小鳥の心にかげるもの

 アヤが記録書を片手に、シノと並んで先頭を行く。続いてジウとユキが並んで進む。

 進んですぐにアヤが「ここにも魔法が」と感嘆の声を上げた。

 通路を照らしている天井近くの照明が取り付けてある、根本の辺りにひとつひとつ、円形の図形と記録書で見たような文字が描かれている。

 これをひとつひとつ取り付けて、ひとつひとつ図形を描いたのだとすれば、壮絶な苦行であったに違いない。ユキは思わず「信じられないな」と独り言を漏らした。


 アヤは数歩進むごとに、魔法円を見つけて感嘆し、手元の記録書通りに通路が続いていることに興奮しているようだった。シノはアヤに言われるまま、あちここちを照らして、忙しそうにしている。その様子をみて、ユキは思わず笑ってしまった。


「ふふ、あんなに活き活きしているアヤ、初めて見たかもしれないな」

「ああ、そう言やそうだな」

 ジウがユキに同意した。


「そう言えば、俺が初めてマトモにアヤと話した時って、ジウとアヤが喧嘩した時だっけね」

「あ? あー、あったっけ? ンなこと」

 ジウはプイとそっぽを向いてそう言った。本当はしっかりと覚えているのだろう。


 アヤは昔、学院では貴族――白シャツ嫌いで有名だった。学院に入って半年以上経っても、同じ学級だと言うのに、挨拶すらしたことがないほどだった。

 そんなアヤと、貴族の中でもとびきり名家の跡取りのジウが喧嘩を始め、学級内は大騒ぎになった。

 廊下にいたユキとシノが駆けつけた頃には、貴族対平民に分かれて教室中が大喧嘩になっていた。


「ふふ、それが今じゃ、こうして四人でこーんなトコ歩いてるんだから、おかしなものだね。あの頃、アヤがこんな奴だなんて全然思わなかったな」

 ユキは騒がしく進んで行くアヤとシノをみて、学院の日々を懐かしく思った。


 もう戻れはしない日々。

 愛しい日々。


 心が暖かくなってきた直後、ぎゅうっと胸が締め付けられる感じがした。


 出兵したら、もう、二度と訪れない日々。


 シノやアヤはあのまま変わらず大人になっていくのだろう。

 ジウも、苦悩を抱えたまま成長し、家庭を作っていくのだろう。

 自分は。

 自分は――あの無機質な鎧を着けて、冷たい塔の中で、自分だと周囲に気付いて貰えることもなく、ただただ勤めに励む守護者となる。

 いくら守護者とは言え、あの塔にたった一人ではないのだ。むしろ、かなりの数がいるだろう。仲間がたくさんいるのだから、新たな環境で学院の友人のように笑い合うこともあるに違いない。

 守護者だって人だ。

 人なのだ。


 そのはずなのだが。

 本当は、どうしてもそんな風には思えなかった。

 街に溢れる守護者達は皆、糸で吊られた人形劇の人形のように見えた。

 無感情に、無機質に、無個性に。そう見える。

 今までは近づいたことすらなかったので、近くに行けば違うはずだと言い聞かせていたが、昨日、間近に対峙して、その不安はほとんど確信に変わっていた。

 あの女の虚ろな目。

 無感情な声。

 何より――機械のような、太刀筋。

 思い出すだに不安と恐怖がこみ上げてきて、顔に出てしまうような気がして、ユキは隣を歩いているジウから見えないよう、顔を背けた。


「おーい、何かあったよー!」

 シノが少し先からこちらを振り向いて叫んでいる。

「あー?」

 ジウが気怠い声で答えた。

 現実に己を引き戻して前を見ると、扉を真剣に見つめているアヤの後ろで、シノがこちらを向いてブンブン手を振っていた。

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