第116話 酷過ぎて言葉が出ないです
「はぁぁぁぁ…………」
積み上げられた書類を黙々と処理し、半分ほど終わったところで一息つきたくなり大きく身体を伸ばす。
「ようやく半分か……やれやれ、これじゃ夕飯までに終わるか微妙なところだな」
だが、弱音を吐く訳にはいかない。
自分で始めた事であり、ましてや普段セーラはこの倍以上の仕事を一人で片付けているのだ。
今日は強引に休息を取って貰ったが、明日に仕事が残ってしまっては意味が無い。
「しかし、ホントすごいよな……」
リンは誰に語りかける訳でもなく、そう呟くとルフィアに戻ってからのこの一か月を思い出すーー
ルフィアに戻った翌日、今後の方針を決める為に主要メンバーを集め話し合いの場を設ける事となった。
と言ってもこれまでと大きく役割が変わる訳ではない。
どちらかと言えば新たに増えた者たちの身の振り方を決める事にしていた。
メグミとイーリスの二人は元々研究の為に移住してきたので特に考える事はない。
屋敷に住んでもらい、研究に適した部屋も用意する事にした。
メグミは遠慮していたが、シモン国王との約束を理由に半ば強引に納得してもらう。
ステファニアとセーラはとりあえず客分として扱う。
ステファニアに関してはこっちに来る前にメグミがその技術に好奇心全開だったので可能な限りメグミに協力して欲しいとお願いだけしておく。
ユーリも悩む事など無い。
幼馴染みであると同時にそもそもが従兄弟なのだ。
家族同然である以上、本人の意思は尊重するが、少なくとも今後の身の振り方が決まるまでは屋敷に住めばいいと言う事で話は纏まった。
そんな感じで話し合いが進む中、ユーリが「なにもせず、ただ世話になる訳にはいかない」と言う事で公務に協力してくれる事になったのだが、同時に意外なところから同じように公務に協力を申し出る人物が現れた。
「わたしも手伝います」
それがセーラだった。
リンは最初、まさかセーラにそんな事をさせる訳にはいかないと断る。
なにしろ見た目は完全に子どもなのだ。
それこそセリナの孤児院の子どもたちと見た目はなんら変わらない。
だが、ステファニアの言葉でそんなリンの考えが変わる事になる。
「いいと思いますわよ、セーラは私と違って幼少の頃から
なるほど確かに考えてみればおかしな話ではない。
アリスも公務においてかなり力を貸してくれている。
そう考えればセーラも王族である以上、余程リンよりそういった能力は高いのだろう。
だが、やはりセーラの様な子どもにそんな事をさせていいのか悩むリン。
それはユーリも感じていた様で、それが表情に出ていた。
それをみたステファニアが可笑しそうに口を開いたのだがーー
「なにか勘違いしている様ですけど、セーラはこう見えて既にごッッーー」
そこまで口にしたところで、どこから取り出したのか恐ろしく分厚い本が容赦無くステファニアの鳩尾を抉った。
「お姉さま、ひとの年齢を平然と暴露するのはいかがなものかと思いますよ?」
セーラは表情こそ変えないが、優しく諭す様にステファニアに告げる。
だがその手に握られた分厚い本は優しさのカケラもない。
そもそも口を開く事すら許さないという感じである。
「わたしも協力させて下さい」
悶絶する姉を尻目にセーラはリンにそう告げる。
そんなセーラの言葉に反対する者は一人もいなかった。
そんな一幕はあったものの、その後は特に問題もなく話し合いが進み、それぞれの役割が明確になったところで解散となった。
解散後、リンとユーリ、そしてセーラはそのままライズとアリスを交え、今後の領地運営に関する方針を話し合う事になったのだがーー
「……ひ、酷すぎて言葉が出ないです」
諸々の帳簿や記録に目を通したセーラはそう言って肩を戦慄かせた。
最初、リンやアリス、ライズも含め、前任者の所業を指しているものだと思っていた。
だがーー
「そういう事ではなく、現状の話です。 あらゆる部分を根本から改善する必要がありそうです」
と、現領主であるリンに対してのダメ出しだった。
そこから、セーラ主導における領地運営の改善業務が始まった。
リンの目指す運営方針を聞き、それを実際に行う為の指示をセーラが出す。
国王に確認が必要なものや、許可が必要と思われるものはアリスが折衝を行い。
最終的な確認、認可は領主であるリンが行う。
ライズとユーリは業務全般の補佐及び庶務。
そうして気がつけば一月が経過していた。
「大変だったが、おかげでかなりいい感じになってきたよな……」
「まだなにひとつ終わっていないので、『大変だった』は適切じゃないです」
独り言の呟きに返事が返ってきた事に驚いたリンが声の方に振り返ると、そこには少し呆れ顔のセーラが立っていた。
「いつからそこにいたんだ? 全く気がつかなかったぞ?」
気が緩んでいたのは事実だが、それでも気配を全く感じさせずに背後に立たれていた事にリンは少なからず驚きを隠せなかった。
「ほんの前です、それよりーー」
セーラはそこで一旦言葉を区切ると、申し訳なさそうに頭を小さく下げた。
「今日は気を使わせてしまい申し訳ありませんでした。 それに、ちょっと張り切り過ぎていたと反省しています」
結局、ユーリと演じた小芝居はシンだけでなく、セーラにもバレバレだったのだ。
「いや、セーラが謝る事なんて一つもないだろ。 まぁ確かにちょっと頑張り過ぎてたとは思うが、それ以上に本当に助かった。 セーラがいなかったらここまでスムーズにいかなかったよ。 だから感謝してる、ありがとう」
リンがそうお礼を言うとセーラは少し恥ずかしそうに、それでいて嬉しそうに表情を少しだけ綻ばせた。
リンは気がついていないが、実のところセーラはルフィアに来た当初、焦りと負い目があった。
ユーリは記憶を失った自分を助けてくれた。
なにも分からず、話す事も出来なかった。
それでもリンとルナのお陰でテレパシーという形で人に意思を伝える事が出来るようになった。
危険を顧みず、さらわれてしまった自分を助けてくれた。
記憶を取り戻せたのも姉と再開できたのもユーリやリンがいてくれたからだと思っている。
なのに、自分はなに一つ二人に返すことが出来ないでいた。
記憶を取り戻す前の事は、記憶を取り戻した今もはっきりと覚えている。
それは感情も同じだった。
記憶を取り戻した今となっては、幼子の様な振る舞いに気恥ずかしくなり、表には出せないが心の中ではユーリを今も姉の様に慕う気持ちが残っている。
リンに対しても、冗談めかして『玉の輿』などと発言したが、少なからず思っている故の言葉だった。
知識や魔法に関しては姉であるステファニアやルナには敵わない。
戦う事に関しても今の自分が回りの誰よりも劣っている。
元王族など一銭にもならない。
そこに降って湧いたのが、リンの領地運営の話だった。
政治的な事ならばきっと力になれる。
実際に話を聞き、それは確信に変わった。
それが嬉しくて頑張り過ぎてしまったのだ。
その結果、確かにリンの掲げた改革は劇的に進んだが、リンやユーリに心配をかけ、更には激務を強いてしまう事態になってしまったのだ。
「……リンも今日は休んで明日からまた頑張りましょう」
「そうだな、流石にちょっと疲れたし、セーラがそう言ってくれるなら残りは明日にするか」
本当はもう少し陰ながら頑張るつもりだったが、セーラにバレていた以上、セーラにも休んでもらう為に自分も休む事にした。
「はい、明日はリンにやってもらいたい事もあるので午前中には公務を終わるつもりです」
「やってもらいたい事?」
今日までそんな風に改めて言われた事がなかったリンはセーラのその言い回しが気になった。
「はい、この街の結界を強化します」
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