月の天使 ~空色の翼~
あいあい
【遠賀の国】
出逢い
第1話
国の
「今日もそろそろ時間切れか。」
道長は肩まで届く真っ直ぐな黒髪をなびかせて振り返る。端正に整った顔は夕焼けに
道長の隣でそれを見ている二人の従者は彼のことを、男の目から見ても美しく魅力的な人だ、と思う。
美しくはあるが、女性のそれとはまるで違う。
切れ長の目はきりりと涼やか。細く形のいい鼻。薄く引き締まった口。濃いめの眉。室内の仕事が多いため肌は白く、それが顔の配置の良さを浮き立てる。
バランスよく鍛えられた全身は男らしく逞しく、懐の深い人柄と相まって、どんなことがあっても頼ってしまえるような包容力を感じさせる。
国内の姫君たちが放っておかないわけだ。道長の身分の高さから受ける恩恵を抜きにしても、彼の腕に抱かれてみたいと願う姫君は後を絶たない。
「はい。では、宿は桂木の町ですね。」
この辺りは山賊の類いが潜んでいて、旅人がよく襲われる。道長のようなきちんとした身なりの――といっても旅のために準備した標準装備で、前合わせの上衣と袴、防寒の羽織、とあまり目立たない物を着てはいるが、体に染み付いた所作や品というものは隠しようもない――人物が行き来するにはかなり物騒な所だ。
だが供は二人だけ。
一人は冷静沈着な
腰まである黒髪ストレートを首裏でひとつに括り、色白細面といういかにもな理系で、恐ろしく頭が切れる。細身の体に似合わず、剣の腕も切れる。
そしてもう一人は、若くて少々お調子者っぽい
明るい茶色の短髪に、日焼けした童顔。という見た目の軽さに反し、忠義心篤く一途だ。仕事にも、女にも。
遠賀の国中から剣豪を集めても勝てる者はいないだろう、ぴか一の剣の腕を持つ二人がいれば、他の供をぞろぞろ連れて歩くより余程心強い。
「今日も何事もありませんでしたね。」
「何かあったらあったで文句を言うくせに。」
うーんと伸びをしてちょっと物足りない様子の兼良に、政次が返した。
「まったくだ。」
あはは、と笑う道長の透る声が招いたように、やわらかな風が林の中を駆け抜けて消えた。
三人は旅人の行き交う街道から少し外れた裏道、国境の谷川に近い林の中を桂木に向けて馬で歩く。陽は完全に落ち、細い二日月もそろそろ地に届く頃、薄暗くなった裏道にはまったく人の姿は見えない。
もし誰か潜んでいるとしたら、他人に顔を
「政次、何だ?あれは。」
道長が何かを見付けた。政次が道長の視線を辿り目にしたのは、
「はあ。若い女のように見えますが・・・。」
きょろきょろと辺りを見廻しては、うろうろしているその女は、身体中が土に塗れ、衣はぼろぼろに破れている。一見して唯事ではないと判った。
道長達三人が近付くと、女がこちらの気配に気付いた。近くにあった木の枝を手に取り、身構える。
枝は細く、とても護身には役立ちそうにないのだが、女はそれをしっかり握り、道長を大きく強気な瞳で見た。
目自体も大きいが、その中の濃い茶の瞳が大きい。
「ほう。これはなかなか・・・。」
土で汚れてはいるが、それでも肌は透ける様に白く、小さく赤い唇が際だって見える。
道長の胸が『とくん』とときめいた。
「恐れることはない。何もしない。」
道長が馬上から優しく声をかけると、言葉や姿から大丈夫だと判断したらしい。女は警戒を解き、へなへなとその場に座り込んだ。
「名は?」
「・・・
「山賊にでも襲われたのか?」
香絵は少し考えて首を横に振った。
「では、その格好はどうしたんだ。」
香絵は首を傾げ考えている。小首を傾げる姿は童女のようでなんとも可愛らしいのだが、どうも様子がおかしい。
「どこか具合が悪いのか?怪我でもしているのか?変わった
次から次へと畳み掛ける質問に、香絵は不安気に両手を胸の前で組み、じっと考えて、首を振った。瞳に溜まった涙が薄暗い中でわずかな光を反射している。
それを見た道長の胸が『つきん』と痛んだ。
「よい。とにかくここは物騒だ。町へ行こう。一緒に来なさい。」
道長は馬を降り、座り込んでいる香絵の脇に手を入れて抱えると、その勢いのまま自分の馬へと乗せた。
自身も香絵の後ろへ乗り込み走り出した道長に、供の二人は『また道長様の気紛れか。』と顔を見合わせ、後に続いた。
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