カラスの呼び声

「つまり、今が、カゴミヤ計画の――」


 アヤがそう言うなり、すぐ隣でしゃがみこんだ。


「どうしたの、アヤ!」


 シノは慌てて自分もしゃがみこみ、アヤの顔を覗き込んだ。

 両手で頭を抱えて、きつく目を閉じて歯を食いしばっている。昨日、家でもこんな風になっていた。

 振り向くと、後ろを歩いていたジウとユキも頭を抱えて膝をついている。


「そんな! みんな大丈夫?」


 まただ、とシノは思った。

 まるで、アヤがあの記録書の大切な部分を、皆に説明するのを邪魔しているようだ。

 昨日は、すぐに治まって三人とも「大丈夫」と言っていたが、今度は長い。

 これが何なのかは解らないが、とにかく何とかしなくては。

 呼吸をすることすら辛そうな友人達を見て、パニックになりそうな自分を律し、顔を上げた。


「何とかしなきゃ!」


 自分を保つ為にも声に出して言った時、すぐ目の前に何か黒いものが、ふわりと舞い降りてきた。

「……羽根?」

 絵本で見たカラスの羽根のようだった。

 それが、一枚、二枚と、眼前を舞っていた。

「どこから?」

 羽根がふわふわと舞う先、通路の奥に、黒い人影が見えて、シノは驚いた。


 砂嵐の前で出会った、黒ずくめの男だった。


「ね、ねえ! 助けて!」

 シノは考えるより先に声をかけていた。アヤの肩に手を添えて、必死に叫んだ。

 だが、男は悲しそうな顔をしてこちらを見ているだけだった。

「友達が苦しんでるんだ! 助けて! お願い!」

 聞こえていないのかもしれないと思い、さらに大声を出すと、男はこちらに片手を差し出してきた。


「一緒に行こう。エトランゼ」


 男がそう言った。ひどく悲しそうな声だった。


「えっ……何言っ」

 シノが答えようとした時、男の背後からものすごい強風が吹いてきた。

「わっ! み、みんな……」

 更に、風に乗って大量の黒い影が押し寄せてきた。

 自分達を飲み込もうとしているそれが、さきほどの黒い羽根だと、シノが気付くころには、アヤも、ユキも、ジウも、気を失っているようだった。


「みんな……」

 どうにかしなくてはと思うが、強風と大量の羽根に埋もれて身動きが取れない。

 シノは必死に抗ったが、それでもついに頭の先まで漆黒に包まれて、四人は完全に呑み込まれてしまった。


「エトランゼ」


 シノは遠のく意識の中、悲しそうな声を聞いた。

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