第78話
巫子のお婆々は館へ戻ると、香絵が倒れたと聞かされ、今日帰ってくる香絵のために用意していた部屋へと急いだ。
部屋へ入ってきたお婆々を見て、彼女が名乗らずとも、遠賀からの一行は彼女が巫子だと分かった。巫子というよりは医師や医療関係者を思わせるような白い衣を纏ったすらっとした肢体からは、巫子という特殊な地位のせいか独特の雰囲気が漂う。
初対面の遠賀一行は一様に、香絵達が「お婆々」と呼んでいたこともあり『見るからに老女』を想像していた。
だが彼女は、顔に皺やたるみが少なく、足取りも素早く、一見年寄りとは思えない。ただ、遠賀も含めた近隣諸国では皆、黒や茶色を持って生まれてくるのに、絹糸のような真っ白いその髪だけが彼女はそれなりの年月を生きてきたのだと物語っていた。
香絵はベッドに横たわって目を閉じている。表情は穏やかだ。
道長が枕に一番近い場所を空けると、お婆々がベッドの横まで行き、声を掛ける。
「香絵。」
反応は無い。かるく頬を叩く。
「香絵、香絵?」
やはり何の反応もない香絵の顔に、お婆々は己の顔を寄せのぞき込む。
「これは・・・。」
部屋にいた全員が固唾を呑んだ。
香絵は静かに眠っているように見える。しかし、巫子である彼女には、他者には分からない何かが解るのか?自分たちには見えない何かが見えているのか?
彼女の沈黙に、その何かは良くないものなのか?と一同の不安が過ぎった。
「・・・寝ておる。」
皆が拍子抜け、がくっと脱力した。
「それは、見れば分か・・・」
そう突っ込んだ道長を振り返ったお婆々は、道長が言葉を途切れさせるほど沈痛な
「見れば分かるか。しかし、そこが問題じゃとは誰も気付いておらんじゃろ。」
「そこが問題?」
「そうじゃ。多分香絵は封印したはずの
「そうか。先程の・・・。溺れた子どもが息を吹き返した。」
道長の応えに、お婆々は『やはり』と頷く。
「出るはずのない能力を無理に引き出すのじゃ。体力と精神力の消耗は、半端ではなかろう。それを回復させるため深い眠りに堕ちる。この様子では、今始まったことではなさそうじゃな。今回倒れたのは旅の疲れもあろうが、それだけではない。
お婆々が道長をちらりと見た。
そう踏まえて顧みれば、道長には確かに思い当たる事がある。
鏡山の猟師の娘、
道長は辰を直接診察した。さほど重症でもなかったが、見立てより随分と回復が早かったのは、道長の心配をよそに、香絵が屋敷を抜け出しては辰を見舞っていたせいだったのか。
香絵付きの姫、
侵入した賊の刃に触れ、未来は腕に傷を負った。こちらも腕の動きに支障を残すほどではなかったが、みみず腫れ程度の痕は仕様が無かろうと思っていた。しかし、見る見る完治し、一寸の痕跡も残さなかった。あれも、「可哀相に」と言いながら撫でる仕草を繰り返していた香絵が、意図せずもたらした恩恵か。
香絵の左腕には、いつだったか道長を庇ってできた銃創が未だに赤く残っている。人の傷には無理するくせに、自分にはお構いなしだ。
そして何より、道長自身の体力の回復の早さ。道長が寝ずに仕事に追われても体調を崩すこともなく、寝不足のはずなのに頭の回転が鈍ることもなかった。そしてそんな時に限って香絵は、よく寝ていた。
『そうか。香絵がいつも寝ていたのは、私のためだったのか。』
道長が香絵の髪を優しく撫でる。そしてお婆々に訊く。
「これは放っておいてよい状態ではないのだな?」
「そうじゃな。このままでは香絵の身体がもつまい。病に倒れるか、眠りから覚めなくなるか・・・。早急に封印を解く必要があるじゃろう。」
「すぐに解くことが出来るのか?」
「それはこの婆々にも分からん。昔、月の天使様が自らの封印を解いた。それと同じ方法でなら解けると思うが、それは伝わっておらん。」
「そんな!・・・何か手段はないのか?!」
思わずお婆々の胸ぐらを掴んだ道長に、
「気の荒い男じゃな。そう言うな。わたしとてこのまま放ってはおかん。何か方法がないか考えてみる。それまで香絵の側を離れず、能力を使わせんようにするのだな。」
道長の手が渋々お婆々を放す。
「・・・分かった・・・。」
これまで何も気付かず、
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