かわいい後輩と歩き始める、クイズ大会予選突破への道

兎谷あおい

第1問「精神的に向上心のあるものになりましょう」

「先輩。その、」


 外はもう真っ暗で、すっかり電車も空いていた。

 夏休みに合わせて開かれた、大きな大会の帰り道。ひとり、またひとりと部員が降りていき、彼女と俺とが最後に残った。


「悔しく、ないんですか?」


 1年生。この4月に、クイズを、競技・・クイズを始めたばかりの後輩が、真剣な目で俺に問いかけている。


「そんなに簡単に、諦めちゃっていいんですか?」


 電車の長椅子に浅く腰掛けて、俺の方を見て、手を伸ばして肩を掴むんじゃないかって勢いでまくしたててくる。


「あの明るいステージの上で、クイズ、したくないんですか?」


「そりゃ、したくないっていったら嘘になるけど……」


 したくないわけじゃない。でも、どうせ俺には無理なんだ。

 もう、3年生だ。クイズを始めてからだいぶ経ってしまった。

 今更あがいてみたって、ペーパー抜けられるほど伸びるわけがないという思いが、俺の心をずっと占めている。


 別に、キラキラした表舞台で、最前線で戦おうなんて思わない。

 小さい部内の企画とか、面白い問題傾向の大会とか、そういうところで自分に「刺さる」問題が来ることに、俺は幸せを感じるんだ。0.01秒の差だったり、問題文の助詞1つだったり、果ては問読みの口の開き方だったり、そういうところで戦うことに、俺はそこまで価値を感じていない。

 ……もちろん、全くでもないんだけど。いやほら、だって、やっぱりかっこいいじゃん?


「じゃあ、どうして目指さないんですか?」


「いやー、無理じゃん?」


 心の中の諦観と裏腹に、あえて軽めに、明るめに答える。


「だって、みんなめっちゃ努力して、1点を、1連答を競ってるんだよ? そんな中に俺が出てったって、無理に決まってる」


「どうしてですか?」


「へ?」


「どうして、無理って決めつけるんですか?」


 軽く流してやろうと思っていたのに、こいつったら、本気の眼をしている。


「やってみなくちゃ、わからないじゃないですか。やってみたんですか?」


 うっ、と答えに詰まった。

 ド正論だ。確かに。


「だって」


「だってもへったくれもないですよ。先輩、私より、今日の点数高かったですよね?」


「まあ、うん」


 さすがに2年のアドバンテージをフイにするほど、知識がないわけではない。これでもだらだらとクイ研で暮らしてきたのだ。


「だったら、私より、予選抜けに近いじゃないですか」


「それは……」


 そうなのかも、しれないけど。でも。


「知識として、ペーパークイズに出やすい知識をたくさん知ってるのは事実ですよね?」


「いやほら、伸びしろ的なものが俺にはもう」


「努力してないのに、伸びしろもクソもないでしょうに」


 手厳しい。

 この後輩がこんな言葉遣いもするだなんて、知らなかった。


「ひどくない?」


「努力してない先輩に、払う敬意なんてありません」


 ぷいっとして、でも、と言って、彼女は続ける。


「精神的に向上心のないものは、馬鹿です」


「『こころ』」


「ほら、知ってるじゃないですか。私がせっかく見つけた秘蔵の子なのに」


 ネタが一問減っちゃいましたと、溜め息を漏らす。


「いや、ベタだし」


「先輩がそう言い切れるってことは、やっぱり、先輩は私の何歩も先にいるんですね」


 遠いですね、とかぶりを振って、改めてこちらを向いた。


「だから、先輩。一緒に、頑張りませんか? クイズの勉強。『精神的に向上心のある者』になりましょう」


 電車の蛍光灯が映ったその瞳は、真っ直ぐで、キラキラしていて。俺にもこんな時期があったな、と思い出す。

 どうせ、すぐに飽きるだろう。倦むだろう。伸びなくて悩むんだろう。そういう人たちを、遠くからだけど、俺は何人か見てきた。


 だから、それまで。それまでの間、このかわいい後輩に付き合ってやるくらいは、してやってもいいんじゃないか。先輩の責務として。

 ま、俺も、クイズ強くなりたくないわけじゃないし。

 決して、この後輩に絆されたとかそういうわけじゃないからな。

 よし。


「やってやろうじゃねえか」


「その意気ですよ」


「目標は、STUかabcでの紙抜けでいいな? 次は2月か」


「はい」


「よし、じゃあまずは」


 俺は、かばんの中のクリアファイルから、今日のペーパークイズを取り出した。


「最新のやつの復習からだ」


「そうしましょう」


 * * *


「えー、1番」


 <1. この会場は川崎市に所在していますが、S、T、Uのうち、「川崎」をローマ字で表記した時に使われるのはどれでしょう?>


「恒例のやつだな」


「無理やり感ありすぎません?」


「まあ、1問目なんて難易度傾斜的に一番簡単であるべきだしな。こんなもんでしょ」


「これはさすがに間違えないですよ……」


「じゃあ次」


 <2. 「日めくり」や「月めくり」などの種類がある、日にちを月・曜日などに従って規則的に配列した表のことを英語で何というでしょう?>


「カレンダーだな」


「スペル、どうでしたっけ」


「カタカナで答えりゃいいだろ」


「出るかもしれないじゃないですか。『S、T、Uのうち、カレンダーを英語で綴った時に……』」


「C, A, L, E, N, D, A, Rだから……どれも出てこねえじゃねえか」


「ごめんなさい、適当言いました」


 うーん、とあごに拳をやって、後輩ちゃんが聞いてくる。


「カレンダー関連で他に出るのってあります?」


「アドベント・カレンダーくらいしか思いつかないな、ほら、俺ベタ問詳しくないから」


「なんですかそれ?」


「なんかクリスマスの前に一日ひとつずつ開けてくやつ」


「へー」


「あれ、アドベントって聞いたことあります……あ、あれですよ、シュトーレン」


「ドイツ語で『坑道』『柱』だっけ」


「語源は知らないですけど、あのお菓子、ほんとはクリスマスの前の、その、アドベントの期間にちょっとずつ食べるものだって」


「日本語だと『待降節たいこうせつ』って言うんだな。ほー」


 手元のスマホでカンニングをした。

 カレンダーからだいぶ話が飛んでしまったけれど、1問につきこれだけ話を広げて、それを全部覚えていられれば、意外とクイズつよつよマンになれるかもしれない。ま、そんな甘い世界じゃないってのはわかるけど。


「はい。それじゃあ第3問行きましょう」


 <3. 今年のFIFAワールドカップにおいて、5大会ぶり2度目の優勝を果たした国はどこでしょう?>


「これ、そもそも俺間違えた気がするんだよな」


「え? 常識ですよ?」


「メキシコって書いた」


「は?」


 何を言っているかわからない、という目をされた。ちょっと傷つく。


「そもそもメキシコって、優勝したことないですよ、確か」


「え、あのへん強そうなイメージなんだけど」


「イメージはイメージでしょう……」


 はあ、と溜め息。


「正解はフランスです」


「あ、へー」


「へー、じゃないですよ。こんな簡単な問題落として、予選抜けなんて都合が良すぎますよ。ちゃんと押さえないと」


「はあい……」


「ちなみに先輩、開催国どこだったかはわかります?」


「ロシアだろ?」


 テレビがうるさかったから知ってる。


「じゃあ次回の開催国」


「え、知らんよ」


「私も知りません」


 調べた。カタールだった。覚えよう。


「そもそも、FIFAって何の略なの?」


「どっかにフットボールって入るのは間違いないですよね」


「アソシエーションも入りそう」


 彼女が調べて、スマホの画面を見せてくる。


「”Fédération Internationale de Football Association” ですって」


「読めねえ……」


「フランス語だそうです」


「出ねえな」


「『国際サッカー連盟』だけで十分ですかね?」


「それも出ないんじゃないか……?」


「まあなんか、もう覚えちゃいました」


「そうだな」


 一段落かと思ったら、詰問タイムはまだ終わっていなかったようだ。


「現在の日本代表の監督は?」


「西野……あきら?」


「それもう代わってる気がします」


 また調べた。


森保一もりやすはじめですね」


「知らねえ……」


 スポーツ、ほんと弱いのだ。


「覚えましょう」


「ウイッス」


「愛称はボイチって言うらしいですよ」


「まんまだな……」


「あとなんだっけ、ワールドカップの当初の優勝トロフィーの名前」


「知らないです」


 またまた調べた。


「ジュール・リメ杯だ」


「また覚えにくいですね……」


「仕方ないだろ。当時のFIFAの会長らしいぞ。デザインはフランスの彫刻家のアベル・ラフレールだって」


「知らないですよ……」


「俺だって知らんわ」


「ところで、現在の会長って誰なんですか?」


「知らんな」


 助けて、グーグル先生。


「ジャンニ・インファンティーノだって」


「知らない……」


「これこそ本当に知らんわ……」


 だいぶ、新しい知識を仕入れたような気がする。

 まあ、苦手ジャンルだからかもしれないけど……


 それにしても、これを覚えるのか……そもそもメモしてないな、どうしよう。

 歩き始めた道の先が見えなさすぎて、気を重くしていると、隣に座っていた後輩が立ち上がった。


「では、私ここで降りますので。今日は本当に、お疲れ様でした」


「そっちこそ、初の大会お疲れ様」


 軽くお辞儀をしたと思うと、彼女は俺が手に持った紙を指さして続ける。


「じゃあ、また明日、4番からやりましょう。よろしくお願いしますね、先輩♪」


 ……え? 毎日やるの、これ?





※この章のクイズ(<>でくくった部分)は、2018年8月18日開催・STU XX 1R 100問ペーパークイズ(http://www.stu-vwx-union.com/pages/1831454/page_201804122011)より引用しました。


【今日のまとめ】

・「精神的に向上心のないものは馬鹿だ」→夏目漱石『こころ』

・クリスマスの前に一日ひとつずつ開ける→アドベント・カレンダー

・日本語では『待降節たいこうせつ」→アドベント

・ドイツ語で『坑道』『柱』→シュトーレン

・2018FIFAワールドカップ優勝→フランス

・現在のサッカー日本代表監督→森保一もりやすはじめ

・サッカーW杯の初代優勝カップ→ジュール・リメ杯(フランスの彫刻家のアベル・ラフレールがデザイン)

・現在のFIFA会長→ジャンニ・インファンティーノ

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