第92話 因縁・3

第九十二話 因縁・3


「覚悟は……出来ている」


 ヨハンのその言葉に悔悟も無念も感じられない。ただ、淡々とありのままを受け入れる、そんな気配がした。


「あっそ。お前、結構強かった方だけど、もう少し足りなかったね~」


 角付きステッドランドは微動だにせず、その場で刀を構えたままだ。そしてクルストは相変わらず呑気な口調だが、ほんの僅かな隙をも見逃すまいと常に気を張っている。彼からすれば、この敵は少しの油断も見せてはいけない相手だと認識しているのだ。


 しかしヨハンのステッドランド・ブラストは無手、武装はまだいくつか残っているがそれを抜かせるような手加減をするつもりなどクルストには無い。


「…………」


「…………」


 少しの沈黙。


「……じゃあね、今度こそ本当にバイバイ〜」




 角付きステッドランドは体幹を少しも揺らさず、摺り足で強く踏み込む。そして肩ではなく、上半身全体を使って刀を真っ直ぐに突きだした。


 恐ろしく疾い突き。その鋭利な切っ先は理力甲冑の装甲くらいならば簡単に穿つ。もちろん操縦席にいる人間などひとたまりもない。


 迫る。迫る。まだ高く登りきらない朝日を反射する白刃。




(ここだッ!)


 ヨハンは目を見開き、この一瞬に全てをいた。腕の散弾は前回にも見せた。同じ方法が二度も通じる相手ではないということは、ヨハン自身がよく分っていたのだ。


 ステッドランド・ブラストは両腕を機体の前で交差、そして迫りくる刀の腹に右腕を添わせ、力の向きを微妙にズラしたのだ。


 篭手状の前腕装甲に白刃が浅く入る。生身であれば骨まで達する傷になるだろうが、これは理力甲冑同士の戦闘だ。多少の傷は問題にならない。


「でえりゃあ!」


「なっ?!」


 ブラストは角付きの突きを完全にいなしてしまい、刀は背後の建物に深々と突き刺さってしまった。二機の理力甲冑は互いに抱き合うような格好になっている。


 いや、何かおかしい。


 重なり合った機体と機体の間。そこにはブラストの左拳が角付きの胸部へとめり込んでいた。


 相手の攻撃を右腕でいなしつつ、反対の左腕でカウンターを決める。まるで、ネーナが繰り出すカラテの技。そう、ヨハンは彼女からカラテの動きをいくつか習っていたのだ。


 厚い装甲板が拳の形にヘコむ。突きの勢いを加算したカウンターは角付きの突きが鋭ければするどいほど、速ければ速いほどその威力を増す。


「ぐぅう……!」


 角付きの操縦席はやや歪み、クルストの視界はチカチカと明滅する。彼に外傷は無いが、しかしその衝撃は彼の脳と内臓を激しく揺らした。吐き気と目眩がクルストの意識を狩り取ろうとするが、それを気力でねじ伏せる。そう、まだ決着は付いていないのだ。


 建物に突き刺さった刀を手放し、思い切り後方へと跳躍。一旦間合いを外して仕切り直しをクルストは図ろうとする。


「逃さねぇよ!」


 ヨハンが叫び、ブラストは腰の両側に下げた牙双を一気に引き抜く。そのまま、がむしゃらに両腕を振るい角付きへと斬りかかった。


 機体の腕を、脚を、胴を次々と斬り裂いていく。先程とは攻守が逆転し、角付きが一方的にやられている。しかしクルストの方もただいいようにされているわけではない。


 よく見れば辛うじて防御して致命の一撃を避けている。ここまで動ける事にも驚嘆だが、それもいつまで続くかは分からない。


「調子に……乗るなァ!」


 クルストも咆哮一閃。ブラストの攻撃を受けつつ、角付きも腰に下げていた二振りの短刀を抜き放った。そしてそのままブラストへぶつかるように反撃へと躍り出る。


 ブラストが牙双を振り下ろし、角付きの短刀がそれを受け止める。そこから短刀を滑らせるように脇へと逸らし、ブラストのがら空きとなった正面へと頭突きをかます。鉢金同士が激しくぶつかり、火花が散る。さらに追撃を仕掛けようと角付きは短刀を下段から突き刺そうとするが、ブラストは胴体をよじって回避。間髪を入れずに裏拳の要領で牙双の柄を相手の顔面へと叩きつけた。


 二機とも激しい打撃と斬撃の応酬により、機体のあちこちがボロボロになっていく。装甲の表面は荒々しく削られ、肩や胸部には生々しい切り傷が増えるばかりだ。前腕部など、酷使され続けたあまりに装甲はおろか内部骨格インナーフレームは歪み、人工筋肉は断裂寸前まで疲弊している。


 だがそれでも勝負はまだつかない。


 いい加減、その戦いを見ている侍衆たちもジレているのか、野次馬のような歓声が上がりだした。ヨハンのブラストが負ければそれで良し。クルストの角付きが負ければ次は自分の番だと、ほとんど場末の酒場で行われる喧嘩でも見物するかのような雰囲気だ。


「いい加減にさァ……やられろよォ!」


「テメェになんか負けるか!」


 ブラストが牙双を振るうが、それを角付きが姿勢を思い切り低くして躱す。いや、その状態から突進し、ブラストをラグビーのタックルのようにして押し倒してしまった。小さな地揺れが起き、近くの建物は屋根瓦が二、三枚落下して砕ける。ブラストは仰向けに倒れてしまい、石畳の地面が僅かに陥没してしまっていた。


 そこへ角付きが馬乗りにまたがり、手にした短刀の片方をその場に捨てる。ガランと大きな音を立てて転がる短刀をよそに、角付きはもう一振りの短刀を両手で握りしめ思い切り振りかぶった。


「今度こそォ、終わりだねェ!」


 クルストが吼え、角付きは両腕を思い切り振り下ろす。幅広の刀身がブラストの左肩口へと深々突き刺さった。


「……ッ!」


 だが、その刹那にブラストは右手に握りしめた牙双の切先を角付きの左脇へ下から突き上げていた。そして牙双の柄の部分、持ち手の所にあるちょっとした出っ張りを親指でグイと押す。


 牙双の刀身、その内部に通る小径の穴からやや粘り気を帯びた液体が勢いよく噴出する。それは少量であったが、周囲の装甲に付着するとジュウジュウと煙を上げながら溶解させていくではないか。そして露出した人工筋肉も激しく灼いていく。


「なん……だコレ!」


 クルストは機体の変調に気付き、慌ててその場から逃げようとする。だがそれを阻止すべくヨハンは殆ど動かない左腕を無理やり振り上げ、角付きの大腿部へともう片方の牙双を突き立てた。


 そちらからもやはり強酸性の毒液が流し込まれ、角付きの大腿部は見る見る間に破壊されていく。毒液が溶けた装甲から滴り落ち、人工筋肉をボロボロに炭化させ、そして内部骨格インナーフレームを侵食する。


 それでも無理に立ち上がろうとしたクルストのステッドランド。しかし、強力な酸によって機械的強度を喪った右脚はベギリ、と嫌な音を立てて砕けてしまった。




 地面に突っ伏してしまった角付きを見下ろすヨハンのブラスト。左の肩口は殆どもげる寸前で、突き刺さったままの短刀が痛々しい。破断した装甲の隙間からは人工筋肉の保護液がボタボタと零れ落ち、腕、指と重力に従い伝わっていく。


「なんだよ……まだ武器を隠し持ってたのかよォ……」


「……ハァ。お前みたいに強い相手だと、いくら切り札持ってても安心できやしねぇ」


 ヨハンは捨てるように吐くが、実際の所はいつ負けててもおかしくないと感じていた。ほんの僅かな、少しの差でこのクルストに勝てたのだと思う。


「俺は……親父ドウェインみたいに、強い操縦士になりたかったんだけどなぁ……」


「残念だったな、オレはそんな弱っちい考えなんかしてねぇよ。だからオマエに勝てたんだ」


「ふん? じゃあなんだよ、お前の目標はさ?」


「オレは……絶対に、どんな相手でも負けたくないだけだよ。これでも男の子なんでね」


 そう言うと、ヨハンは操縦席のモニター越しに映る深紅の理力甲冑の方を見やる。


「……あ、なるほど。お前、あの赤い理力甲冑に乗ってる娘ネーナの前で良いカッコしたいだけなのか」


「バッ?! おま、ちょっ、ちげぇし?!」


「あーはいはい。男の子、男の子」


 クルストは操縦席で放心したように全身の力を抜く。実際、義父を実力で越えて帝国軍、いや大陸で一番強い操縦士になるために頑張ってきた自分が、この目の前にいる女の為に戦っている奴に負けるとは思いもよらなかった。


(いや、だからこそ負けたのかな~?)


「……いい加減にさー、名前」


「あ? なんだよ急に」


「お前の名前、教えろよ。女の前で恥を晒したくない一心で俺を倒したなんて、そんなふざけた操縦士の名前くらい聞いておきたいじゃん?」


「……ヨハン。ヨハン・クリストファー」


「そっか。……んじゃ、あとは頑張れ。ヨハン少年」


 何の事か分からなかったヨハンは、しかし周囲の殺気でようやく思い出す。


 満身創痍のステッドランド・ブラストの周りにはまだ無事な侍衆のカゲロウが何機も待機している。彼らは自身の信条である一対一を守っているだけで、クルストが負けたならその次が控えているのだ。


 それに、侍衆でも一目置く実力のクルストを辛うじてとはいえ負かした相手だ。どのカゲロウもヨハンと戦いたいらしく、その殺気と威圧感はどこか強敵と戦う愉しみに彩られている。


「…………少しは休ませてくれよ」


 大きなため息を吐くが、仕方ないとばかりにヨハンは両手で頬を叩く。改めて気合を入れ直し、右腕の牙双を構えた。






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