第5話 はじめての企画

 後期の授業が始まり、しばらくたちゲーム作りの初期段階がイメージつく頃だった。

 僕は、安曇さんに呼び止められ放課後の学生ホールに待ち合わせをしていた。

「安曇さん、誰を待ってるの?」

「イラスト専攻の燕笹原つばくろ ささらちゃん」

 安曇さんは長い髪を後ろに結った。

 安曇さんは真剣に取りかかるときは、いつも長い髪を後ろに結う。

「チーム活動のこと?」

 僕は安曇さんとイラストレーション・グラフィッカー専攻......長いからイラスト専攻の燕笹原から率直に思い浮かんだものを言葉にした。

「そう。そろそろゲームをひとつ完成させていた方がいいと思ってね」

 安曇さんは、そう言うと少しだけ笑みを浮かべる。

「はやすぎない? だって、まだ『Unitir』だって理解できてないんだよ? しかも全部、英語だし」

「だからこそだよ。始めのひとつは、どれだけ出来映えが不恰好でもいいの。

 むしろ、チーム制作の過程を早いうちから体感することが大切じゃないかな?

 その過程でツールの使い方を理解したって言うなら私は、有意義なゲームって思えるよ。

 それに他のチームは多分、後期の授業をある程度理解した上で丁度、その時期に発表されるゲーム大賞のテーマを知って、初めてチーム制作に取りかかるって思うの。

 それは、それでいいと思うけど......多分、それは失敗に終わる。

 謂わば、手探りで進行するチーム制作なんてどの作業が遅れているか、どの作業が早めに終わって暇してるかわからないじゃない。

 だから、この時期にひとつゲームを完成させることが大事」

 安曇さんの思っていることは正しいと思った。

 だけど、それは個人で決めてしまっていいのだろうか?

「なんで僕だけに?」

「相模くんが私と同じプランナー志望だから。もちろん、他のみんなにこのチームで何をやりたいか聞いたよ。

 上伊那さんと高田さんはプログラマー、来嶋さんはデバック......といったらプログラマーかな?

 例え、その他にプランナー志望がいたらここに呼んだんだけど相模くんしかいないからね、ここのチーム」

「じゃあ、ここで僕と安曇さんとイラスト専攻の燕さんで企画会議をするの?」

 安曇さんは、うんと大きく頷いた。


「あの、遅れてごめんなさい」

 安曇さんと僕の目の前に、去年まで高校生とは思えない中学生が特例で専門学校に入学したぐらい小柄な女子がしおれた表情で立っていた。

「うんん、気にしないで。イラスト専攻の授業ってキツいらしいしね。

 お疲れさま、燕さん!」

 燕さんが加わり丸テーブルを囲み僕たちは、本題に乗り掛かったのだが......

「そう言えば、相模くん。燕さんのイラストって見たことないでしょ?」

 安曇さんが、本題に乗り掛かる前にそう言った。

「そう言えば、見たことない」

 イラスト専攻の生徒は自分の作品を見せたがる人とそうでない人がいる。

 燕さんの絵を見たことないというのは、燕さんが絵を見せたがらないからじゃないのか。

「燕さんって神絵師なんだよ!」

「神絵師?」

 燕さんの表情を見ようとしたら、すぐに顔を反らされてしまった。

「あの、神絵師じゃないですから!」

「これ、燕さんがネットで公開してる作品なんだけど」

 燕さんの抵抗も虚しく、安曇さんの耳には届いていないようだった。

 だが、申し訳ない気持ちで僕も燕さんのイラストを見た。

「......本当だ! 確かに、神絵師って言うのもわかる」

 燕さんのイラストは、女性向けのイケメンの絵であったり、男性向けの萌えを捉えた少女であったり、幻想的なファンタジー風な絵であったり、現実をそのままくりぬいたような絵であったり様々なイラストが投稿されていた。

「背景も燕さんが?」

「はい、描きました」

 背景が、まるで写真で撮ってその上にキャラクターをのせたかのように緻密に繊細に描かれておりリアリティー溢れていた。

 しかし、そんな絵は一部であり他のアニメ調を意識したイラストはデフォルメされて描かれていたり、ファンタジーテイストのイラストは光源を意識しており燕さんの作品全体的に見ると、他の作家でみられる統一感のある作風やタッチがなかった。

 燕さんは、イラストのジャンルやテーマごとに作風やタッチを変えて描いていた。

 投稿サイトのコメント欄には、別人が書いてるみたいとの投稿が多数寄せられていた。

「なんで、こんなにも絵が上手でネット投稿も盛んな人に仕事のオファーがこないのかな?」

 安曇さんは腕組みをして、疑問に思った。

「多分、イラストの種類ごとに書き方を変えてるからだと思います。

 知り合いのイラストレーターさんからは、絵に自分のタッチとか作風とか統一性がないと仕事を与える人もどんな絵になるか予想が付きづらくて、オファーしずらくなるみたいです。

 それにイラストレーターのファンになるひとは、作風が好きでついてくるらしいんですけど作風に統一性がないとファンもついてこなくて、その面から言っても小説のイラストとかキャラクターデザインからの集客も見込めないから仕事がこないって言われました」

「もったいない!」

「そんなことより、話を進めよう」

 一向に話が進みそうにないので、話を修正する。


「いきなり呼び止めて、ごめんなさい。

 さっき相模くんには話したんだけど、ゲーム大賞までにこのチームでゲームを作ってみたくて最低限のメンバーで話がしたかったの」

 燕さんも僕もその事に関して反対しなかった。

「じゃあ、どういうゲームを作るの?」

 燕さんが言うと安曇さんは、頬をかきながら言う。

「はじめのゲームはツールを使い慣らすことが目的だから、そこまで大それたものじゃなくていい感じかな?」

 確かに、いきなりクオリティの高いものを要求して暗中模索で進行が遅れて大賞作品の制作の足枷になっても困る。

「じゃあ、簡単なゲームってこと? 例えば、パーティーゲームの一つのミニゲームみたいな」

 燕さんがそういうとそうそうと安曇さんが相づちをうつ。

「流石にそれだけだとチーム制作の意味はないけど、そのパーティーゲームのミニゲームを深く掘り下げた感じって言うのかな?

 既存で例えるなら、ストームで500円前後で配信されてるゲーム。

 別にミニゲームにはこだわらなくていいと思うけど」

 安曇さんは、燕さんの言うことを補足すると僕に顔を会わせた。

「いきなり具体的なゲーム案は浮かばないけど、

 ツールってどこまで使いたいの?」

 ツールからゲームの構想が見えてくるかもしれないので聞いてみた。

「ゲーム専攻は、ウニティアを使い慣れないかな?」

 ウニティア、通称『ウニティ』と呼ばれるツールは、ゲーム開発エンジンのひとつでこれさえあれば、一人でも簡単なゲームが作れてしまうのだ。

「イラスト専攻の方はオリジナルキャラクターから立体化させたいから、イラレとマユを使いたいかな?」

 イラレとは、イラストレーションの略でその名の通りイラストをデジタルで作成できるツールだ。

 遊びで一回、使ってみたことあるけどベジェ曲線とか僕の感覚だと描くというよりはパーツを作って組み合わせる感覚に近かった。

 正直、今でも使い方がわからないくらいに苦手なツールだ。

 次にマユとは、3DCG作成ツールでゲームのキャラクターなどのモデリングを作成できる。これとは別に映像制作に長けたツールで流動体の演算にも優れている3DMIXがある。

「3DCGのキャラクターで動かすウニティのゲームか......それで、規模は小規模に留めたいねぇ......」

 小規模のゲームって言うと何が相応しいんだ?

 パズル? いや、パズルだとキャラクターが成り立ちにくい。

 簡単なミニゲーム? いやいや、それならチーム全員巻き込むほどの規模じゃない。

「安曇さんは、どういうゲームが作るのに専念できそう?」

 僕だけが考え込んでも仕方ない。

「せ、専念!? そうだね......んー?」

「燕さんは?」と安曇さんが考えている間に燕さんにも同じ質問をする。

「私は、2、3キャラじゃなくてもっと多くのキャラクターが出てくるゲームかな?

 私、ゲームの制作ってよくわからないし、ならたくさんのキャラクターを描いてた方がいいから」

 あぁ......、たくさんのキャラクターを登場させたいのね。

 その言葉を聞いた瞬間、学生での制作規模は小規模じゃなくて中規模になりそうだと確信し概算だけど、制作期間は2月中旬までの約4ヵ月になると予測をたてた。

「ごめん、色々考えちゃってうまく表せない」

 安曇さんが、がっかりした顔で僕の顔を覗き込む。

「じゃあ、安曇さんがハマったゲームは? 最近で」

「『アニマルライフ』かな? 動物たちとスローライフするゲーム」

「じゃあ、それ作ろう!」

 そのゲームなら僕も知ってる。主人公が動物たちの住む村に引っ越してきて、その村に住む動物たちと交流したり虫取や魚釣りを楽しんで、おしゃれしたり家具を集めて自分好みの家にする正真正銘のスローライフゲーム。

 それに幅広く普及している有名なゲームだから知らない人はいない。

 だから、ゲーム制作においてみんながイメージしやすく、制作中においても念頭に置きやすいはず。

「え? でも、あのゲームを真似るとしたら私たちだけで、短期間の制作は無理じゃあ?」

 燕さんが不安げに言う。

「完全に真似なくてはいいよ。

 むしろ、ランダム性の多いあのゲームを短期間で制作するのは厳しいからね。

 真似するのは最低限だけでいい」

「最低限の線引きは? それに、最低限にするならそれってつまらなくなるんじゃ?」と燕さん。

 そこが問題だ。でも、打開する方法はある。

「安曇さん、アニマルライフでもし制作する立場で自分の案が絶対に実現できる身分だったとする。

 アニマルライフに何を追加したい?」

「私なら......今風の家具を追加したい。

 最近オープンワールドのゲームをやってるから、オープンワールド化したいし、クラフト要素も入れたい! 自由度があるやつ」

 ゲームをハマってる人にとって、これ欲しいあれ欲しいは大切なんだとわかった。

「オープンワールドはできるかわからないけど、自由度があるクラフト要素はいいかもね!

 じゃあ、僕たちは最低限のスローライフを真似しつつ自由度があるクラフトシステムを丁寧に開発すればいいんじゃない?」

「それでいいの!?」

 安曇さんは目をきらびやかにして言った。

 自分の案が実現できることに嬉しいんだろう。

「僕はいいと思うよ! それに、このゲームなら安曇さんがやりたいことを実現できると思うから」

 誰もが思っているけど言わなかった。

 このBチームは安曇さんが一番上に立つ人間に相応しいって。

 Bチームは安曇さんがいて成り立っていくんだろう。

「でも、私がみんなを振り回しても大丈夫なのかな?」と不安げに安曇さんは言った。

「安曇さんはディレクターに相応しいって思ってるから、僕は安曇さんについていくよ。

 それに、誰もゲームを作ろうなんて実行しなかったしそこに安曇さんが積極的に取り組むんだから、みんなもきっとついてくるよ」

 そうやって安曇さんを励ましていると咳払いをして燕さんが手を挙げた。

「最低限の線引きはどうする?」

「あぁ......安曇さん、この企画会議って今日だけで決めたい?」

「いえ、三日間くらい続けたいかなって思ってるけど」

「じゃあ、続きは明日ってことで。

 そろそろ、帰らないと寮の人のご飯に間に合わなくなるから。

 それに、アニマルライフの話ししたら、やりたくなってきたからね」

「はい!」

 僕の言葉で、二人も鞄をまとめだし帰り支度を済ませていた。


「相模くんってアニマルライフやるんだね! 意外」と燕さんが言う。

 帰りの電車の中、偶然にも燕さんと安曇さんと帰りの方向が同じと言うことで、電車の中でも僕たちは話をしていた。

「意外って、どんな印象を持ってるの?」

「んー、よくゲーセンに通ってるからゲーセン族なのかなと」

 どんな印象だよ! と突っ込みたいのだがあながち間違いではないので苦笑いしか出てこなかった。

「ゲーム専攻の方だと、相模くんはゲーセンとかよりもよく、携帯ゲームして遊んでるからゲーセン族の印象は薄いかな?

 でも、クリハンでみんなでひと狩り行こうぜ! みたいな感じより、マニアックなゲームをよくしてるから、きっとガチなのかな? って。

 休み時間もゲーム専攻随一のガチな上伊那さんと話してるし」

 みんなよく見ているなと感心する。

「ガチって?」と燕さんが興味を示した。

「あーそっか、イラスト専攻は知らないんだっけ?

 上伊那さんって『SRTA』のランナーで自己ベストが世界記録のレギュレーションを何種類もあるんだよ。

 あまりにもガチ過ぎて、並大抵のゲーム好きな人じゃあ話に置いて行かれるから......」

「SRTAってあの、スピードラン・タイムアタック!?

 あの、飲まず食わずで更には寝ずにゲームを初めからクリアまでプレイし続けなきゃいけないあの敷居が高いプレイスタイルの競技!

 そんな人の話しについていけるとか相模くんも......」

 こいつらSRTA走者を何だと......て言うより、上伊那さんを何だと思ってるんだ!

「上伊那さんは普通のひとだよ!

 休み時間、話してるのは僕のやってるゲームが上伊那さんが前、SRTAで走ってたゲームで攻略のアドバイスをしてるだけだよ!

 ......たまに、イタズラでアドバイスに従ってたらイベント判定を通り越していきなりラスボスに飛ばされたこともあったけど」

 上伊那さんは、SRTA走者でこうやって恐れられている面もあるけど、それ以外は普通の女子だ。

 SRTA挑戦期間中は、女子の顔じゃないけど......。

「そうだ! 明日、アニマルライフをみんなでやろう!」と安曇さんが言う。

「そうだねそうしよう」と燕さんも言う。

「三人だけじゃあ、一人足りないから上伊那さんも誘ってみるよ」と僕がそう言うと、二人は更には驚愕した。

 二人は言わずとも、顔に『上伊那さんもやってるのか!?』と書いていた。

「上伊那さんもアニマルライフやってるから」

 二人は、愕然とした表情のまま最寄り駅に降りていった。

 僕は、二人が同じ最寄り駅の方が驚きだよ。

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