第90話 寡兵・4

第九十話 寡兵・4


 恐るべき突進力で踏み込んできた一機のステッドランド。その頭部には特徴的な角が。


 明らかに他の機体とは異なる雰囲気を纏ったソレは、ひと目で分かる程の手練だった。先程の鋭い突き、機体の身のこなし、発している殺気。そのどれもが他を圧倒する一級品だ。


 角付きは細剣レイピアをクルリと回すと、再び剣先をファルシオーネ改へと向ける。極端に細い刀身は理力甲冑の装甲と装甲の隙間を通すのに向いており、下手をすればファルシオーネの装甲くらいならばあの突きで貫通してしまいそうでもある。


「……そのぶん、剣自体の耐久力はなさそうですが」


 普通に考えれば、いくら強靭な鋼鉄でも細ければ折れる可能性が高い。スバルは相手の武器を破壊することを考えたが。


「まぁ、それくらいは対処しますよね」


 角付きは右手に細剣、左手には大きな護拳の付いた幅広のダガーが握られていた。レイピアの基本である、左のダガーで防御しつつ、右の細剣で攻撃をするのだろう。攻守を左右で分担するため、見た目よりも守りが堅そうだ。


 手強い相手だということを承知しつつ、スバルは技量を確かめるため一気に踏み込んだ。小さく振りかぶってからの袈裟斬りは威力こそ乗らないが、それでもこの加速度自体が武器になる。


 だが、角付きはファルシオーネ改の動きに合わせて後退、そして迫りくる刃に自身のダガーを横から沿わせて軌道をずらしてしまったのだ。そしてヂヂッと火花を散らしながらダガーの刀身と護拳で森羅を挟み込み、角付きはそのまま手首を返そうとしてきた。


「ッ……!」


 刀身を折られると判断したスバルは咄嗟に右手を離し、左の万象で大きく薙ぐ。幸い森羅は折れはしなかったものの、回転しながら明後日の方向へと飛んでいってしまった。


 互いに間合いを大きく離し、再び睨み合う。その隙に他のステッドランドは街の方へと駆け出す。このままではホワイトスワンが危険に晒されてしまうかもしれない。


(一か八か……!)


 ファルシオーネ改は両手で脇差である万象を正眼に、角付きは細剣の切先を相手の胸部付近目掛けて構える。ピリピリした空気が肌を刺し、スバルは集中力を高めた。




 永遠とも思える静から、光の瞬きのような一瞬の動へ。




 ファルシオーネ改と角付きは最大限の加速度で一歩を踏み込んだ。だが、振りかぶってから斬り下ろす動作のファルシオーネ改よりも、肘を中心とした単純な動きの突きを放つ角付きの方が僅かに早い。刀身が短い万象ということもあり、この勝負はスバルの方が圧倒的に不利だったのだ。


 鋼鉄の装甲が貫かれる。


 ファルシオーネ改の胸部には真っ直ぐ細剣が突き刺さっており、その切先は背部装甲をも貫通していた。




「全く……こういう戦い方ばかり……ッ!」


 スバルが苦々しく呟くと、ファルシオーネ改は振りかぶった万象の柄頭を自身の胸部に突き刺さっている細剣目掛けて叩きつける。金属の破断音が響き、根本から細剣は折れてしまった。




 スバルの狙いは如何にしてあの鋭い突きを防ぐか、という事だった。理力甲冑の剣は大抵、相手の装甲を叩き斬ることに特化しており、レイピアのように装甲の隙間を突き刺す目的のものは多くない。それは何故か。様々な理由が挙げられるが、最大の理由は多少串刺しにされても操縦士が無事なら理力甲冑は動けるからだ。


 もちろん、動きは鈍くなるし人工筋肉を断ち切られればその部位は使い物にならなくなる。しかし実戦においてそこまでの損傷になることは多くない。


(必然、相手が狙う場所も限られるわけですよ)


 結局の所、角付きに乗るような手練がチマチマした戦い方をするはずもない。とすれば、あの細剣が突き穿つのは操縦席のある胸部からやや下か、頭部のどちらかだ。


 となれば後はスバルが覚悟を決めるだけであり、ギリギリで操縦席への突きを回避するという策を採用したのだ。もっとも、あの細剣のような突きであれば、一撃くらいなら機体への損傷も限定的だと踏んでのことだったが。




 細剣を失い、左のダガーナイフを構え直す角付きのステッドランド。攻撃手段を失ってはいるが、まだ無傷の機体だ。


 スバルは操縦桿を握り直し、機体の損傷を感じ取る。動きに大きな支障は無さそうだが、背部の理力エンジンが不調そうに唸る。これはひょっとすると飛行するほどの出力を得られないかもしれない。


「飛べなくて互角……ちょうどいいハンデ、というやつですよ」


 半ば負け惜しみを吐くスバル。そして一呼吸の後に、万象を振り抜いた。




 相手のダガーを躱し、その胴体を真っ二つに断ち斬る。




 そのまま敵を振り返りもせず、ファルシオーネ改は地面に突き刺さっている森羅を引抜くと街へと戻る敵機を追う。スラスターはやはり不調で、断続的にしか圧縮空気が噴射されない。


 飛行は出来ないが戦闘は続行可能だ。こんな所で膝を突くわけにはいかない。



 まだ、作戦は半ばなのだから。




 * * *




 ホワイトスワンは唸りを上げて街道を突き進む。眼前には大都市の威容が見て取れる距離にまで近づいた。


 スバルらの活躍により、帝都イースディアの正面には敵部隊が殆ど展開していなかった。この調子なら問題なく宮殿へとたどり着けるだろう。そのはずだったのだが。


「……先生、理力探知機レーダーに感あり! 前方に理力甲冑が十以上!」


 リディアが叫ぶと同時に街の入口、街道から大通りに変わる付近に巨大な人影が覗いた。普段であれば余所から来た人や馬車の溜まり場になっているであろうちょっとした広場、そこにステッドランドが待ち構えていたのだ。やはりというか、最初からファルシオーネ部隊の動きが陽動だと気付く者はいたという事だろう。そうなれば帝国側が取るべき手段は一つ、どこからか現れるであろう本命を迎撃すべく街の入り口各所に戦力を配置するだけだ。


 しかもそれぞれのステッドランドは小銃やバズーカらしきものを構え、追加装甲を身に纏ったた重装甲型だ。機動力が低下する代わりにこういう拠点防御には最適と言える。これではホワイトスワンを以てしても突破は容易でない。


「どこかに隠れてたわけ?! 先生、どうする?!」


「機銃、いつでも撃てますが……!」


 リディアとレオが先生の判断を仰ぐ。先生は待ってましたとばかりにその口角を釣り上げた。


「ユウ! ボルツ君! 例のアレ、ここで使うデスよ!」


 格納庫にいる二人へ無線を飛ばすと、先生はホワイトスワンの大型理力エンジンの回転数をどんどん高めていく。アルヴァリス・ノヴァやレフィオーネのものとは存在感が異なる音を立て、大型理力エンジンは危険域レッドゾーンギリギリまで稼働する。


「こちらボルツ。準備完了です。但し、連射は出来ないので気を付けて下さいね」


「んなこたァ開発した私が一番知ってるデスよ! 理力エンジンの回転数良し、照準良し、収束率をこれくらいにして……」




 格納庫では、アルヴァリス・ノヴァが胸部や背部に多数のチューブらしきもので繋がれていた。それらは装甲の隙間、または整備用のハッチの内部から出ており、うにょうにょと伸びた先はホワイトスワンの機関部と、もう一カ所。


 格納庫の床に鎮座しているそれは、ユウの世界で言うところのパラボラアンテナのような傘を持ったゴテゴテの人間大をした機械だった。ところどころ配線や何かのパーツがとびだしており、いかにも即興で作りました感が漂う。見た目だけで言えば何かの通信機械にしか見えないそれは、帝国の鉱山基地を出発した頃に先生が「実証も実験もまだ」と言っていたあの機械だった。


「ユウ君、そろそろ発射するようです。準備しておいて下さい」


 アルヴァリス・ノヴァの操縦席で待機するユウはボルツの指示に従い、精神を集中させる。出撃するわけでもないのに背部の理力エンジンは既に稼働しており、格納庫内にその独特な音が反響する。


「ユウ! 発射準備デス!」


「了解! アルヴァリス、ノヴァ・モードに入ります!」


 先生の掛け声を合図に、ユウは操縦桿の付け根部分にある赤いボタンを押し込む。すると機体背部と胸部、二基の理力エンジンが同調稼動しだし、ノヴァ・モード特有の光の粒子が排気口からあふれ出した。


「大型理力エンジンの回転数……危険域を超えてさらに上昇しています。これは……想像以上ですね」


 ホワイトスワンを動かす大型理力エンジンの調子と各種数値を観察していたボルツは思わずポツリと呟く。少ない実験と計算からある程度は予想していたが、本当にやってのけるとは。この装置を作った先生も凄いのだろうが、ユウの理力も並外れているということが実感できる。


「安全装置解除。先生、いつでも撃てます」


 安全装置である大きなブレーカーのようなレバーを切り替えるとガチャリと音を立て、安全の文字から発射へと表示が変化した。




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