神☆ギャル〜LUNAとHIROの狂詩曲(ラプソディ)〜

foxhanger

第1話

「ふあ~あ~」

 地下鉄電車のシートで、頴娃田瑠奈は大あくびをした。

 ラッシュアワーはもう過ぎて、車内には空席が目立つ。

 朝起きたときにもう遅刻は確定していた。今更登校したって、生活指導を担当している体育教師に生徒指導室に連れ込まれて、こごとを言われるだけだろう。

 スマホをいじくって、クラスメートのミカにメッセージを送る。

――今日さ、学校ブッチしちゃうー。たるいからさー

――そっかー。たまには来なよー。

 SNSに入れたダイレクトメッセージに、即座にレスが返ってきた。

 高校へ向かう乗換駅をスルーして、地下鉄を渋谷駅で降りた。駅のトイレで着替えた制服をコインロッカーに預ける。

 ハチ公前に出てから、そのままスクランブル交差点を渡って、センター街へ歩いていった。

 2学期が始まってから、学校には一度も行っていない。そもそも1学期だって、登校したのは半分くらいだ。

 学校も勉強も、大嫌い。

 高校だってどうでもよかったけど、中3のときの担任の先生に「高校くらいは行きなさい」と熱心に進められたので、入っただけ。

 母ひとり子ひとりで、16歳の今まで育てられてきた。

 放任主義、といえば聞こえはいいが、その実態は「無関心」。学校もしょっちゅうきまぐれに休んでいるけど、親は何にも言わない。

 あたしより、ホストの方に夢中だから。

 決めた。今日は一日、繁華街をうろつこう。

 しかし――

 退屈だった。

(サトシでも呼び出そうか)。

 なんとなく、思った。

 サトシは3つ年上。専門学校を出てフリーターやってる、って聞いた。ほんとかどうかは知らないけど。

 瑠奈の中では遊び友達、のポジション。

 知り合ったのは5月の連休。SNSのメッセージを見て、連絡を取ったらその日のうちに会うことになって、帰ったのは翌朝。

 はじめの2,3回は楽しかったけど、いまはちょっとした倦怠期、って感じ。

 メッセージを送ったら、

「今バイト中。ゴメンね」

 返事はつれなかった。

 月が変わっても、日差しも空気の蒸し暑さもまだまだ、夏。

「高収入」を謳う夜の仕事求人サイトの宣伝カーが、大音響でCMソングを鳴らして通り過ぎていく。

 正直、お金さえあれば、「楽しいこと」はいくらでも買える。小遣いの稼ぎ方は知っている。女子高生である今しか出来ない稼ぎ方があるのだ。

 でも、ほんとうに面白いことは店には売っていない。街角にもない。家にもない。もちろん学校にもない。

 そぞろ歩きながら、ただ時間を潰していた。

 ふたり組の男に、すれ違いざま声をかけられた。

「ねえねえねえ彼女ちゃーん、ちょっとオレたちと付き合わない?」

 視線を遣る。ふたりともチャラ男じゃん。タイプじゃない。無視無視。

 ドラッグストアでコスメを買ったら、することがない。ネイルサロンに行くとか、ひとりカラオケやるとか思いつくけど、イマイチ気乗りしない。

(いい男、いないかなあ。別に男じゃなくても……なにを考えてるんだ)

 ……そんなとき。

 びびびび……

 バッグから振動音が発せられる。突っ込んでいたスマホが震えたのだ。

(サトシかな)

 液晶画面の表示を見る。違っていた。

――HIROさんから1件のメッセージが入っています。

(HIRO?)

 知らない名前だ。

 スパムメッセージでもなさそうな感じ。でも、「変なメールを開くとウイルスに感染するかも」と、以前聞いたことがある。

 でも、開いてみる。抵抗はなかった。

 読んだところ、よくある自己紹介のようだった。しかし、なにかが引っかかった。

 添付画像がある。

 エロ画像? よく面白半分にそんなものを送りつけてくるやつらがいる。

(なに、これ?)

 奇妙な模様のようだ。

 よく見ると、字が書いてあるようにも見える。なんだかわかんないけど……。

(……!)

 ちょっと、こめかみのあたりにじいんとする感触があった。

(なんなの?)

 見慣れない相手だったが、フレンドの承認をした。ちょっとサトシのことが頭をよぎったけど、まあいい。

「あたし、LUNA」

 SNSではこの名前を使っている。自分の名前はローマ字では「RUNA」になるけど、こっちの方がかっこいいと思ったのだ。なんでも、「月」の意味でもあるというし。

「あの画像は何?」って聞いたら「幸せのおまじないだよ」でスルーされた。まあ、いいけど。

 HIROとはその日のうちに3回、メッセージのやりとりをした。内容はなんということもないものだったが、おなじような変な画像がついていた。

 読んでいると、何故か、こめかみがじいんとするような気がした。

 なんだか、ものすごくいい気持ち。

 コンビニでアイスバーを買う。

(……これを取った方がいいかな)

 下にあったものをひょいと取った

 食べていくと、端っこに「あたり」の表示

 おお、当たった。

 今日のあたし、ミョーに冴えてるな。

 夕方、うちに帰った。ママはいなかった。

 寝るまでずっと気分がよかった。

 次の日からも、「HIRO」からのメッセージは次々にやってきた。

 一回当たり割と長い文章で、たわいない日常のことが書き連ねてあった――表向きは。

 必ず、あの模様が添付されていた。最初のメールのものとは、微妙に違っているようだった。

 瑠奈が見ず知らずの相手とメッセージを交わすのは、初めてではなかった。会ったことも一度ならず、ある。

 はじめは刺激的だったが、すぐに慣れてしまった。即物的な快楽を満たしても、すぐに飽和する。ちょっと危なかろうが、そんなのは日常に効かせるスパイス。それ以上のものにはならない。

 しかし。

「HIRO」とメッセージを交わしていくと、そのときとは違う。なにか、高揚するものを感じる。今まで、全く感じたことのなかったものだ。

 爽快な気分だけど、酒とかクスリなんかで酔っているのとは違う。目の前がすっきりとクリアになったような気がした。

(やばいよ、これ)

 次の日。また学校をさぼった。

 ハンバーガーショップでミカと待ち合わせた。ミカは中学も同じで、よくつるんで悪い遊びをした。学校の先生やお巡りさんに怒られるときも一緒だった。でも、そのときミカはすぐに親がやってきて、ミカを怒鳴ったりぶっ飛ばしたりしたけど、瑠奈の母親は来たことはなかった。

「はい、これ」

 欠席中に、学校で配っていたプリントを渡された。

「瑠奈、なんかあったの……?」

「ううん」

 生返事をして目線をそらす。

「まあ、いつものことだもんね」

 ミカは笑った。

 空を見ると、飛んでいる鳥が目に入る。数を数えてしまう。

――17羽。

「ソスウ」

「は?」

 つぶやきに反応して、ミカが呆れたような声を出す。

 素数なんて、いままでは言葉しか知らなかったが、気になってしまう。何故だろう。

 雲の切れ間から差し込んでくる光が美しい。光線の中に埃が舞っている。そのひとつひとつの動きが目に映る。動きは一見ランダムなようだが、ある法則性に従っているようだ。その法則が頭の中に浮かぶ。

 なにもかもが、分かってしまう――。

「瑠奈、今日のあんた、なんか変だぞ」

 ミカに不思議そうに言われた。

「じつはね――」

 打ち明けることにした。

「最近ね、数字を見ると変な感覚がするんだ。うまく言えないけど、なんか、キラキラしてる、っていうか――」

 自分の身に起こったことをかいつまんで話す。今の瑠奈の語彙ボキャブラリーでは、うまく説明できない。もどかしい。

 それを聞いたミカは、こんなことを言った。

「それって、共感覚なんじゃない?」

「キョーカンカク?」

「音を聞くと色を思い浮かべたり、音に色が付いているように感じるひと。芸術家とかにたまにいるみたい」

「そんなのがあるんだ」

「あたしも、ドラマで知っただけなんだけどね……ひょっとして」

 ミカはちょっと訝る表情をしてから、言った。

「瑠奈、まさか」

 そういってミカは耳に口を寄せ、ささやく

「ちげーよ!」

「なら、いいけど……」

 ちょっと訝しげに瑠奈を見た。

 ミカの表情が微妙な色彩を帯びる。

「あ、急用思い出した。先行くね」

 ミカはわざとらしく席を立ち、店を出た。

 ひとり残されたので、瑠奈は鞄の中をまさぐる。ミカに渡されたプリントを裏返して、白紙にボールペンで数字を書き込む。

 1,2,3,4,5,6,7,8,9,10――

 1から順番に、螺旋状に数字を書き込んでいく。

 その中から、素数を選び出す。

 2,3,5,7、11,13,17……

 数の螺旋から螺旋状素数を塗りつぶすと、素数はその対角線上に並んでいるように見える。

 この模様には法則性があるのか。

 眺めていると、頭の中でもっと大きな表が浮かんだ。1000、10000,100000――どこまでも続く頭の中の表。その中から素数を埋めていく。素数が織りなす模様も、どんどん細かくなっていく。 奇妙なパターン。それを頭でなぞっていく。

――!!

 素数が、爆発した。どこまでもどこまでもふくらんでいく。それに際限はないのか。

 ふっと意識が遠くへ飛んだ。

 暗闇。どこまでもどこまでも拡がる暗闇。光がなんにもない。カンペキな暗闇があたしを包んでいる。

 宇宙空間? そんな気がした。

(見ろ)

 声が聞こえた、ような気がした。

(その暗闇を、見つめろ。全身全霊をかけて、凝視しろ)

 誰なの?

 言われたとおりに、凝視した。

 凝視していくと、やがて、こめかみがじいんとする感触がある。「HIRO」からのメールをはじめて読んだときと同じだ。

 見える。

 闇は、闇ではなかった。極微の領域では、エネルギーのせめぎ合う大海原だった。

 ディラックの海。

 波頭が砕けてしぶきが飛び散るように、トンネル効果で新しい宇宙が生まれた。

 ベイビーユニバース。

 そのうちのひとつが、インフレーションを起こす。

 恐ろしい勢いで膨らんでいき、はじけ飛んだ。

 ビッグバン。

 物質が生まれる。

 光が生まれた。暗闇の中に、星が輝く。

 今瑠奈は、宇宙の開闢を目の当たりにした――。

 宇宙と一つになり、希薄になっていく

 こんどは、降下していくのを感じる。自分の身体が小さくなるようだ。原子――素粒子――もっと小さな構造の中に入り込んでいく。

 粒から、波になった。そしてせめぎ合いの海へと消えていった――。

 今、宇宙のすべてを、見通したのか。

 暗闇の中に青い点ペイル・ブルー・ドットが見える。

どんどん大きくなる。青い円盤。

(地球……?)

 じゃあ、その先にある丸い大きな円盤――目をこらすと、黒と白で不規則に塗り分けられ、あちこちに丸いあばたのような穴が見える。

 月だ。

 ルナ

 宇宙……

(そうだ)

――!

 誰かが言ったような気がした。「言葉」でない。

 気がつけば、そばにだれかがいる、ような気がする。

 いつでも、どんなときでも、あたしのすぐそばについてくる。

 ちょうど、夜道を歩けば空に浮かぶ月がついてくる、ように見える感じ。

 ストーカー?

 違う。

 具体的な「ひと」じゃない。姿を持っていない。

 でも「意思」を感じる。じゃあ、まさか。

(まさか、神様――)

 そのとき、不意に自分の支えがなくなった。内側から支持している力が、消えた。

 さっきとは違う。どんどん自分の身体の内側にエネルギーが集中して、自分の重みで潰れていってしまうように感じた。どんどん密度が高くなっていく。原子すら押し潰されていく。

 これって、ブラックホール?

 宇宙に大穴が空いて、その中に落ち込んでいく。どんどん加速していって、その速度は、光よりも速くなっていった――。

「きゃあっ!」

 声を出してしまった。我に返ると、みんながこっちを見てる。

 やばたにえん……。

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