第10話 最高の友達
サキは呆気にとられている私の方を向くと、にっこりと微笑み
「良かった…間に合って」と呟いた。
「サキ、あなた一体…」
どうしちゃったの?と言う前に、サキは私から少し離れて、周りを取り囲んでいるゾンビ達に近づいていく。1人のゾンビの額に自分の指を置くと、少し間が空いてゾンビの頭から白い煙のようなモノが天に昇っていき、続けて体がまるで砂で出来てたみたいにボロボロになって風に乗って跡形も無く消え去った。
同じ事を他のゾンビにも繰り返す。10人くらいいたゾンビの群れが、次々とその数を減らしていく。怒りに燃えているカクマが、サキを止めようと凄い勢いでこちらに向かってきた。とっさに私はサキのそばにいき、お札を取り出して身構える。思った通り、お札から発せられる光にカクマは動きを止め、一定の距離から近付けなくなった。
「ありがとう、麻弓」
サキは前を向いたままゾンビ達を消しさる手を止めないけど、その横顔は笑っているように見えた。そうこうしているうちに、ゾンビの人数は残り2人になっていた。
「ナラバ…フタタビクラウガイイ…!」
今度は『カマイタチ』を放とうと両手を広げるカクマ。あのつむじ風はかなりの早さだけど、まっすぐにしか進まないから真横に避ければ大丈夫な事は学習済みだ。カクマの両手から突風が放たれ、私はその瞬間全力で横っ飛びして逃げる。でも、ゾンビ浄化に集中しているサキは避けられそうもない。
「サキ、危ない!」
凄まじいスピードでつむじ風は突っ込んできて、とても助けに行く余裕は無い。あっという間につむじ風はゾンビとサキに到達し、そのまま私たちの背後にあった小屋に当たり壁の一部がバラバラと崩れる。つむじ風をもろに食らったゾンビの体は跡形も無く飛び散った。一方サキの体には傷1つついていない。
「手間が省けたわ」そう言って両手を軽くはたくサキ。
どうやら今のが最後の1人だったようで、カクマは悔しそうに歯ぎしりをする。
「サキ…ソノチカラハ…マサカ…!」
「そう…コウノスケから授かった守人の力。私がカクマ様の所に長くいたおかげか、麻弓に比べると少し強力になったようね」
自信満々に口角をあげるサキを横目に、私は目の前の状況を理解するのに時間がかかっていた。サキは今、一体どんな状態になっているんだ?彼女の体はさっき小屋で崩れ落ちたはずなのに…それに『カマイタチ』が直撃しても、無傷ですり抜けていったようにも見えた。
「体が崩れてくれたおかげで…あの子にまた会えた。私、あの子に『絶対カクマ様を封印する』って約束してきた…だから、これでもう終わりにしましょう……麻弓!」
必死で考えていた私に、サキが大声で呼びかける。私は我に返って彼女の顔を見た。
「これから何があっても、躊躇しないで私についてきて!」
その表情は、なんだかこわばっているようにみえた。
「ねえ、一体どういうこと!?」
戸惑う私を置いて、サキは凄い早さでカクマの所に向かっていく。あまりの早さにビックリしたけど、よく見たら足が全然動いてなかった。つまりあの子は、少しだけ宙に浮かんでいるようだ…いや、呆けている場合じゃ無い。彼女の後をついて行かなくては…。私は既にカクマの元へ辿り着いたサキを追って走り始める。
遠目からだけど、サキは両手を前に出して、カクマを押しているように見えた。カクマも、同じような格好で対抗している。サキの3歩後ろくらいまで来たら、2人の間に薄い膜が張られているようになっているのが見えた。サキの方が白、カクマの方は黒。お互い微動だにしないけど、なんとも言えない迫力が伝わってくる。
「麻弓、お札を前に出して!」
私が来たことに気づいたサキが、前を向いたまま指示する。言われたとおりお札を前に突き出すと、カクマが2mくらい下がった。その分サキが前進する。
「……私が動きを止めて、麻弓が圧す。2人じゃないと、出来なかった…」
サキの表情は相変わらず硬い。だけどどことなく嬉しそうにも見えた。
「サキ、キサマ…ワカッテイルノカ?ワタシヲフウインスルトハ、ドウイウコトカ…!?」
「カクマ様、あなたには…感謝しています。1人で心細かった私に、優しい言葉をかけてくださった。操られていたけど『あなたに仕えるという使命』が、私に生きがいのような物を与えてくれました」
サキが少しずつ前に出る度、私も一歩、また一歩と進んでいく。そうするとカクマは同じ距離を保ったまま下がっていく。まるで磁石の同じ極同士が反発し合うみたいに。
「コノママフウインスレバ…ワタシノチカラハカンゼンニウシナワレ、キサマハカクジツニ『ジゴク』イキダ……ソレハイヤダロウ?」
え、今なんて言った?『地獄』?サキが地獄に行くなんてそんな馬鹿な…驚いて目を見開いた私とは対照的に、サキの表情は一切変わらない。
「…イマナラマダユルシテアゲルカラ、ジュツヲトキナサイ…」
気づいたら、戸が半開きになった祠の目の前まで来ていた。後ひと押し…というところで、サキが歩みを止めたので私も立ち止まる。長い沈黙の後、彼女はゆっくりと口を開いた。
「…………………………構いません」
「ナ、ナンダト!?」
カクマと同じくらい、私の体にも衝撃が走った。
「私は、操られていたとはいえ、沢山の人を殺しました。コウノスケのように意志が強ければ、そんな過ちはしなくて済んだのに……あなたにも、ずっと良いように使われてしまった。全ては、私の心が弱かったから………だから、その報いはちゃんと受けるべきだと思っています」
私は大きく生唾を飲み込んだ。耳元で聞こえたかと思うほどの大きなヤツだ。11月の深夜の山奥だというのに、全身から汗が噴き出してくる。一歩、サキはカクマとの距離を詰めた。
「ヤメロ…ソレイジョウ……チカヅクナ……」
サキが持つ堅い意思、気迫のようなものに、あきらかにカクマは恐れおののいている。さっきまでの妖しい威厳は一切感じられない。また一歩、カクマとの距離が縮まった。
「カクマ様……あなたも一緒に堕ちて、罪を償いましょう」
サキは更に一歩、足を踏み出す。お札の効力が発揮出来るスペースが確保できたが、私もサキの迫力に圧倒されて思わず進むことを忘れていた。
「イ、イヤダ……ジゴクニハイキタクナイッ……!フウインモサレタクナイッ……!マタヒトリボッチニナルナンテ………イヤダイヤダイヤダッ!!」
カクマはまるで幼児になったかのように首を横にふった。そのなんとも情けない姿を見て、私は(ああ、カクマも私たちと同じだったんだな…)とぼんやり考えた。
覚悟を決めた少女はもう一歩、前に出る。いつの間にか2人の間に張られていた膜は消えていて、サキが手を伸ばせば届く距離に、カクマは迫っていた。
「イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ…モウイヤダッ!クラクテツメタイ、アンナバショデマタ、ヒトリボッチニナンテナリタクナイッ!!」
カクマはぽろぽろ涙を零していた。最初見たときはやつれた成年ぐらいに感じられた顔が、今は私たちよりも幼く見える。おもちゃ売り場でだだをこねる子供のように暴れるカクマを、サキは包み込むようにそっと抱きしめた。
「………安心してください。私が、ずっと一緒にいます。カクマ様は……独りぼっちなんかじゃありません」
そう言うと、2人は小さな光の玉になり、まとめて祠の中に飛び込んだ。その瞬間、目も眩むような閃光が祠の中からほとばしる。
「ウワアアアァァァァァ!イヤダアアアアアアァァァァァ!!」
中からカクマの絶叫が聞こえる。祠がガタガタと激しく揺れる。目の前の光景に驚くばかりの私に、祠の中からサキの声が聞こえてきた。
「麻弓、何してんの!?早くお札を貼って!!」
「で、でもそうしたらあなたが…」…そこから先は、言葉にしたくなかった。
「私は、ずーっと前に死んだの!だから、いくべき場所に、いくだけなのっ!!」
「ううぅ…でも、でもぉ…」
お札を握りしめる手が震えていた。私がお札を貼ってしまえば、サキは…サキは……!
「お願い!カクマ様を止めていられるのも、あとちょっとだけなの!私が力尽きたら、もう誰も止めることが出来なくなってしまう……!!」
「あ、ああぁ…………」
さっきから声にならない声ばかりが出る。気づけば手だけで無く、口先から足下まで、全身くまなく震え上がっていた。
「もう、限界…だから、早くぅ……」
祠の振動がより激しくなる。今にも壊れそうな勢いだ。……………ここで私がビビって封印するのをためらうって事は、サキの『償うという決意』を踏みにじることになるんじゃ無いか?それだけじゃない。コウノスケ君の想いも、裏切ることになってしまう。何より、カクマを封じ込めるチャンスは、今以外あり得ない……………………覚悟が決まったら、全身の震えが止まった。
「……………サキ、私やるよ」
ゆっくりと祠に近づいていく。
「そう、それで良いの…」
戸に左手をかけ、右手にお札を構える。
「ありがとう………麻弓、あなたは…」
力を使い果たしかけているのか、サキの声はずいぶん弱々しくなっている。彼女が何を伝えたいか、すぐわかった私はかぶせるように想いをぶつける。
「私も……サキ、あなたは…」
何十年もずっと開いていた戸が、閉められた。
「………最初で最高の、友達よ」
戸をまたぐようにしてお札を貼った瞬間、祠から漏れていた強烈な光が内部に収まっていき、一瞬あたりがまっ暗になった。続いて中から凄まじい風が吹いて、私の体ははるか後方へ吹っ飛ばされた。
……………………闇と静寂が辺りを包んでいる。
(……………おねーちゃん、おねーちゃん!)
誰かが私を呼ぶ声がする…。
(おねえちゃんのおかげで、カクマさまがつくったせかいがこわれて、でてくることができたよ!)
この声、聞いたことがある…でも誰だろう?思い出せない…。
(もうすぐじょうぶつしちゃうから、ぼくのこともわすれかけてるだろうけど、ぼくはずっとおねえちゃんのこと、おぼえてるから!)
誰なのかも思い出せないまま、声は少しづつ遠ざかっていく。
(ぼくはあっちで、サキやカクマさまのことずっとまってるよ……!おねえちゃんもしんだら、またあおうね!……なるべくおそくがいいかな!?)
声は、無邪気に笑った。この笑えない冗談は確実にどこかで似たような事を聞いている。それは確かなのに、どうしても思い出せない。それどころか、声そのものもテレビの音量みたいにどんどん小さくなっていく。
(……………じゃあ、そろそろいくよ…………ほんとうに、ありがとう…!まゆみおねえちゃん……!)
光の玉が、天に昇っていく……そんな気が一瞬したけど、すぐに再び闇と静寂が支配する空間に戻った。結局誰の声だったんだろう…?
「………おい!大丈夫か!おい!」
体が激しく揺さぶられている。闇と静寂を保てなくなった私は、重いまぶたをゆっくりとこじ開ける。目の前にオレンジ色のダウンジャケットを来たおじさんが飛び込んできた。意識がだんだんはっきりしてくると、どうやら私はおじさんに抱きかかえられている状態になっていることがわかった。
「お、目を覚ました。みんなー!女の子が目を覚ましたぞー!!」
おじさんの呼びかけで、その辺に散っていた人たちが5人ほどわらわらと集まってきた。それぞれ赤、青、緑、黄色、桃色のダウンジャケットを纏っている。戦隊モノかよってちょっと思った。
「おお、良かった良かった」「ノボルもこれで安心だねぇ」「君、怪我はないかい?」「大変だったろう…こんなに汚れて…」「それにしても酷い有様だな、ここは…」
それぞれが思い思いのことを一斉にしゃべるので全くまとまりが無い。結局誰の言葉も頭に入ってこなかった私は、目の前の情報から整理することにした。
私は祠のあったところから、壁が崩れた小屋の中まで吹っ飛ばされていた。全身に藁がまとわりついており、おそらく藁が溜まっている所に突っ込んだのだろうと推測できる。そのおかげかたいした怪我もしていなさそうだ。目が覚めたばかりなので、感覚が鈍いだけかも知れないけど……。
「あの、あなたたちは一体誰ですか?」
私は抱きかかえてくれていたおじさんの手を借り、ヨロヨロと立ち上がった。
「僕らは、浅山昇と同じ登山グループのメンバーさ」
「君の事は、浅山からずっと教えて貰っていたよ」
「大したもんだよねぇ、こんな山奥で1人でよく無事だった」
ほっとくとそのままみんなわらわら喋りそうなので、私は次の質問をする。
「どうしてここがわかったんですか?」
浅山さんと私は昨日さんざん迷い尽くした。どうしてこうあっさりと見つけることが出来たんだろう。
「あいつが君に渡した懐中電灯さ、遭難対策グッズになっていて、GPS機能がついているんだよね」
青いジャケットのおじさんが答える。軽い衝撃を受けた。もしかして浅山さんって返して貰い忘れたんじゃ無くて、わざと私に渡したままにしてくれていたの?でもあれ?でも山の中じゃずっとスマホが圏外だったり、GPS機能付きのカーナビやマップは一切役に立たなくなっていたはずだ。
「効いたんですか?GPS」私はおじさん達に尋ねた。
「うん。浅山くんからは『多分使い物にならない』って聞いてたけど、何の問題も無く使うことが出来たよ。なんで彼が3週間も迷っていたのが不思議でならない」
続けて黄色のおじさんが答える。また衝撃の一言を聞いた。浅山さんが3週間も迷っていただって?つまり今は…。
「すみません、今日は何月何日ですか?」
「その質問、ノボルも同じ風に聞いてたよ。今日は12月10日。ノボルが発見されてからは丁度10日経つねぇ」
今度は桃色のおじさん…いや、おばさんが答えた。そういえば似たような経験を、夏休みにもしたなぁ…カクマが支配している山だったから、時間軸まで狂っていたんだろうか…?なんだか浦島太郎になった気分だ。
「浅山さんは、今どうしているんですか?」
「ふもとの病院で安静にしているよ。昨日やっと目が覚めたんだけど、全身の骨が折れてるから、しばらくまともに動けねぇなありゃ…」
「おい、子供にそんな話するなよ」
「おっとすまねぇ。まあ、致命傷はないらしいから安心しな」
喋り過ぎてしまった緑色のおじさんはニカっと笑い、止めてくれた赤いジャケットのおじさんはやれやれと首を振る。個人的にはそれ以上の衝撃シーンを次々と目撃していたから、それほどショックじゃなかったけどとにかく浅山さんが生きてて本当に良かった……。
「これから君も病院にいって検査を受けることになるだろう。敷地の外に車があるから、一緒に行こうか」
その先に車があるのだろう、オレンジジャケットのおじさんが小屋の外を指差す。
「はい………あれ?」
歩き出そうとしたとき、私は気づいた。
「どうしたの?ちゃんと歩ける?」
「………いえ、何でも無いです」
本当はなんでもあった。小屋にあったはずのモノが、無くなっている…。崩れたサキの体と、子供の白骨死体。壁に穴が空いたせいで、吹きつける風に乗って散ってしまったんだろうか?風といえば、カクマは風を操る男だった。2人の遺体が風に乗って散ったとしたら、なんだか彼を慕って、ついていったようにも思える。
おじさん達に囲まれて小屋を出ようと出入り口まで来たとき、床に薄暗いシミが広がっているところがあるのを見つけた。そしてそのそばには、くまのぬいぐるみ。
「…………………………」
私はそっとぬいぐるみを拾い上げた。
「……お嬢ちゃん?」
薄汚れたぬいぐるみを大事そうに抱きかかえる私を、おじさん達が心配そうに見つめる。
くまの頭を何度か優しく撫でると、込み上げてきた思いを抑えきれなくなり、ぽろぽろと涙がこぼれ始めた。一旦そうなってしまうともう歯止めが効かない……私は声を上げてサキが残した大切なモノを濡らした。
山には、穏やかな風が吹いている。
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