友達100人できるかな?

沙飯ゆきます

第1話 初めての友達


 つまらない。退屈。早く帰りたい。最近ずっとそんなことを考えながら、私は学校に通っている。

 別にいじめにあったり、勉強が出来ないというわけでは無いけど、健全な学生生活を送るのに必要不可欠な要素が私には欠けていた。



 創立100年は超えるオンボロの木造校舎。ギシギシ音が鳴る廊下をゆっくり歩き【6年】と札が出ている教室の後ろの扉をゆっくり開ける。

 中には既に10人ほどの同級生がいて、何人かのグループに別れ仲良くおしゃべりしている。誰も私に気がついていないのか、声をかけるどころか目を向ける者すらいない。無言でランドセルを教室後ろの自分の棚にしまい、窓際後方3列目の自分の席に座る。

 椅子を引いたときの鈍い音でようやく1人の男子、岡部が私の方を見た。あいさつしようと声を出そうと思ったが喉から言葉が絞り出される前に岡部はまた話の輪に戻ってしまった。

 転校してからずっとこの調子だ。私の存在なんて無いのと同じ。誰とも繋がりを持てない。

 


 私には『友達』と呼べる存在が1人もいない。




 いつもと同じように窓の方を向いて机に寝そべる。転校してから授業中以外はほぼこの体制なので、最近常に首がわずかに左を向いている気がする。

 だんだんと他の同級生も入ってきてますます教室が賑わう。男子達は黒板に落書きしたり、紙くずを丸めたボールと厚紙で作ったバットで野球をし、女子達は「商店街のどこそこのスイーツが美味しかった」だの「新しい髪留めがカワイイ」だの他愛ない雑談をそこらでしている。

 私はそれらの様子を眺めたり、遠巻きに聞くだけ。家でテレビを見るのと変わらない。そこに直接関わりを持つことはない。



 退屈になった私は、机に顔を埋めた。今日を乗り切れば、明日から夏休みだ。しばらくこの虚しい騒がしさから解放される。早く1日が終わって欲しい。うつぶせのままそんな事を考えていると、頭に何かが当たった。むくりと起き上がり周りを見ると私の机の前に紙くずで作ったボールが転がっていた。

 野球をしていた男子の1人、田辺が私の元へ駆け寄る。


「篠原さん、ごめん」


 田辺はそれを拾い上げると教室の真ん中にいるピッチャー役の男子、新島に投げ返す。


「ちゃんと捕れよな、下手くそ」


 新島は受け取りながら田辺に言った。


「うっせーな。ホームランだろ今の」


 田辺はすかさず返す。


(…大丈夫だよ)


 謝られたとき、本当はこう声をかけたかった。でもいざ声に出そうとすると緊張からかなかなか音が出せない。私が何かを言いかけた時には田辺は既に野球を再開していた。




 私は周りから『何を考えているのか分からない子』だときっと思われているだろう。なんとかしてコミュニケーションを取りたいのだが、いつも上手くいかない。暗い気持ちが毎日1つずつ増えていく。



 しばらくしてチャイムが鳴り、担任の楠田先生が入ってきた。体格が良く、ツンツン頭と茶縁の四角いメガネが特徴の男性教師。30代半ばの独身。


「おーい席に着けー。出席取るぞー」


 楠田先生が教室に入ってきた瞬間、男子たちは皆大慌てで遊び道具を隠したり、黒板の落書きを消したりしていた。ネットでよく見る変な動画の早送りみたいで少し面白い。

 全員席に着いたのを確認すると、出席簿を取り出した楠田先生はいつものように五十音順で名前を挙げていく。呼ばれた生徒は元気よく返事をする。



 私のクラスは男子10人、女子14人の全部で24人。各学年には1クラス20人前後しかおらず、全校生徒120人に満たない片田舎の小さい小学校だ。私は今年の春からここに転校してきたいわゆる『よそ者』だ。元々都内で父と母と3人で暮らしていたのだが、去年の冬に父が突然失踪。父には母と私に秘密で作っていた多額の借金があり、私は取り立てから逃げる為に母と2人、都内から車で北に3時間ほど走ったところにある田舎町へ引っ越すことになった。そして転校先であるこの学校へ通うことになるのだが、クラスメイトはみんな地元生まれ、地元育ちの子ばかり。幼なじみ限定のコミュニティのようなモノが自然と形成されていた。

 部外者を受け入れない雰囲気がいつも漂い、『よそ者』の私はその内気な性格も重なって中々輪の中に入れずに今まで来てしまった。

 友達が出来ないどころか声をかけることすら難しい私だが、1人で遊んでいるところは誰にも見られたくないという変なプライドもあり、みんなが町に出かけて駅前や商店街で遊んでいる間、私は私だけの秘密基地で遊んでいた。


(今日は午前中で学校が終わりだから、家に帰ったら準備してすぐあそこに行こう…)


 そんなことを窓の外を眺めながらぼんやり考えていると、


「篠原麻弓!」


 突然大きな声が鼓膜を揺らした。


 ビックリして前を見ると、教壇から楠田先生がこっちを見ていた。同級生みんなも私のことを見ていた。


「はっはっ、はいっ!」


 思わず私は立ち上がり、普段絶対出さないような大声で返事をした。


「なーんだ、元気な挨拶出来るじゃ無いか。さては夏休み前だからって浮かれてるなー?」


 ニヤニヤしながら楠田先生は出席簿にチェックをつけている。教室中が笑いに包まれる。

 恥ずかしくなって、縮こまりながら席に着いた。ああ、早く帰りたい。


 体育館で校長先生の長話を聞いたり、夏休みの宿題が大量に出たり、親に読んで貰うプリントを何枚か貰ったりと、どこの学校でも恒例のイベントをこなして無事午前中で学校は終わった。これから40日あまりの間は気楽に過ごせるのは本当にありがたい。

 みんな早速どこかへご飯を食べに行ったり、遊びに行く約束をしているようだが、当たり前だけど誰も私に声をかけてこない。

 いつもはちょっと寂しい気分になるけれど、今日は違う。私の気持ちは既に秘密基地にいて、後は体をそこへ届けるために早く家に帰らなければと帰り道を小走りで駆けた。


 家に帰ると、テーブルの上に母が今朝仕事に行く前に作ったチャーハンがあった。朝から晩まで働いているので、学校がない日や午前中だけの日はいつもそうだ。ランドセルを置いて手を洗って、はやる気持ちを抑えつつチャーハンをレンジで温めて食べる。焦って作ったのだろうか?ちょっとしょっぱい。

 いつもの1.5倍速で食べ終えるとすぐに皿を洗い、自分の部屋に行って遊び道具が詰まったナップサックを背負う。続いて財布やらスマホやらの貴重品周りを諸々ウエストポーチにいれ、戸締まりを確認して意気揚々と家を出た。



 家の裏に、高さ200mくらいの小さい山があり、その頂上付近に私の秘密基地はある。

山を登り始めて1時間くらいで、目的地に辿り着いた。そこは狭い山道を抜け、開けた場所に作られた小さな公園で、大体いつも人気はなく、小鳥のさえずりや蝉の鳴き声、まれにタヌキや野良犬なんかが遊びに来るだけののどかで落ち着ける場所だ。山の頂上付近にあるので町を一望出来るのも最高に良い。長い間手入れされてなさそうな遊具は、錆び付いていてどれもいつ壊れてもおかしくはなかったが、それはそれでスリルがあってまた良い。この誰にも邪魔されず気ままに遊べる楽園こそが、私だけの秘密基地だ。

 ここで私は1人でいろんな事をして遊ぶ。ベンチに座って自然の音をBGMに本を読んだり、限界の高さまでブランコを漕いだり、縄跳びを持ってきて2重飛びの練習をしたり、ゴミ箱をゴールに見立ててゴムボールを離れた所から投げ入れたりと、飽きもせず1人で色んな遊びをひたすらやっていた。ここで密かに特訓して、最近逆上がりも出来るようになった。


 今日は学校にいた時から、実はしたいことがあった。それは野球だ。今朝田辺達がやっていて、正直ちょっといいなと思っていた。さすがにバットは持っていないので、100円ショップで買った柔らかい野球ボールを物置小屋の壁に投げ当て、跳ね返ってきたボールを拾うという1人キャッチボールをする。

 当たり前だけど跳ね返る力は投げるよりずっと弱い。私はボテボテと転がるボールに駆け寄って拾い、一旦離れてまた投げるという行為を繰り返す。5分くらい投げていると、なんだかとても虚しくなってきた。内野でゴロをさばく守備練習をしているみたいだ。なんで私には満足にキャッチボールをするような友達すらいないのか。

 全ては自分の性格がまねいた孤独だって事は分かっている。でもあまりにも、私はみんなの輪から外れている。今日の帰りだってそうだ。


(1人くらい、声かけてくれたって、いいじゃん!)


 悶々と友達が出来ない事を悩みながらボールを投げている内、引っ込み思案な自分への怒りと、よそ者を受け入れようとしない周りへの怒りが爆発し、力を込めて思い切りボールを壁に投げつけた。すると壁にぶつかったボールはパチーンと軽快な音を立てて跳ね返り、あさっての方向へ転々と転がっていく。

 思わずついカッとなってしまった。恥ずかしくなって頬が赤くなる。小走りでボールが転がった方に駆け寄ると、目線の先にブランコをゆっくり漕いでいる女の子の背中が見えた。

 私はその子に見覚えがあった。ここで会うのは…確か3回目。ここで1人で遊んでいると、たまに彼女も1人で遊びに来ているのだ。いつも気がついたらいて、いつのまにかいなくなっている。不思議な子だった。

 小柄で華奢で、白のブラウスと真っ赤なプリーツスカートを身にまとい、オシャレな革靴を履いた足をプラプラさせて、ブランコを漕ぐたび艶々の黒髪がなびいている。

私は勇気を出して、声をかけてみることにした。3回もここに来ているのだから、さすがに私のことも知っているだろう。1人で遊んでいると言うことは案外趣味が合うかも知れない。なにより私はもう友達が欲しくて仕方が無かった。

 近づきながら2回ほど深呼吸し、ゆっくりと声をかける。


「あの…あなたも、1人なの?」


 少女はブランコから降りると、ゆっくりとこちらを振り向いた。

 向かい合ってみると、背は自分の鼻くらいの高さで、手足は不健康そうな具合にほっそりしている。色素が薄い肌は向こうが見えそうなくらい透明感があった。前髪が鼻の頭くらいまで無造作に垂れ下がり、髪の間から大きな瞳がくりくりとこちらを覗いている。小さな口は真一文字に結ばれていて、まさに絵に描いたような無表情。高級な人形みたいで感情が一切読み取れない。でもかなり可愛い子っぽい。

 女の子は1回だけ、首を小さく縦に振る。


「どこから来たの?名前は?」


 私はひと言目さえ出れば問題無く次の言葉が出る。

 女の子は無言で山の向こうを指差し、


「…………サキ」


 と、か細く呟いた。


「それがあなたの名前?」


 私が顔をのぞき込みながら訪ねると女の子…サキは小さく頷く。

 それにしても山の向こうという事は隣町からわざわざこんな寂れた公園まで遊びに来たという事か?一体何故?何の為?


「良かったら…一緒に…遊ばない?」


 山の向こうを指差した事ばかり気になっていたら、サキの方から話しかけて来た。


「うん、良いよ!」


 この子とは何だか仲良くなれそうな気がした。


 2人でキャッチボールしたり、おいかけっこしたり、地面に絵を描いたりして、久しぶりに楽しい時間を過ごした。ここまで気が合う友達に出会ったのは初めてだった。テンションが上がってスマホで一緒に写真を撮って、またいつでも会えるよう連絡先を交換した。まぁ、サキは携帯類を持っていなかったので家の電話番号だけだったんだけど。

 楽しい時間というのはあっという間に過ぎる。夕日で綺麗なオレンジ色に染まった町並みを2人で眺めつつ、完全に日が沈む前に帰らなくてはと思った私は


「サキちゃん、私そろそろ帰るね」


 と広げたモノを片付け始める。


「……あの…ちょっと……来て…」


 そう言ってサキは私の右手首を掴んだ。

 彼女のその細い腕からは想像もつかない強い力で、私はどんどん山奥の方へ連れ込まれていく。

「サキちゃん、一体どこへ行くの?あんまり遅くなるとお母さんが心配しちゃう…」

 引っ張られながら、サキに訪ねる。しかし彼女は前だけを見たまま歩みを止めない。



 どれくらい歩いたのだろう。まだ夜にはなっていないようだが体感としては半日くらい歩いた感覚だ。足腰が悲鳴をあげている。このまま家に帰れないんじゃ無いか…言いようのない不安が胸の奥からこみ上げてきた。


「もういい加減にしてよ!手、離して!」


 私は初めて出来た友達に怒り、握られた手を振りほどこうとする。しかし手錠でもかけられたようにがっちりと握られた右手は、どれだけ力を込めても振り解けない。


「もうすぐ…もうすぐ…。」


 サキはそう言いながら、相変わらず前だけを見つめる。かすかに見える口元が微笑んでいるように見えた。

 途方もない時間山道を歩き、最後に鬱蒼とした雑木林が続く獣道を抜けると、小高い丘の上に出た。手を引かれるまま丘の端まで連れていかれ、サキが丘の下を指さす。見るとそこには色とりどりの花畑が広がっていた。あまりに綺麗な光景に見とれ、思わず息を飲む。

 サキが不意に手を離し、強く握られていた手首が急に自由になる。そのままの流れで彼女は、端を囲っている柵を越え花畑の中に飛び込んだ。私はサキの突然の行動に目を見開く。

 花畑に包まれたサキは、嬉しそうにこちらに手を振り、


「さあ…あなたも、こっちへいらっしゃい…」


 そう優しく呼びかけてくる。私はさすがに躊躇した。サキは軽く飛び降りていたが、花畑までの高さは軽く3mはある。駄目だ。とても勇気が出ない…首を横に振る。


「大丈夫…あなたなら…飛べる…」


「一緒に行きましょう…」


「私ね…あなたのこと…大好きなの…」


 サキはさっきからしつこいくらい飛ぶように勧めてくる。場所も時間も分からない焦りと恐怖で判断が鈍ってきたのか、延々と声をかけられ続けると、3mの高さくらいなんだか大丈夫な気がしてきた。

 意を決し、花畑に飛び込もうと柵に脚をかけたその時、


「あんた、何してる!やめなさい!」


 不意に後ろから大声がかかる。びっくりして後ろを振り返ると、青いジャケットとカーキ色のカーゴパンツを着たラグビー選手みたいに体格の良い登山家風の中年男性がいた。

 男性は私に駆け寄ると、いきなり右の頬をビンタしてきた。突然のことで訳が分からない私は、ただ呆然と男性の顔を眺めた。男性は険しい表情で訴えかける。


「何があったか知らないがな、まだ若いのに馬鹿なことをするのはやめろ!」


 一体何のことだ?全く頭がついていかない。私は今何をしようとしたんだ?


「一体どこから来たんだ?そんな格好で…とにかく、命は大切にしろ!なにがあってもするなよ、自殺なんか!!」


 激しい剣幕で説教する男性の話をだらだら聞いていると、少しずつ頭が冷静になってきた。そして、最後の一言が引っかかり、私は反論した。


「自殺…って何言ってるんですか?私はただ友達と遊んでいただけです。さっきも、花畑が綺麗だったから、ちょっと飛び込んでみようかと思っただけで…」


「………君の方こそ何言ってんだ?」


 男性は怪訝そうに眉を寄せた。


「今やろうとしてたことが自殺じゃなけりゃ、なんだっていうんだ!?」


 どうも話が噛み合わない。『友達と遊んでいた』という証明としてサキを呼ぼうと後ろを振り返る。あまりの驚きで、産まれて初めて腰が抜けた。



 そこは小高い丘ではなく、落ちたらほぼ100%即死が期待できそうな断崖絶壁だった。さっきまで広がっていた花畑はどこへ行ったのか?代わりに崖のはるか下には針葉樹林が広がっている。私がもし、あのまま飛び込んでいたら…そう思うと背筋に悪寒が走り、鳥肌が立つ。全身から嫌な汗をかき、鼓動が早くなる。混乱や恐怖といった嫌な気持ちが高まっていき、それらが限界を迎えたところで頭の中で何かが弾け、私はそのまま意識を失った。

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