第92話 因縁・1

第九十二話 因縁・1


 ガギィン!


 刃と刃が強くぶつかり合う。


 一方の赤い刃はオニムカデという魔物の牙を加工したもの。非常に硬度が高く加工は困難だが、極めて薄く強靭な刃を持つ逸品だ。


 それがステッドランド・ブラストが持つ二振りの短刀、牙双ガソウ。鋼鉄の装甲を軽々と切り裂き、魔物の太く硬い骨も一撃で断つ業物だ。


 また、この牙双はただ切れ味が鋭い短刀というわけではない。素材となったムカデの牙には毒腺が仕込まれており、牙双はこれを活かす形で短刀に仕立て上げられたのだ。強烈な酸性を発揮する毒は理力甲冑の装甲を溶かし、人工筋肉をことごとく灼く。




 対する刃は角付きエース機ステッドランドが持つ、これまた二振りの短刀。こちらは幅広の刀身で、振り回す勢いと重量で叩き斬る用途に特化したものである。


 牙双ほどの強靭さと切れ味は無いにしても、この短刀も相当な業物だ。先程から何合と打ち合っているにも関わらず、刃こぼれは殆ど起こしてない事からもそれが分かる。これは操縦士の技量も関係しており、刃が欠けないような絶妙な力加減と打ち込みの角度、そして精妙な手首の返しという高度な操縦技術によって成立しているからだ。以前、相まみえた時とは異なり、より一層に技量を鍛え上げてきた証拠なのだろう。




 ステッドランド・ブラスト改造機と、角付きエース機のステッドランド。両者とも一歩も退かない剣戟が続く。二合、三合……その度に両者の間からは激しい火花が散り、踏み込みの衝撃で石畳の地面が波のようにうねる。


 ヨハン・クリストファーは操縦桿を握る手に力が入り過ぎている事を自覚しながら、しかしその手を緩めることは出来なかった。


「くっそ、コイツやっぱり強い!」


 近接戦闘においてはアルヴァリスに乗ったユウにも勝つ自信があるヨハンをしても、この目の前の相手は手強いと言わざるをえない。相手との間合いの取り方、二刀の絶妙な捌き、そしてあの軽薄な喋り方からは想像もつかないほどにしっかりとした重心。いくら斬り込もうとも、ヨハンの攻撃は全ていなされ、または受け止められてしまう。やはり角付きエースは伊達ではないという事だ。


 しかしここで退くわけにはいかない。ヨハンはいったん間合いを空けると、両手の牙双を腰の鞘に仕舞い、次いで背中の方にと腕を回す。ステッドランド・ブラストの背部や腰、脚部など、武器が取り付けられそうな箇所には先生謹製の武器がこれでもかと懸架されており、そのうちの一つを機械の手が握りしめた。


「これでも食らいやがれ!」


 思い切り振りかぶりつつ、その手にした武器を放り投げるスローイング。投擲用の片手斧は柄を中心にクルクルと綺麗な円を描きつつ真っすぐにクルスト機へと飛んでいく。重心調整のため小振りな刃だが、その威力は十分だ。


「へっへ、この程度!」


 対するクルストは両手の短刀に遠心力をつけるように振り、難なく片手斧を迎撃する。だがヨハンは最初からこの攻撃が当たるとは考えておらず、既に次の行動へと移っていた。


 ブラストの姿勢を低くしつつ、地面を蹴る。目標は先ほど倒したカゲロウの近くにいる。ヨハンは操縦桿ごしに掴んだソレの感触を手に受けながら、思い切り一歩を踏み込んだ。


 ブゥンと風を切り裂きながら、その大太刀をステッドランド・ブラストは薙ぐ。両手持ちでなければまともに振れないほど長く反った刀身は揺らめく炎のような刃紋が。鍔には何やら細かな意匠が施してあり、かなりの業物であろう事が推察される。


「おわぁ!」


 クルストは気の抜けるような声を出しつつ、なんとか機体を回避させる。急に短刀から大太刀と間合いが変化したことで一瞬戸惑ったのだろう、この一撃を避けることに必死ですぐさま反撃がやってこない。


「今度はこっちの番だオラァ!」


 ヨハンはこの勢いに乗れとばかりに大太刀を担いだ。両手でしっかりと把持し、機体を回転させる勢いで相手に斬り込んでいく。大振りな斬撃だが、その間合いの長さと切れ味を前に、クルストはなかなか反撃の糸口を見いだせないでいるようだった。


 元の使い手である侍衆が操るカゲロウはステッドランドよりも軽量のため、この大太刀を振り回すには一定の技量と、絶妙な操縦技術を要する。それをヨハンは機体の重量と、脇をしっかりと締めた取り回しによってカバーする。


 逆袈裟に振り下ろし、角付きステッドランドの胸部装甲を掠めて地面へと叩きつけられる。構わずブラストは持ち上げるように斬り上げ、さらにグルリと機体を一回転させた。


「これが避けられるかァ?!」


 まるで独楽のように回転させた勢いを乗せて大太刀を水平に薙いだ。腕はこれでもか、という位に伸ばす事で広い間合いを少しでも稼ぐ。この広範囲の斬撃はまず避けられない。


 そう観念したのか、クルスト機は回避行動も取らずその場に立ち尽くしていた。少なくとも、ヨハンはそう思っていた。


「あ〜あ〜、刀ってのはそういう風に振るんじゃないよ〜?」


 と、突然クルストのステッドランドは素早く右手を振り下ろす。


 バギィン!


 鉄が破断する音が響き、いきなりステッドランド・ブラストは姿勢を崩しそうになってしまった。


 何が起きたのか、ヨハンには分からなかった。周囲を確認する間もなく、激しい衝撃に曝されてしまう。大振り直後の隙を突かれてクルスト機に思い切り蹴飛ばされてしまったのだ。


「うわッ?!」


 大太刀を振るった勢いも加わってしまい、派手に土砂と石畳を巻き上げながらブラストは地面へと激突する。受け身も取れなかったせいで操縦席のヨハンは相当な衝撃に頭が揺さぶられてしまい、もう少しで失神するところだった。


「あのねぇ、刀はこう、振るんじゃなくて……こうやって、ズバっと斬るんだよ?」


 なんの事かサッパリ分からなかったヨハンは、しかし野生的な直感で地面に突っ伏したままの機体を横に転がす。


 直後、先程までブラストが倒れていた場所に白刃が振り下ろされ、地面を苦もなく両断する。あのまま動かなければ恐らくヨハンごと縦に機体を真っ二つにされていたかもしれない。


「クソッ!」


 ヨハンは機体の右腕に握られている大太刀をその場に捨てる。見れば刀身は半分ほどの所で折られており、角付きが先ほどの一撃で叩き折ってしまったのだ。


 ステッドランド・ブラストは両脚を持ち上げ、大きく旋回させながら上半身を起こす。まるで格闘技か何かのような動きで立ち上がるが、その隙を逃すまいとクルスト機はそこらで拾ったであろう刀で斬りかかってきた。


「……ッ!」


 そのあまりの圧迫感に、ヨハンは思わず言葉を失う。クルスト機は確かに刀を振るうのではなく、斬る動作というものになっている。ヨハンがするのとは全く動きが異なり、その切っ先は非常に鋭く疾い。


 その斬撃は避けるので精一杯で、ヨハンは機体を後方へ大きく跳躍させようとした。が、相手の踏み込みが一歩大きく、ブラストの肩部装甲の端がスッパリと切断されてしまった。


「畜生、何か手は……?!」


 ヨハンはクルストの猛攻を必死に避けつつ、この状況を打開する方法を考える。


(あのクルストってヤツは接近戦において俺より強い……認めたくねぇけど、それは確かだ……それに機体の性能もどっこいどっこいって所か)


 ヨハンの駆るステッドランド・ブラストは先生が直々に改修した機体であり、そこらのステッドランドよりも遥かに性能が高く、それこそ初期のアルヴァリスに匹敵するほどだ。


 それに対し、クルストが操る角付きのステッドランドは、帝国軍の中でも特別に認められた操縦士のみが乗ることを許される機体である。操縦士ごとの特性や戦闘方法に特化するよう機体を改修、武装もそれに合わせる特注品だ。純粋に機体性能を伸ばす操縦士もいれば、特別な武器を扱う事に特化させる者もいる。


 そしてこのクルストは己の機体をどうしたのか。それは一言でいえば、自身の身体のように素直な操縦性、とでも言うべきか。







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