第91話 侍衆・1

第九十一話 侍衆・1


 もうもうと砂煙を上げて疾走するホワイトスワン。その白い巨体はオーバルディア帝国の首都、イースディアへと突撃すべく機関を最大限に稼動させていた。


 本来ならば多数の理力甲冑が守りを固める帝都。しかし、ホワイトスワン隊が仕掛けた数々の策と仕掛けによりその守備隊は半分以上が機能していなかった。


 帝国軍が開発したガス状兵器デストロイアによる、敵理力甲冑の無力化。そして飛行可能なファルシオーネ部隊による空からの攻撃と陽動。精鋭を誇る帝国軍はたった十六機のファルシオーネに翻弄されていたのだ。


 だが、帝国軍もただやられていたわけでは無い。ファルシオーネの数が少ないこと、他に地上部隊がいない事から、別動隊による一点突破というホワイトスワンの作戦を見抜いた者もおり、密かにデストロイアの難を逃れた機体を街の入り口各所へと隠していたのだ。


 これによりホワイトスワンの帝都侵入は防がれたかのように見えたのだが……。




「この! 私が! 開発した理力砲で残った敵は蹴散らしてやったデス!」


「ああもう、それは分かったから! ちゃんと前見て!」


 先生謹製の秘密兵器、大量の理力を電磁波に乗せることで遠く離れた敵機を無力化するという理力砲の威力により、街の入口を守っていた帝国軍部隊は瓦解してしまった。力なく倒れた十数機のステッドランドを飛び越えるようにして、今ホワイスワンはイースディアへと突入する。




 整然と敷き詰められた石畳は一つも欠けておらず、綺麗な直線を描く。その両脇には等間隔に植樹され、街並みの白壁と相まって芸術的な美しさを感じさせる。区画整理と整備が行き届いた街は、平時であれば多くの観光客が訪れてはその洗練された雰囲気と歴史を味わうのだろう。


 だが今は人っ子一人いない。殆どの市民は自宅や教会などに逃げ込むか、衛兵らの制止を振り切って街の外へ出ていったか。どっちにしろ、ホワイトスワンからすれば民間人への被害を気にせず戦えるというものだ。


「……見えたデス! あれがイース宮殿デスよ!」


 ホワイトスワンのブリッジで先生が正面を指さして叫ぶ。あそこにこの作戦の要、目標人物である皇帝がいるのだ。


「スワンの理力甲冑各機、そろそろ出撃デスよ! それとボルツ君、アルヴァリスと理力砲はどんな様子デスか?」


「アルヴァリスは特に問題ありません……が、理力砲はちょっと駄目みたいですね。あちこちで断線したりヒューズが飛んでます。あまりの出力に耐えられなかったのかな……」


「まぁ突貫工事の作デスからね、理論の実証とデータ取りが出来ただけでめっけもんデス。ボルツ君は引き続きアルヴァリスを出撃可能なようにして欲しいデス」


「分かりました。あともう少しだけ時間を下さい」


 格納庫へと通じる無線機が切れ、いよいよイース宮殿の全貌が見えてきた。






 それまでの街並みと同じ、白を基調とした外観。豪勢でありながら簡素な建築様式。広い庭園は手入れが行き届いており、この肌寒い季節でも今の時期に咲く花がそこかしこに植えられている。中央には大きな噴水が設けられており、このためだけに作られた貯水池は小さな村一つをまるまる賄えるほどだと言われている。美しさと荘厳さを兼ね備えたこのイース宮殿は、その陶磁のような透き通る白から、別名白亜宮と呼ばれ帝都市民に愛されている建物だ。


 外周は特別な意匠が施された柵で覆われており、遠くからでも宮殿全体がよく見える。今の所、帝国軍の歩兵部隊らしき集団が少しばかりいるだけで、この程度ならばホワイトスワンの障害にもならない。


「ようし、あの正面の門を突き破って宮殿内に突撃するデス! ヨハン、ネーナ、合図したら出撃デスよ!」


 真っすぐ正面を見据えたまま先生は速度を緩めることなくホワイトスワンを疾走させる。後方にどんどん流れていく白い街並みが途切れ、あっという間に宮殿前の大広場へと差し掛かった。この大広場は普段であれば様々な露天や行商が軒を連ね、またイース宮殿が正面から見える為、いつも多くの人で賑わうという。今は僅かな軍人だけしかいないので、まるで街中にぽっかりと穴が空いたようにも見えてしまう。




「……! 先生、敵の反応! 東西から多数!」


 リディアが叫ぶと同時に、何機もの理力甲冑が疾駆する音が響く。


「速い?! ダメ、囲まれるよ!」


「ちょおー! 危なっ! 総員、何かに掴まるデス!」


 ホワイトスワンの前方に巨大な人型が何体も現れ、その行く手を遮ってしまう。先生は急制動を掛けたが宙に浮いている為またもや横滑り状態となってしまい、そのまま宮殿と広場の境で金属製の柵をなぎ倒してようやく停止した。


「いちち……レオ、先生、大丈夫?」


「ええ、私は大丈夫……先生は?」


「私もだいじょぶデス……げぇ! あれは!」


 三人とも無事だったが、先生の素っ頓狂な声でレオとリディアは思わずビクッとしてしまう。先生の視線の先には紅色をした軽装の理力甲冑がホワイトスワンを取り囲んでいた。


「まさか、あれが侍衆……?」


「え、?!」


「そうデス、帝国軍、いやこの大陸で最強を誇る近衛部隊、侍衆! この目で見るのは初めてデス……」


 特徴的な形状の装甲は、この世界では殆ど見られないもの。それはユウ達の世界では、過去の歴史に存在したもの。戦国時代の鎧武者を思わせるその姿は、この世界にあっては異質に映る。


 侍衆専用の理力甲冑、カゲロウ。最低限の装甲を身に纏い、その装備は刀のみ。身軽なその機体はまさに蝶のように舞い、そして蜂のように刺す。コスト度外視ではあるがそれに見合う機体性能を誇ると言われ、その目的はただひたすらに皇帝の護衛のみで通常の軍事作戦には決して参加しない。


「……ねぇ、なんか数が多くない……?」


 リディアが指摘するのも当然で、今や帝都の理力甲冑はファルシオーネ部隊が散布したデストロイアの効果で約半数が行動不能に陥っている筈である。にもかかわらず、今ホワイトスワンを取り囲んでるカゲロウは優に二十機を越える。


「あっ、そういう事デスか!」


「なになに、どういう事?!」


 先生はしまったという顔をしながら説明する。


「空気中に分散したデストロイアは理力甲冑の人工筋肉表面から吸収されてその効果を発揮するデス。でもあの機体をよく見るデス。侍衆の機体は装甲が少ない代わりに、人工筋肉が露出しないようにああやって保護カバーで殆ど覆われているデス! ああなったらデストロイアは吸収されずに効果を発揮できないデス……」


 他の理力甲冑と異なり、侍衆が駆るカゲロウは必要最低限の防御を主眼に軽量化されているため、関節部などはほとんど装甲で覆われていない。そのままではむき出しになってしまう人工筋肉を保護するためにゴム質の覆いが被せられているのだが、それがデストロイアの浸透を防いだのだった。


 侍衆の理力甲冑は護衛上の理由から殆ど公表されておらず、帝国軍内でも詳細を知るものは少ない。そのため、先生がこの事を知らずにデストロイアを使用したのはある意味仕方ないことであった。




「それじゃあ侍衆の理力甲冑は無力化されてないってこと?!」


「そういう事デス! ヨハン、ネーナ!」


 急いでステッドランド・ブラストとカレルマインに無線を飛ばす。だが二機はちょうど格納庫を飛び出すところで、その衝撃がブリッジにも伝わる。


「もう出撃してますわ!」


「ようやく俺達の出番!」


 鈍色と真紅の理力甲冑がホワイトスワンの前に立つ。





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