第91話 侍衆・3

第九十一話 侍衆・3


 帝都イースディアの上空。東の空に昇った太陽からの暖かい光が眩しい。そこへ空と同じ淡い水色をした理力甲冑が静止する。


 スバルらが乗るファルシオーネの原型となった機体、レフィオーネ。ついさっきまでのファルシオーネ部隊への空中補給を済ませ、ようやくホワイトスワンの援護に駆け付けたのだ。


「作戦は今の所、想定の範囲内ね……」


 先生とクレアが立てた計画のうち、デストロイアの効果が十全に発揮されなかった場合の事を考えており、ホワイトスワンに搭載されていた理力砲とヨハン、ネーナらの迎撃は作戦のうちだった。


 いくら最新鋭のファルシオーネ部隊とホワイトスワンであろうとも、帝国の中枢たるイースディアを守護する部隊と真正面からぶつかるのは得策とは言えない。そのため、こうして何重にも策を弄したのだが……。


(侍衆の数が減らせていないのが痛いわね……)


 イースディア中心までホワイトスワンが侵攻すれば、その迎撃として皇帝を守護する侍衆が出てくるのは予想していた事であった。しかし、それらもデストロイアの効果で半数近くは出撃不能になると考えていたが、実際はほぼ効き目がなかったと見える。


 仮に、ヨハンやネーナらが侍衆と互角に戦えるといっても、やはり数の不利は覆すことは出来ない。どれだけ奮戦しようとも、彼我の戦力差は最初から決定的なのだから。



「でもだからって、空からの攻撃を卑怯なんて言わないでね?」


 そう言うとクレアは愛用の小銃を構える。通常よりも長い銃身バレルと安定性の良い銃床ストック。精度の良いスコープを備えた彼女愛用のライフルは狙撃専用に調整された特別製だ。


 レフィオーネの腰部から伸びるスラスターが大きく展開し、空中であっても機体を安定させる。背部の理力エンジンが低い唸りと甲高い回転音を響かせ、両腕でしっかりと固定した銃口は眼下の敵機へと指向する。


 今や、侍衆の機体はどれもがイース宮殿周辺で暴れまわるヨハンとネーナに釘付けとなっており、上空から狙う静かな気配に気づく者はいなかった。


 クレアは短く息を止め、全神経を集中させる。身体の感覚を鋭敏に研ぎ澄ませ、風の流れや敵機の挙動、銃弾の軌道を読み――――そして引き金を引いた。


 乾いた銃声がイースディアの上空に鳴り響き、少しの時間差で地上にいたカゲロウの一機が突然崩れ落ちた。高度からの狙撃は機体の首元から入射し、胴体部を真っすぐ貫通してから地面へと弾丸がめり込む。たった一発でカゲロウの主要機能は破壊されたが、操縦席はギリギリ外しているという正に針の穴を通すがごとくの精度だ。


「次ッ!」


 クレアはその後も次々とカゲロウを狙撃していき、着実に撃破を重ねる。だが。


 これまでと同じく引き金を引き、次の瞬間には機体が姿勢を崩すだろうと思われた瞬間の事だった。その機体は素早く刀を真上へと振り抜いたのか、小銃のスコープ越しに白刃が煌めいた。


「……なっ、弾丸を?!」


 そのカゲロウは何事も無かったかのように、上空にいるレフィオーネを仰ぎ見る。まるでお前の狙撃など見切っているとでも言いたげだ。


 クレアはそんな妄想じみた考えを払うように小銃の引き金を続けて引く。今度は胴体を狙わず手足や刀を狙撃するが、そのどれもが回避、もしくは先ほどのように切り払われてしまう。それならば、と別の機体を狙うが、結果は芳しいものでは無かった。


「流石は侍衆ってわけね……!」


 理力甲冑で小銃の弾丸を切って払うなど、そうそう出来る芸当ではないが、やってやれない事はない。現にアルヴァリス・ノヴァを駆るユウも度々やってのけるのだが、流石の彼でもはるか上空、それも銃声も聞こえない長距離からの弾丸をその殺気から察知して剣を振るうなどという事は不可能だ。


 幸いなことにカゲロウは銃などの遠距離武器は持っておらず、レフィオーネが反撃を受けることは無い。しかし、このままではクレアの気が収まるはずも無かった。


「なら、これは斬れるかしら?」


 意を決した彼女は小銃を背部へと背負い、代わりに長い筒を取り出す。小銃の何倍もの太さのを備えたソレは、本来は地上で運用する野戦砲だ。もちろん、打ち出されるは地を抉り、分厚い鉄板すら軽々と貫徹してしまう。


「イースディアは観光地としても有名だって聞くけど……許してよね!」


 対魔物用ライフル・ブルーテイル。その初弾を装填し、重い銃身に振り回されないよう精一杯に力を込める。狙うは敵機の足元。


 大気が震え、音の衝撃波がイースディア全域にある、ありとあらゆる建物の屋根を叩いた。それとほぼ同時に、イース宮殿の外側、大広場の一部に大きなクレーターが土砂を撒き散らしながら出現してしまった。


 すぐ近くにいたカゲロウ数機は砲弾の直撃は免れたものの、飛び散る土砂や石畳の破片をまともに食らってしまい、大きな損害を受けてしまった。重量軽減と素早い動きを阻害しないための全身を覆っていない装甲が仇となり、特に関節部などはガレキの直撃で大きく損傷していることだろう。


「ちょ、ちょっとクレア姐さん! ソレは流石にマズいんじゃないっスか?!」


「大丈夫よ、ヨハン。相手の操縦士は死んでないから……多分」


 着弾したすぐ向こうにいたヨハンのブラストから抗議の無線が入るが、当のクレアは特に気にしていない様子だった。たしかに彼女の言う通り、着弾地点付近のカゲロウは殆ど戦闘不能になっていたが、全機どうにか動いており操縦士は、まぁ無事なのかもしれない。


「そんな事より、街の東西から新しい敵機が見えるわ。恐らく増援だから気をつけなさい」


「分かりましたけど! 間違ってもオレ達に向かって撃たないでくださいっスよ!」


 クレアの狙撃技術に疑う所が無い事は承知であっても、地面を抉る威力を目の当たりにしたヨハンは思わず声が大きくなってしまう。それを激励だと受け取ったクレアはより一層に張りきってブルーテイルの次弾を装填させた。



 * * *



「ここに来て増援ですの?!」


 一機のカゲロウを掌底で吹き飛ばしたカレルマインの目が、大きな通りをやって来る機体群を見つける。流石に残っている戦力はこれで打ち止めなのだろうか、数はそこまで多くはなく、カゲロウが殆どだったが中には通常のステッドランドも混じっていた。


「その動き……やっぱりネーナ、お前か?」


 突然、名前を呼ばれて肩をビクリと震わせるネーナ。聞き覚えのある声の主は徒手空拳のステッドランドに搭乗しているようだった。


「その声……まさかお師匠様?!」


「よーう、久しぶり。元気にしてたか……って、その調子じゃ大丈夫そうだな」



 * * *



「クソッ、これじゃジリ貧だ!」


 ステッドランド・ブラストはあちこちの装甲に大小様々な傷を作ってはいるが、戦闘に支障は無いようだ。しかし操縦士であるヨハンの消耗は多大なもので、やや呼吸が荒くなっている。


「お、その機体……やっぱりこっちに残って正解! 俺って運がいいな~!」


 外部拡声器スピーカーを通して、やけに軽薄な声が辺りに響く。思わずヨハンは張り詰めた戦闘の緊張が切れそうになるのをぐっと堪えつつ、そちらの方を見やる。


「えっと……は名乗ってなかったっけ? 俺はクルスト。クルスト・ウォーってんだ、よろしく~」


 増援の中にいた角付きステッドランドが手を振りながらブラストの方を見ている。まるで街中でばったり出会った顔なじみと接するような気安さだ。しかし何故か手を振り続けたまま、その場から動こうとしない。


「あの~名前……教えてくれないの?」


 その角付きは少し残念そうにうなだれてしまう。どうやらヨハンの名前を聞きたかったようなのだが、彼は今はそれどころではなく、こうしている間にも斬りかかってくるカゲロウの一太刀をどうにか受け止めている最中だった。


「もしかして俺のこと忘れちゃった~? う~ん悲しいなぁ……」


 その軽薄な声と緊張感のない喋り方、そして力なくうなだれているだけなの筈なのに、この圧力。ヨハンはこの自分より強いであろう男の事を十分に覚えてはいた。


(今の状況でコイツとも戦わなくちゃいけないのかよ……!)




 * * *




 地上でカレルマインとステッドランド・ブラストが敵の増援に囲まれてしまったのとほぼ同時、街の上空にも変化があった。


「ッ! 何、対空砲ってヤツなの?!」


 空高く静止飛行ホバリングしていたレフィオーネは、突然機体を掠める銃弾に姿勢を崩しながらもなんとか回避する。しかし次々と飛来する鉛の飛礫は数を増すばかりで、これでは正確な狙撃が出来ない。




 帝国軍はかねてより単独で飛行可能なレフィオーネや、その後継機、もしくは自分たちが開発した飛行船のような航空戦力に対抗するための準備は進めていた。だが、最近になってようやく連射可能な小銃アサルトライフルが普及しだした程度の技術力では、遥か高空まで届く大型の砲弾と砲身、そしてその砲弾の連射に耐えうる機構を量産することは難しかった。


 そのため、対空火器はまだ試作段階のものをその運用確立と検証のために帝都や少数の軍事施設に配備しているに過ぎず、各現場では効率的な迎撃が行えていないのが実情だ。


 だが、ここに来てようやく組織だった対空迎撃が開始され始めたのだ。その裏には、現場を統率している司令部の的確な指示があった。


『狙う標的は帝都上空にいる水色のスカート付レフィオーネのみ。砦周辺の機体は別に指示があるまで各理力甲冑部隊に任せよ』


 軍司令部はホワイトスワンの作戦をファルシオーネ部隊に陽動を担当させ、その間に母艦を街へと突入させる少数突破と判断していた。結果として市街へと侵入させてしまったが、依然として有利なのは帝国側であるという事に疑うべくもない。


 だが、一機とはいえ航空戦力たるレフィオーネを放置しておいては、その優位性もいつ崩れるか分からない。もし、連合側がなりふり構わずイース宮殿や街を直接攻撃するような事があってはならない。そう考えた司令部は、陽動であるファルシオーネへの迎撃を切り捨て、レフィオーネにのみ狙いを絞ったのだ。


 いくら下手な鉄砲でも、数を撃てば当たるだろう。もともと、対空迎撃とは敵対する航空戦力を撃墜させるのは二の次、基本は銃弾を雨霰のように浴びせることで敵の攻撃機会を漸減させる防御なのだ。実際、停止しての狙撃ではいつ被弾するか分からない状況である今のレフィオーネはなかなか攻撃態勢に移れないでいる。


「このままじゃあ、スワンやみんなが危ないっていうのに……!」




 * * *




「ボルツさん、早く早く!」


「そう急かさないでください、心配しなくてももう少しですよ」


 一方、ホワイトスワンの格納庫。アルヴァリス・ノヴァに接続されていた数々の配線はようやく取り外され、後は出撃を待つのみである。にもかかわらず、ユウはボルツからの調整完了を貰えずに歯がゆい思いをしているのだった。


 ボルツはアルヴァリスの背部の整備用ハッチの中で何か作業中らしく、操縦席にいるユウの耳にも工具で機械を弄る音が聞こえている。


(ヨハン……ネーナ……スバルさん……もう少しだけ持ち堪えて……)


 操縦席に備え付けられている無線機からは、各所での戦闘状況が聞こえてくる。皆、奮戦はしているものの、長時間耐えられない事は作戦決行の前から分かっていたことだ。


 先程からレフィオーネからの航空支援が無くなっている。砲弾ブルーテイルの着弾が聞こえないのだ。断片的に聞こえる無線からは、クレアが必死に対空砲を潜り抜けて攻撃の機会を探っているのが分かる。


(クレア……無事でいて……)






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