「……そうか。まぁ、そうだよな」
はっはっはっ。と笑いながら、俺は寮へ視線を向け……最上階に人影を確認した。
その影は少しすると部屋の中へ戻るように消えていった。
「……おい。ナンバ。今の見たか」
「ん? 何の話だ?」
「最上階にな。今、人影が居たんだよ」
「……ノゾム。いくらなんでも、今の今でそういう悪ノリは好きじゃねぇな」
「嘘じゃない。ノワールは見たか?」
「申し訳ありませんが、私は何も見てませんね」
「ナイアは?」
「ん? 何か言ったかのぅ。ノゾム?」
話を振ると、欠伸交じりに応えるナイア。
……そういえば、学校に居る間から寝たいって言ってたしな。
その後、ナンバと別れ、俺はノワールとナイアと最上階にある自分の部屋に向かった。
……ちなみに、俺はナイアによってお姫様抱っこで運ばれている。
ここまで送ってもらったローゼさんの言葉を守っての行動だが、さっき階段ですれ違った学生に凄い目で見られていた。
彼の中で俺の印象はどうなっているんだろう。
……ああ。
考えるだに恐ろしい。
閑話休題。
「……」
「むぅ?部屋の前で何をしておるんじゃノゾム。はよ入るぞ」
俺が、さっき見た影のこともあって部屋に入るのを躊躇していると、ナイアがドアノブに手を掛け、ドアを開けた。
……中には誰もいなかった。
少し、ほっとする。やはり、あれは俺の見間違いだったのだろう。
俺は痛む体を押してリビングにある椅子に腰をかけた。
――と、その時に電気がつき、部屋が明るくなった。
そう言えば、部屋に入る時に電気のスイッチを入れるのを忘れていたな。
「ありがとな、ナイ……ア……?」
そう思って、振り返った俺は戦慄していた。
「……う……ぬぅ……呼んだかのぅ? ……ノゾム。……もし、急ぎでないのなら……妾はもう寝たいのじゃが……」
ナイアは部屋の奥の畳間でベットに寝そべりすでに寝る姿勢である。
――電気のスイッチがある玄関の近くには、誰もいなかった。
「……そ……そんな……」
「ご主人? 何、変な顔をしてるのですか?」
「ノワール……お前は気づいてないのか?……今、誰が電気を付けたんだ?」
「えっ……?」
俺がそう言うと、ノワールは一瞬動きを止めて、それからゆっくりと玄関の方を向いて、今度こそ完全に停止した。
どうやらノワールも理解したみたいだな。
今、この部屋には明らかに、異常なことが起こっていた。
「……ノワール。冷蔵庫の上に冷蔵庫の中の物とか置かれてないか?」
「無いみたいですね。ご主人こそ、ベットの下とか、箪笥の隙間に男とか女がいたりしませんか?」
「……居ないみたいだな」
俺たちは緊張しながら、部屋の様子を伺う。
特に昨日と変わった所は無いように見える。
「……まずいな。俺もノワールも戦闘能力なんて持ってないし」
「そもそも、物理無効の相手かもしれません。シルバーなスコープだって手に入れてませんし」
「まぁ、何か出たらナイアにお願いするしかないか」
「ええ。魔法ならきっと心霊的なものが相手でも聞くでしょう」
俺たちがそう結論を出し、少し冷静さを取り戻した所で――
「あ……もう無理じゃ。……おやすみじゃ、ノゾム、ノワール。……また後での」
――魔王様が無慈悲にも戦線離脱を告げた。
「待ってくれ!! 俺たちを置いていかないでくれ、ナイア!!」
「ナイア!! 目を開けて下さい!! 寝たら死にますよ!! 私たちが!!」
すやぁ。
「ナイアァァァァァァァッ!!」
俺は叫んだ。ナイアの名を! ノワールは流した悲しみの涙を! ……けれども返ってくるのは残酷な静寂だけ…………ナイアは寝たのだ……俺とノワールは静寂によってこの事実を実感した。
「マズイ……マズいぞ……ノワール。こんなに緊張感のある寝落ちは二G以来だ」
「ええ……ご主人。このままでは、危ないですね」
「こういう状況はアレだ。こっちが怖がるからいけないんだ」
「そうですね!! ご主人!! 歌ですよ!! 歌を歌いましょう!!」
「おおっ!! 名案だなノワール!! それじゃあ、俺に合わせろよっ!!」
「任せて下さい!!」
俺たちはこの緊張感を吹き飛ばすために、行動を開始した。
「それじゃあ、RAP刻んでいきますっ!! 合いの手ノワール!! SAY!! Here we go!!」
「HEY!! YO!! HEY!! YO!!」
「まずは俺らの現状を確認!」「まずは俺らの状況を整理!」
「異常な状態に精神疲労!!」「異様に欲しいぜ。スーパーヒーロー!!」
「触ってないのに電気が消えた!!」「触れもしない怪奇が起きた!!」
「誰か教えて、この正体!!」「誰か助けて、この状態!!」
「一室 一室 おかしな一室!!」「やめろめろめろご主人めろ!!」
俺たちは熱唱した。何かを吹っ切るように……。ただただ、ひたすらに。
歌い終わった俺とノワールは謎の達成感に包まれていた。
「……いやぁ、久しぶりに熱くなっちまったな」
「ええ。ご主人。なかなかに良いリリックだったと思いますよ」
「ああ、やっぱり歌は偉大だぜ。……さすがに怖い雰囲気はどっか行っちまったな」
「そうですね。まぁ、今にして思えば、急に電気がついたのも配線が接触不良になっているとかでしょうし、考え過ぎだったんですよ」
違いない、と言いながら、笑い合う。俺とノワール。
その時――
ゴトッ。
――俺の目の前にある机の上から変な音がした。
何の気もなしに、そっちをみると。
……そこにはお茶が置かれていた。
ご丁寧にのど飴付きで。
「「ぎゃぁぁぁぁぁぁっ!!!」」
こわいこわいこわいこわいっ!!!
「ご主人!! 何ですかこれはっ!! いつの間に買ってきたんですか!!」
「ノワールこそっ!! 悪質ないたずらは止めろっ!! うちでは飼えないから元あった場所に戻してきなさいっ!!」
俺たちは現実逃避として、お互いに責任を擦り付けあった。
「大体こえぇぇよっ!! のど飴ってなんだよ!! 垣間見える優しさがこえぇぇよ!!」
「それについては、ご主人の選曲が悪かったんですよ!! 後半は喉が辛そうだったじゃないですか!!」
「分かったわっ!! じゃあ別の曲なら良いんだなっ!! デュエットだっ!! ついてこいっ、ノワール!!」
「ええっ!! 見せて下さい。ご主人の本気をっ!!」
俺たちが歌い上げた後、目の前には離婚届が置かれていた。
――三年目とは言え、浮気は幽霊的にもアウトらしい。
歌い終わって、離婚届を確認した時点で、俺とノワールは一つの結論に達していた。
……多分、ここは夢の世界なんだ。
「ソフトクリームっカモンッ!!」
「お~。出ましたね」
俺が叫ぶと、少しの時間を置いて、机の上にはアイスが現れた。
うん。これでハッキリしたな。夢ですわ。
それによって、俺は緊張を解き、脱力する。
……しかし、ここが夢ならやることは一つだけ。
「……これは俺の大好きな作品のヒロインを出すしかないな」
「なっ!! ご主人、そこまでの暴挙にっ!! ……ちなみに、誰を呼ぶんですか?」
ふっ。
愚問だぜ、ノワール。
確かに魅力的なキャラは多く居るが、幼少期に俺の心を奪ったのはたった一人。
そんな相手に送る言葉はもちろん一つ。
「来てくれ!! お前がっっっ!!! 欲しいっっっ!!!」
「ふぇっ!?」
目を閉じて拳を突き上げ、俺は叫んだ。
――そして、その直後に俺は確かに聞いた。少女の声を。
「あ……あのっ……ふつつかものですが……よろしくお願いします」
目を開けた俺の前には、見たことも無いおかっぱの少女が頭を下げていた。
特に目立ったところのない少女だった。
――体が半透明なこと以外は。
「「ばたんきゅう~。」」
俺とノワールは気絶した。これまでの現象は夢なんかじゃなかった。
……妖怪の所為だった。
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