第114話 命令してるんだ

「はぁ……えらい目にあった」


 思い出すだけで頭が痛くなる様な状況からなんとか逃げ出したリンは、一人屋敷の玄関に向かっていた。


「思ったより早かったな」


 マップを眺めながらリンは呟く。


 リンにはまだ仕事が残っていた。


「予想通り、真っ直ぐ向かってくれているようで助かるな」


 扉を開くと夜風が頬を撫でる。


 1時間もあれば終わる話なので誰かに告げるつもりはなかった。


 だから屋敷を出た瞬間に声をかけられた時、リンは思わずその場で飛び上がりそうになる程驚いた。


「お出かけですかな?」


「ッッ!! お、驚かせないで下さいよ、シンさん」


 扉を出てすぐ横に立つシンに非難がましい視線を送る。

 だが、リンのそんな視線など気にとめる様子も見せない。


「……あまり、一人で抱え込まぬ事です。 貴方はまだ若い、頼るべき相手は周りに大勢おります」


「……ありがとう」


 リンはそれだけ口にすると、止めていた足を動かし始めた。


 シンもそれ以上なにも言わず、無言でリンを見送る。


「オーグ」


「あいよ」


 名前を呼ばれ、物陰から姿を現したのはオーグにシンは一つの命令を出す。


「やれやれ、随分と面倒そうなガキだなありゃ」


「オーグ」


 シンの静かな怒気にオーグは肩を竦める。


「へいへい、そう怒んなって、アンタの気持ちわかんねぇでもねぇよ。 ありゃ放っておけねぇわな」


 既に姿が見えなくなったはずのリンを見つめるようにオーグが呟く。


「んじゃちと行ってくるわ」


「頼みましたよ」


 ーーーーーー


「報告は以上です。 申し訳ありませんが、私は今回の一件から手を引かせていただきます」


「ふ、ふざけるな! なんの為に高い金を出して貴様を雇ったと思っている!」


 薄暗い部屋の中でアルファ伯爵がそう、フードを目深に被った男を怒鳴りつけた。


「前金も含めて、いただいた金は全てお返しします。 報告した通り、組織は壊滅、捕まえた者たちも殆どが保護されました。 これ以上できる事はありません。 何より、私は自分の命が一番大切なんですよ」


「命だと? 英雄などと言われているが、所詮は子供だ! 使い魔の竜は危険かも知れんが、たかが子供一人にーー」

「あれが子供? 伯爵様はアレを見ていないからそんな事が言えるんです。 アレは化け物ですよ! 人殺しも出来ないお人好し? 冗談じゃない! アレはーー」

「随分と言いたい放題言ってくれるじゃないか」


「「!!」」


 突然聞こえた声にアルファとフードの男が同時にその声の方に振り返る。


「勝手にお邪魔させて貰ったよ。 ああ、安心していい、誰にもバレて無いし、誰も傷つけてない」


「あ、ああ……」

「何故貴様がここにいる!!」


 いつからそこにいたのか、薄暗い部屋の隅に立つリンを見て2人が驚愕の表情を浮かべた。


「色々と聞きたい事があってな。 アンタは質問に答えてくれりゃいいよ」


 そう言ってリンが2人に近づくーー

 薄暗い為かその表情は窺い知れない。

 フードの男は観念したかのようにぐったりと肩を落とし、口を噤む。


「ふざけるな! 貴様に話す事などーー」


 アルファの怒声はそこで途切れた。


 リンと目が合った瞬間、喉元に触れる冷たい感触が何かを理解し、それ以上言葉を繋ぐことができなくなったのだ。


「勘違いしてくれるなよ? 頼んでるんじゃない、命令してるんだ」


 そう告げたリンの右手に握られた物が僅かな光を受け、鈍い輝きを放つ。


「聞きたい事は多くない、正直に答えてくれりゃ、すぐに終わる」


「な、なにが聞きたい……」


 アルファは絞り出したかの様な震える声で返す。


「ドールの組織、あれはアンタが始めたものか?」


「……違う」


 実際のところ、この話はリンにとって推測や予想が合っているかの確認作業でしかない。


 そのままいくつか質問し、それらが正しかったことを確認したリンはアルファの喉元に突きつけた白月を鞘に戻した。


 やはり、予想通り今回の一件は元ルフィア公爵が始めた事だった。


「もう一度聞くが、本当の目的は知らないだな?」


「そう言っている……金以外に目的があるなど聞いたことも無い」


 これも予想通りだ。

 結局、この男も利用されていただけだった。


「この男以外に、もう一人アンタの駒がいたはずだ、奴の事で知っている事は?」


「詳しい事は知らん……あの男はモーガン様が雇っていた男だ。 モーガン様が捕らえられた後も動いていたようだが、私が何か命じた事は殆どない。 貴様の屋敷を襲った連中を集めたのは奴だがな」


 アルファの言葉にステファニアの話を思い出す。


『闇魔法に相当長けたもの』


 成る程、納得がいく話だった。

 コルニクスであればなにができてもなんら違和感が無い。


「なるほどな、分かった。 聞きたい事はこれで全部だ、後はお前らの処遇に関してだが……」


 リンはアルファとフードの男、2人に目をやる。

 フードの男はリンの言葉を聞いて小さく震えるていた。


「……今後、俺の命令に従ってもらう。 大勢の人間を弄んだ罪は働いて返してもらうがそれでいいか?」


 その言葉にフードの男は弾かれた様にその場に手をついた。


「は、はい! どんなご命令でも従います! ですからどうかーー」

「待て待て、そんなに恐がんなよ、別に無茶苦茶させる気はないから」


「は、はい……」


 やれやれと頭を掻く。


「……従わなければ私を殺すのか?」


「あ?」


 アルファは肩を震わせ、そうリンに問いかける。

 その震えが恐怖なのか屈辱なのかリンには分からなかったが、どちらでも構わなかった。


「モーガンと同じだ、王国に沙汰を委ねるだけだ」


「…………いいだろう、貴様に従ってやる」


 アルファの言葉にリンは小さくため息を吐く。

 だが、思ったより素直に従う事を了承した事に少し驚いた。


「……オーグ、後は任せていいか?」


「……ッチ、バレてたのかい」


 ガチャリと部屋の扉が開くと、そこにはバツの悪そうな表情を浮かべたオーグが立っていた。


「悪いけど俺をつけるのは無理だと思うぞ」


「たく、あの爺さんといい旦那といい、人のプライドをなんだと思ってんだよ」


 不貞腐れた様子のオーグに後を任せ、リンは一人屋敷へと戻った。


 ーーーーーー


 セントアメリア城の地下ーー

 城内で最も地下深くに造られた牢獄に地上の光は届かない。

 足元を照らす程度に設置された蝋燭も所々燃え尽き、消えている。

 空気は淀み、鼻を突く排泄物と屍臭に普通の人ならば吐き気を堪える事は出来ないだろう。


 そんな、足を踏み入れる事すら躊躇う場所で平然とした様子を見せる男が、囚われた男にことの顛末を報告していた。


「と言う訳で、貴方が裏で糸を引いてる事はバレたと考えるべきだね」


「ふん、やはり馬鹿は馬鹿か……まぁいい、こちらの目的は達した、奴がどうなろうと、もはや知った事では無い」


「そう? まぁ貴方がそれでいいなら僕も放っておくよ、彼もどうやら伯爵を手駒に加えるみたいだし、内緒で始末するのも面倒だしね」


 ニコニコと笑顔を浮かべ、楽しそうにそう話す。


「だが、貴様程の男が私の意に沿わぬ事を許すとも思えん。 どうせそうなるよう仕向けたのだろう?」


「さぁ? なんの事だろう? 僕は一生懸命やりましたよ? 例の研究者に関しても肝心の部分は一切語らせず始末しましたし」


「まぁいい……貴様に関してはいざと言う時に仕事をこなせば文句は言わん」


 本来のこの男の性質を考えれば信じられない程の寛大さだが、それほどまでに優秀であり、協力は必要不可欠故の処遇だった。


「しかし、あの小僧に私の存在が感づかれた以上、このままここに留まるのは得策では無いな……そろそろ脱出するぞ」


「はいよ、じゃあこちらの指輪を嵌め下さい」


 囚われの男は、鉄格子越しに差し出されたシンプルな銀の指輪を素直に指に嵌めた。


「なんだこの貧相な装飾品は」


「彼は天の目を持っているからね、対策しないとすぐに居場所がバレてしまうよ? 絶対に外さないでね」


『彼』が誰を指す言葉か理解しており、囚われた男は素直に応じる。


「じゃあ行きましょうか、ここは臭くて堪らないからね」


 そう言うと同時に男は囚われの男と共にその場から一瞬にして姿を消した。

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