加速する歯車

新月の逃走劇

「いって! くそ! 何なんだ!」

 ジウは、二階の窓から雨どいを伝って下へ降り、窓から裏口へ回り、自宅の敷地から抜け出していた。着地の際に少しよろけ、地面に手をついたとき、小石が数個手のひらに刺さった。

 慌てて羽織った上着と、鞄に本と絵本だけを入れて、満月の塔の灯りも落ちて、いつもより一層暗くなった街の中を走る。

 どうして逃げ出してしまったのか、自分でも解らない。

 逃げ出したところで、どこへ行っていいかも解らないというのに。

「何やってんだ、俺」

 自嘲気味に呟いて角を曲がると、人が立っていた。

 ジウは驚いて立ち止まってしまった。

 ――何だ?

 眼前に立っている人物は、この暗がりでは人相も解らないが、影だけでも一般人ではないことだけは解った。

 ジウよりはいくらか小柄で、アヤよりは大きいくらいの身長のその人物は、肩口から下がる獣の毛皮のような飾りが着いた、骨のような質感の甲冑を身に付けて、右手には大きな槍を持っている。

 一見、守護者のようだが、頭にあの独特の兜を被っていない。代わりに布を巻いているようで、後頭部の結び目らしきものから、帯状のものが腰の辺りまで垂れ下がり、ゆるゆると揺れている。

 守護者の関係者――塔から来た仲間のような者に見えた。

 ただ、右手の槍は、他の守護者のものより遥かに大きな刃で、この暗がりにおいても僅かな光を反射して、不気味に存在感を示している。

 何だか解らないが、嫌な予感しかしない。

 ジウが避けていこうと足を浮かせたその時、眼前の人物が地を蹴った。

 ジウは本が入っている鞄の重みのせいか、鞄に引かれるようにしてバランスを崩し、よろけて横に転んだ。

 何が起こったのか解らなかったが、一瞬前まで自分が立っていた場所に、大槍を構えた先程の人物が踏み込んでいるのを見てぞっとした。今、自分がよろけなかったら、あの槍は、間違いなくこの身体を貫いていたことだろう。

 槍を突き出したまま、その人影は顔だけを動かしてジウを見た。

 大分明るさを落とした街灯に、僅かに照らされた顔を見て、ジウは目を見開いた。

 ――女?

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