5話 至るまでに (2)
三章 五話「許容もね、ほどほどにね。」
働いてみたいところってパッとは思いつかないな…… このままゴロゴロしてお世話になりますはダメなのかな?
「はたら…… くのは…… 絶対?」
思いきって聞いてみたぞ、国がバックアップしてくれるなら俺ひとりバレずに養ってくれそうなものだが。
すると目の前の少女は予想外の返しだったのか少し驚いた感じだ、そんな驚きは一瞬で、すましたお利口さんフェイスに戻ってしまう。
「国のバックアップといえ役立たずを無償で育てるなど、なんの意味がありますか?」
ひどいよ! さすがにひどいよ! 目が覚めていきなりこんな状況を飲み込み、疑いすら抱かず受け入れようとする俺に対してあんまりですよ!
「それに、この状況とあなたの今後を用意している時点でかなりのバックアップだと思いますよ?」
いやいや、ただでさえ理解に苦しむ状況なのにそれをバックアップしていると言われても……
でもたしかに俺の理解している普通の病院とは雰囲気が違う、それにこんな少女が医者よりも先に来てこんな話しをしているのだ、多少は納得もいく。
俺の考えを察してなのかは知らないが、さらに少女は語りかけてくる。
「働くことは…… その…… あなたが望んでいたからです 」
だいぶ間があったぞ、でもそれならそれでもいい。俺という人間は働くことに前向きな姿勢だったと自分を褒めてやれるからな。
「改めてわかっ…… たよ。」
お、だいぶ言葉がはっきりしてきた。
「何よりです 」
ほんとに愛想ねぇ……
「具体的にいつから、働いた方がいいとかあるの?」
素朴な疑問を聞いてみた、身体はまだ動かないし自分のことを知らなさすぎるんだ。
「まずは身体を休めてください、それからでも働くのは大丈夫です 」
よかった、いきなり追い出されるはないのね。
よし、一番聞きたいことを聞いてみよう、この答えによっては全ての状況に納得と理解が得られる。
「俺って誰なの?」
とても簡単で一番難しい質問だと思う。
しかし少女は先ほどの驚きよりも冷静に、それこ最初にした説明の時みたいに返答をする。
「私が知っているのは、あなたの名前と通っていた高校くらいしか知りません 」
これまたマジかよ…… ほんとだとしたら俺が通っていた高校の先生の方が知っているじゃないか。
「さすがにもう少し知っていると思うんだけど……」
このやりとりの中初めて疑いをかけ、さらに言葉にまで出してしまうとは。
「疑いをかけられるのは承知です。誰でもこんな状況やこんな回答ではそうなるはず…… あなたの方が正しいと言えます 」
しおらしくなるな! 罪悪感を覚えるだろ…… たしかに疑いは晴れないが、やっぱりこの子の言うことには従おうとする自分がいる。
情けね〜…… ちょっとかわいいみてくれにコロッといったのだろうか?
「了解…… 全てを受け入れ、新しい人生を歩むよ…… だから教えてくれ、俺は何か非道いことをした人間なのか?」
頼む…… この答えだけは教えてくれ。 そうしないと自分を疑い続けてしまいそうで不安なんだ、すると少女はまた少し驚いた表情を見せる。
「あなたは非道いことなんてしていません。 仮にそうだとしてもそんな輩を国が面倒を見ると思いますか?」
少しはぐらかしたような答えだったが、少し落ち着いた。
バカなんだな俺って…… ーーーー
ーーーー それから一週間くらい経った頃か、身体も思うように動かせるまでになった。あの後少女は挨拶もなくその場から立ち去り看護婦さんらしき人がやって来て、リハビリのやり方や身の回りの世話をしてくれた。
残念ながら看護婦さんとは何も起きなかった…… どさくさに紛れてお尻タッチくらいはしておきたかったなと思う。
「そろそろ朝食の時間かな? 看護婦さん、リハビリができるようになるとほとんど来てくれないしなぁ 」
そんなことをひとり呟いていると、あの少女が入ってくる。
「おはようございます。 体調は大丈夫そうですね 」
ビックリした…… もう来ないと思っていたがまた会えるとは、それにしても久々なのにそっけない。
「おかげ様でございますよ、今日は何故また君が?」
少しひねくれてみたが、どうだ!
「そうですか、何よりです。 今日は退院の報告とその後の勤め先を話し合いに来ました 」
全然効いてないな…… ん? 退院? 早くね? それに勤め先って言われてもまだ決めてないけど……
「退院っていつ? あと勤め先ってどうすれば?」
「退院は今日の午後には、 働く場所まだ決めてないんですか? リハビリ中や睡眠前、他にも考える時間はあったはずです 」
こぉんの、ぼっち系お利口さんが! 見た目と話し方から勝手にぼっちだと思っているが、絶対ぼっち!
「すいません…… 考えてないです。 何か良い案があれば教えてくれませんか?」
ぼっちとからかってやろうと思ったが、面白い反応が期待できないので普通にやりとりしよう。
「そうですか…… 困りました、もう決まっている前提で私も行動しているので…… はぁ」
ため息やめて〜! それには弱いんだよ。 勝手に前提されて挙句に全責任をかけられ、どんだけ理不尽なんだよ。
「わかった、わかったよ! じゃあ何か人と関われる仕事がいいな、例えばコンビニ店員とかそういうやつで 」
「接客…… ですか、わかりました。 その職種なら多少コネクションがあるので、明日からでも」
ほんとに全て急だな! 退院は今日の午後ですってあたりもさらっと流したけどだいぶ急ですよ!
「明日からですか? でも相手先は困るのでは?」
そうだ、さすがに明日から得体の知れないやつを働かせる場所なんて聞いたことがない。
「何度目ですか? バックアップは強力ですよ 」
「…… 」
沈黙、なんて説得力でしょう……
「明日までどこに行けと? まさか野宿っすか…… 」
この問いにどう答える? 病み上がりに野宿なんてさせないよね?…… ね?
「働く場所に向かいますよ、ひとまず今日はホテルを予約してあるのでそこで1泊します 」
淡々と答えたけど、働く場所って? 何も聞いてないのですが…… え、ホテルってあのホテルですか?彼氏彼女が経験値を重ね、苦難を乗り越えていくラストダンジョンのことですか?
「ホテルっすか、いいですけど俺ひとりでいきなりは難易度高すぎません?」
無論、ひとりで行く前提で話しを返してしまう。あたり前だろ、そんなハニートラップがあるわけがない。
「ひとりで泊まらせるわけありません。 今回は同じ部屋で泊まってもらいます 」
なん…… です…… とー!!!
あまりにも変わらない表情で話している姿に、こっちが平常心崩れたよ。
「は、はぁ…… べ、別にいいですけどご両親とか心配されないですか? 俺は無害なんでそういう心配はたしかに皆無ですが、年頃の女の子とホテルは、ね〜…… ちょっとね〜……」
キモいな〜、マジキモい…… でもどうだ? こういうノリされたら少しくらいは反応変わるか?
「…… 別にありませんが……」
うごぉるべべべべ!!!
恥ずかしいー! ほんと恥ずかしいー! こういうノリは親密じゃないとドン引きものだ。
やめて〜!!! 息子のとんでも場面を見たお母さんみたいな目をするのやめて〜!!!
「わ、わかりました。 従いますよ、そんで働く場所ってどこなんですか?」
上手い! 上手いぞ俺。 この返しなら今の会話をうやむやにできるはず…… そうであって。
「そうですね、さすがに気になりますよね。 あなたに行ってもらうのは九州の大分にある、夢幸(むこう)の運(はこ)び、という旅館で仲居として働いてもらいます 」
おいおいマジか…… だいぶ離れてますよ。 ここたしか東京ですよね、俺やってけます? ていうか大丈夫なのほんとに!?
「旅館っすか…… そこもバックアップ絡みか何かですか? それなら役に立たない俺でも、怒られないで済みそうなんで 」
そうだバックアップだよね! 国の隠れた基地的な何かでしょう?…… でしょ?
「いえ、ただ私が以前よりお付き合いがある…… と言っても2、3回会ったくらいですが、とても信用のできる方ですし、こちらの提案をおそらくは受け入れてくれると信じているので 」
なんだそりゃ、だがこの子が信用して信じているというのを聞くとこっちまで信用できてしまう。
何、俺はこの子と何かあるのでは? と勘ぐってしまう。 実は以前お付き合いしてたんですよみたいな。
「君と俺ってもしかして、特別な関係とか? …… なーんてないですよねぇ、ごめんなさい 」
またまた、ウゴォルベベベだが今度は向こうも少し表情が曇る。
「それはありません、あなたは眼中にもかけないですし全てを過程の中に置き換えるでしょう?」
なんのことだ? さっぱりわからん、なぞなぞ?
「すいません、余計でした今のは。 あなたからの信頼を失うところでした…… 」
信頼を失うなんてありえないですよ、むしろ信頼しすぎて私ですよ詐欺にひっかかる可能性だってある。
でも…… らしくない、俺からの信頼を失うってどこいう意味なんだろう。
「大丈夫っすよ、知ってるでしょ? 大抵のことはなんでも受け入れ体制整ってるんで、それくらいではビクともしませんな 」
「そうですか…… これからも受け入れ体質で生活してくださいね 」
表情が戻ったな、それに少しだがノリで返してくれたのかな?
「そんじゃ、行きますか! 看護婦さんにお別れをしてから出発と行きましょう!」
そうだ、少しとはいえ面倒見てくれたんだし礼の一つはするべきだ。
「何言ってるんです? 彼女は仕事を終えたのでとっくにここを離れていますけど…… 」
看護婦さーん!!!
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